本当は余裕なんて少しも


廊下は走らない。
と言うどこの学校でもあるごく普通の規則を全く無視し、
は廊下をほぼ全速力に近い速さで走っていた。
本当ならここまで急ぐ必要のない位の余裕は有った筈なんだけど、
それもこれも全部あのどぐされ迷子のドエースのせいだ。
あいつがの進路方向に姿を見せなけりゃ、今頃目的地に着いていた筈。
まぁ、確かに教室を出る時に気になる話題を耳にしたからあそこでも多少は時間を食ったけど、
内容はともかくとしてどちらがより時間を消費したかって言うと断然エース先輩のせいって方だろう。
とは言え、今回は本人と直で顔を合わせた訳じゃないのでそこは数十倍マシだったかもしれない。
いや、確実、絶対にそうだと言える。


あれで奴に気付かれてたら・・・・・、・・・・・うっわー・・・考えたくない・・・。
って言うか、マジしゃれになんないわ・・・。


そう思えば今こうして遠回りしてることも無駄じゃないと自信を持って言える。
遠回りしてること自体がアイツのせいだとしても、この程度で済んで良かったと思える。


「あっ・・・!」


廊下の角を曲がってすぐに前方に教師の姿を捕らえ、
は慌てて急ブレーキをかけ、何事もなかったかのように、
と言うのは息が切れてるから微妙だけど、
とにかくそこだけは少し早足位の速度で進むことにした。
本当は最初に向かったハートの城の教室塔の大きな廊下を突っ切っていれば、
クローバーの塔にはそう時間が掛からずに到着してた筈なのだ。
それなのにこんな遠回りを強いられたのは、その途中にエースの姿を目にしてしまったから。
幸いまだ距離があったから向こうは気付いてなかったけど、
あれであのまま突き進んでたら間違いなくあのドグサレ野郎に絡まれていた。
最近のエース先輩は前以上にの進路妨害を図り、やたらと絡んで来やがるのだ。
しかもそれが結構な回数で、
普通なら同じハートの城寮の生徒でも万年迷子のエース先輩と顔を合わす機会なんてそうない筈なのに
(実際他の友達は滅多に見掛けないと言っていた)、
は何故か無駄に遭遇率が高かったりする。
その上人の事を、君って本当に可愛くないよな!はははっ!なんてことを言いながら、
いつものムカつく位の笑顔のまま、際どい距離まで詰めて来ることもあると言う始末。
大概の相手なら今や体の一部かとまで錯覚しそうなナックルで対処することも考えるんだけど、
生憎コイツにそれは通用しない。
あんなにへらへらしててもアレで奴は剣道部の主将まで務めてる奴だ。
友達の話によるとそんなレベルじゃない位には強いらしいから、
この学園都市に来て必要に迫られた形で護身用として体術を学んだ如きで相手になる訳はない。
実際、戦闘面では学園都市で1、2を争うと言われるグレイ先生と対等に渡り合っている事も知っている
まぁそれでも勿論、ほとんど間一髪でどうにか逃げてはいるんだけど。


「・・・急がないと」


先生の姿が見えなくなった所では再度、目的の場所まで走ることにした。
そしてその後、やっとのことでその目的地にたどり着く。
クローバーの塔の寮の敷地内に有るその倉庫は、限られた人間しか入る事が出来ず、
その上滅多に使用されることもないって話だけど、
だからって油断は禁物だ。
は周囲を注意深く見回して人気がないのを確かめた後、
走り続けて乱れたままの呼吸を整えつつ、倉庫のドアノブに手を掛けた。
ゆっくりと静かにそれを開く。
それからまた周囲を警戒しながらドアを閉めた。







薄暗い室内の奥から、聞き慣れた低い声がの名前を呼ぶ。
は未だに乱れた息の合間にその人に応えた。

「グレイ先生・・・・!すみません、・・・遅くなりました」
「いや、それは構わない。・・・そんなに慌てて走って来なくて良かったんだぞ。
それとも、途中で何かあったのか?」

言いながら、グレイ先生がゆっくりとの傍まで近付いて来る。

「有ったと言うか、回避した結果と言うか・・・」


ははははは。
思わず引きつった表情で乾いた笑いを漏らしつつ、は答えた。
何度も言うが、あそこで万が一あのどぐされ野郎に気付かれて絡まれていた日には、
今も確実にこの場所には辿りついてないだろう。
ハッキリきっぱり断言できるくらいにそう言える。

「何か厄介事か?だが、回避した結果と言う事は、何事もなく済んだんだな」
「はい、どうにか。・・・・エース先輩の場合、厄介と言うより厄災そのものだと思いますけどね」

