「ほっほ!さすがマフィアのボスが出してくるとなるとお酒の質も違うわね。
その上両手に花でさん大満足。」

広々としたバスタブにゆったりと身を沈めながら、
は至極満足げに唇で弧を描き、
彼女の右隣に位置しているブラッドに視線を向けた。

「・・・そうか、それは良かったな。・・・と、言ってやりたいところだが、
男二人をバスルームでの酒盛りに誘う・・・と言うのは、
いささか女性としての品性に欠けるとは思わないか?」

ブラッドは溜め息と共に呆れた声音に皮肉を込めてそう返す。
だが、彼女はそれを全く気にする様子もなく、けらけらと声を上げて笑った。

はどちらかと言うと男前の部類に憧れてるから、これは有りなの。
それよりも、ほら、素直に喜べ諸君。
こんな美女とバスタイムを満喫できるんだぞ、アナタ達は!」
「あんたってマジで意味分かんねぇ。
つか、男前の部類に憧れてるとか言っといて、美女って何だよ・・・。
いや、俺は酒が飲めれば何でもいいけどよ。」

の左隣に座っているエリオットもブラッドと同様、呆れたように口を開いた。
は湯船に浮かべたトレイの上の酒瓶を手に取り、
口元に笑みを浮かべたままブラッドへと差し出す。

「まずはさんとの記念すべきバスタイムに乾杯するわよ。」
「フッ・・・いいだろう、目の保養をさせて貰っているのは事実だからな。」

ニヤリ。
言いざま、ブラッドは薄い唇の端を僅かに上げて笑った。
そして片手で自身のグラスを彼女の持っている酒瓶へと寄せる。

「ほっほ!見るだけならご自由にどうぞ。
と言っても、タオル巻いてる上にこのピンクのお湯じゃ、
のナイスバディもよく拝めないかもしれないけど。」
「あんたってホンット、自分でよくそう言う事が言えるよな。」
「真実は堂々と語るものなのよ、ウサギちゃん。」
「俺は兎じゃねぇ!!!・・・・・・・・・・ああーもういい!
おら、あんたもグラス寄こせ、俺が注いでやる。」

再びけらけらと笑い声を上げ、おどけた態度を取るに対し、
エリオットは半ばヤケ気味にそう言い、彼女のグラスを奪い取った。
トクトクトクトク。
黄金色をした美しい液体がのグラスに並々と注がれる。
同時に入浴剤の甘い香りと洋酒独特のアルコールの香りとが混じり合って周囲を満たした。

「先に言っておくけど、二人とも。」
「何だ?お嬢さん。」「ああ?」
がその気になるまではアダルトバスプレイはなしだから、
きちんと把握しておいてね?
さん自分にその気がないのにイケイケムードはご遠慮願いたいの。」
「はぁ!?何だ、それ?」

の台詞の意図するところが理解できず、エリオットは怪訝な表情で問い返す。
だが、ブラッドは既にその意味をよく呑み込めた様だった。

「ほう?自ら我々をバスルームなどに誘っておいて、その気は全くないと、
そう釘を刺すわけか?君は。」
「そこまでは言わないわ。ただ、お互い楽しめるならまだしも、
アナタ達だけの意志で突き進まれたら興ざめだってこと。お分かり?」
「・・・そうだな、まぁ、善処しよう。」

エリオットを置いて行く形で二人の会話は進んで行く。
彼は頭部から突き出た長い耳をひょこひょこと動かすと、首を捻って二人に視線を向けた。

「なぁなぁブラッド、何の話をしてんのか全然わからねぇんだけど。」
「余り楽しい会話内容でもないぞ、エリオット。特に我々にはな。」

皮肉めいた口調でそうエリオットに返し、ブラッドはグラスをゆっくりと傾ける。

「つまり、幾らさんが魅力的でもがその気にならない限りは手を出すな、と言うことよ。」
「んだよ、それは!ケッ!!安心しろ、頼まれても出さねぇ。」
「ふぅん、頼まれても、ねぇ。」
「ああ、俺にだって選ぶ権利はあるからな!
ブラッドだってそうだぜ、わざわざあんたなんかに手を出さなくても女に困っちゃいねぇ!
ブラッドは人気者だからな、女なんか腐るほど寄ってくる。」

彼はそう言い捨てると、手酌で注いだグラスの酒を一気に飲み干した。

「酷い!酷いわ!エリオット!そこまで乙女のプライドを傷つけるなんて!」

エリオットが更に自身のグラスに酒を注ごうとした所で、
はその腕を掴んで強引に揺らす。

「どわ!何なんだよ!?あんたは!?自分で手ぇ出すなっつったんだろうが!!」
「それとこれとは話が別なのよ、ウサギちゃん。
乙女心を全く分かってないようね。
の為に手を出したいのを必死で堪えている美系二人の図、
と言うのが女心をくすぐるのよ。」
「全然わかんねぇよ!!そんなの!!つか、いい加減に俺を兎って呼ぶな!!」

