久しぶりにお菓子作りでもしてみようと思って頑張ってケーキを焼いた。
キッチンに立つこと自体が久々で、その上要領が悪くてあれこれと時間を掛けてしまったけど、
出来あがったガトーショコラは見た目も味も中々の出来。
ついでに大きさも結構なものだったから、
はそれを切り分けてユリウスにも持って行くことにした。
それからユリウスに持ってったことが分かったら絶対後で拗ねられるから、
おこちゃまなナイトメアの分も別にして取っておく。
実は本当のとこ、真っ先に食べて欲しいのはグレイだったりするんだけど、
生憎彼の休憩は後一時間帯後だ。
グレイにはその頃に持って行って一緒にお茶にしようと誘うつもりだった。
仕事中の今、差し入れだと言って持って行くよりもその方が邪魔にもならないだろうし、
何よりゆっくり一緒に居られる口実が出来る。
なんぞと考えてる辺り、も恋する乙女として捨てたものじゃない。
そんな訳で、は今、現在進行形で、
手作りのガトーショコラが入った箱を片手にユリウスの仕事場に向かっている。
スタスタと足早に廊下を進み、その角を曲がった瞬間。
は、見てはならない、いや、遭遇してはならない人物を見つけてしまった。
「げっ!?」
「お!じゃないか!あははっ!久しぶりだな!」
やぁ!的な態度で片手を上げ、爽やかな笑顔を貼り付けた、全身真っ赤なロングコートの長身の騎士様。
ここは確かに中立地帯で、そしてエースはユリウスの部下でもある訳だから、
顔を合わせても不思議じゃないと言えばないのかもしれない。
でもエイプリルシーズンに突入して以来、彼とはハートの城内でさえも顔を合わせてなかったし、
屋外でも数える位しか姿を見てなかった。
にも関わらずこのタイミングでこの状況でコイツと出会うなんて、あり得ない。
「うん、久しぶり。それじゃあそう言うことで、さようなら」
やぁと上げられた手に、じゃと手で返す。
更に、エースの横を通り過ぎて足早に通り過ぎる。
「ええっ!?久しぶりだっていうのにたったそれだけで行っちゃうのか?それは酷いぜ、」
「いや、だってあんたと話してると長くなりそうだから。、急いでるんで」
「だからって俺を避けることないだろ?少し位相手をしてくれよ。じゃないと俺、拗ねちゃうぜ?」
言いざま、エースがの行く手を遮る形での前に立った。
は仕方なく、足を止める。
そしてわざとらしく、深く大きな溜息を吐いてやった。
「エース君!今はユリウスのところに向かおうとして居るんですけども!?」
「エース君って・・・、ペーターさんみたいな呼び方は止めて欲しいなー。
ああ、でも丁度良かった。もユリウスの所に向かうところなんだ?俺もそうだから、一緒に行こうぜ」
「無理!はあんたと壮大な旅ロマンを満喫してる時間ないから」
キッパリとお断りを入れると、エースは口を尖らせてえー?っと声を上げた。
エイプリルシーズンに入る前に比べて、
ユリウスが同じ場所に居るエースが精神的に安定してるのは二次元の意味でもリアルな意味でも知ってる。
だから今の彼と一緒に居るのは、前に比べて黒々しい怖さは感じないんだけど、
エースの場合は彼がエースって時点で色々と身の危険を感じる訳で、
それを分かっていながら長時間二人でいることなんか出来ない。
しかも今は食べ物を持っているし、
これが痛まない内にエースがユリウスの元に辿りつくとは到底思えなかった。
っていうか、コイツに付き合ってたらグレイとお茶をしようと思ってるのに、それも出来なくなってしまう。
「だったら君が俺をユリウスの所まで案内してくれよ。それならいいだろ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・、まぁ、それなら・・・。てか、もうすぐそこなんだけどね」
「ええっ!?そうなのか?・・・・おかしいなー、俺はもう16時間帯位はここで迷っているんだぜ」
「・・・・・・・・・エースって、ホンット凄いよね!色々な意味で!」
この廊下を真っ直ぐ進めばあっという間にユリウスの仕事場に繋がるドアがある。
それなのにこんな所でそんな長時間迷えるなんてそれこそある意味神業だ。
いや、確かにこのクローバーの塔はかなり広いけど、それにしたってこの距離でその迷いっぷり。
間違いない。
彼には方向音痴の神様がついている。
寧ろ、エース自体が方向音痴の神様だと思う。
そんな神様のご利益(?)には絶対あやかりたくない!
