「あのさ、グレイ。さっきのことだけど、エースの言った事は真に受けないでね」
キッチンについてすぐ、は真っ先にグレイにそう言った。
そして、ユリウスの所に向かう前にここに置いて行ったガトーショコラを、
達の傍にあるテーブルまで持ってくる。
「これは・・・君が作ったのか?」
「うん。で、結構な量になったから、ユリウスにおすそ分けしようと思って。
そしたらその途中でエースに会って・・・、
はエースに言われて初めてあの時間帯からバレンタインになるって言うのを知った訳。
ガトーショコラだったことに深い意味はないし、特にバレンタインを意識してとかじゃ全然ないから」
からこんな言い訳をされたところで、グレイにとっては余り気にしてた事じゃなかったかもしれない。
だけど、どぐされエースの発言のせいで少しでも彼に誤解されたままなんてのは、
としては断じて見過ごせることじゃなかった。
だって、もしもこの時間帯からバレンタインデーなんだと知ってたら、
真っ先にがチョコを渡したい相手なんか決まっていたから。
「・・・・そうか、・・・君は・・・時計屋にこのケーキを持って行くところだったんだな・・・。
その上アイツに会った・・・。
そして結果的にはアイツも君の手作りのケーキにありつけたと言うことか・・・」
「へ?あ、ああ・・・まぁ、うん。
でも、さっきも言った様に、ホント・・・深い意味はなくて・・・、グレイ?」
誤解が解けたんだとホッとしかけてたけど、何だかグレイの様子がおかしい。
の作ったガトーショコラに視線を向けたまま、複雑な表情を浮かべている。
まぁ、グレイがユリウスに妙な対抗意識を燃やしてたりだとか、
二人が余り仲が良くないってのは直に見ることで以前以上によく知ってるけど、
それにしたって『いつものこと』と片付けられるような態度じゃないように見えた。
やっぱりエースの奴が絡んでくると色々とろくなことにならない。
「・・・」
「え?何?」
「もしも・・・この時間帯がバレンタインだと君が事前に知っていたら・・・、
君は・・・・・このケーキを誰か・・・特定の男に渡していたのか?」
「っ!?」
余りに唐突に向けられた、心を見透かされてたようなグレイからの質問。
でも当然、グレイはナイトメアとは違うから、の心の中なんか読めてるはずもなく。
だからこそ、そのタイミングの良さと言うか悪さと言うかに、激しく動揺してしまう。
そして、その分かり易過ぎるの反応に、グレイがピクリとほんの一瞬眉を動かした。
「・・・・居るんだな、そう言う相手が」
「ああ、ええーっと、いや、その・・・そ、それは・・・・」
あわあわあわあわしつつ、は何と答えるべきか咄嗟にああでもない、
こうでもないと頭の中で考えた。
けど、結局特に上手い言葉も思い浮かばずに、目を泳がせるだけに終わった。
「・・・・俺の知っている男か?あの二人でなければ・・・、・・・・・・ナイトメア様?」
「ち、違う!いや、一応ナイトメアにも後であげようと思って別にしといた分があるけど、
それはユリウスとかにあげるのと同じような理由だし!」
「ああ・・・そう言うことか・・・。
つまり・・・このクローバーの塔以外の・・・他の季節の男に渡す予定だったと言うことなんだな・・・」
「え"え"っ!?」
何で。
何でそう言うことになる訳!?
ここは最後に、じゃあもしかして自分なのかって感じの話にならない訳!?
冗談でもいいから、そう言う流れを作ってくれればはそれに乗ることが出来る。
勿論、の気持ちを冗談なんかにして欲しい訳じゃないけど、
それでもそう言う流れが出来た方が、こっちも素直になるタイミングを掴みやすい。
なんてのはまぁ、の勝手な気持ちだとも思うけども。
「、君も知っての通り、この塔以外の領土はこことは違う季節だ。
つまり、ナイトメア様が決めたバレンタインと言う行事とは何の関係もない。
だから・・・・・・・・君が、・・・・・・・思いを込めたような手作りの物を・・・・その男に渡したところで、
相手に気持ちが伝わるとは俺には思えない」
そう口にした彼の表情は、物静かで穏やかと言うには程遠い、
何だか殺気染みたものまで感じられる様子だった。
の気のせいじゃなければ、今、グレイの機嫌の悪さ指数はかなり高いものになってるんじゃないだろうか。
「や・・・、あの、グレイ・・・違うの、違うんだって!別の領土の人じゃなくて!」
本当はこんな形で答えを口にするのは微妙な気分なんだけど、
このままだとグレイは全然違う方向に話を持ってってそのまま帰って来なさそうだ。
ここはもう自身が軌道修正して、自分の口からちゃんとした答えを言ってしまうしかない。
それはもう告るってことと同じだと分かってるし、
そうなるとグレイから振られる可能性も大だってことだ。
でも、変に誤解されてしまうのはやっぱり嫌だった。
「え?違う・・・のか?だが、時計屋やあの騎士・・・、それにナイトメア様でもないということは・・・・」
――――――どくんっ。
そこで言葉を切ったグレイに、の心臓が大きく脈打つのが分かった。
さすがにここまで来たら、グレイも答えが分かったのかもしれない。
が彼に向って頷こうとした、その時。
「この塔の・・・部下達の誰かだと言うことか・・・。そうだな、君は部下達にも慕われているし、
君も彼らとは仲がいい・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
って!!グレイ、あんたって人は!!どこまで!!??