の台詞に対して答えると同時に、彼は常に自らの呼び名への訂正は忘れない。
だが、彼女は常と同様その訂正の言葉を自然に流してしまうのだった。

「エリオット、確かに私は女性には困っていないが・・・、
彼女を魅力的ではない等とは思っていないぞ?」
「ほっほ!そうでしょうとも。」
「つまり・・・だ、。余りに魅力的すぎる君が、裸同然で私の側に居る。
しかし君は安易に触れるなと私に釘を刺している。
それでも我慢に我慢を重ね、
その限界に君に手を伸ばしたくなるのも仕方のない事だとは思わないか?」

そう口にした彼の表情には既に妖しい色香を漂わせる笑みが浮かんでいる。
にはブラッドの美しい碧眼の奥に、
獲物を狙う獣の姿がほんの一瞬垣間見えた気がした。

「そうね、まぁ・・・そう言われれば仕方ないかもしれないわ。」

クスクス。
小さく笑った彼女の表情。
その瞳の中に、妖艶な色が宿る。
この時、エリオットは全く気付いていなかったが、
湯船の下でブラッドは既に彼女の体へと片腕を伸ばしかけていた。

「でも、そうなっちゃうとさんスゴク傷つくわぁ。
本意でないのに弄ばれて、もしかしたらもう2度とこの領土には近づかないかもしれない。」
「何っ!!??、あんたマジで言ってんのか!!??」

芝居がかった口調でそう続けるに、エリオットは心底驚きを隠せぬ様に声を上げる。
ピタリ。
彼女の腰に絡められようとしていた筈のブラッドの手が、そこで動きを止めた。
はニヤリと肉感的な唇に意味深な笑みを浮かべ、ブラッドを見やる。

「安心して、ウサギちゃん。例えばの話だから。
だって帽子屋の皆は好きだから、そんなことはしないつもり。
楽しくお酒を飲んでバスタイムを満喫出来るなら、何度でもここに滞在するわ。」
「んだよ・・・例え話かよ。・・・あ、べ、別に俺は最初っから心配なんかしてねぇぞ!
ただ、その・・・・あんたが変な言い方するから。・・・・・・・・って!ウサギって言うな!!」

エリオットの返事を聞きながら、
彼女は半ば勝ち誇った如くの表情でブラッドに視線を送り続けている。
の身体に伸ばされた筈の彼の腕が、
再び徐々に離れていく様を痛快と感じているらしいことはブラッド自身からも見て取れた。
ブラッドは不機嫌に表情を強張らせ、自らグラスを酒で満たすと、
珍しく苛立ちを表に現すようにそれを煽った。
彼女は戯言程度に帽子屋一家の領土には近づかない事を口にしたつもりだったが、
それは予想以上にその場に居る二人に不安を抱かせた様だ。
彼らとて彼女との付き合いが短い訳ではない。
その程度の事で離れていくような性質の物でもない事はよく理解している。
だが、それでも、例え僅かであろうとが彼らから離れていく可能性が生み出される事など、想像する事すらしたくないのだ。

「ま、安心していいぞ、諸君。ってイイ男には甘いから。
ブラッド、グラスが空いたのなら注いで上げる。」
「・・・ああ。」

彼はグラスを手に取り、へと差し出した。
彼女は酒瓶を手にしたままブラッドとの距離を縮め、刹那、二人の肩が触れ合う。
微かにお湯がぴちゃと跳ねる音がした。

「前から思ってたけど、ブラッドって意外に筋肉がついてて綺麗な体をしてるわね。」
「フ・・・貧弱な体のマフィアのボスなど、様にならないだろう?」
「ブラッドは中身だけじゃなく外見も完ぺきだからな!」

の台詞にエリオットが自らの事のように誇らしげに胸を張る。
彼女は上目遣いにブラッドを覗き込み、艶やかな唇で弧を描いて見せた。
それに反応し、ブラッドの瞳に欲情の波を思わせる熱が滲む。
だが、彼はに手を伸ばすような真似はしなかった。
否。
先程の彼女の発言が尾を引いているため、出来なかったのである。

・・・君は・・・。」
「何?」
「・・・私は焦らすのは好きだが、焦らされるのは嫌いだ。
それに・・・試されるのも、な。」
「わお!何のことを言ってるのか、さん分からない。ああ、もしかして・・・・。」

そこで彼女はエリオットに気付かれぬ程度に声量を落とし、
湯船の中のしなやかな腕をブラッドの腹筋辺りに伸ばした。
そしてその指先でそっと彼の素肌をなぞる。

「こういうこと・・・?」
「っ!、君と言う女は・・・!」

常の彼ならば安易に女に手玉に取られたりなどはしない。
ブラッドはそれ程に女性に対しての経験も豊富であり、
そしてそれに伴う自信もプライドもある。
だが、相手がとなれば話は別だった。
自身の欲望のままに彼女の意志に反した行動を取った末、
が2度と彼らの領土に姿を見せなくなる等、ブラッドには到底耐えられない。
ならば一時の欲情を抑えこみ、この場をやり過ごすしかないと彼は自身を強く抑制した。


