「お疲れさまでした、お先に失礼します」
「ああ、ちゃん、お疲れ様。いつも有難う。
今度の休みは長いんだ、ゆっくり休むといいよ」
「はい、有難うございます」
店長の言葉に笑顔で答えて私は軽く頭を下げた。
そう、今回私は久しぶりに長めの休暇を貰った。
私から申し出て、店長に許しを得たのだ。
暇な時期に入った事もあり、店長は私の申し出を快く受け入れていくれた。
休暇を貰った理由が理由だけに、
ゆっくりと体を休める事が出来るのかどうかは、相当怪しいものだけれど。
「じゃあ、失礼します」
「お疲れ〜、!」「お疲れ様です、さん」
仕事仲間達と挨拶を交わし、私は厨房を通って裏側の従業員通用口を通って外へ出た。
私が一歩、外へ足を踏み出したのとほぼ同時に、
茜色の暮れ空が濃紺色の夜の空へと変わる。
時間帯が夜へと変化した。
急いで戻ろう。じゃないとまた
私は一瞬夜空を仰ぐと、時計塔に向かう為に表の広場へ出ようと小走りで進みかけた。
―――――瞬間。
「っ!?」
「おっと!」
薄暗く狭い路地裏の生垣の横合いから、唐突に真っ赤な影が飛び出して来る。
余りに突然だった為、反射的に避けようとはしたものの、軽く相手に接触してしまった。
「あれ?じゃないか!」
「・・・エース・・・」
一体何処からやって来たのか、月明かりに照らされたエースは、
コートや頭のあちこちに葉っぱや土を付けている。
赤い影が視界の隅に入った時に、薄暗いながら私は瞬間的に誰なのかを認識してしまっていたけれど、
それでもやっぱり本当にコイツだったかと、露骨に眉間にしわを寄せた。
こんな場所でこんな所からいきなり姿を見せる人間なんてそうそう居やしない。
「はははっ!偶然だな。どうしたんだ?こんな所で」
「・・・・・私は仕事帰りだよ。あんたこそ・・・・、いいや、あんたのことだからどうせ迷子なんだろう」
相変わらずの呑気な笑顔に私はげんなりとした表情を浮かべる。
エースは頭や体についた葉っぱを払っている間も胡散臭い笑いを貼り付けている。
まさかここでこの男に出くわすことになろうとは思いもしなかった。
今回長期休暇を貰った理由はまさにこの男が原因なのだ。
約80時間帯近く前にユリウスからエースが仕事の用件で時計塔に向かっている筈だと言う話を聞いた。
いつもは平気で110時間帯、更にそれ以上この国中を迷いまくっている奴だけど、
今回は何となくいつもより少し早めに時計塔に着きそうな予感がし、
それで私は自分の勘を信じて長期休暇を申請したのだ。
そしてその勘は見事に的中した訳だった。
私の職場は時計塔広場にあるレストランで、時計塔までは殆ど目と鼻の先だった。
それでもこの極度の迷子であるエースは後十数時間はこの周辺で迷うことになるだろうけど、
恐らく時計塔内に到着するのはいつもより早い時間帯だったに違いない。
その後単に塔内で一人で迷い歩いている間はいいけど、
問題なのは何故かこの男が毎度毎度を見つけて追いかけ回す事だ。
はこの男に大がつくほど苦手意識を持っている。
それで大体はエースが私達の部屋周辺や自身に距離を狭める前に自分から身を隠すのだけど、
エースの奴は毎回どこに居ようと確実にを見つけ出すのだった。
しかも、がどんなに拒絶の姿勢を示そうと全く気にした様子はない。
それどころかそれを全部『自分に構って欲しい』ポーズだと思っている。
本人は勿論、私までもがどんなに否定しても聞く耳を持たないと言う始末だ。
「よく分かったな、。実は俺、今迷っている所なんだ。
ユリウスから仕事の話を聞かなくちゃいけないんだけど、まだ時計塔に着かないんだよな。
あれ?そう言えばは仕事帰りだって言っていたけど、
どうしてこんな所に居るんだ?」
「どうしてって、すぐ近くに職場があるからだよ。
その道を少し行けば時計塔広場に出るしね・・・」
普通ならこんなことは説明しなくてもここがどこなのかなんて一目瞭然な筈だ。
何故なら、あの高い時計塔がこの場所からも良く見えている。
さっきも言った様に私の職場は時計塔広場に有り、ここはその仕事場の裏手。
つまり時計塔広場の一部と言ってもいい。
「ええっ!?そうなのか!?おっかしいなー。
俺はもうこの周辺を8時間帯は歩き続けているのに」
