―――部活終了後。
辺りはもう既にかなり薄暗い。
いつものように自転車置場へ向かった。
バスケ部のマネージャーになってから、
帰宅時間が遅くなるのは分っていたからずっとチャリ通だ。
最初は田岡監督が誰かに遅らせようかと言ってくれたけど、
練習で疲れている彼らにそんなことをさせられる筈がない。
しかもの家はここから歩いて20分以上もかかるんだから、尚更だ。
「・・・・・・・・・・・・・ん?あれ?・・・・。」
自転車置場に到着し、いつものように荷物をチャリの前カゴに入れたその時。
は何だかおかしな違和感を覚えた。
「・・・・・・まさか・・・・。」
嫌な予感をそこはかとなく感じつつ、視線をカゴからチャリの前輪に下す。
ああ、マジで最悪。
信じられない、状況に、遭遇。
チャリの前輪。
どこからどうみても、空気が抜けてる。
丸い筈の輪郭が、地面に着いた部分だけ、不自然に平になってるし。
「よりによって今パンクすんなよー!」
家に帰りついた所で、とかならまだしも、今から家に帰ろうって時に。
あり得ない。
これからこの薄暗い道を20分以上も歩いて帰らないといけないなんて。
だけど落ち込んでいる暇があったらさっさと足を動かした方がいいに決まってる。
人通りのない暗い道はこの際ダッシュだ、ダッシュ。
うんうん、と、一人で気合いを入れて、は足早に校門へと向かった。
「ん?おい、さん。」
「へ?あ、わわ!仙道!」
校門を出てすぐに聞き慣れた声に呼び止められて、は慌てて足を止める。
どうやら仙道も今から帰宅らしかった。
「お前チャリ通だったろ、今日はどうしたんだ?」
「・・・パンクしてたの。だから仕方なく徒歩よ、徒歩。」
「徒歩?家はそんなに近くじゃないよな。チャリで通ってるくらいだ。」
「歩いて20分ちょい・・・うーん、25分くらい。ま、走ればどうにかなるかなーってさ。
あ、ごめん、そういうことで急いで帰らなくちゃいけないからこれで、ばいばい!明日ね!」
本当は、もっと話をしてたいけど、
こんなチャンス滅多にないけど、さすがにこの暗さはヤバイ。
は仙道にそう言い残すと、彼に背を向けて早足に学校を離れることにした。
「待て。」
「え?」
「送ってく。幾らなんでもこの時間に歩きの女の子をひとりで返す訳にはいかんだろ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?え?え?」
「ほら、行くぞ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
ええええええええええええええええええ!!!??
ちょっと、え?これ、ホントに!?
一人で驚きまくっているに気付かず、仙道がスタスタとの先を歩きだす。
は少しの間その背中を凝視して(だってマジで信じられない)
それから慌てて彼の後を追った。
「せせせ、仙道!いいわよ?ホント、あの、あんた達練習で疲れてるんだし、
それに走って帰ればどうにかるんだから、ホントに!!仙道に迷惑かけられないってば!」
「いや?別に迷惑じゃないぜ。」
「そ、そうなの?えっと、じゃあ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
じゃなくてえっ!仙道、家結構遠いわよ!?」
動揺しまくりのに対し、仙道はいつも通りの涼しい顔だ。
と言うか、いつものニコっとした可愛いとも表現できる笑顔で、
さらりと嬉しい事をいってくれた。
そのせいで、危うくお言葉に甘えようなんて、図々しいことを考えてしまった程だ。
「ははっ、さっき聞いた。徒歩25分なら帰りはロードワークがてら走って帰るさ。」
「でも、それじゃあ・・・。」
「うん?もしかしてさんの方が迷惑か?」
「なっ・・・・!!!そんなっ!そんな訳ないわよ!そんなこと!」
はそれこそ力いっぱい否定して、首が千切れるかと思う程、
左右に頭をぶんぶん振りまわした。
仙道が目元をフッ、と細めて笑う。
顔に、一気に、火が点きそうになった。
だって本当は死ぬほど嬉しい。
「だったら決まりだな、行こうか。」
「う、うん、ありがとう・・・仙道。」
「さんは俺に礼を言ってばっかだな。そんなに気にする事ないぜ。
俺が好きでやってるんだ、感謝される程のことじゃない。」
「そんなことないわよ!、仙道には毎回感謝してもしきれないんだから!!」
思わず大声になってしまったを、彼は少し驚いたように見下ろした。
だけどこれは本当に本当の本音。
毎度毎度、仙道には助けられてばかりだ。
「ほら…自分で言うのもなんだけど、ってドジばっかしてるし。
2年目なのにマネージャーとしてきちんとやってけてるのかどうか、激しく疑問なのよね。
でもミスった時って、いつも仙道がフォローしてくれて、ホント、感謝してるの。」
「マネージャーはよくやってくれてるぜ。魚住さんだって褒めてた。
田岡監督もお前が女の子だってだけでなく、可愛がってるしな。
皆、お前の一生懸命な姿に癒されるって話してたぞ。」
「だと、嬉しいけど。ううーん、から一生懸命を取ったら何もなくなるしね・・・・。」
不思議だ。
不思議過ぎる。