「ん?ブラッド、どうかしたのか?」
「――いや、何でもないぞ、エリオット。それよりももっと飲め、
お前らしくないな、いつもより速度が遅いんじゃないのか?」
「え?そうだっけ?分かった、ブラッドがそう言うんならもっとじゃんじゃん飲むぜ!」
「手伝うわ、ウサギちゃん。ほら、これを注いだげる。」

言いざま、がブラッドの側を離れてエリオットの方へと向かっていく。
その様子に彼は安堵と同時に失望と嫉妬心とが綯い交ぜになった複雑な感情を抱いていた。

「あんたいい加減に俺をウサギ、ウサギ呼ぶの止めろって!」
「まま、旦那、そう青筋立てずに一杯。」
「聞けよ!!!」

トクトクトクトク。
先程ブラッドのグラスを満たしたものと同様の酒がエリオットのグラスに注がれる。
彼は小さく舌打ちをしつつも、そのグラスを勢い良く傾けた。

「さすが!エリオット!」
「ブハッ!!!!」

グラス内の酒を飲み干す寸前に掛けられたからの言葉に、
エリオットは唐突に口内の酒を噴き出す。

「・・・エリオット、お湯を汚すような真似はよせ。」
「う、悪い、ブラッド。け、けどよ、コイツがいきなり・・・。」
「ほっほ!さんはウサギちゃんの名前を呼んだだけですけど?」

恨めしげな視線を送るエリオットに対し、彼女は平生の軽い口調で返事をした。

が、いきなり・・・名前で呼ぶからちょっと驚いただけだ。」
「やっぱりウサギちゃんの方が良かったか、納得、納得。」
「違ぇ!!!名前で呼ぶのは構わねぇけど!!その、急だったから・・・。」

そこで彼は言い淀み、
それを誤魔化すようにして手酌で酒を注いで再び一気に飲み干した。

「ウサギちゃんてば可愛い反応してくれるわねぇ。
名前呼んだだけで動揺してくれるなんて、嬉しいわ・・・。」

クスクス。
小さく声をたててが笑う。
エリオットは拗ねた子供を思わせる表情を浮かべ、彼女から視線を逸らした。

「ウサギって呼ぶな!!可愛いとか言うな!!意味分かんねぇ!!」
「その反応が可愛いのよ。ま、可愛いだけじゃないのも知ってるけど…?」

どこか含みを持たせた口調でそう言うと、彼女は身を傾けてエリオットを見上げた。
の白い肌は上気し、微かに赤みを帯びている。
彼の位置から見えるの姿はこの上なく色香を漂わせている様であり、
彼女は実際にそれをよく意識していた。
だが決して媚びていると言う厭らしい感覚を含んでいない。
それ故にエリオットは益々彼女に魅せられてしまうのだ。

「・・・・・・・あんたってマジで卑怯な女だな・・・。」

揺らぐ理性を必死で保ち、掠れた声でエリオットが抗議する。

「・・・そうだな、私も、今のエリオットの意見には賛成だ。」

この場で主導権を握っている者が居るとしたら一人しか存在しない。
この屋敷の家主であり天下の帽子屋一家の頂点であるブラッドすら手玉にとり、
その右腕と称される泣く子も黙るNO,2のエリオットさえ文字通り手も足も出ない。
軽い態度と口調で彼らを翻弄しているのは間違いなく彼女だった。

「ほっほ!お褒めに預かり光栄ですわ。」
「褒めてねぇよ!!!」
「まったく・・・君は食えないお嬢さんだよ・・・。」

しかしそれで彼らが面白い筈がない。
湯に浸かっての酒盛りは、アルコールも平生の倍の速さで体を侵食する。
頃合い的に見ても二人の箍が外れ、
自身の理性での制御も困難な事態に陥ったとしても、不思議ではないだろう。
だが、彼女はそれさえも見越していた。
このまま彼らを残してバスルームを後にするか、
若しくは文字通り身の危険を覚悟でこのまま酒の回った彼らと入浴をし続けるか、
選択の時は今しかない。

「うーん、迷うわね。可愛い男達の蛇の生殺し面に止めを刺すのもいいし…。
このまま狼と化した二人と遊ぶのもまた一興・・・。」

両隣の彼らには聞こえぬ程ひっそりとした声音では一人、呟く。

いずれにしろ、選択権を手にしているのは自身であり、
彼女の意思ひとつで彼らが極上の快楽を手に入れられるかが決定する。

つまりは、やはりこの場の支配者は彼女に他ならないのだった。


END


薔薇色に

    揺らめく深夜

「・・・一人で何をぶつぶつ言っているのかな?お嬢さん。」
「あんたが考えることなんかどうせロクなことじゃねぇだろ。」