耳を澄ませば、遠く、賑やかな音楽が聴こえる。
ここはサーカスの森。
辺りを緑色の木々と鮮やかな色の立札や色々な方向に向けた矢印に囲まれた場所。
はその一角で木の根元に座りこんで物思いに耽っていた。
空はいつも通りの快晴。
それぞれの四季に分かれている他の領土と違い、ここは寒くもなく温かくもない安定した気候を保っている。
この森はハートの国と同じように季節がない。
過ごしやすい場所と言えばそうなのかもしれないけど、実際はそんなものとは程遠いところだ。
何故ならここにはジョーカーが居るから。
白と黒。
二人のジョーカーが。
アリスや他の住人たちみたいに季節を変えなくても滞在地以外の領土に足を運べるは、
一人で移動する時なんかはこの場所に来なくても特に不自由はない。
その上、プレイヤーとしての前知識でWジョーカーズがどんな存在かを知ってるから、
本来なら逆に敬遠すべき筈だ。
それでもは、自分自身の行動を不思議がり、呆れつつ、毎度この森に来てしまっていた。
そしてその理由に、は、気付いてしまったのだ。
この森に、サーカスの団長として普段表に出てきているのは、基本、ホワイトなジョーカー。
でも、この森で迷った先に辿りつく監獄で出会うのは、ブラックなジョーカーな場合が多かった。
アリスはホワイトさんに気に入られてしまった分、
特にエイプリルシーズンの後半は彼と出会う頻度の方が高かったようだけど、
はホワイトさんと監獄で顔を合わせた事は、本当に数える程度しかなかった。
逆に、ブラックジョーカーはが監獄に足を踏み入れる度に姿を見た。
そしては気付いてしまった。
いつの間にか、ブラック目当てで自分から進んで、
あれ程嫌がってた監獄に頻繁に顔をだしてることに。
勿論、今だって監獄なんか嫌いだ。
あの暗い雰囲気や冷たい空気を感じると、背筋が寒くなる。
あそこがどんなところなのかを知っている分、精神的にも参ってしまう部分だってある。
それでもあの場所を目指してしまうのは、
以前の様に単に迷っているだけじゃなく、目的意識を持ってあの場所を目指してしまうのは、
このサーカスの森では実体で会えないブラックなジョーカーに会う為。
アイツには顔を合わせれば毎度毎度憎まれ口を叩かれて、
数えるのも馬鹿らしい位にピーっと業界禁止用語消去音が必要な言葉ばっか聞かされてるってのに。
自分は実はMっ子気質なんじゃないかと本気、疑ってしまう。
不毛だ。
不毛すぎる。
そんなこと、嫌と言うほど分かってるのに、それでもブラックに会いたいと思ってしまう。
深く関わり過ぎなようにと、警戒してた筈なのに。
結局、会わずにはいられなくなる。
フゥ。
がそこで小さく溜息を吐いたところで、
正面の奥の方からこっちに向かって歩いてくる人影が見えた。
長身、赤毛の道化師。
遠くからでも一目で分かる姿。
ジョーカーだ。
はゆっくり木の根っこから立ち上がり、スカートの土と草を手で軽く払った。
ジョーカーの歩調はそう速くはないけど、
足が長い分思ったより早くの傍まで近付いてきていた。
は視線を上げ、ジョーカーに話しかけようと口を開きかけた所で、みけんに軽くしわを寄せる。
たった今の正面に立ったジョーカーに覚えた、違和感。
怪訝な表情のに、ニヤリと口角を上げてジョーカーが笑う。
「おい、どうした?お嬢ちゃん。間抜けな顔が益々間抜けになってるぜ?」
「じょ、ジョーカー・・・・?」
「ああ?見りゃ分かるだろ、俺はジョーカーだ。ジョーカー以外の何に見えるってんだ?」
「いやいや・・・・!そうじゃ、なく・・・・・・!」
こんな。
こんなことって、あるんだろうか。
何度も言う様に、いつもはこのサーカスの森で顔を合わせてるのはホワイトなジョーカーだ。
ブラックな方はホワイトさんの腰に着いてる仮面として一緒には居るものの、
この森では実体がない。
だけど今、目の前に居るのは、紛れもなくブラックで。
いや、まぁ、コイツらが色んな意味で出入り自由で、ムチャクチャなのは知ってたけど、
だからってこのタイミングでこの状況。
まるで、の心の中を覗かれてたみたいな。
正直に言ってしまえば、登場した直後から憎まれ口を叩かれてるってのに、
はやっぱり嬉しいと思ってしまってる。
ブラックの予想外過ぎるこの登場をは喜んでる。
だけど、同じほど複雑だ。
だってこの状況。
不毛な恋心を、また育ててしまうことになるじゃないか。
「おい、」
「・・・・あ・・・、何?」
「何?じゃねぇよ。・・・ったく、仮にもこの俺様と顔を合わせておいて、しみったれた面してんじゃねぇよ」
「しっ、しみったれた!?・・・・してないし!」
「いいや、してるな。こっちまでシケた気分になりそうだぜ」
ケッと彼はいつもの調子で吐き捨てるように言った。
その姿に、ああ、やっぱり黒の方だと再確認してしまう。
間違いない。
今目の前に居るのは、外面良し男くんなホワイトじゃなく、貴様何様俺様野郎なブラックの方だ。
「・・・・・・・・・あー、くそっ!