たった今音が聞こえる位に脈打ったの胸の高鳴りを返して欲しい。
っていうか、これがわざとならかなり性質の悪いタイプの男だ。
鈍い振りをして巧みにこっちが自分から答えを言うように仕向けてる。
そんな感じの。
グレイは昔ワルイ男だったらしいけど、今だって実は相当な部分があるのも知ってるし。
でも勿論、今回のことに関しては違うんだろうけど。
あああああああああー!もう!!結局こうなるんだ!
があぁっ!と頭の中でなってしまいつつ、は結局腹を決めた。
一歩、グレイの前に踏み出して、殆ど睨みつける形で彼を見上げる。
「グレイ!が、バレンタインにチョコを渡したい相手は、グレイだからね!?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?・・・・何、だって・・・・・・・・・?」
ぽかん。
と。
そりゃもう、本当にそんなこと全くちっとも予想してませんでした的な表情で驚くグレイ。
と言うかこの人、こんなに鈍かったっけ?と本気で思ってしまった。
グレイはこの世界で比較的常識的で大人な男性ってだけじゃなく、勘の鋭い人でもある。
そう思ってたけど、この様子、どうやら違ったようだ。
特に、今回の件に関しては。
「・・・君が、俺に?」
「そう。大体、・・・このケーキだって、本当は真っ先にグレイに食べて貰いたいと思ってたんだし・・・」
「・・・・」
言ったグレイが、フッと金色の瞳を細めて微笑んだ。
照れたように、少しだけ頬を赤くしている。
その様子が何だか可愛くて、ついさっきまでちょっと怒りモードに突入してた筈のは、
そこで無意識に力を抜いた。
それだけじゃなく、つられて笑ってしまう。
この反応からして、少なくとも、の気持ちを強く拒絶されたりはしないだろう、
そう思えたからかもしれない。
「グレイが仕事中なの知ってたから、仕事終ってから持ってこうと思って・・・。
そ・・・・・・・その方が・・・・・・・・・・二人で、・・・・・・・・・・・・・・ゆっくり出来るかな・・・って・・・」
「俺と・・・二人きりになりたいと思ってくれたのか?」
「・・・・・・・・・・うん」
が頷いて返したのと、グレイがの体に両腕を伸ばしたのは殆ど同時だった。
が驚いて顔を上げるより早く、彼は力を込めてぎゅうっとを抱きしめた。
彼の胸に顔を埋める形になりながら、ほんのり煙草の匂いに鼻孔をくすぐられる。
煙草自体は自分も吸わないし、他人のものだって好きじゃない。
でも、これは全然別物だと思った。
グレイのこの香りは、嫌いじゃないし、それどころか好きだとハッキリ言える。
「・・・君はさっき・・・、バレンタインのチョコを渡したい相手は俺だと言ったな・・・」
「・・・・・・・・う、うん」
「それは・・・つまり、君が俺のことを男だと意識してくれていると自惚れてもいいと言うことか?」
「そんなの・・・当然よ。グレイは、にとってずっと男の人だし・・・それに・・・」
そこで一旦言葉を切り、は目を閉じて小さく息を吸い込んだ。
「それに?」
グレイが耳元で囁きかける様に先を促してくる。
はどくばくどくばくと勢い良く胸を叩いている心臓の音を耳にしながら、
ゆっくりと目を開けた。
「は、グレイのことが・・・好き、だから・・・・・・」
言った。
言ってしまった。
自然と掠れた声。
それから震える唇。
視線は咄嗟に下を向き、どうしてもグレイと目を合わせることが出来なかった。
「・・・」
名前を呼ばれたのと同時に、彼の骨ばった片手で顎を捕らえられて上向かせられる。
グレイが何をする気なのかはすぐに分かったけど、に抵抗する意思なんかある訳もなく。
彼がゆっくりと距離を詰めての方に屈みこんで来た後、やわらかく唇を重ね合わせた。
「ん・・・」
ほんの少しの軽い接触。
だけど、それはすぐに濃厚なものに変化した。
グレイの熱い舌がぬるりとの口内に入り込んでくる。
そしておずおずとぎこちなく差し出したの舌を、彼のものがねっとりと捕らえた。
はグレイの背中に腕を回し、踵を上げて彼のキスに応える。
少しずつ二人分の唾液が量を増していき、口内に温くて枯れない水たまりが出来ていた。
結ばれた舌と舌が、そのまま蕩けて混じり合ってしまう様なおかしな錯覚に陥る。
グレイが角度を変えての唇に喰らいつくと、
の唇の端から生温かい雫が伝い落ちる感触があった。
彼はそれを片手の親指で軽く拭い、赤い舌でぺろりと舐めた。
そして少しだけ唇を放すと、フッと苦笑して見せる。
「・・・俺は結局、自分相手に嫉妬していたんだな・・・。
この塔に君の想い人が居たとしたら、俺はそいつの前では絶対に平静では居られないと思っていた・・・」
「・・・・グレイ・・・」
「・・・・・・・・・、俺がこんなに君の周りの男に妬いてしまう理由はひとつしかない・・・。
俺は君が好きだ。君のことになると・・・俺は自分でも情けない位にみっともない姿を晒してしまうんだ」
だから俺を、余りやかせないでくれ。
そう続けて、グレイはまた、眩暈を起こしそうな位に甘いキスをにくれる。
本当にバカみたいな甘ったるい表現だけど、煙草の苦みが混ざってるのに、
グレイがするキスは思考が溶けて行きそうなほど、甘いと思った。
エースから唐突なバレンタインのことを聞いた時はナイトメアを恨んだりもしたけど、
今回ばかりはお礼を言いたい位に感謝してる。
色々ありはしたけど、
最終的にはこの時間帯、最高の恋人を手に入れることが出来たんだから。
(END)