「眠い・・・・。抜けるような真っ青な空・・・明るい日差し・・・。
何もかもが気に入らない・・・。
これをいい天気だと喜んでいる全ての人間を潰してやりたくなるな・・・。」

いつもの気だるい口調に輪を掛けて、その上忌々しそうにブラッドは不穏すぎる台詞を口にした。
は本から視線を上げて彼を見る。
アリスはついさっき双子と出掛けて、屋敷を空けていた。
そしてエリオットは重要な仕事があるとかで3回前の昼に屋敷を出たきり、
まだ帰ってきてない。
使用人たちはブラッドが呼び出さない限りは、この部屋には滅多に近寄らなかった。
そう、この日、珍しくはブラッドと二人きりで彼の部屋に居た。


ジャケットの内ポケット。
はそこから掌サイズのスケジュール帳を取り出して、ここ最近の時間の変化を確認する。

「昼・夕・昼・昼・夕・昼・昼・昼・・・。」

ブラッドに向かって、と言うよりは、半分独り言に近い声の大きさででは言った。
見事なまでに全く夜が挟まれてない。
確かに、典型的な夜型、そして昼嫌いのブラッドには最悪の時間回り。
更に更に、ここ最近回ってきた昼は、殆どがやけに長い時間のものばかりだった。
彼は珍しく苛立ちを表に現して、眉間にしわを寄せている。

「わざわざ声に出して確認しないでくれないか、。益々気分が重くなる。」
「あ、ごめん。特に嫌がらせのつもりって訳じゃなかったんだけど・・・、
あ・・・あれから夕方が2回来てるんだ・・・早・・・。」

スケジュール帳に目を落としたままブラッドに答えて、はそこでメモの部分を開いた。
友達と約束をした場合には必ずそこにメモることにしてる。
と言うか、の持ってるスケジュール帳はが現実世界でジャケットに突っ込んでいたものだったので、
メモ帳部分以外はこのおかしすぎる時間回りの世界では使えない訳だけど。

「・・・やっぱり、次の夕方が約束の時間・・・。」

6回前の昼に遊園地勢力の有力者・ゴーランドと交わした約束。
ボリスも丁度居合わせて、遊園地内を案内してくれると言ってくれた。
とは言え、こんなことは言いたくないけど、
は昼間からあの広大な遊園地の乗り物を、太陽の下元気一杯遊べるほどの体力は持ち合わせてない。
何よりもうそれではしゃげる年頃は結構前に終ってしまっている。
と、言うことをそのまま二人に話したところ、
いつもは昼間しか姿を見せないゴーランドも特別に夕方に付き合ってくれるってことだった。
勿論、園長権限をびしばし使いまくってフリーパスで。
次の夕方ってことは、もしかしたらそろそろ時間が来るかもしれない。
今回の昼になってそこまで時間は経ってないけど、この世界は油断ならない物がある、
ぼやぼやしてると約束の時間を過ぎてしまいそうな気がした。
と言っても、多分ゴーランドもボリスもが少しくらい遅れても文句は垂れないだろうけど。
単にの気が済まない。
ここに居ると『時間を守る』なんてのも微妙なとこかもしれないけど、
やっぱり現実世界の時の習慣ってのは早々抜けないもんだ。
早めに行動を起こさないと、そわそわしてしまう。
それにの勘じゃ次は夕方。
しかもこの勘が結構いい確率で当ったりする。
最近なんか、アリスやエリオットまでに次の時間の予測を尋ねてくる位だった。

「ブラッド、、そろそろ部屋に戻るから。」

スケジュール帳をジャケットの内ポケットに戻し、今まで読んでいた本にしおりを挟む。
本は彼の部屋から持ち出すことも許されていたけど、は毎回敢て本棚に戻して、
また続きを読みにここに来ることにしていた。
アリスもいつも一緒に居たし、そしてそれがいつの間にか習慣になってもいた。
だから今回みたいにブラッドと二人きりと言うのは中々珍しい。

。」
「っ!?え?」

立ち上がったの腕を、唐突にブラッドに掴まれた。
驚いて視線を彼に移す。
さっきまで机に向かっていた筈のブラッドが、気配もなくのすぐ側に居た。
それだけでも充分ビビっていただが、彼の表情を見て更に固まってしまう。
いつの間にか彼が不機嫌指数のMAX値を今にも超えてしまいそうなのが分かったから。

