「道化師?・・・・・・・・・・随分とおめでたい二つ名なのね。からは想像出来ないわ。」
「うん?ああ、道化師と言うのは別に彼女自身の事だけを指している訳じゃないんだ。
正しくは・・・・・・彼女が手に掛けた後の死体の状況から来ている、と言った方がいい。」
「・・・・・・・・・・・・・死体?」
「そうさ、は他の連中と違って滅多に銃を使用しない。
だが、自分の身に危険が迫った場合には誰であろうと容赦がない。
彼女はまず、相手の顔の中心を狙うんだ。そしてその後、時計を撃ち抜く。」
「・・・・・・・・・・・・顔の中心って、鼻のこと?・・・・う、気分悪くなってきたわ。
完璧なホラーじゃないの・・・・・・・・。つまり血で鼻が赤く染まるから道化師って訳?」
「ああ、そう言う事だ。」
「ナイトメア、さっきあんたは彼女自身の事だけを言っている訳じゃないと言ったわね。
つまり裏を返せば彼女自身を指す意味も含まれているということでしょう?
彼女のどこが道化師なの?道化師なんて、
例えにしたって滑稽な役回りばかり演じている人間を指すんじゃない?」
「・・・・・・・・・素顔を決して見せない所さ。彼女は、決して本心を見せない。
いつも微笑を浮かべて絶対に表情を崩さないだろう。」
「でも、あんたになら彼女の心が読めるんじゃないの?聞こえるんでしょう?」
「・・・・・・・・・ああ、ここは私の世界だからね。だが、はある意味で特別だ。
他の連中なら絶対に出来ない事をやってのけるんだ。」
「出来ないこと?何よ。」
「必要最低限の思考しか働かせないんだ。
私に読まれても何の差し支えもない様なことばかりを考える。勿論、故意にね。」
「そんな事が可能なの!?信じられないわ。」
「だが実際に彼女はやってのけている。」
「・・・・・・やっぱりもこの世界の人間なのね。普通じゃないわ。」
「ふふ、そうは言うが、君は随分と彼女に興味を持っている様じゃないか、アリス。」
「まぁね・・・。だけど、元々私が興味を持ったのはあんたのせいだわ、ナイトメア。」
「私が?どうして?」
「聞こえているくせに。こう言う時だけ惚けないでちょうだい。」
「・・・・・・・・・・・・‥‥ぐっ・・・がはっ・・・ヤバい・・・急に気分が・・・。」
「あんたねぇ!・・・・・・って、ちょっと、やめなさいよ。ぎゃあああっ!!」
「・・・うう、吐血しそうだ・・・。」
「しそうじゃなくて、しているのよ!!」



―――私がの話を持ちかけた時、いつもあんたの目つきが違うからよ。




数日ほど前のアリスとナイトメアの会話内容。
更に、彼女は言葉にこそしなかったが、
ナイトメアにはハッキリと聞こえていたアリス心の内の声を思い出し、
彼は無意識の内に苦笑を洩らしていた。
よもやアリスにまで異変を気取られる程にを気に留めている等、
ナイトメア自身にとって思いもよらぬ事実だったからだ。

「ナイトメア。」

凛と通る、されどしなやかな色香を含んだ透き通った女の声が、
ナイトメアの思考を中断させた。
彼は名を呼んだ人物の前へふわりと姿を現し、口元に軽い笑みを浮かべて口を開く。

「やぁ、。最近君は余り眠っていないようだな。
君に会うのは久しぶりな気がするよ。」
「そうね、の店はあれで繁盛しているから、眠る暇がなかったのよ。」

そう答え、彼女は妖艶ともとれる美しい微笑を浮かべた。
それは常通りが見せる表情であり、寧ろ彼女は無表情であったり、
冷めた表情を晒すことの方が稀だった。
否。
心の内を読める筈の夢魔である彼ですら、彼女と出会ってから現在に至るまで、
が不快な表情を晒した姿など、目にしたことはただの一度もない。
それ程に彼女は完ぺきに自身の本心をその美しい微笑の下に隠していた。
だが、アリスも言ってたように、彼女もやはりハートの国の住人なのだ。
美麗な笑みを浮かべたまま、時にあの艶やかな指先で銃の引き金を引き、人を手にかけ、
そしてあの薄紅色の花弁を思わせる唇で、
他の連中と同じように残酷な言葉を口にしている。
根底は同じなのだ。
この世界の連中は皆、繋がっているのだから。
それらを全て理解しては居ても、だがやはり、
ナイトメアは彼女から目を離せない自身が存在する事に気付いていた。

「ねぇ、ナイトメア。の気のせいでなければ貴方、
何度かに会いに来てくれた事があるんじゃないの?」
「・・・・!?」

不意に告げられたからの言葉に、彼は虚を突かれた表情で隻眼を見開く。
彼女は再び艶やかな唇で、弧を描いて微笑した。

「フフ、図星だったのね?珍しいわ、貴方が自分からテリトリーを離れるなんて。
でもそこまでして会いに来てくれたのなら声をかけてくれれば良かったのに。」
「べ、別に深い意味はないっ!
単に私は君が睡眠を長い間取っていないから様子を見に行っただけだ・・・っ。」

青白いナイトメアの顔に動揺が滲み、彼が口早にまくしたてる。
は唇に微笑を湛えたまま、ナイトメアを見つめていた。


それでもはとても嬉しかったわ、貴方がを気にかけてくれたことが。


次いで告げられたそれは、彼女の心の声だった。
ナイトメアの胸中に、動揺と共に複雑な熱が広がっていく。
彼は口元を片手で覆うと、赤く染まった自身の顔を隠すようにから視線を逸らした。