如何にも不思議だ、と言う風にエースは首を傾げた。
私は無意識に口元を引きつらせる。
この男相手にこの程度の事ではもう驚かないけど、それでもやっぱり呆れてしまう。
「あ、でもはこれから帰る所なんだよな?だったら俺も一緒に連れて行ってくれよ。
君が一緒なら俺も迷わず時計塔に辿りつけるしな!」
「・・・・私と一緒に・・・か・・・」
予想外な展開とは言わないけど、今の時間帯は夜だ。
さすがに即答は出来ない。
元はと言えば私が長期休暇を取った原因はエースで、
それは勿論疲労回復と言う癒しの目的とは対極にある。
エースの奴がを追いかけ回してちょっかいを掛けるのを阻止するためであり、
万が一接触したとしてもそれをすぐに中断させる事が出来るように、
エースの奴が時計塔内に居る間はなるべく私も塔を離れないようにしようと決めたのだ。
エースが用件を聞き終えて仕事に出ればその必要もなくなるけど、
問題はこの男がすぐに塔の外に出ない事にある。
いや、出られないと言うべきかもしれない。
つまり、ユリウスの部屋から一歩出ればまたその後外に出るまで迷子になる訳だ。
単に階段を降りて行けばいいだけのそれだけの、説明するのも馬鹿馬鹿しい話なのに、
エースは時計塔内で迷子になる。
せめて行きだけでも面倒を見て、
私がこの男をユリウスの居る時計塔の部屋まで連れて行けば、
を危険な目に遭わせずに済む訳なのだけど。
「ん?どうしたんだ?。もしかして眠いのか?今は夜だし、君達は確か寝るのは夜だと決まっていたよな。
俺もそうなんだ!今回も勿論テントを持ってきているから、
出発するのはひと眠りして時間帯が変わってからでも俺は構わないぜ!」
「っ!?」
「うーん、でもここじゃちょっと狭すぎてテントを張れないな。広場まで出ようか」
私が考え込んでいる間にエースはとんでもないことを口走り始めた。
しかも、広場まで出ようと言っておいて全く反対方向に向かって歩いて行こうとしている。
私は慌ててその腕を掴んだ。
「ちょっと待て!」
「え?」
「そっちは広場じゃない!そもそも、私はまだあんたと一緒に行くとは言ってないよ」
「ええっ!?酷いな、。どうしてそんな意地悪な事を言うんだ!?」
何故そこで驚かれなければいけないのか、寧ろ私の方が驚いている。
この男の行動はどこまでも我が道を貫き過ぎていて厄介だ。
このままエースとテントで一夜を過ごすなんて問題外だけど、
だからと言ってこの男を放置しておいたら後々痛い目を見るのは私とだ。
監視の意味でも放っていく事は出来ない。
「・・・・・・・・あんたを案内するのはいいけど、テントは要らない。
私は今全然眠くないし、寝るとしたら自分の部屋のベッドでって決めてるからね」
「でも今まで働いていたんだったらお腹がすいているんじゃないか?
テントがあれば傍で焚き火をして食事が出来るぜ」
「しなくていいよ、私は賄いを食べて来たからお腹は空いてない」
妙に食い下がって来るエースをバッサリと切り捨てる。
広場で焚き火やテントと言うことも問題すぎるが、
今はそこにツッコンやるつもりはなかった。
エースの腕を掴んだまま、私はスタスタと足早に広場へと向かった。
エースも大人しく私に従う。
「うーん、でもそれだとすぐに時計塔に着いちゃうんじゃないのか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、は?」
丁度時計塔広場に出た所でエースが言ったその台詞に、私は思わず足を止めて聞き返した。
何を言っているんだ、この男は。
私がエースの道案内をするのは、時計塔、
と言うかユリウスの部屋に着くまでの時間をより短くするためだ。
エースもそれを望んでいた。
それなのに、目的地に早く着く事を嫌がっている様な発言をする。
「折角久しぶりに君と出会えたんだし、
俺としてはもう少し君と二人でゆっくりしたいんだよな」
「・・・・・・・・・・、どうせこれからあの恐ろしく長い階段を上るんだから同じだろ」
「それはそうかもしれないけど、それとこれとは別だよ。
それに、君だって俺にもっと構って欲しいんじゃないのか?」
「構って欲しい?私が?」
「そう。だって、君は俺がと居るといつも邪魔しに来るだろう?