「・・・・ブラッド?」
「仕事がようやくひと段落済んだんだ、暇つぶしに私の相手をしてくれないか、。」

穏やかな口調と口元に浮かべた微笑とは全く裏腹に、彼の瞳が冷たく鋭い威圧感を放つ。
それと一緒に室内温度が急に下がった気がした。
しかも何気に彼の申し出はに対して疑問系ですらない。
は咄嗟にブラッドから視線を逸らした。
大体、『暇つぶし』の内容はどう考えてみてもきっとにはご遠慮願いたいことに違いない。
と言うか、それ以前にはゴーランド達との約束の為にこの部屋を出て行こうとしてたとこだ。

「・・・・・え?あー・・・でも、ちょっと・・・。」
、君は次の夕方に誰かと約束をしているようだが、今はまだ昼だ。
そして次が夕方なのかどうかも分からない。私の相手をする位の時間は充分あるはずだぞ。」

言っている内容からして、彼はの腕から手を放してくれる様子は全く無い。
は思わず心の中で、げっ!と声を上げていた。
次の夕方が約束の時間だって言葉、声に出すつもりなんかちっとも無かった。
そう、ちっとも全くこれっぽっちも。
なのに、なのに、なのに。
やってしまった、いつもの独り言。
いつも知らない間に相手に聞かせなくてもいいことまで自分からバラしてしまってる。
よりにもよって今回はその『相手』がブラッド。
彼のことだ、約束の相手が大方誰だかなんて予想出来てるに違いない。

。」

いつまで経っても返事をしないに痺れを切らしたのか、
ブラッドはの腕をさっきより強く掴んで自分の方へ引き寄せながら、の名を呼んだ。
咄嗟に対処出来なかったは、
そのまま彼のあの大きな蝶ネクタイだかリボンだかに顔を埋める様な状況に陥っていた。

「っ・・・ブラッド!?」
「君やアリスの交友関係に口出しをするつもりはない気で居たが・・・。
やはり・・・駄目だな・・・・。
君が私との時間よりもどこぞのふざけた男共と戯れることを選ぶと言うのは、
全く面白くない・・・。想像以上に腹立たしい気分だ・・・。」

言いながら、彼はの顎をあの白い布手袋をはめた手で掴んで上向かせた。
を見下ろすブラッドの瞳。
分かり易いほどの威圧感。
空気を、肌を震わせる。
それでも私は今度はついさっきと違って彼から視線を逸らすことはせず、
ただ真っ直ぐに視線を向けた。

「ブラッド、あなたのお屋敷にお世話になっておきながら、
敵対してる人間と関わってるを不愉快に思う気持ちは分かる・・・。
ごめんなさい・・・。だけど、今更友達を止めることなんか「私が言っているのはそう言うことじゃないのだよ、。」

「っ!」

唇。
触れるスレスレ。
彼は自分の唇をの唇に寄せて、囁くように言った。
瞬間的に、の息が、思考が止まる。
の台詞を遮るように告げられた言葉の意味を理解できないまま、
はただ至近距離にある彼の顔を見つめていた。
顎を掴んでいたブラッドの白手袋をはめた手が、ゆっくりとの肌を撫でる。

「本当は、君もそろそろ分かっているんじゃないのか?私が君を深く欲していることを。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」

続けられたのは、思いも寄らない言葉。
聞き返したに、彼は焦れた様な表情と一緒に、そのまま唇を押し付けてきた。
ぬらり。
私の唇を割り、ブラッドの熱い舌が口内へ入り込んでくる。
嫌悪感は全く感じなかった。
ブラッドはの中でかなり上位のお気に入りキャラ。
だけど、そう言う問題じゃないことくらい、分かっていた。
ゆっくりと、それでいて確実にの頭がパニくり始める。
彼の口から直接送り込まれる熱い吐息に、本気で眩暈を起こして窒息しそうな気分だった。


―私が君を深く欲していることを。


ついさっき彼に告げられたばかりの台詞。
頭の中で、これでもかと言うほどしつこくしつこく繰り返す。


あの、ブラッド=デュプレが、を?

