「実を言えば、君を初めて目にした時、
私は極上の茶葉と出会った感動に近い物を覚えたんだ。」
新たな夜が始まり、窓から除く満月は常と同じく幻想的で美しい輝きを見せている。
は片手で愛用の短銃(この銃が実弾仕様ではないことは既に周知の事実である。)を弄びながら、
ブラッドの室でぼんやりと空を眺めていた。
不意に机に向ってペンを走らせていたブラッドが静かにそう、声を掛けてきた。
彼女は視線を濃紺の闇に浮かぶ金色の月から、この屋敷の主へとゆっくりと移した。
「それはども、アナタにしてみれば最高級の褒め言葉ね。
その後結構すぐに銃口向けてた相手に向って言うには説得力ゼロだけど。」
返事をしながら、はニヤリとした笑みを浮かべる。
そしてブラッドもまた、薄い唇の端を僅かに歪めて笑んで見せた。
「可愛さ余って憎さ百倍・・・と言うヤツさ。
あの瞬間は私もとても複雑だったんだぞ、。
まさかほんの数秒で君を手に掛けなければならない状況に陥るとは思ってもみなかった。」
そう口にするブラッドは殺伐とした内容とは相反し、
平生と同様気だるげな口調を全く崩してはいなかった。
「も、初対面でお茶会に招かれた上に銃口向けれる状況に陥るとは思ってもみなかったわ。
繊細かつ気弱な乙女のさんは、根暗で執念深くもあるから、
何百時間回ってもあの時のことは忘れられない思い出ですわ。ブラッド=デュプレ」
おどけた様子でそう言葉を返し、は手にある銃をくるくると器用に回す。
ブラッドはクックと喉の奥を鳴らした。
「それはそれは、つまりこの私の印象が君の記憶にそれだけ深く濃く焼き付けられたということだな。
私としては嬉しい限りだ。君の奥深くにまで私の残像が住み着くことに成功したのだからね。」
は一瞬目を丸くしてブラッドを凝視していたが、
やがて再び例の如く芝居染みた笑い声を上げた。
「ほっほ!確かに間違っちゃいないわね。
あの時のことなら、事細かに思い出せるし。
それだけ鮮烈にアナタとの出会いが焼きついてるってことだから。」
鮮烈。
その言葉は彼女にこそ相応しい、と、ブラッドは思った。
との出会いを今でも鮮明に思い出せるのは、彼とて同じなのだ。
自尊心の高いブラッドにとって、屈辱的であったあの出会い。
されどあの瞬間でさえ、彼はにハッキリとした嫌悪感を抱いてはいなかった。
あの出会い。
あの瞬間。
あの、彼女との初対面の、茶会の日。
「ここまで入ってこられたと言うことは、
うちの門番たちの洗礼を受けずに済んだと言うことか。
つまりは君は本当に私の客人と言うことだな、お嬢さん。」
常と同じくうららかな真昼の時刻。
ブラッドにとっては忌々しく不快極まりない太陽が地上を見下ろすその時刻。
彼女、 は、何の前触れもなく彼の屋敷内にある庭園に姿を見せた。
ブラッドと、彼の片腕であるエリオット=マーチとが茶会を催そうとしていた、その直後に。
「わお、お嬢さんってのこと?ちょっとビックリ。
お察しの通り、あの血濡れの双子くんにはてこずったけど、
でもまぁ一応アナタの客ってのは間違いないわよ。」
気だるげな口調のブラッドと同等に、彼女は微塵の緊張感も見せずにそう答えた。
その姿は到底、単身、マフィアの屋敷に乗り込んできた者とは思えぬものだった。
「ブラッド、コイツ怪しくねぇか?