がエースの名前を口にした瞬間、グレイ先生の眉間がピクリと反応した。
それからすぐに、そりゃもう分かり易く、ものすごーーく嫌そうな顔をする。
本来グレイ先生は表情に感情が現れるタイプの人じゃないんだけど、
この反応には有る意味で納得だ。
エースはに絡むのとは違う方向で毎度毎度グレイ先生を見つけて絡んでは、いきなり抜刀する。
本人曰く、鍛錬に付き合って貰っているということらしいが、
当然グレイ先生は全くちっともこれっぽっちもそれを了承したりはしてない。


「アイツが居たのか?・・・・・・君があの男と顔を合わせなくて済んで良かった、本当に」


言いながら、先生が私の体に腕を伸ばして来る。
私は素直にそれに応えて先生の腕の中に身を預けた。
瞬間――――
ふわりと、の鼻孔を掠める香り。
だけど、いつも嗅ぎ慣れた先生のものとは違う。
確かに煙草の苦みも含んでは居るけど、
確実にグレイ先生の匂いに別の誰かのものが混じっている。
甘い、だけどフルーツと言うより花の香りを連想させる様な、
大人の女の人がつける香水の。


「っ!」


反射的に体が硬直し、同時にここに向かう直前、
教室で聞いた同じクラスの子達がしていた噂話を思い出す。



最初は女子生徒にはありがちな、
どの先生が格好いいかって話題でキャイキャイと盛り上がっていた彼女達。


「ワタシは司書のブラッドさんがいい!顔もサイコーだし、色気があるし!」
「ああ、分かるー。顔だけで言えばさ、保健医のナイトメア先生も良くない?
儚げな感じがして」

この時、私は丁度荷物をまとめ終えて立ち上がった瞬間だったんだけど、
正直マジで吹き出しそうになってしまった。
アイツは儚げと言うよりも、本当に死亡フラグがガンガン立ってしまっているだけの男だ。
出会った当初はミステリアスと言えなくもないかもしれないと思っていたけど、
本当に単に病弱な、それなのに保健医と言う立場の意味不明すぎる男。

「でもさすがにあんなに吐血されるのは嫌だなぁ。顔は、まぁ確かにいいけどー。
あたしは断然・・・グレイ先生!!」

教室の出入り口に向かう途中にその名前を耳にし、内心一瞬どきりとしてしまった。
この手の話題を女子生徒達がしてるのはもう何度も聞いてるし、
たまに自分に話が振られた事だってあるんだけど、
それでもグレイ先生の名前が出るといちいち過剰反応を示してしまいたくなる。
はどうにか無関心を装いつつ、スタスタとそのままドアへと向かった。

「ああ!いいよねー!グレイ先生。大人だし、格好いいし、何より優しいし!!」
「うんうん、イイ、イイ!・・・・・・あ、でもさ、グレイ先生って言えば・・・・、
こないだのアレ、噂、本当らしいよ。
どこの寮の先生だか忘れたけど、相当美人な先生に言い寄られてるってヤツ・・・」

前半はきゃっきゃっと声の大きさを特に気にすることなく応じていた一人が、
突然声量を落としてひそひそした声でそう言った。
は無意識に足を止め、思わず耳に全神経を集中する。
表情が強張ってるのが自分でも分かった。

「嘘!?マジ?何か見たの?」
「友達が見たって。向こうが食事に誘おうとしてたとこっぽいよ」
「グレイ先生の返事は!?」

女子生徒の一人が興奮したように身を乗り出してそう訊ねる。
の心臓がどくどくと凄い速度で脈を打った。

「グレイ先生は断ってたらしいけどね」
「そうなんだー!やっぱり先生って彼女居るのかな?」
「居るんじゃない?友達の話じゃかなり素っ気ない感じだったらしいし。
あ、ねぇねぇ、そう言えばさ――――――――――――」

それから彼女達の話題は今度は男子生徒についてに移った訳だけど、
はそこでハッとして慌てて教室を出たのだった。
たった今聞いたばかりのグレイ先生の話が本当なのかどうかは分からないけど、
それでも心底ホッとしてしまったのは確かだ。
先生は女子生徒の間じゃしょっちゅう話題に出てるし、あのルックスにあの性格、
人気がない筈が無いのもだって百どころか千も億も承知してる。
を好きだと言ってくれるグレイ先生の気持ちを疑ってる訳じゃないけど、
それでもは毎度毎度気が気じゃないのもまた事実で。
大体にしてこの学園都市内。
何故か妙に男女問わず美形率が高い。
どいつもこいつも、あの子も彼女も、可愛かったり綺麗だったり。
皆が皆ライバルに見えるんだから、自分、どんだけ必死なんだろうと思わなくもない。
グレイ先生に近付く相手は女子生徒だけじゃなく、
大人な女性の教師達にも嫉妬したりして居る毎日。
でもやっぱりどこかで安心している部分もあったのだ。
その中でもを選んでくれたんだと。
だけど―――――――――――――――