有り得ない。
有り得ない、有り得ない、有り得ない。

腐ってるのか?腐ったのか?!?
ここでも?
『プレイヤー』でなく、2次元と割り切れない今の状況でも妄想も甚だしい台詞を自分で編み出した?
それをブラッドが言ってるって勘違いしてる!?
だとしたらは腐ってるどころか相当イカレてる。
自分で思っている以上にヤバイ女。


「不意打ちの口付けだと言うのに、余裕だな、・・・。それとも君は、こういう状況には慣れているのかな?」

言いざま、彼がの唇をべろりと舐めた。
そこでやっとは我に返る。
どうやらこれはやっぱりの妄想の産物による台詞とか、幻聴とかではないらしい。
でも、だったら尚更信じられない。

で暇つぶしの火遊びでもしようとしてる?」
「・・・・君は私の質問に答えてない上に質問を投げかけるのかい?お嬢さん。」

お嬢さんって歳でもないんだけど。
そう返そうとして、止めた。
根本的にの答えは何か違う。
って言うか、パニくっているからこそ、何だか色々と考えてしまっているんだけど。
余裕なんかある訳もない。

「まぁいい・・・。私は確かに退屈も面倒ごとも嫌いだ。
だから君が今の私の言葉そう受止めても仕方ないだろう。
だが、私は本気だぞ、。君が他の男の所へ行くのを苛立たしく思うほどには本気だ。」

言ったブラッドが、スッと瞳を細める。
確かに、彼が嘘を言ってるようには思えなかった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

そうだ、今だけ少し前向きに、こう、考えよう。
はアリスとは違って、絶対に自分の世界に帰らなきゃいけないし、
それにきっと帰ることが出来るはず。
だってある意味でアリスは普通にこの世界の、この2次元の世界の人間だ。
だからこそ選択肢が広がってる。
でもは違う。
商店街の福引で当てた特別賞のふざけた招待状のおかげでここに居る。
この世界にとっちゃ本当に特異で異質な存在。
いつ帰れるかどうかは別として、とにかく帰れることだけは確かの筈。
だから――――


今のこの状況を、しっかり楽しんでしまえばいい。


目の前に居るブラッドは、の大好きなキャラの一人。
そして間違いなく美形の部類に入る。
しかも特上レベル。
その上本気でを欲しいと言う。
いつ帰ることになるかは謎だけど、これを逃さない手はない。
これが夢や幻でないことは分かってるけど、楽しむと決めたら幾らか気が楽になる。
不実、不純、上等じゃんよ。
は元々そんなに綺麗な人間じゃない。
凄く平凡に、凄く普通に、汚れてる。


「他の人たちと友達を止めるつもりはないけど・・・、
あなたがそう言ってくれるのは嬉しい。有り難う、ブラッド。」

笑顔と同時に自然に零れた台詞。
彼はジッとを見下ろして、何処か探るような瞳をした。

、君はやはり食えないお嬢さんだな・・・。だが、私はそんな女も嫌いじゃない。」

にやり。
口元に妖しい笑みを浮かべたブラッドが言った。
まるでの瞳の奥から今までが考えていたことを読み取ったみたいに。
それにどうやら彼の不機嫌指数は最初よりずっと上向いたようだった。

「今思い出したんだけど、、砂時計を持ってるから、
それで時間を調節して夜にしたげる。
・・・でも約束は破れないから、次夕方が来た時は約束の場所に行くつもりだけど。」
「・・・いいだろう、君から大事な友人を奪うことはしないさ。
あの忌々しい太陽を退けてくれると言うのなら、これ程有り難い話もないしな。
それに・・・夜が来るとなれば、君とは色々と楽しめそうだ。色々と・・・な。」

ブラッドは含みを持たせた言い回しでそう言って、再びニヤリと口元に笑みを浮かべた。
未だにの顎に触れている彼の白い布手袋をはめた手の感触。
その親指の腹が、唇の淵をなぞる様に動いた。


「君が私に夢中になる日が、今から待ち遠しいよ・・・。」


くくっ。
喉の奥で笑ったブラッドが、からゆっくりと距離を取る。

がブラッドに夢中になる。

それは願望ではなく、断定に近い表現。
は敢て彼と目を合わさずに、そのままブラッドの部屋を出て行った。


ブラッド、残念だけど、それはきっと有り得ない。

そう心の中で思いながら、でも何処か複雑な気持ちで一杯だった。
本当は、もう逃げられない所まで来てしまっているのかも知れない。

一瞬過ぎった考えを振り払うようにして、は自分の客室に向かった。



(終わり)


後書き
・・・・あくまで1話完結シリーズ風味を目指しておるのですが、
な、何だかな・・・連載チックになってる・・・。
しかしそれでもシリーズで着地点なしな方向で宜しくお願いします(笑
連載だと絶対続かない自信があるので(嫌過ぎる)
ここまでお付き合い下さって有り難うございました。本当に貴重な姫様です!
またお会いできることを祈って、失礼します


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