外はすっかり暗くなってしまってもう夜だと言ってもいい位の時間。
夕方に生徒会室を後にして別れた後、
いつものように別行動をしていたと桜士郎は、
新聞部の部室付近の階段で偶然顔を合わせた。
「あら、桜士郎、今から寮に戻るところ?」
「ん?ああ、か。俺は今から部室に向かうとこ。ちょっと忘れ物しちゃってさ」
「そう。じゃあ、は生徒会室に用事があるから、また明日ね」
「はいはい、そんじゃな」
階段を降りるに対し、部室に向かう桜士郎は逆に階段を上っていく。
そして数段、が足を進めたその時だった。
「、そこ誰かが水零してほったらかしにしちゃってるから、気を付けた方がいいぞ」
背後から桜士郎がそう声を掛けて来る。
咄嗟に振り向いて返事をしようとしたは、ズルリ、と、足元を滑らせ、
バランスを崩してそのまま階段から落っこちそうになってしまった。
「っ!?
「・・・!」
名前を呼ばれたのと同時、背後から桜士郎の腕が伸びて来て、寸での所での体を支えてくれた。
唐突の出来ごとに手から鞄が滑り落ち、音を立てて階下に向かって行く。
「・・・っふう、言わんこっちゃない。はしっかりしてるようで、
結構ドジなんだから、気を付けないと」
「有難う、桜士郎。助かったわ。ドジは余計だけどね?」
「余計、ねー。この間物に躓いて写真ばら撒いてたのはどこの誰だったかなー?くひひっ」
「桜士郎・・・!」
にやにやと嫌な笑いを浮かべてをからかう桜士郎を睨みつけてやりながら、
は彼の腕からゆっくりと身を放そうとした。
丁度その時。
階下から、今度は桜士郎とはまた別の、けれどよく聞き慣れた声がした。
「!」
「一樹!」
見下ろした視線の先。
達の方に向かって階段を駆け上って来る一樹の姿がある。
桜士郎は極自然に、だけど素早い動作での傍から距離を取った。
「一樹、ってば濡れた階段で落ちそうになっちゃったんだぜ」
「ん?あ、ああ・・・そうだったのか・・・。桜士郎、コイツを助けてくれて有難うな」
「いやいや、お安い御用さ。何たってお前の可愛い彼女だからな」
「?一樹?どうしたの?」
「別に、何でもないさ。お前が無事で良かったって思ってただけだ」
いつもの調子でからかうような口調で言った桜士郎に対し、一樹の様子はどことなくおかしかった。
不機嫌。
とまではいかないけど、何となく機嫌がよくないと言うことは分かる。
よりも先に桜士郎は一目彼を見ただけでそれに気付いていたようだった。
付き合いが長いだけあって、桜士郎は一樹の僅かな変化も見逃さない。
はワンテンポ遅れてしか気付けなかった自分が何となく歯がゆかった。
「そんじゃ、俺は部室に用事があるから、邪魔ものは退散しようかな。一樹、、また明日な」
「おう、またな、桜士郎」
「じゃあね」
桜士郎が再び階段を駆け上ってその足音が完全に遠のいて消えてしまってから、
一樹はさっきが階段から転んでしまいそうにになった時に階下に落下した荷物を手渡して来た。
「あ、有難う」
「いや・・・。それより、そろそろ帰るか」
「・・・・・・・うん。ねぇ、一樹」
「何だ?」
問いかけるに答える一樹は、さっきから視線を合わせてくれようとしない。
さっきからと言うのは、階段で桜士郎と一緒に居た時から。
だから気のせいなんかじゃなく、絶対に何かあると思った。
何か。
よく分からないけれど、が何か怒らせるようなことをしたのかもしれない。
一樹は普段喧嘩っぱやく、短気なところもあるけれど、
実際は相手を思いやって自分を抑え込むことも少なくはないから。
機嫌の悪さを隠す様に、一樹はの手を取って足早に階段を降り始めた。
「ねぇ、何か怒ってるの?」
「俺が?いいや。どうしてそう思うんだ?」
「・・・・・・・・・さっきから、の目を見てくれようとしないから」
「・・・・・・・・・・・そんなことねぇよ・・・・・・・・・・・・」
一樹らしくないぼそぼそとした呟く様な声だった。
階段を降り終えた後、廊下を進みながら、は並んで歩く一樹をジッと見上げる。
「嘘だわ、さっき階段で会ってから全然こっち見てない」
「ははっ・・・、気のせいだって」
「一樹・・・!」
曖昧に笑って誤魔化そうとする彼のその態度に耐えられなくて、はそこで立ち止まった。
そしてその場に鞄を落とすと一樹の顎を片手で掴み、強引にの方へと視線を向ける。
女のの力なんて一樹からしてみれば大したものでもない筈。
けれど、彼はそれを力づくで振りほどこうとはしなかった。
