「ども、お茶会にお招き頂き有難うございます。
おっと、ウサギちゃんなんて特に中々に久しぶりじゃない?」
深夜。
帽子屋屋敷・中庭。
主人の気まぐれによって始められる恒例の茶会。
屋敷内の住人達よりも少々遅れて姿を見せたは、
笑顔と共に既にテーブルについている彼らに言った。
広く縦長のテーブルには所狭しとケーキやスコーン等の茶受けとなる菓子が並べられていた。
そしてそのほぼ大半は鮮やかなオレンジ色が目に印象的な菓子で占められている。
つい今し方が「ウサギ」と呼んだ青年、エリオット=マーチは、
この帽子屋屋敷の主であるブラッド=デュプレの隣に陣取っており、
その周辺は殊更オレンジ色の菓子が集中しているようだった。
「うっせぇ!俺はウサギじゃねぇって何度言や分かんだ!
つかお前、久しぶりのくせに時間に遅れてんじゃねぇよ。!」
エリオットは声を上げ、即座に反論の言葉を彼女に向ける。
だが、彼の頭部から突き出ている2本の長い耳と、
彼の周辺を埋め尽くしている様々な種類の『にんじん』を原料とした菓子とが、
明らかに彼女の言葉を肯定する状況となっていた。
「仕方ないでしょ、突然だったし。あ、アリスも久し振り。」
「ええ、本当に。良ければ私の隣に座ってちょうだい。」
「ありがと。」
エリオットの反論をさらりと流し、はアリスに促されるまま席に着いた。
は椅子に腰を下ろすとすぐに彼女の真向かいに居るブラッドに視線を向け、
既に用意されていた紅茶のカップを手元へと引き寄せた。
「久し振り、ブラッド。の滞在所よく分ったわね。2回前の昼に変えたばっかなのに。」
「フッ、君は相変わらずだな、。この私が何者か忘れた訳ではないだろう?
少し調べれば君の居場所位すぐに見つかるさ。
まぁ、君の場合は常に噂が絶えないから探すのにそこまで苦労はしないがね。」
「わーお!人聞きの悪いこと言わないで欲しいわね。
そんな大したことしてないって。」
言いながら、彼女が側にあったホットミルクに手を伸ばした、その刹那。
『!』
アリスが小声で彼女の名を呼び、その服の裾を掴んだ。
は少々驚いた様にアリスへと視線を移す。
『何?』
『紅茶にミルクを入れるのはよした方がいいわ。
ブラッドは紅茶はストレートだって嫌になる位の拘りがあるから。』
ひそひそ。
アリスは小声で話を続けた。
彼女がの服の裾を掴んだのは、
ブラッドに気づかせてはならないと言うアリスなりの配慮の様だ。
しかし当のブラッドは2杯目の紅茶をカップに注ぎ、
エリオットを中心に広がっているオレンジ色の菓子の数々を、
是が非でも視界に入れまいと努力している最中の様だった。
そしてその彼の隣では、エリオットが巨大なオレンジ色のケーキを口一杯に頬張っていた。
帽子屋の茶会では、ある種恒例の光景でもある。
「あっはは、平気、平気。」
「え?・・・!?」
けたけたと笑い声を上げると共に、アリスに答えたは、
手にしたミルクを自身のカップの中へと注いだ。
その刹那、ブラッドの視線がチラリと彼女の手元へと移る。
の隣でアリスが小さく息を飲んだのが彼女には分った。
だが、彼は小さく溜息をひとつ、零したのみで、それ以上彼女を咎めはしなかった。
そしてその様子に、アリスがまた驚いたようにしてとブラッドを見比べる。
はくすくすと小さな笑い声を立てた。
「ブラッドが紅茶にミルクを入れんのを許してる相手なんかお前位だよなぁ。
ま、俺はどっちにしろ紅茶なんかどれも同じだからよく分からねぇけどよ。」
「許しているの!?信じられなわ・・・。正直、私本当に冷汗をかきそうだったもの。」
言いながら、アリスは未だに訝った様子で自身のカップに口をつけた。
ブラッドが再度、深い溜め息を吐く。
「の紅茶はミルクティーに適したアッサム種のウバ茶だ。
どうやら彼女はどうしても紅茶にはミルクが必要な性質らしいのでね。
此方でそれに相応しい茶葉を用意しておいたと言う訳だ。」
「ほっほ、それはお気遣い感謝致します、ブラッド。
でもアリス、アナタの言いたいことも分かるわ。
元々あっさりこう言うこと出来てるって訳じゃないから。」
口元に笑みを浮かべたまま、彼女は紅茶をスプーンでゆっくりとかき混ぜた。
「・・・やっぱりそうなのね。何があったの?」
問い返したアリスの表情には、
すぐにでも内容を聞いてしまいたいと言う好奇心にも近い欲求と、
それに反し、耳にすることを拒絶しているような複雑な意図が滲んでいた。
「初対面で初めてのお茶会の時に紅茶にミルクを入れたに、
このマフィアのボスの帽子屋さんは実力行使して来たのよ。」
「実力行使ですって!?丸腰の余所者相手に何てことしてんのよ!ブラッド!」
案の定、その不穏な内容にアリスは声を上げ、
彼女の斜め向かいに座っているブラッドを睨みつける。
だが、アリスの視線の先に居るブラッドはいつもの如く気だるげに返事をした。
「私の名誉の為に言っておくが、アリス、彼女は丸腰ではなかった。
その上あの時既には銃の扱いにはこの世界の住人と同じ程詳しかった様だしな。」
「あ〜あ、あんときゃ・・・凄かった・・・よな、・・・色んな・・・意味で。」
話をする間さえ惜しむ如くオレンジ色の菓子を口に詰め込みながら、
エリオットはやや不明瞭な発音で途切れ途切れにブラッドに相槌を打った。
「・・・本当なの?。」
「ん?ま、半分当たってるけど。言ってなかった?