悪いヤツかもしれねぇし、ここは俺が・・・「私の客人だぞ、エリオット、手を出すんじゃない。」
言葉と同時に訝しげな表情で彼女をじろじろと無遠慮に観察しながら、
エリオットは自身の銃にすかさず手を触れた。
しかし、彼の台詞を遮るようにして、ブラッドに制される。
エリオットは不承不承に銃を取り出すことを断念した。
「悪かったね、お嬢さん。
まずは座りなさい、私たちは丁度お茶会を開こうとしていたところだ。」
「ありがと、じゃあお言葉に甘える。実はお腹空いてたのよね〜。」
ブラッドに促され、彼女は口元をほころばせながら席に着いた。
つい今し方現れたばかりのはずの彼女だが、既にこの場の空気に溶け込んでしまっている。
エリオットは無意識の内に警戒を緩め、彼の向かいの椅子に座ったに眼を向けた。
「・・・おかしな女だぜ・・・。」
ボソリ。
彼は誰に聞かせるでもなく、そう呟いた。
エリオットの隣のブラッドは、彼と同じようにに視線を向け、
淹れたばかりの紅茶の入ったカップに口をつけると、意味深な笑みを浮かべている。
「ふふ、中々興味深い女性じゃないか。」
しかし、その刹那―――――
彼女が自身のカップにミルクを注ぎ入れる光景が、ブラッドの表情を瞬時、一変させた。
の手元。
茶褐色の澄んだ美しい紅茶が、見る間に白い靄に包まれていく。
やがて、ゆっくり、ゆっくり、と、彼女がスプーンで紅茶をかき混ぜていく度、
ブラッドの内から何とも形容しがたい感情が膨れ上がり、
彼の脳の芯がスゥと冷えていった。
「・・・知っていたか?お嬢さん。
私は紅茶にミルクを入れる礼儀知らずが大嫌いなんだ。」
あくまでも気だるげで、そして静かなブラッドの声だった。
だが、はその声音に含まれた底冷えするような冷たさを即座に感じ取り、
視線を彼へと移動させた。
彼はやおら立ち上がり、スッ、と、白い手袋を嵌めた手で、
その手袋同様に白いステッキの先を彼女へ向けた。
「わお。紅茶は嗜好品だと聞いたけど。それってどう楽しむかは個人の自由なんじゃないの?」
「郷に入っては郷に従え、と言う言葉を知っているかな?」
「その郷のルールを最初から知らされてなきゃ分らないっしょ。」
返したの口調は軽く、されど、
彼女はブラッドの向けたステッキの先が何を意味するかを既に理解していた様だった。
エリオットも油断なく彼女に視線を向けている。
刹那。
――ズキュ・・・ォォン・・・
響き渡る、銃声。
だが、被弾先にの姿はない。
彼女はブラッドが発砲する直前、瞬間的とも言える素早さで後ろへ飛退いた。
至近距離での発砲。
にも関わらず、彼女はブラッドの攻撃を見事に回避したのだ。
一瞬、驚いた表情を見せたブラッドとエリオットだったが、
ブラッドは即座に次の攻撃の態勢を整えた。
次いで、エリオットも自身の銃口をへと向ける。
「エリオット、お前は手を出すな。これは私と彼女の問題だ。」
「え?けどよ…。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「ハァ…分ったよ。」
ブラッドの命に、エリオットは再び銃を下ろした。
だが、完全にしまい込むことはしない。
「わーお。紅茶にミルク入れて殺されそうになってる。
もうここにきて結構経つから慣れたけど、エキセントリックな展開〜。」
おどけた様子でそうが口にすると、ブラッドは凶悪そのものの表情で彼女を睨みつけた。
しかし、やはりその唇には僅かに笑みが浮かんでいる。
「ほぅ、随分と余裕じゃないか。君はどうやら命が惜しくないらしい・・・。」
「ほっほ!悪いけど、ミルクティーを理由に死ねるほど、甘い女じゃないもので。」
「・・・・まさか君は、その短銃でこの私に挑もうと言うのか?
止めておけ、無様に死にざまを晒すことになるぞ。大人しくしていれば一瞬で終わる。」
は銃を装備していた。
そして今現在、その短銃の銃口は間違いなく、この帽子屋ファミリーの有力者である、
ブラッド=デュプレに向けられている。
「ブラッド!!やっぱりコイツは俺が始末するぜ!