仙道がそう言ってくれると、も少しは皆の役に立っているのかな、
なんて本気で考えてしまう。
例えを慰めてくれる為に言ってくれたんだとしても、嬉しい。
凄く、嬉しい。
「おっと、悪い。歩幅が違うのに気付かなかったな。少し速度を落とすか。」
「え?ああ・・・うん、ありがとう。」
仙道に言われて、実は必死で足を動かしていた自分に気づく。
当然だけど、190センチもある仙道と女子一般平均な身長のとじゃ、
コンパスが違う。
無意識のうちに、は彼と並んで歩こうと半分小走りになっていたみたいだ。
「礼は言わなくていい。気付かなかったのは俺だ。」
「仙道・・・・・・。」
どうしよう。
やっぱり少しくらい後ろを歩いておくんだった。
だって、顔が、心臓が、ヤバイ。
顔の赤さは辺りが暗い事でどうにか誤魔化す事はできるけど、
心臓の音が恐ろしく大きい。
そりゃもう太鼓打ち鳴らしてんじゃないかって位で。
それどころか、体が小刻みに震えていた。
今の状況が夢みたいだ。
なんて、さすがに青い春の乙女過ぎる発言だろうか。
だけど、まさにの心境は今、それだった。
「さっきの・・・。」
「え?」
「皆お前に癒されてるって話だが、勿論、俺もだ。お前が居るとホッとする。」
言って、仙道はの頭をいつものようにぽんぽんと軽く叩く。
いつものように。
違う、いつもよりも、ずっと丁寧に、優しく。
あんまり不意打ちだったから、例えじゃなく心臓が口から飛び出すかと思った。
こんなの、反則だわ。
惚れるなと言う方が無理な話。
こんなの、こんな、優しい言葉や仕草をされると。
駄目だ、ヤバイ、ホントに、、どうしようもなく、仙道が――――
「大好き・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「え?」
「へ?」
きょとん。
隣を歩いていた仙道が、唐突に立ち止まる。
は一瞬どうして彼がそんなに驚いているのか分らなくて、
間抜けな声と一緒に間抜けな顔で彼を見上げていた。
「今、お前・・・・。」
「今?え?今・・・い、ま・・・・・え?・・・・・・・・・・・・・・・・・・ええ!?」
自分が何を口にしたのか、気づくのに、数十秒以上かかった。
だって、まさかそんなこと、あり得る訳がないと思ってたから。
だって、そんな、殆ど無意識だったのに、告白、してしまったなんて。
「あ、あ、あの、違うの!違う、違う、今のなし!・・・っ!」
動揺しすぎて、混乱しすぎて、まともに言葉が出ない。
声が震えて裏返りそうなのをどうにか堪えて、は必死にいい訳を考えていた。
こんなことで仙道を困らせるつもなんてなかったし、
何よりこの間抜けな告白で彼と気まずくなってしまうかもしれないと思うと、
もう半分泣きそうな状態だった。
泣いたりすればもっと困らせる事はわかってたから、とにかくそれだけは避けたかった。
「仙道、さっきの、さっきのは・・・っ・・・・・。」
「なしなのか?」
「・・・・・・・え?う、うん、だって・・・・。」
迷惑でしょ?
違う違う違う!!
それじゃ結局押し付けてるみたいだ!
困るでしょ?
違う!!それじゃ同じ意味じゃないか!
えっと、えっと・・・・もっと、普通に、普通の・・・!
ぐるんぐるんと無駄な思考ばかりが回る。
どれもこれもの言いたいことじゃない。
出来るものならさっきの告白を飲みこんで、無かった事にしたかった。
「俺は嬉しかったぜ。」
「だよね!!!ごめん!!急には何を言って!!
・・・・・・・・・・ホント、何言って!!!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・へ?」
ポカン。
今、は、恐ろしく都合のいい聞き違いをしている。
そうだ、そうじゃなければ、おかしいもの。
だって、今、の図々しいこの耳は、仙道が――――
「さんの告白・・・だよな?俺は嬉しかった。なしにしろってのは、ちょっと無理だ。
はっきり聞いちまったし、勿体なくてそんな事は出来ないな。」
「せんど、う?」
「うん?」
「を、・・・・・・・・・・・・・・・・・すき?」
何を。
何を聞いてるんだろう。
そんな筈、そんな訳、そんなこと。
絶対、奇跡でもない限り、あるわけないのに。
でも。
だけど。
「ああ、好きだ。」
「―――――っ!!」
笑って答えてくれた仙道の表情。
の大好きな、あの、いつもの笑顔。
奇跡だ。
今、は奇跡を体感してる。
だって、だって仙道が。
「・・・・・・・・・・・ううー・・・・・・・・。」
「っ!?おいおい、泣くなよ。」
「だ、だって、仙道が・・・仙道がっ・・・。」
「参ったな…。」
そう言って彼は、困った様に笑うと、を両腕で抱き寄せた。
の頭を撫でるその手が、いつもよりも少しぎこちない。
少し高めの位置にある仙道の心臓の音が、
ドキドキと不規則な鼓動を刻んでいるのが聞こえた。
それが嬉しくて、堪らなく嬉しくて。
は彼にしがみ付く様に、制服のシャツを両手でつかんだ。
空には幾つか星が瞬いている。
明日はきっと快晴に違いない。
絶対、絶対、絶対に。
END
だいすき。
聞こえないふりが出来る程、大人じゃないさ。