、この世界に来たばっかの頃、
自己防衛の為に暫く有力者との接触は避けて、銃の扱い方を色々研究してたのよ。」
けろり。
アリスの問いに、は何でもないことのようにしてそう答えた。
刹那、アリスが呆気に取られる。
「あなたの世界って、銃は余り出回っていないって聞いてたわ。
私の世界と同じで警官や、それこそブラッド達みたいな堅気じゃない特殊な職業の人間以外は、
銃なんか持っていないって話だったでしょう。」
「ああ、それはそうなんだけど。」
軽く頷くと、は側にあったシフォンケーキを自身の皿に取り分けた。
そしてそのシフォンケーキも例外なく鮮やかなオレンジ色をしており、
ほんの一瞬、エリオットが恨めしげな視線を彼女に送っていたが、
彼女はそれに構わず殊更美味しそうにシフォンケーキを頬張って見せた。
「あなたって、やっぱり良く分らない人だわ、。
まさか初対面でブラッドとやり合うなんて。それでよく無事だったわね。」
アリスが素直に正直な感想を述べる。
ブラッド=デュプレ。
通称・帽子屋。
マフィアのボスである彼は、気だるげな言動とは相反し、
その肩書きに恥じぬ底知れない威圧感と聡明さを持ち合わせている。
無論、冷酷であり、無慈悲な側面も存在した。
その手にかけた者も数知れない。
彼は自身の決定したルールを破る人間を心底嫌悪しており、
こと紅茶のこととなるとそれはブラッドにとって大罪以外の何物でもなかった。
そしては、よりにもよって初対面でその重大なタブーを犯してしまったのである。
それが事実ならば、彼女が今現在、こうして五体満足で存在し、
のみならずブラッド自身が招いた茶会で談笑しているなど、
第三者からは信じられようもなかった。
「アリス、はこれでも銃社会とはほぼ無縁の日本で育った乙女だから、
ここの世界の連中と違って実弾でどんぱっちなんてやってないわよ。」
「え・・・!?だけどブラッドとやり合ったのは本当なんでしょう?
まさか取っ組み合いの喧嘩をした訳でもないでしょうに。」
「まさか、この私がそんな無駄に体力を消耗するような真似をすると思うかい?