話している間にスタスタ歩くことを再開した。
その隣を並んで歩くエースが、不意にの手元にあるケーキの箱に視線を向けた。
「なぁ、さっきから気になっていたんだけど、それの中身は何なんだ?」
「これ?ガトーショコラ。が作ったヤツなんだけど、ユリウスに持って行こうと思って。
エースも食べるならユリウスと一緒に食べていいけど」
「へぇ、君の手作りかぁ。あ、なぁ・・・ガトーショコラって、チョコレートケーキの事だよな?」
「うん、そう」
「へぇ、ふぅーん、手作りのチョコレートケーキをユリウスと俺に食べさせてくれるんだ?」
エースはいつものように爽やかかつ胡散臭い感じに笑いながら、何だか妙に引っかかる言い方をする。
は軽くみけんにしわを寄せて隣のエースを見上げた。
「何?チョコが駄目とか・・・じゃないだろうし、もしかしてケーキの出来を疑ってるとか?」
「え?あははっ!そうじゃないよ。そうじゃない。俺は甘いものは嫌いじゃないし、
ユリウスだって好んで食べる方じゃないけど、嫌いな訳じゃないからな。
それに君が失敗したケーキを俺達に押し付けるような子じゃないってのも知っている。
・・・そうじゃなくて、チョコレートってことに意味があるんだ」
「?何で?」
「あはははっ!その様子だと本当に知らないんだな、は」
何だ?
何だ?何なんだ?一体?
エースはさっきから意味深な言葉を口にするくせに、
ハッキリとしたことは何も言ってくれない。
チョコレートってことに意味があると彼は言ったけど、一体それがどういう意味なのか。
ん?待てよ・・・。チョコレートって・・・まさか・・・。
はそこでふと立ち止まり、エースの顔に再度、視線を向けた。
「・・・・・バレンタイン?」
「お!やっと気付いたんだな!!
あれだけヒントを出してあげているのに、全然気付かないから焦ったぜ」
「いやいやいや!普通に分からないし!だって、そんなことナイトメアは一言も・・・」
「ああ、俺はついさっきここを通りがかった女の子達が話しているのを聞いたんだ。
どうやら今の時間がバレンタインだって言うのが決まったのも、この時間に入ってかららしいぜ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
あ、あんの。
馬鹿夢魔ーーーーー!!!
そう言う事はもっと早く教えてよ!
なんて心の中で吐血しまくりで病弱なナイトメアを罵った後、は小さく溜息を吐いた。
そうと分かってたらもっと色々考えたのに。
少なくとも、グレイの分はまた別に作ってたと思う。
本命と義理の内容が同じなんて、一応現在進行形で恋する乙女な自分としてはやっぱり微妙な感じだ。
バレンタインと決められた時間帯が今からだとして、それがいつまでになるかはナイトメアの気分次第。
今からグレイに新しいケーキを焼いて持って行くとして、でもそうなると少し時間が掛かるし、
もしかしたら彼の休憩は終ってしまってる頃かもしれない。
そうすると当然、が口実まで作ってグレイとお茶の時間を過ごそうとしてた事は無駄になる訳で。
「でもそっかー!君は俺とユリウスに手作りのチョコレートケーキをくれるんだ。
バレンタインに渡す手作りの物って言ったら、やっぱり本命だって思ってもいいよな?
俺とユリウス・・・、うーん・・・堂々と二股宣言されちゃうわけだけど、俺はそれでも気にしないぜ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。はい?はぃいいいい!?」
何か、が一人であれこれ考えてる間に一人で訳分かんないこと言ってる人が居るんですが。
メチャクチャ爽やかな笑顔で爆弾発言かましてるんですが。
「バレンタインにから手作りのチョコレートケーキを貰えるなんて、俺もユリウスも幸せ者だぜ!