「あら?もしかしてまた吐血しそうなの?」
「・・・ち、違うっ・・・。今日は体調が安定している日だからそれは大丈夫だ…。
い、いや、そうじゃない、そうじゃないんだ、私は・・・・・・・・。」

ナイトメアはチラリと再び彼女へと視線を移すが、
やはりは常と同様の笑みを浮かべているだけであり、
彼の耳に届く心の声も平生と同じように彼の体調を気遣っている内容のものだった。

「30時間近く働きづめだったから、さすがにも疲れたわ。ねぇ、ナイトメア・・・。」
「・・・何だ?」

は僅かに瞳を細め、不意に宙にふわふわと漂うようにして浮いているナイトメア身体に腕を伸ばした。
白くしなやかな両腕が、彼の身体を捕える。

「なっ・・・!?、どうしたんだ、急に・・・。」
「癒して貰おうかと思って。ふふ、さっきから貴方は焦ってばかりね?」
「それは、君が予測のつかない行動ばかりを取るからだろう。。」
「心を読めるんでしょう?分らなかったの?」

くすくす。
彼女は小さく笑い声を立てながら、
ふっくらと扇情的な薄紅色の唇をナイトメアの耳元に寄せた。
更に、官能的とすら思わせる美しい指先が、彼の青白い頬の輪郭を撫でていく。

「どうしたんだ?。今日の君は…その、少しおかしくないか?」
「どうして?はいつでもこうだわ。
ああ、そうね・・・だけど少しだけ、歯止めが利かなくなっているのかも。」

ねぇ、睡眠不足は、性欲を増幅させると知っている?
彼女は心の内からナイトメアへと問いかけた。
刹那、彼の背をぞくりとえもいわれぬ感覚が駆け抜ける。
湿って熱を含んだの吐息が彼の耳に吹きかかり、彼は更に動揺を大きくしていた。

、私は・・・・・・・・。」

ゴクリ。
ナイトメアの喉の奥が無意識に小さく鳴った。
平生は病的な程透き通る肌を持つ彼の顔に、今は明らかに赤みがさしている。
は未だ、常と同様の美麗な笑みを浮かべ、至近距離から彼を見つめていた。
道化師。
決して本心を伺わせないその姿は徹底している。
底の見えぬ深く美しい碧の双眼は、魅入られ、吸い込まれてしまいそうな程に妖艶だ。

「・・・今の君は道化師と言うよりは、悪魔だな・・・・・。夢魔の私よりも性質が悪いぞ・・・。」
「ふふ・・・、褒め言葉として頂いておくわ。」

言いざま、は踵を上げて自らの唇を彼の唇へと重ね合わせた。
更に、彼女の艶やかな指先が、ナイトメアの眼帯へと触れる。

「・・・?」
「・・・眼帯って色気を感じるから好きなんだけれど、今は取ってほしいわ。いい?」
「・・・・・・・・・・私に断らせるつもりはないのだろう、君は。
イエスと言わせる方法を知っている。」
「貴方の意思は尊重するわよ?キスをする間だけ、取っていて欲しいの。」

何所かねだる様な口調だが、同時に有無を言わさぬ何かが含まれた声音だった。
にも関わらず、ナイトメアは全く不快感を感じてはいない。
夢に誘い、惑わし、落とす。
本来ならば、夢魔である彼自身の得意とするところだ。

「やはり君は…悪魔だよ、。」

困惑した表情と共に、ナイトメアは己が右目の眼帯をゆっくりと取り外した。
彼女は眼帯のない彼の素顔をジッと見つめ、
閉じられたままのナイトメアの右の瞼にそっと指先を触れあわせる。
そして再び、彼の色を失いかけている冷たい唇に自らの唇を重ねた。
やわらかく甘美な彼女の唇の感触が、ナイトメアを酔わせていく。
知らず、彼はの肢体を強くかき抱くようにして彼女の背に腕を回していた。
密着した胸元から、互いの時計の指針音が聞こえる。
それは同じ程の速度で乱れており、そして、狂っていた。


「私はどうやら、君に心を奪われてしまったようだ。」


互いの身を僅かに離して距離を取り、
半ば唇を軽く重ね合わせた状態でナイトメは呟く如くに漏らした。
色のなかった筈の彼の唇は、今や微かに赤く色づいている。
はその輪郭を辿るように白い指先でそっとなでた。

は道化師だけれど、貴方の前なら悪魔になるわ。
夢魔と悪魔なんて、お似合いでしょう?」

愛しているわ、いいえ、ずっと前から、貴方を愛していたの。
だから悟られる訳にはいかなかった。
恋をした道化師なんて、それこそ滑稽なんですもの。
なにより貴方はアリスに心奪われているのだと思っていたから。
どうしも惨めな自分にはなりきれなかったの。

「・・・っ、、君は・・・・。」

つい今し方まで見えなかった、否、完璧に隠されていた彼女の心の声。
だが、その瞬間、他の者達と同じく、は自身の全てをナイトメアにさらけ出していた。


「愛しているわ、ナイトメア。」


そう口にした彼女の微笑は常の物とは違い、あどけなさを残した少女の様にも見えた。



END



悪魔の艶やかな指先

私の愛しい悪魔、願わくば君のその姿が私一人だけのものであるように。