・・・んで俺がお前みたいな能天気女を気にしてやんなきゃなんねーんだ・・・」
「え?」
「なんでもねぇよ。・・・それより、お前、ちょっとついて来い」
言いざま、ジョーカーが突然クルリと踵を返してに背を向ける。
そしてそのままスタスタ足早に歩き始めた。
「ええっ!?ちょ、ちょっと、いきなり何!?」
「いいから、さっさと歩け」
足も止めずに振り返ってそう言うと、ジョーカーはを置いて先に進む。
は慌ててその後を追った。
「って、ねぇ、ジョーカー・・・!どこ行く気?」
「うるせぇな、ついてくりゃ分かる。口より足を動かせ、ちんたら歩くなっつーの。鈍くせぇ」
こっ、この男はっ!!
ホンット!!口わるっっ!!!
・・・・・・・・・・・てか何で、こんなのが好きなんだろ・・・・。
本当に、色んな意味で疑問だ。
関わること自体避けなきゃいけない存在の、口が悪くて態度のデカイ男。
それなのに、そんなブラックの後をは必死で追いかけている。
ついて行かないと言う選択肢すら頭に浮かばなかった自分が微妙にムカついた。
とは言え、コンパスの差は歴然。
しかもあっちは容赦なく早足。
そしてはスタートの時点でかなり出遅れたと来てる。
そんな訳で、はもう殆ど小走りに近い状態だった。
それでも追い付くかつかないかってとこが情けない。
ピタリ。
そこで不意に、ジョーカーが足を止め、はお約束宜しく、その背中にぶち当たる。
「ぶふっ!ちょ、突然止まらないでよ!」
「・・・・・・・・・・・・お前が、ちんたらちんたら歩いてっからだろうが。あー・・・ったく・・・世話の焼ける女だな」
いつもなら、小走りになってまでついて行こうとしてたってのに、
ちんたら×2とまで言われて確実に反論してるところなんだけど、
最後の台詞がブラックらしくもなく妙に優しい口調で、は思わず無言で彼を見上げていた。
「・・・行くぞ」
続けてブラックが素っ気なくそう言ったと同時。
の手を少し乱暴に掴む。
そして彼は、そのまままたしてもさっきと同じようにスタスタ歩き始めた。
「えっ!?ええええっ!?」
「うるせぇお嬢ちゃんだな。短いお前の足じゃ、俺の長い足に追いつくのは至難の業だろう。
この俺様がわざわざ引っ張っててやるんだ。有難く思いな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ど、どこまで偉そうな男なの、コイツ。
なんて、ムカっぱらは立てども、掴まれた手を振り払おうと言う気は起きない。
だからこそ、それがまた悔しかったりする。
ブラックはと手を繋いだまま、スタスタスタスタ、さっきと同じように足早に進んで行った。
奴が一歩進む度、こっちは三歩位足を動かさなきゃいけない。
そんな状態のまま、手を放さないまま二人でズンズン進んで行くと、やがて、ブラックが足を止めた。
「このすぐ先だ」
「あ、着いたんだ?この先・・・?」
ブラックが顎で指し示す様にそう言った場所は、
ここからじゃ周囲を木に囲まれていて、その先を遮られてるからどんなところなのかよく分からない。
ジョーカーはちらりとに視線を向けると、と繋いだ手をそのままに、
またスタスタ歩を進めた。
そして、達は木々で遮られていたその奥まで歩いて行った。
「・・・・・・・・・え!?・・・・・・・・う、・・・・わあ・・・!」
そこで目にした光景に、思わずがそう感嘆の声を上げてしまったのは、
それが余りに予想外の場所だったからだ。
そう。
ブラックが連れて来てくれたと言うには、余りにも驚きな場所。
そこは。
色取り取り、極彩色の花々が咲き乱れる、いわゆる花畑ってヤツだった。
(後篇へ)