あれってじゃなくてもっと君に構ってくれってことなんじゃないのか?」
「な・・・・・・・・・・・・・・・・・」
エースの余りに余りな台詞に、私は思わず絶句してしまった。
言いたい事は山ほどあるのに言葉が全く出て来ない。
まさかあの状況をそんな解釈の仕方をされているなんて思いもよらなかった。
そんなこと、思い付きもしなかった。
これもまたポジティブシンキングと言う部類に入るのだろうか。
当然のことだけれど、
私がエースがと居ることを阻止していたのは、
エースに構って欲しいなんて言う甘い気持ちからじゃない。
が怖がっていることを十分知っているからであって、
妹をこの男の魔の手から守ろうとしての行動だ。
「それに君は俺を目で追っている事も多いし、
俺がいつ時計塔に着くのかも気にしてくれている」
「・・・・・・・!!!???」
エースの言っている事はある意味では間違っては居ない。
けれどニュアンスは全く違う。
私がエースを目で追っているのは次に何をしでかすかと気が気でないからだ。
そして、時計塔に到着する時間帯を気にするのは当然、
の身に危険が迫ることになるからだ。
この男の言っている、恋する女の子の様な甘やかな気持ちとは全然異なる種類のもの。
つまりは、監視の意味合いが強い。
「エース、あんたがに関わるのを一切止めてくれたら、
私だってあんたを目で追ったり、時計塔に来る時間帯を気にしたりしないんだよ」
「うん、だから、俺によりを見て欲しいって思っているんだろ。
ははははっ!俺は騎士だから、好意を持ってくれている女の子には優しくしてあげるぜ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
何を言っても無駄だと言うのはこう言うのを言うんだろう。
大体にしてここの住人は全くと言っていいほど人の言う事を聞かないし、
この男も例外じゃない事くらいもう十分すぎるほど知っていたけど、
それにしてもこれは余りに余りじゃないだろうか。
このままだと私はエースに片思いする女に仕立て上げられてしまう。
寧ろ既にその位置づけに決定されている様だ。
「・・・もういいよ、それで。いいから、とにかく早くユリウスの所に行くよ」
私はこれ以上に無く深い深い溜息を吐いた後、再びスタスタと足早に時計塔を目指す。
思わず投げやりに返事をしてしまったけど、
どうせ私が何を言ってもエースは聞く耳を持たない。
それならこの場は不本意ながらそう言うことにしておいて、
後々勘違いの過ぎる誤解を解けばいい事だろう。
その時にはかなり苦労するのは目に見えているけど、
今はこの男を少しでも早くユリウスの所に連れて行く事が先だ。
は耳がいいからある程度私達の部屋周辺を通りかかれば足音で気付いて姿を見せたりはしないだろうし、
私も当然、エースをの居る場所へは近付けたりはしない。
真っ直ぐにエースをユリウスの部屋へと連れて行く。
そう、それが今一番重要な事だ。
「ふぅん、そっか。・・・それでいいんだ」
にやりと、私の背後でエースがいつもの爽やかな笑顔とは違う騎士とは程遠い笑みを浮かべ、
そう呟いたのを、私はこの時まったく気付かなかった。
だから当然知る由もない。
エースの奴が余りに余りな勘違いをしている
(END)
アトガキ
久しぶりに時計塔祭りを更新〜。今回のお相手はエースです。
妹ヒロさんの時もそうみたいですが、エースは毎度ヒロイン達に拒絶され気味、
そしてそれをまっっっったく気にしてない(笑)。
いや、気にはしてるのかもしれないけど、全然引く気が無い感じですかね。
姉ヒロが自分に好意を持ってると勘違いをしてるフリをしてましたが、
最後に姉ヒロが適当な返事をしてしまったので、
後々これを利用してよからぬ事をしてやろうとか思ってます。それで悪い顔(笑)して笑った訳です。
ではでは、ここまでのお付き合い、誠に誠に有難うございます〜vv感謝感謝です!失礼します