「っ!?お、おい!」
「一樹、何かあるのなら言って。言ってくれなきゃ分からないわ」
「だから、それは・・・!」
「それは?・・・お願いだからこっち見て、の目を見てよ、一樹」
言いざま、が覗き込んだ一樹の瞳の奥に、切羽詰まった様な焦燥を見た気がした。
よく分からないけれど、その原因が、彼がと視線を合わせない理由だと言う事だけは分かった。
「ああー・・・!くそっ!・・・・・・・・・来い!」
「えっ!?」
ジッと視線を合わせたがその瞳に滲む何かを更に探ろうとしたその時。
一樹が耐えかねたように声を上げ、廊下に投げ出した鞄を掴むと、
未だに繋いだままだったの手を少し強引に引っ張って歩きだした。
「一樹?どこに行く気?そっちは空き教室で・・・・・」
「分かってるよ・・・」
いつもより低い声。
一樹はたった一言そう答えて、がそれ以上何を言っても返事をしてくれなかった。
「一樹・・・・?」
連れて来られた場所は予想通り、誰も居ない空き教室。
はその壁に背中を軽く押し付けられ、一樹との間に挟まれる様な形になっていた。
見上げた彼の表情は、いつも見ている明るい表情とは全く違う。
「何か、あったの?」
「ったく、お前は・・・時々鋭いんだか鈍いんだか分からねぇな・・・」
苛立っている様な、それでいて困っている様な複雑な口調で一樹は言った。
はその彼の頬にそっと手を伸ばす。
「ごめん、自分では鋭い方だと思っているんだけど・・・。
あなたのことに関しては、桜士郎には敵わないみたい」
その時。
桜士郎の名前を出した途端。
ほんの一瞬、ぴくり、と、一樹の眉が反応した。
そして彼は僅かの間目を伏せ、すぐに視線を上げた。
「悪い・・・、・・・・・俺は・・・・・・・・・」
「―――――――ンぅっ!?」
何かを言いかけていた一樹は、どこか辛そうに眉を顰めると、唐突にの唇を強引に奪った。
は咄嗟にびくりと大きく体を震わせ、片手で彼を押し返そうとする。
けれど、そうする前にすぐに力を抜いた。
どうしてか、このキスを拒絶してはいけないと感じたからだ。
その後、押し付けられただけの唇から、一樹の舌がぬるりとの口内に入り込んできた。
独特の弾力のある熱く濡れた彼の舌が、まるで生き物のように暴れまわり、の口腔を貪り始める。
は無抵抗にそれを受け入れ、自分から一樹の背中に腕を伸ばした。
それに反応して彼がの舌に自分の舌を絡ませる。
「・・・ふ、・・・・ぅ・・・」
僅かな息苦しさに小さく声を漏らしながら、それでもは一樹から離れようとは思わなかった。
最初はどこか性急で荒っぽかった筈の彼のキスは、
そうしている内に少しずつやわらかく優しさを含んだものへと変わって行く。
口内がとろみのある生温い唾液で満たされた頃、一樹はそれをゆっくりと飲み込んだ。
「・・・・・・・」
「・・・・・一樹・・・」
至近距離からを見つめる彼の瞳をジッと見つめ返すと、
彼はほんの少しだけから距離を取って口を開いた。
「急に悪かったな、・・・。俺は・・・・・・・、俺は・・・妬いてたんだよ・・・」
「・・・・・・・・・え?・・・・・や、妬いて?一樹、あなた・・・やきもち妬いてたの?」
は一樹からの予想外な台詞に思わずきょとんとしてしまう。
そんなの様子を一樹は困った様に小さく笑った。
「お前、本当に全然気付いてなかったのかよ・・・。
これだけ周り中男だらけなんだぞ、やきもち位妬いて当然だろ?」
「それは・・・そうかもしれないけど・・・、一樹はそんな素振り今まで見せなかったじゃない」
「・・・・・ん、まぁな、これでもある程度我慢してたからな。
・・・・それがついさっきぶち切れちまってこのザマだ」
フッと自嘲気味に笑って言った彼の言葉には眉間に軽くしわを寄せて少しの間考えた。
そしてすぐに思い浮かぶ出来ごと。
さっきと言えば、が桜士郎の名前を口にした時のこと。
それに、彼の様子がおかしかったのはが桜士郎居た、あの階段での出来ごとからだ。
「・・・・・・え?まさか・・・・・・一樹・・・・・。桜士郎に妬いて・・・?」
の問いに、一樹はまた苦笑した。
「そのまさかだ・・・。今回だけじゃない。俺はずっと、桜士郎の奴に妬いていた。
同じ学科で、同じ部活、それにお前達は考え方だって似ているところがある。
俺には分からない、同じ目線で物を見ている部分があるしな。
それに何よりお前は・・・・・・アイツに近寄ることに躊躇いがないだろ?」
