TOP

まどろみに響く音

時間帯は夜。
いつものベッドの上。
静かに目を閉じること数十分。
疲れていて眠気だってある筈なのに、どんなに待っても眠りに落ちて行く感覚は訪れない。
眠りにはいつの間にか落ちるもので、その瞬間の境界線なんか、
分かる人間はそうはいないだろうけれど、
それにしたってあの独特の浮遊感にも似たとろとろとした感覚が全然やって来ないのは何故だろうか。
いいや、私は本当は理由なんか分かってる。
ここ十数時間帯、の姿を見てないからだ。
今、この塔の中の何処にも、の姿はない。
この塔に戻ってくればいつでも感じられたの気配は何処にもないのだ。
理由は簡単。
エースがを攫って旅に出てしまったから。
攫った、と言っても拉致された訳ではなく、勿論と合意の上でなのだけれど、
正直私からしてみればどちらも同じようなものだ。
いいや、無理やりに拉致なんか当然のようにさせるつもりはないけど、
それにしたって心境としては似た様なもの。
閉じた筈の目を開け、ぼんやりと天井を眺める。
別に小さい頃と違って四六時中一緒に居る訳じゃないし、
私の仕事場が時計塔広場にあると言うこともあって、
よりもこの時計塔から離れている時間も結構長い。
お互いすれ違って長く顔を合わせないことも特に珍しい事じゃないし、
今までそれを寂しいと思った事はなかった。
でも今は違う。
がこの塔内に居ないと考えるだけで、何だか落ち着かない。
私はごろりと寝返りを打ち、小さく溜息を吐いた。
そして、思い出すのは、十数時間帯前のとの会話。





あの時の時間帯は夜で、私達は久しぶりに同じベッドで眠ろうと言うことになった。
私もも夜に眠る習慣はこの世界に来ても殆ど変わらなかったけど、
いつも同じ夜の時間帯に眠っていた訳じゃないし、
それに同じ夜に寝る事が有っても、
当然の様にそれぞれ自分の部屋のベッドで睡眠を取っていた。
たまに昔を思い出して一緒に寝たりと言う事もありはしたものの、
最近はお互いの仕事の都合でそう言う機会も減っていた。
だから私達は少なからずはしゃいだ気持ちで同じベッドで横になり、
暫くの間他愛ない話に花を咲かせた。
それから何となくが何かを言いたげに、
けれどそれを躊躇っている様子を読み取った私は、自分からに訊ねたのだった。

「もしかして、私に何か話したい事があるのか?」
「・・・・うん、実は・・・」

そこでは一度瞳を伏せ、それから思いきった様にまた私と視線を合わせた。


「近い内、エースの外出に付き合うことになったんだ」


「っ!?」


告げられた言葉に驚いた私は、一瞬瞳を見開いて傍にあるの顔を見つめる。
エースの外出に付き合う、それはつまり、
恐ろしく方向音痴なアイツの『旅』に同行すると言うのと同じ意味。
は元々エースの奴が大の苦手で、アイツに自分の姿を目にされるのも嫌がり、
逃げ出して身を隠す位だった。
でも信じられない方向音痴で自分の生活圏内でさえ迷うエースが、
何故かを見つけ出すことだけはいつも確実で、
そのおかげでが益々アイツに苦手意識を持っていたのは知ってる。
そして、いつ頃からかそんなとエースの関係に変化が訪れた事も、私は知ってた。
だけどまさか、が自分の意志でエースの外出に付き合うなんて信じられない。
は元々ユリウスみたいに『引きこもり』と言う域に入る程じゃないけど、
私に比べれば外出頻度は余り高い方じゃない。
人見知りが激しいこともその理由のひとつだけど、
この世界の住人が余りにも個性的すぎることが一層影響していた。
エースの奴なんか、その最たる人間で、
だからこそはエースにあんなに過度な苦手意識を持ってた筈なのだ。

「・・・ほ、本気で?、あんた、本気で言ってるのか?」
「うん、本気。ユリウスにはきちんと話してある。
いつもより少しだけ長い休暇を貰ったから」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
姉さん・・・、ごめん、もっと早く言うつもりだったんだけど、・・・ずっと、言いそびれて・・・」

そう言ったが心底申し訳なさそうな表情で私を見つめる。
私は小さく息を吸い込み、そして口を開いた。


「エースが好きなんだね」


問い、と言うより、確認に近い形で私は言った。
殆ど、断言してもいい位に、確信があったから。
そうでなければ、は軽々しくこんなことを言いだせる子じゃないことを私はよく知ってる。
そして案の定。
は躊躇いなくハッキリと頷いて見せた。