?どうかしたのか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

頭上からグレイ先生の気遣わしげな声が聞こえる。
はゆっくりと先生の腕の中から体を放した。
同時に甘い花の香りがの体に纏わりつく。

?」
「・・・・・・・・・・、・・・・・・グレイ先生、ここに来る前・・・誰かと会いました・・・?」

眉間にしわを寄せながら、は思わず険のある声でそう言った。

「え?」
「誰か、って言うか・・・女の人・・・。先生、香水の匂いがする」

残り香なんだから鼻を突く様な強烈な物じゃない。
だけど、だからこそ意味深で、
そして残り香ってのはそれだけ密着したから着くものだろうと思うと、
どうしても平静では居られなかった。


「・・・俺は君に対してやましいことは何もしていない。信じてくれ」
「じゃあこの香りは」
「貧血を起こした他の寮の教師を支えたんだ。
そのまま保健室に運んだのも俺だが、決してそれ以上の意味はない」
「・・・・・運んだ」

つまり、その人を抱き上げて連れて行ったと言う事だろう。
しかもきっと、漫画やドラマなんかで見る、ヲトメの夢的な俗に言うお姫様抱っことかで。
は柄じゃないからそんなのを夢に見たりはしないけど、
それをグレイ先生が他の人相手にしたんだと思うと無性にムカムカする。


「仕方ないのは分かってる。・・・けど、やっぱり嫌です」

子供っぽいのを承知で私はそう口にした。
こう言うのを抑えられないからこそ子供なんだろう。
大人なグレイ先生とこんなじゃ、釣り合わないと思えば思うほど、
ガキッぽい行動を制御できない。

「グレイ先生の気持ちを疑ってるとかそう言うんじゃないけど、
先生は凄く人気があるし、
たまに、本気で先生と他の子達が話をしてる間に割って入りたくなる。
その上綺麗で大人な女の先生の噂とか耳にするし・・・。
何か・・・、最初から分かってるけどグレイ先生は大人だし、
先生ばっか余裕があるみたいで」

当初の話とズレ始めているのを自覚しながら、それでも口が止まらない。
こんなぐちゃぐちゃでドロドロとした感情をグレイ先生にぶつけるなんて、
それこそ嫌われかねないと分かっていても、
不安を吐き出す様に言葉にしてしまっていた。

「・・・、君には俺がそんな風に映っていたのか」
「え?」
「・・・実際は・・・俺は君に関しては、余裕なんてあった試しはないんだがな」

気のせいだろうか。
グレイ先生の表情が、どこか自嘲気味に見える。

「確かに俺は大人だ。だから、その分卑怯で計算高い」

そう言ったグレイ先生の瞳が、いつもとは違う、どこか冷たくて鋭いものに変わった。
瞬間的にどくりとの心臓が大きく音を立てて脈打つ。
先生の腕が再びを捕らえた。
但し、さっきよりも強引に。

「・・・グレイ先生・・・」
「君が俺の行動にそうして嫉妬してくれることを喜んでいる。
俺に執着し、独占欲を抱いてくれることを」

低い声がすぐ頭上で聞こえる。
いつもより一層静かで、だけど確実に熱を持っている様な声だった。

「だが、君の可愛らしい嫉妬に比べれば、俺のこの醜い気持ちは、
君の重荷になるかもしないな」
「え?」
「・・・・・・・君の周囲の男達に嫉妬を燃やしているのは俺も同じだ。
特に最近は、アイツ(・・・)が君と話しているのを見るだけで、
自分の中の衝動を抑えるのに苦労するんだ。・・・・・・あんな男でも、一応生徒だからな」

アイツと言うのが誰を指してるのかなんか、名前を聞かなくてもすぐに分かった。
真っ先に思い浮かぶ顔は一人しかいない。
エース先輩の事だ。

「まぁ、最近エース先輩の絡みっぷりは度を越してるけど、
グレイ先生が思ってるのとは、方向性が違うと思います。」
「アイツが君にちょっかいをかけているのは、恋愛感情からじゃないと言いたいのか?」
「はい、だってあの人毎回会う度のこと可愛くないって言ってますから」
「あの男が君に興味以上の感情を抱いているのは、見て居れば分かる。
・・・・・・だが、例え君の言うように、アイツが君に恋愛感情を抱いて居なかったとしても、
君にあれ程頻繁に近付く時点で俺にとっては目障りな存在だ・・・。いつも以上に、な」