お前に銃口を向けた奴なんざ生かしちゃおけねぇ!!」
「エリオット、いいからお前は手を出すな。・・・このお嬢さんは、私が直接手を下す。」
冷やかなブラッドの返事。
エリオットはこれ以上彼に何を言っても無駄だと言うことを悟った。
幾度目かの溜息と共に、ブラッドに従う。
「紅茶はストレートで飲んでこそ本来の香りや味が生きるんだ。
特にこのダージリンは発酵度が低く味が弱い。
ミルクを入れたりすれば味も香りも失ってしまうんだよ、お嬢さん。
分ったかな?ならば・・・そろそろ死んでもらおうか。」
紅茶についての短い講釈を終え、再度、ブラッドが発砲した
―ズオォー・・・ン
鋭く、乾いた2度目の銃声音。
だが、今回もまた、ブラッドは獲物を仕留めた手ごたえを感じられなかった。
更に―――
「っ!?」
自身の銃声を耳にしたそのほぼ直後に、彼は胸元に衝撃を覚えた。
態勢を崩すほどの威力はない。
だが、確実に彼の時計、その真上を襲った衝撃。
ブラッドはただ茫然と、瞳を見開く。
蒼。
鮮やかな、そして憎々しい程に美しい蒼色。
彼の白いジャケットの胸元に飛び散っている。
澄み切った爽やかさえ思わせるその蒼色は、
ブラッドの嫌悪する忌わしい真昼の空によく似ていた。
「嘘・・・だろ?」
長い長い沈黙の後、最初に言葉を発したのはエリオットだった。
ブラッドに止められていたとはいえ、
彼に真に危険が迫った場合はエリオットはいつでもその銃を抜く用意は出来ていた。
だが実のところ、彼女相手にブラッドが不覚を取るなどと言うことは全く予期しておらず、
更に、彼自身が手出しすら出来ないほど隙のない状況が生じるなど考えてもいなかったのだった。
「さすがに天下の帽子屋ファミリーのボス。
今回はさんも死へのカウントダウンと激しく紙一重だったわね。」
言いざま、はゆっくりと地面から身を起こした。
口調は先ほどまでと同じく軽いものだったが、そこには確実に動揺と焦りが滲んでいた。
彼女は咄嗟に地を蹴ってブラッドの銃弾を交わし、
宙に浮いた態勢で彼の時計の真上に狙いを澄ましたのだ。
「・・・君は…、何者だ・・・?」
存外冷静な声音で、ブラッドは問うた。
だが、実際はその喉はまるで干からびているかと思われるほどにカラカラだった。
「わおわーお!自己紹介まだだったか。は 。
アナタ達の言うところの余所者ってヤツですか。」
「余所者だと…?」「余所者ぉ!?」
ブラッドとエリオットの言葉が重なる。
ブラッドは再度、ゆっくりと彼女をその視界に収めた。
既に脳内は冷静さを取り戻し始めている。
そして、彼の銃は元のステッキへと姿を変化させていた。
凝視に近い形で彼女を見つめ、やがてブラッドは深く大きな溜め息を吐いた。
「・・・確かに、君は余所者の様だな・・・。
名前も特殊だが、何より私には感覚で分かる・・・。
しかし、余所者は知識としてしか知らないが、
認識にここまで時間のかかるものだとはな。」
「みたいね、前にも同じこと言われた。」
返事をしながら、は既に何事もなかったかのように席に戻っていた。
そして、彼女は冷めかけの紅茶のカップに手を伸ばす。
紅茶。
ミルクティーと化した、それに。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
ブラッドは苦々しい表情でその様子を見ていたが、
彼にその行為を止めさせる権限はつい先刻の攻防戦で失ってしまっている事を、
彼自身よく理解していた。
彼の胸元に打ち込まれた銃弾は、実弾ではなくペイント弾だったが、
どちらにせよ命を奪われていた可能性は限りなく高かったのだ。
「ブラッド=デュプレ、それとエリオット=マーチ、
単に挨拶しに来ただけだから、これから宜しく、色々と。」
「・・・・・マジであり得ねぇぜ…この女。」
ボソリ。
エリオットが小さく漏らした。
とうに戦意を喪失していた彼は、ただ茫然とに視線を向けている。
ブラッドは不意に視線を自身の胸元に落とした。
蒼。
先ほど目にしたのと同じく、澄み切った真昼の空のように美しく鮮やかなその色。
屈辱的な思いは彼の中で確かにふつふつと湧き上がっている。
だが、それと相反し、不思議なほどにこの状況を受け入れようとしている自らの心に、
ブラッドは気づいていた。
やがて唇を曲げて笑んだ自嘲気味な笑みの訳は、
現在に至っても彼自身にすら理解できなかった。
ふ、と、過去の出来事から現在へとブラッドの意識が戻る。
は相変わらず彼の室の窓際で、黄金の月を眺めていた。
彼女の手元。
ブラッドの用意させた、ミルクと相性の良いアッサム種の茶葉を使用した紅茶がある。
彼の目前でミルクティーを堂々と飲むことの出来る唯一の人間。
そして更に、忌々しくも、近日中に砂糖を入れることを許可させるつもりでいることも、
自身の口から聞かされている。
「困ったものだ・・・・・・。」
深く大きな溜め息と共に、ブラッドは呟いた。
困ったものだ。
そんな言葉で、紅茶への冒涜だとさえ思える行為を許せる程に、気を許してしまった余所者。
それこそが、彼の本当の悩みの種であるということを、
彼自身も今は気づいては居なかった。
(終わり)
後書き
これも帽子屋ファミリー共通シナリオです・・・って、ながあああ(苦笑)
そしてどこまで現トリヒロイン的じゃないんだ、ヒロインB(笑)
こっちはもうある意味超人的な女子になると思います。
Aと違ってキャラに振り回されてばっかりじゃなくて、こっちが振り回す感じで。
ではでは、ここまでお付き合い頂いた有り難い姫様に感謝しつつ、失礼します。
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