「こんにちは」
「……ああ、お前か」
「うん、お邪魔します」
手元の時計から視線を上げてこちらを見たユリウスに頷いて、部屋の中に入る。
扉を開けて最初の一瞬はいつも少し緊張する。エースがいるかどうかも含めて、だけど。
「納期はまだ先じゃないか?」
「仕上がったから持ってきた。手は抜いてないけど、一応手が空いたら確認してほしいな」
不備がないかの確認は自分でもしたから、いつまでも手元に置いておくこともないと思った。
ユリウスの性格上、早めに部品を持って来たって焦ったりはしないはずだ。
「……わかった。これだけ片付けたら確認するから少し待っていろ」
「うん。その間にコーヒー淹れてくる」
案の上、ユリウスは軽く頷いただけで大して気にしていないようだった。
ユリウスの作業机の上に、邪魔にならないように部品の入った箱を置いて、
コーヒーを淹れにキッチンに向かった。
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「……」
「……」
コーヒーを淹れ終わってユリウスの所へ戻ると、ちょうどユリウスは部品のチェックをしていた。
傍らまで歩を進めて、ユリウスの指が部品を確認するように滑っていくその様子を見守る。
「数も品質も問題ない」
「よかった」
手を抜いたつもりは全くなくても、やっぱりこの一瞬は緊張する。
ほっとしながら、ユリウスに今淹れてきたコーヒーの入ったマグカップを手渡した。
「代金はこの封筒の中だ。次回の注文書も入っている」
「うん、わかった」
ユリウスの隣に椅子を持ってきて腰かけてから、代金の入った封筒を受け取った。
多額の……とまでは言わないけど、簡単な部品の組み立て位しかできない私には充分すぎるほどの給料を支払ってくれている。
「……」
そして、今回ここに来たもう一つの理由を思い出して少々固まった。
……どうしよう、どう言いだそうかな。
「あの、ユリウス」
「なんだ?」
封筒を掴んだまま固まっている私を見て、ユリウスは怪訝そうな顔をした。
「やっぱり姉さんも一緒のときにしようか」なんていう逃げ腰な考えをなんとか振り切って、
ユリウスの顔を恐る恐る見上げ返して言葉を続けた。
「……そろそろ家賃を払わせて欲しいんだ」
この世界に来て大分経ったし、私も姉さんもなんとか仕事を見つけて一定の収入は得られるようになった。
半ば無理やりに時計塔に住み着くことになったとはいえ、いつまでもタダで住まわせてもらっているのにも抵抗がある。
そう言うと、姉さんも予測していた通り、ユリウスはとてもとても嫌そうな顔をした。
上手く切り出せなくて物凄く直球な物言いになってしまったけど、
多分どういう風に切り出してもユリウスはこの顔になったんじゃないだろうか。
「私の預かり知らないところでお前たちが勝手に部屋を使っているだけだろう」
「……許可は一応取ったと思う」
「私はここ以外の部屋は殆ど使わないし、特に迷惑は被っていない」
「でも……姉さんも払いたいって言ってた」
姉さんはともかく、私はユリウスがいないと職まで失ってしまうことになるから
ユリウスに養われているというのもあながち間違いじゃないんだけど、収入がある以上はこれくらいのけじめはつけたいと思う。
「……なら、こうしておけ」
「え?」
「お前たちからの家賃は、お前の給料から元々差っ引かれている。それなら問題はないだろう」
気まずそうにコーヒーの液面に視線を落としていたユリウスが、ぽつりとそう呟いた。
「……それでいいの?」
「それでお前たちの自尊心が保たれるのなら何も問題はないだろう。私には関係のないことだ」
もうこの話はやめたいみたいで、ユリウスは完全にこちらから視線を外してしまった。
これ以上食い下がることはできそうにない。気付かれないように小さくため息をついた。
「……ユリウスは変わってる」
「お前ほどではない」
即座に返ってきた言葉に目を丸くしてしまった。
否定されることは予測していたけど、私の方が変だと言われるとは思わなかった。
「……私だけ?」
「も充分変わっているが、お前はもっとおかしい」
この世界の人々と私たちの常識は大分かけ離れているところがあるから、
「お前たちは変わっている」って言われるのならまだ納得できるんだけど……。
常識の範囲が私たちと大分近いはずのユリウスに重ねて「おかしい」と言われてしまって少々面食らう。
「……どうして?」
「どうもこうもあるか。わざわざ私の手助けをする仕事に就こうなどと考える時点で変人だ」
そう言って、ユリウスは眉を寄せながらコーヒーの残りに口をつけた。
視線がこちらに戻ってくる気配はない。
「うーん……まあ、この世界だとそうなのかもしれないけど」
時計屋の仕事が畏怖されて、忌み嫌われる場合もあることはこの世界に来てから色々な人に聞いた。
……一番卑下しているのは他ならぬユリウスな気がするけど。
変人呼ばわりされたままなのも悔しいので、
私もマグカップに口をつけながら返す言葉を考えてみる。
「……戦えないし、明るくもない。商売ができるほど人当たりも良くない。私にはこれしかできないから」
人と全く関わらないで生きていけるとまでは思わないけど、
極力対人能力を必要としない仕事に就きたいという気持ちはやっぱり強い。
できないことを克服するよりも、できることを精いっぱいやることの方が楽しいし、きっと幸せだと思う。
「……はあ」
「ユリウスにとっては不思議かもしれないけど、私はこの仕事が好き」
額面通りに考えれば物凄く卑屈な言葉。
でも、そういう気持ちで口にしたわけではないということは、ユリウスならわかってくれる気がした。
「……否定はできないな。私も似たようなものだ」
「うん」
積極的な肯定とまでは行かなくても、否定はされなかったことがとても嬉しい。
口元が自然と緩んでくるのを感じながら、はっきりと頷いた。
「ただ、それでは必要以上に私に構う理由にはならないだろう」
「……?」
更に続けられた言葉には、少しだけ首を傾げた。
仏頂面でコーヒーを啜るユリウスに怪訝な眼差しを送ってしまう。
「……ユリウスみたいに黙々と仕事だけこなすようになれってこと? 私、仕事遅いかな」
「そういうことではない……私に構ってお前が得することなどないだろう」
頑なにこちらに視線を寄こさないまま、腑に落ちないと言った表情でそう続ける。
どうやら本気でそう思っているらしい。
「……あるよ」
更に頬が緩んでくるのを感じながら、ユリウスから視線を外して
マグカップから立ち上る湯気にふう と息を吹きかけた。
「ユリウスの役に立てて、たまに一緒にコーヒーが飲めること」
それだけで充分すぎるほど幸せだ。
滞在先が時計塔で良かったと、自分の指先がそれなりに器用で良かったと、素直にそう思う。
姉さん以外に、こうして傍にいて安心できる人が、この世界でできるとは最初は思わなかったのにな。
「……それのどこが利点なのか、私にはさっぱり理解できないんだが」
「うん……理解されると困るかもしれないから、それでいい」
不思議そうな声と眼差しを横から感じだけど、今度は私の方が視線を返さなかった。
君に会えて
よかった
(どういう方向での気持ちなのかは、まだ知らなくていい)