そう続けたグレイ先生の声は、室内温度が数度、
下がった様な錯覚を起こさせるほど、冷ややかな物だった。
驚いて顔を上げたと、先生の視線がカチ合う。
凶悪、と、表現して間違いないその表情に、ぞくりと背筋が寒くなった。
同時に、の胸の奥から湧き上がるのは、歪んだ喜びだ。
こんな顔を見せてくれる位、先生がを想ってくれている。
そう思うと別の意味でも体の中からぞくぞくとした何かが駆けあがって来た。

「グレイ」
「・・・・っ!?」

名前を呼ぶのと同時に、は先生のネクタイを掴んで引き寄せ、踵を上げる。
そして、その唇に自分のものを重ねた。
不意を突かれた様な表情の先生が少しおかしい。
だけど、この気持ちをどう表現していいか分からなくて、
は無言でグレイ先生の唇を啄ばむ。

「・・・・・・

に答える形で名前を呼んだグレイ先生が、の唇に喰らいついてきた。
いつもよりも少しだけ荒っぽく、性急なキス。
唇を割ってぬらりと入りこんで来た舌が、あっという間にの舌と絡まり、縺れる。
長い脚がの太股の間に割り込んで来たかと思うと、
グレイ先生の両腕に閉じ込められて強く体を密着させられた。
その間も呼吸だけじゃなく、思考も奪われるような熱いキスが続けられる。
まるで焼けつくみたいな彼の熱い吐息がの喉の奥まで焦がした。


「・・・・放さない・・・。俺は、君を・・・誰にも渡しはしない」


唇を貪りながら、僅かに唇を放した隙に低く掠れた声で彼が囁く。
大きな掌が制服の上からの胸元をゆっくりと撫でた。
それだけで、この先の事を思って、期待を抱いたの体が反応する。
はグレイ先生のネクタイを片手で緩め、それを再び強く引っ張り、
角度を変えてキスに応えた。
空気が甘い甘い砂糖水に変わって行く。
それと同時にの思考回路も、見事に溶けて行った。


「放さ、ないでよ・・・。も、・・・先生を放さないから・・・」


乱れた呼吸の合間に呟き、口内に溜まった温い唾液をゆっくり飲み下した。
飲みきれなかった雫が唇から顎へと伝う。
グレイ先生が瞳を細めてそれを舌で舐め取ってくれた。
金色の瞳に、のよく知る熱が宿っている。
甘いだけじゃ終らない、肉食の、熱。

「なぁ、今なら分かるだろう?・・・・・俺には、本当は余裕なんか少しもないんだ。
・・・・・・情けない位に、俺は君に飢えている」

耳朶に湿った吐息がが吹きかかる。
それに反応して鼓膜が甘く痺れを訴えるみたいに震えた。
手慣れた様子でグレイ先生がの制服を乱して行く。
も彼のネクタイを首から抜き取り、シャツのボタンを外した。


「余裕なんて、要らないわ・・・。もっと飢えて欲しい・・・、に・・・」


グレイ先生がの首筋へ、鎖骨へと舌を這わせ、
濡れた感覚がしっかりとそこを辿る。
は先生の頭を抱きしめるように腕を回した。



「ッ・・・は、・・・俺の飢えを満たせるのも、俺に渇きを感じさせるのも、
君だけだ・・・・・・・。君だけが、俺から全てを奪える・・・・・」



甘い熱に溺れながら、もう溶け切った思考が彼の言葉で更に蕩けてく。
は子供っぽいんじゃなくて、本当に子供で、
ずっと先生に釣り合わないと思っていた。
いつも不安で、怖くて。
意地を張ることでそれをやり過ごそうとした事もある。
だけど、今は、子供だっていいじゃないかと思ってしまう。


グレイ先生がを求めてくれるなら、だけを見てくれるなら、
それだけがもう、の全部になってしまう。

らしくもない可愛らしい思考。
だけどそうなってしまう位、グレイ=リングマークと言う人は、
の大好きな人なのだ。



(END)



アトガキ
◆リク内容
両想いになった二人だが、立場上二人の関係は秘密。
互いに言い寄る異性の存在に嫉妬し、揉めてしまうが、結果的には甘々(若しくは微エロ)。

なんがあああああああ(笑)!前回のホワイトジョーカー以上の長さになってしまった!
見本の意味なし・・・。それでも一応私なりにリク頂いた内容をクリアしようと頑張ってみたのですが、
揉めるって言うより、ヒロインが一方的に拗ねてるみたいになったかもしれませんね・・・orz
嫉妬する部分は、・・・どうにか書けたと思います!個人的にもグレイの嫉妬は好物なので(笑)。
ヒロインが他のキャラ相手より大人しめなのはグレイがお相手だからってことにしときます。
それでも積極的な部分は彼女らしいのかも。
ではでは、リク下さった、さか様、
そしてここまでお付き合い下さった姫様に感謝しつつ、失礼しますねーvv有難うございます〜。
Title by 群青三メートル手前

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