「それは・・・だけど一樹!が好きなのは一樹よ。
桜士郎のことは勿論信頼もしてるしこれからも友達として付き合って行きたいと思ってる。
でもそれは一樹への気持ちとは全然違うわ」
「ああ、そうだな。分かってるよ、お前の気持ちは十分分かってる・・・・。
それでも・・・・・この気持ちばっかりはどうしようもなかった」
言った一樹が力を込めてを抱きしめる。
はそれに応える形で彼の背中に回していた腕の力を強めた。
そしてはずっと彼に秘密にして居たことを告白する為、
小さく深呼吸を繰り返した。
「・・・・ねぇ一樹、桜士郎に妬いてたのは・・・・・だって同じよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、・・・・・・・・・何だって?」
今度は一樹が驚く番。
彼は相当驚いたように、数秒間、固まった後、ようやくそう口を開いた。
そしてまた、今度はが苦笑する。
「だって桜士郎は誰よりあなたを理解してるから。
付き合いが長いって部分でも勿論そう。桜士郎はの知らない一樹も知ってるし、
一樹が無理をしているとへらへらしてるようですぐに見抜いてるわ」
「まぁ・・・アイツはああ見えて鋭いからな」
「その通り。さっきだって・・・、
桜士郎はあなたの様子がいつもと違うことをひと眼で見抜いてた。
は・・・・・・・それが悔しかった、羨ましかった・・・・・・・・」
普段他愛ない会話ばかりしかしていないようでいて、
一樹と桜士郎は心底信頼し合った親友同士だとお互いを認めている。
男同士の友情に嫉妬した所で不毛だと分かってはいても、
無条件でお互いを理解してる彼らの間には割り込めないんだと思うと哀しかった。
そう、桜士郎はきっとこのことにも気付いていたに違いない。
の感情も、一樹の感情も。
つい最近言われた台詞。
――――――― 一樹をもっと理解したいんだったら、まず自分の行動をよく見直して考えてみたら?
単なる嫌味でも口にされたのかと思っていたけれど、
暗に桜士郎はの行動が一樹の嫉妬心を煽ってしまっていることに気付いていたのだ。
そう思うと、やっぱり悔しい。
「ふっ、結局・・・お互い同じような理由で桜士郎の奴に嫉妬してたって訳だ」
「・・・・・・・・・・・・うん、そうね。・・・・ふふっ、達、馬鹿みたい」
くすくす。
思わず小さく笑ったの唇に、一樹が音をたててキスをする。
「しょうがねぇだろ、好きなんだから」
「・・・・・・・一樹」
「好きだから嫉妬しちまう。・・・・・お互いに、な」
「・・・・・うん、そうね」
笑顔で答えたの唇。
一樹が何度目かのキスをする。
長い脚がするりとの太ももを割って絡ませられ、腰を抱き寄せられた。
「一樹・・・・」
達は体を密着させたまま、角度を変えて何度も何度も唇を重ねた。
少しずつ息が弾み、口内にお互いの唾液が溜まり始める。
一樹は片手でのわき腹をゆっくり撫で、
やがて服の上からやんわりと胸の膨らみを包み込むように掌で揉みしだきだす。
「あっ・・・・、か、一樹・・・・!」
「やきもち妬いてるって言ったお前、ムチャクチャ可愛かった・・・」
「・・・・・・・・え?」
「・・・・・相手が桜士郎ってのが微妙だったけどな・・・」
「ふふっ・・・・・・ン・・・・・・・・」
喰らいつく様に、けれどあくまでも優しさを残した一樹らしいキス。
は自分からもそれに応える様に、踵を上げて彼の唇に自分の唇を押し当てた。
一樹の片手がの制服を弄りながら乱していく。
既にボタンを外されたシャツの襟。
一樹の手が侵入し、ブラのホックを小さく音を立てて外した。
「・・・」
甘い声で名前を囁かれ、そしてまたキスを交わす。
の胸を一樹は節くれだった手で粘土細工をこねる様にして揉んだ。
彼の手に触れられている。
そう思うとどうしようもなくの体が熱を持ち、疼き続ける。
その後彼はの首筋に唇を埋め、息を微かに弾ませて言った。
「、俺にはお前だけだ・・・。だからお前も俺だけ見てろ。この先もずっと、俺だけを」
「一樹・・・。・・・・・・そんなの、当たり前でしょう?」
返事をしながら、は一樹の制服の青いネクタイを首元からシュルリと引き抜く。
そこで彼が顔を上げた。
「フッ・・・ああ、そうだな。当たり前のことだったな・・・」
この上なく満足そうに笑う、一樹の表情。
それが余りに愛しくて、はもう一度、自分から彼にキスをした。
(END)