「よっ、ウサギちゃん。喜べ、暫くはこのさん、この帽子屋屋敷に留まってやることになったぞ。」
現在の時刻はこのハートの国を朱に染める夕方。
は、小さなカバンを片手に、
帽子屋屋敷内の廊下で出会ったこの組織のNO,2であるエリオット=マーチにそう告げた。
「俺はウサギじゃねぇ!!つか、げっ、マジかよ。」
即座、エリオットが不満に満ちた声を上げる。
は芝居染みた表情で殊更傷ついた素振りを見せた。
「酷いっ!酷いわ!喜んでくれると思ったのに!」
「分った分った。気色悪ぃからその喋り方は止めろ。
ああー・・・ったく、ブラッドが決めたことなら俺は文句は言わねぇよ。」
少々脱力気味に答えた彼に、はジロリと視線を向ける。
「こらこら、貴重なお客様にどんな態度よ。もっと大歓迎的なムードはない訳?」
「ねぇよ。大体、アンタがここに滞在するってこた、
あのふざけたゲームもこの辺でやるつもりか?」
エリオットはふてくされた様な口調で言った。
彼の言葉に、は暫しの間視線を彷徨わせ、
『ふざけたゲーム』に該当する物をあれこれと考えた。
彼女はこの世界では所謂『余所者』だが、
この世界の住人が必ず何らかの『ゲーム』に関わって生きていることは知っている。
その大小に関わらず、ゲームに参加しなければならないのは、言わばこの世界のルールだ。
そして余所者である彼女にとって、
この世界には『ふざけたゲーム』が五万と存在しているように思えた。
かく言う彼女も元の世界へ戻ることを諦め、この世界に滞在すると決定したその日から、
自ら作り上げたゲームを始めていた。
この殺伐としたハートの国で、射撃の名手になってしまっただったが、
彼女はその腕をも凌ぐ男性を探し求め、
彼女との勝負に勝利した暁には、その男性を自らの恋人にしようと決めていた。
挑戦者は定期的に現れては居るものの、未だに彼女に勝利した者はいない。
どちらにせよ、彼女にとってこのゲームは『ふざけたゲーム』と呼ばれるものからは最初から除外されていた。
「・・・分らねぇのかよ。アンタのゲームだろうが。
毎日毎日飽きもせずにペイント弾を男にぶち込んでやがるのはどこのどいつだ?え?」
「わおわーお!ビックリ!あれは『ふざけたゲーム』なんかじゃないわよ。
の人生に置いて重要過ぎるゲームだわ。
恋人から旦那さんに昇格するかもしれない相手を見極めるゲームなんだから。」
はそう説明した後、心外そうな瞳で彼を睨みつけた。
エリオットの長い耳がその説明の最中に興味深げにぴょこぴょこと動いていたのだが、
彼女にしては珍しくその様子に気づいてはいなかった。
「だったら尚更ペイント弾なんかじゃなく、実弾使やいいだろうが。
銃ってのは相手をぶっ殺す為にあるんだぜ。
アンタに負けたら死んじまう位の覚悟で来た奴じゃなきゃの男なんか務まらねぇだろ。
ましてや結婚するかもしれねぇ相手なら尚更だ!」
だが彼女の短銃が実弾仕様の物だったならば、
彼の上司であり彼がこの上なく崇拝しているこの帽子屋ファミリーの有力者であるブラッド=デュプレは、
と出会ったあの日にほぼ確実に命を落としていたに違いなかった。
彼とてそれを忘れている訳ではない。
そして、とはその出会いの瞬間以来、
エリオットの中で『おかしな女』として位置づけられている。
友人と言うよりは悪友と称した方がよりピタリとハマる関係。
だが、今現在に対して感じている彼のこの気持は、
その類の物とは違っているようにエリオット自身、感じていた。
説明出来ない苛立たしさが、更にもどかしく、彼を不愉快な気分にさせていた。
「ウサギちゃんってばえらく熱く語るわねぇ。
そうか、そうか、さんは嬉しいぞ、そこまでの為に熱く語ってくれるなんて。」
「・・・・・別にアンタの為じゃねぇ。
何にしろ、ブラッドに迷惑掛かるような真似だけはするんじゃねぇぞ。
それから、なんっども言うようだがな、俺はウサギじゃねぇ!いい加減つっこませんな!」
だったらツッコムな。
と、はエリオットに返したが、彼は敢えて聞こえぬふりをした。
彼の苛立ちは、徐々に頂点に達しようとしているようだった。
「ここに滞在してる間は一時休憩みたいなもんよ。
何てったってここは血濡れの双子くんが門番なんだし、
あの難関を突破してまでここには来ないでしょ。」