お嬢さん。それに肉弾戦は得意じゃないんだ。違う意味でなら…お相手してもいいがね。」
言ったブラッドが妖しげな視線をアリスへと送る。
だが、彼女はそれを冷ややかな視線と共に一蹴した。
そこで先ほどまで食に夢中で口を開くことさえ控えていたエリオットが、
オレンジ色のスコーンを一皿平らげ終えた処で話に加わる。
「はイカれてるぜ。こいつ、あの状況で実弾でなくペイント弾を使ったんだ。
ま、ブラッドに銃を向けるような奴は、本当なら俺がぶっ潰すつもりだったんだけどよ、
あんときゃブラッドが絶対に手を出すなっつって止めたんだよな。」
あの状況。
と、言うのは、無論、マフィアのボスであるブラッドの怒りに触れ、
命の危険に晒された状況、と言う意味を示していた。
「・・・自分の手で仕留めようとしていたのね…。紅茶の為に…。」
ハァ。
アリスは深く大きな溜め息を吐き、この上なく呆れた表情を見せた。
彼女の視線の先には、
既に4杯目となる紅茶を飲み終えようとしているこの屋敷の主の姿がある。
「ほっほ!驚きでしょ?こっちはペイント弾だったってのに。」
「けどありゃあどう見てもトカレフにしか見えなかったぜ。
ま、今はアンタの噂が色々飛び交ってるからペイント弾だっつーのも分ってるけどよ。」
「腕のいい職人さんと仲良くなって改造してもらったから。」
言いざま、は太腿に装備していたトカレフに類似した短銃を取り出して見せる。
彼女は口元に軽く笑みを浮かべてアリスに視線を向けた。
「アリス、は人を殺せるほどこの世界に染まってないから安心して。」
「そう、良かったわ・・・。」
心底安堵した表情でアリスが返事をし、彼女はふと、
そこで何事かを思い出した様子で動きを止めた。
「それで結局どうやって決着がついたの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ブラッドはアリスの問いに答えず、5杯目の紅茶をゆっくりと喉へ流し込んだ。
が楽しげにニヤリとした笑みを浮かべる。
「ブラッド達がこのトカレフが実弾じゃなく、
ペイント弾だと気づいたのはいつだったと思う?
何と!ブラッドの胸元が真っ青に染まった瞬間だったのだよ〜。
さんってば最高のスナイパー気分だったわ。」
けらけら。
口にしてすぐに、彼女は笑い声をたてた。
アリスは再び、唖然とした表情でを凝視する。
そして、その視線をブラッドへと向けた。
「本当なの!?」
「・・・そうだな、残念だが・・・事実だ。」
少々苦々しい表情でブラッドは肯定した。
彼の隣のエリオットは、オレンジ色のブリュレを一気に口の中へとかき込み、
興奮した様子で頷いて見せる。
「マジだぜ、アリス。俺も未だに信じられねぇけど、
コイツ、本気でブラッドの胸にペイント弾ぶち込みやがったんだ。
凄腕の殺し屋でも出来そうにねぇことをやってのけちまったんだから、
さすがに俺も驚いたぜ。」
はいつもの如く、ほっほ!と、芝居染みた笑い声を上げながら、
オレンジ色のブランマンジェをスプーンですくって口へと運んだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・それで、結局紅茶にミルクを入れることを許すしかなかったのね。」
ブラッドにちらりと視線を向けたアリスが呟く。
彼は再度、深く大きな溜め息を吐いた。
マフィアのボスであり、自尊心の高い彼にとって、
との一件は余りに屈辱的な話に他ならない。
だが、結局はこうして自ら茶会に招待するほどの仲になってしまっていると言う事実に、
彼は今更ながら『余所者』と言う存在の不可思議な魅力に抗えないのだと認めざる得なかった。
そしてまた、それはエリオットも同様であると言える。
ハートの国の彼らの目にさえ風変わりと映っている余所者。
「ブラッド、今度は紅茶に砂糖を入れさせてくれるかどうかで勝負する?」
「!!」「ブハッ!」
瞬時、驚きの表情と同時にに視線を向ける、アリス。
それとほぼ同じくして、
エリオットは口内に頬張っていた鮮やかなオレンジ色の物体をテーブルの上へ噴き出した。
紅茶に対し強い拘りを持っているブラッドにとって、
紅茶に砂糖を入れる行為はミルクを入れる行為と同等に、
邪道であり、許し難い事だ。
はそれを承知でこの言葉を口にしたのだった。
「クックック・・・、君は本当に私を退屈させない言動をしてくれるよ。」
喉の奥で笑うブラッドの表情は凶悪そのものであり、
彼の周囲の空気は冷たさを含んでいた。
は悪戯に成功した子供のような表情でブラッドの視線を受け止めている。
後日、彼女は言葉通りにブラッドに勝負を持ちかけたのだが、
その結果と内容は、当人のみぞ知るところである。
(終わり)
後書き
なっがあああっ!!しかも本当は前後編にするつもりだったのに、
切る場所がイマイチ自分でも見つからなくて、こんな長ったらしいことに…。
しかも結構クセの強いヒロインで、・・・姫様方に受け入れて頂けるかどうか(苦笑
補足としては、双子は登場してないですけど、
この話はヒロインBの帽子屋ファミリー共通なので、
双子もブラッドがヒロインにペイント弾で撃たれたってのは知ってます。
現トリですが、ヒロインAの平凡さと全く違った感じにしたいです(希望
ではでは、最後までお付き合い下さいました姫様に激しく感謝しつつ、失礼します。
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