なぁ君もそう思うだろ?トカゲさん?」
「――――――――――」
瞬間。
エースが笑顔で呼びかけたその名に、は一瞬にして脳内機能が停止してしまった。
は全くちっとも気付かなかったけど、いつの間にか達の背後にグレイが立っている。
「ぐ、グレイ・・・?あの・・・」
「・・・丁度ここを通りかかったら君と・・・・コイツの姿が見えたからな・・・。
何か厄介なことに巻き込まれているんじゃないかと思って声を掛けるところだったんだ・・・」
「いやだなー、厄介なんて。俺はを酷い目になんか合わせたりしないぜ?
今だってバレンタインの手作りチョコレートケーキを貰えるんだって、大喜びしていたところなんだ」
あはははっ!と、さも楽しげに、そしてある意味とてもわざとらしく、エースはそう言って笑った。
さっきからエースの奴は何度も何度も、いやに『バレンタイン』って部分と『手作り』と言う部分を強調しやがる。
がこの時間帯からバレンタインだったなんてことを知らなかったことを分かってるくせに、だ。
「お前がここに居ると言うこと自体が厄介だ。さっさと失せろ」
「へぇー?本当に酷いことを言うなぁ、トカゲさんは。ああ!それとも・・・妬いているのか?
俺とユリウスが彼女からバレンタインの手作りケーキを貰っちゃったりするからさ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
瞬間的にグレイが纏う空気がいつもの静かなものとは違う、鋭いものに変わる。
今回はにも分かる位にグレイの機嫌が急降下して、エースに思い切り敵対心を抱いてるのが分かった。
こうなってくると、調子ぶっこいたエースがまた喜んでグレイに絡むに決まってる。
だからこの場所でエースの奴と顔を合わせるのはご遠慮願いたかったのだ。
は手にしてたケーキの入った箱を隣のエースの手に少し乱暴に押し付けた。
「えっ!?!?」
「ああー、もう面倒臭い!そんなに欲しいならこれはあんたにあげるから、
さっさとユリウスの所に行って一緒に食べればいいし!ほらほら、ユリウスの部屋はこっちだから!」
「うわあ!、そんなに押さないでくれよ」
無理やりエースの背中をぐいぐい押して、
もうすぐ目の前にあるユリウスの仕事場へのドアの前にヤツを立たせる。
エースが剣を抜いたら最後、どの位長い間グレイに相手をさせるつもりか分かったもんじゃない。
それだけじゃなく、のことであることないことべらべら喋りまくるに違いない。
そんなのは全くもって御免だ。
「はい!ここ、ユリウスの部屋!ユリウス!うるさくして御免、
もっとうるさいの入れちゃうけどホントごめんね!」
「って、、酷いぜ、そんな言い方ー。わあっ!」
ユリウスの仕事場のドアを開け、はエースを強引にその中に押し込んだ。
そしてドアを閉め、ゼェハアゼェハァと肩で息を繰り返す。
エースの奴は観念してくれたのか、ドアを開けて戻ってきたりはしなかった。
「・・・・・・グレイ、ごめん・・・。ちょっと待ってて・・・」
「あ、ああ」
息を整えつつ、グレイに向かって一言謝る。
彼は少し驚いた様子ながら、頷いてくれた。
あー・・・、後でユリウスには謝らないと・・・。
ケーキの箱揺らしたから、中身凄いことになってるかもな・・・。
「・・・・お待たせ、場所変えて話してもいい・・・?」
「ああ、俺は構わない」
「うん、じゃあ行こ」
乱れた息がそれなりに整った後、はグレイと一緒にその場を離れることにした。
とにもかくにも、どぐされエースの言ったことの誤解を解かなくちゃいけない。
だけどあの場に居たらまたいつエースが顔を出すか分からないし、
そうなるとユリウスにまで迷惑を掛けることになる。
それに何より、もっと面倒なことになりそうだ。
引っ掻きまわすだけ引っ掻きまわしておいて、それをあははは!とか言って笑い飛ばすのがエースって男。
本当に、そんなのは御免だ。
はグレイを連れて、キッチンに向かうことにした。
(後篇へ続く)