「うん」
「・・・アイツが、怖くなくなった訳じゃないだろ?それでも好きなんだね?」

今度は念を押す様に質問する。
はまた首を縦に振ってそれを肯定した。

「うん、・・・あの人の事は、今でも凄く苦手。一緒に居るとすぐにでも逃げ出したくなる。
でも前と違って、それと同じ位・・・傍に居てあげなくちゃいけないって思うんだ」
「・・・・・・・・・・・・、・・・」

そう答えたの瞳の奥に、エースへの想いがはっきりと現れていた。
躊躇う気持ちがない訳じゃないのは、隣合う正反対の気持ちが入り混じっているからだろう。
それでも、はエースを好きだと言う気持ちを否定しなかった。
は同じ位強いふたつの正反対の気持ちの内、一緒に居たいと言う想いを優先した。
選んでしまった、エースの隣に居る事を。

「・・・正直に言えば、相手がエースって時点で、全然歓迎できない・・・」
「・・・・うん、姉さんは、そう言うと思ってた」
「でも、私はを信じてる。の選択を、の・・・エースの奴への想いを・・・」
「・・・うん、姉さんは、そこは分かってくれると思ってた」

言ったがやわらかな表情で微笑む。
私は一度わざとらしく苦い顔を作って見せた後、同じように笑った。
そして、コツンと、と私の額同士を軽く合わせる。
まだ私達が小さかった頃、よくそうしていたように。

「アイツは方向音痴ってだけじゃなくて、災難を呼び寄せる達人みたいな奴だから、
もしも何かあったら一人だけでも逃げるんだよ」
「うん、分かった」

クスクス笑いながらが答える。
私は同じように少しの間笑った後、続けて口を開いた。


「・・・それから、エースの馬鹿に嫌気がさしたら、
旅の途中だろうが何だろうが放ってすぐに戻ってきな」
「・・・うん、有難う、姉さん」

そう言ったが微かに瞳を細める。
私は、本当は分かっていた。
はきっと、どんなことがあろうとあの迷子を見捨てたりなんかしない。
あんなに苦手意識を持っていた相手と恋に落ちたのだ、
ちょっとやそっとのことで嫌気なんか挿さないだろう。
何よりは、そんな軽い気持ちで相手に好意を持てるような性格じゃない。
私はゆっくりとの額から自分の額を離した。

「・・・で、外出ってどこに行くつもり?」
「ハートの城の近くまで。
休暇が終わる時間帯前までには必ず時計塔に戻るって約束してるから、
それまでに間に合うように途中から私が道案内することになると思う」
「・・・でも途中まではエースが行く先を決めるんだろ?」
「うん、そう。でも心配しないで、姉さん。
ちゃんと姉さんやユリウスとの約束は守るから」
「・・・ああ。分かってると思うけど、あんたを疑ってるんじゃないよ」

エースの意味不明っぷりは信じられないとか以前の問題だ。
どうやったらあそこまで方向音痴になれるのか。
そして、どうやったらあそこまで見事な迷子になれるのか。
短い間とは言え、がそれに巻き込まれると思うとやっぱり心配になる。


「大丈夫、きっとエースは約束を守ってくれると思う。
あの人はユリウスのことも姉さんの事も好きだから、嫌われたくないって言ってたし」
「・・・ハァ、アイツは、アイツの意思に関係なく迷ってると思うんだけど、
でも・・・、信用するしかないね。あんたが一緒なんだしさ」
姉さん・・・」
「ったく、たかだかハートの城近くまでの外出にここまで心配させるなんて、
有る意味じゃ大物だよ、アイツは」

深い溜息を吐いた私に、がまたクスクス小さく声を立てて笑う。
そして不意に、真剣な眼差しで私を見つめた。



「許してくれて有難う、姉さん」





その夜から3時間帯後の夕方。
はエースと一緒に時計塔を離れた。
私は本当は、後悔してる。
物分かりのいい姉のふりをした事を。
でも同時に分かってもいた。
仮にエースとの外出を止める事が出来たとしても、
の気持ちまでも止めることなんか無理だった事は。

「・・・・・・・・・・・・・・」

私は静かにベッドから体を起こすと、パジャマのまま部屋を出た。
時間帯はまだ夜のままだ。
でもこのままベッドに横になっていてもきっと私は眠れない。
私はユリウスの居る仕事場兼ユリウスの私室を目指し、階段を上ることにした。


(続く)

 

 TOP