「だから!!クソガキが怖くて逃げだすようなふざけた男なんざ、
最初っから相手にすんなっつんだよ!」
エリオットが更に声を荒げる。
彼女は少々驚いた様にして彼を見上げた。
今に始まったことではないが、明らかに互いの会話にズレが生じている。
これはこの世界の住人全般的に言えることでもあるのだが、
今回はこのズレを見逃してはならないようには思えた。
何より、こうまで不機嫌であり、
苛立たしさを隠すことなく前面に押し出しているエリオットは珍しい。
彼のに対する態度はアリスへの物と違って(本人が自覚しているいないに関わらず)
可愛らしさを滲ませるようなものでは決してないが、
憎まれ口を叩いてはいてもそれは表面上のものだけだった。
現に会話を始めた瞬間は常と変わらぬ態度だったのだ。
彼女は視線を軽く宙に彷徨わせ、今までの会話を省みた。
やがて、ひとつの結論に至る。
「と勝負する?」
「・・・・・・・・・はぁあ!?何ぃ!?」
唐突なの言葉の内容に、エリオットは間の抜けた声で問い返した。
「照れるな、照れるな、のこと好きなんでしょ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
茫然。
瞬時、彼の思考が停止し、同時に全ての動作が止まる。
そしてその後、あらゆる思考が彼の脳裏をぐるぐると怒涛の如くかき乱し始めた。
暫くの後、ようやくエリオットがボソリと口を開く。
「アンタは・・・・。」
「ん?」
「アンタはどうなんだ?勝負で自分に勝つような男なら、誰だっていいのか?」
尤もな質問だ。
と、は思った。
それは、彼女自身も何度か考えたとこのある内容でもある。
「より先に死んじゃう恋人は欲しくないのよ。
まぁ、腕がいいからってこんな世界じゃ何が起こるのか分からないけど、
少しでも生き延びてくれる確率が高い方がいいし、
何より勝負に挑んでまでに執着してくれる強い男ってのがいいの。」
「・・・・・・・・んだよ、そりゃ。答えになってなくねぇか?」
「かもね。」
呆れた様な表情を見せるエリオットに、はけらけらと笑い声を上げて答えた。
そこで不意に、ふ、と、彼女から笑顔が消える。
「求められてないと不安・・・ってやつ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・、アンタ・・・。」
彼が何事か言いかけたその時、再び、はおどけた様子で言った。
「ほっほ!まぁ、『強い恋人に守られる』って言う乙女シチュを体現したいだけってのもあるわね。
じゃ、ウサギちゃん、そろそろ部屋で休ませて戴くわ。いつか愛の告白を聞かせてよ。」
常と変らぬ自然な軽口を叩きながら、
されどエリオットには彼女がこの場から離れたがっているのが分っていた。
そしてそれは恐らく、彼女自身も予想外に見せてしまった先程の素顔のせいだと言うことも、
彼はハッキリと感じ取っていた。
クルリ。
は彼に背中を向け、手を振りながら離れて行く。
――カツ、カツ、カツ。
廊下に響く、の靴音。
確実にエリオットとの距離が遠くなる。
その背中を見つめていた彼は、やがて、大きく息を吸い込み、彼女の名を呼んだ。
「!!」
「?」
不思議そうな表情と共に、彼女が振り向く。
半ば睨みつける如くして、エリオットは廊下の奥に居るを見つめた。
彼の胸の奥にある時計が、狂った如くしてぐるぐると回り始めているように感じるのは、
恐らく彼の気のせいではないだろう。
彼女はエリオットからの次の台詞を待っているようだった。
だが、その内容までは予測していないだろう。
彼の頭部から突き出た2本の長い耳が、緊張の為に僅かにぶると震えた。
エリオットは想像する。
―俺と勝負しろ。
彼が口にしようとしている、その言葉を耳にした時、彼女はどんな反応を示すのだろうか、と。
(終わり)
後書き
どんなだああああ!どうやら、ヒロインB甘くはならない模様です。
Aは平凡だけど糖分は結構入ってると思います。・・・おかしいな、何でだ。
って言うか格好いいエリオットが好きなのに、お笑いなエリオットになった感じが否めない(苦笑
ここまでお付き合い下さった姫様、誠に有難うございました。失礼します
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