「・・・あり得んな、そんな質問は答えるだけ無駄だ。」
「・・・・・・・・・・・・そう、ですか・・・。あ、すみません・・・折角帰ろうとしてるところを呼びとめてしまって。」

時間帯はお昼。
は一人、園内をぶらついている最中に、時計屋のユリウスさんを見つけた。
彼は時々仕事の関係でこの遊園地に足を運んでくる役持ちの一人なんだけど、
どうやら余り外出することを快く思っていないみたいで、
大抵は仕事が終わるとすぐに園内から出て行ってしまう。
たまにゴーランドさんが声を掛けてアトラクションで遊んで行く事をすすめているのを目にするんだけど、
それも断っているようだった。
と彼は最近顔を合わせると短い世間話が出来る位には親しくなっていた。
最初の頃はぶっきらぼうな態度と人を寄せ付けない雰囲気に話しかけるのを躊躇っていただけど、
今ではそれも気にならなくなった。
彼は不機嫌そうに見えても結局いつもの言葉にきちんと耳を傾けて答えてくれる。
一見分かり難いけれど、親切な人だと思う。
そして今。
は最近特に気になっていたこと、
どうしても知りたくて仕方なかったある質問をユリウスさんにしたばかりだった。
質問の内容が突飛過ぎると言う自覚はあったけれど、どうしても知りたくて。
だけど、やっぱり彼には迷惑だったのかもしれない。
いつもよりも一層険しい表情を浮かべ、をジッと見つめている。
は頭を下げて謝罪すると、その場を後にしようとした。
その時。
背後でユリウスさんが深く溜息を吐くのが聞こえた。

。」
「あ、はい!」
「お前は自分をもう他所者ではないと言っているが、今だってその事実に変わりはない。
お前は、アイツらとは・・・・残像とは違うんだ。」

真っ直ぐにを見つめる彼の蒼い瞳。
彼は今、真摯にの質問に答えてくれている。
は少しだけ視線を地面に落とし、震える唇で返事をした。

「でも・・・でもユリウスさん・・・、には・・・もう心臓(ハート)がありません・・・。
心臓(ハート)がなければ、余所者ではあり得ないでしょう?」
「だから時計が欲しいと言うのか?その胸に、時計を入れれば本当にこの国の人間になれるとでも思っているのか?」

低く淡々とした声がそう問い返した。
その中には少なからずを咎めるような色が含まれている。
当然だ、と思う。
ムチャクチャな事を言ってる自覚もある。
けれど、はどうしても聞いてみたかった。
聞かずには居られなかった。



―――も時計を与えて貰えば、この国の人間として生きていけるでしょうか?



実体のないゴーストとしてではなくて。
例え心臓(ハート)がなくても、秒針で命を刻む、この国の住人として、
生きることが出来れば。
は長く長くこの世界に居ることで、薄らとだけれどこの世界の理が分かって来ていた。
勿論、どんなに長く留まっていてもやっぱり理解できない事の方が膨大ではあるのだけど、
それでも時計屋であるユリウスさんがどんな役割を果たして、どんな仕事をしているのかその一部は理解していた。

「・・・例えどんな姿になろうとも、余所者は余所者だ。私達の世界の人間になどなれはしない・・・。
その証拠にお前は・・・・・・・・・・・。」
「?ユリウスさん?」

言葉を切った彼は、その先を続けず、何故か妙にばつの悪そうな表情を浮かべた。
けれどそれから軽く頭を左右に振った後、更に口を開く。

「何でもない・・・。とにかく、お前は今も余所者だ・・・。
今だろうが昔だろうが、お前が異世界から来たと言う事実は変わらないだろう。
・・・この世界の人間ではないお前は残像であるアイツらとは違う。
万が一・・・時計を手にする事が出来たとしても、それでお前が安易に生を手に入れられるとは思えない。
失敗する確率は限りなく高く、その場合お前は今の姿すら失いかねないんだぞ。」
「・・・・ですが、ユリウスさん・・・、僅かでも可能性は・・・。」
「しつこいぞ!・・・これは、あくまで仮定の話だ。
・・・・・・私はそんな無茶苦茶な話を実行に移すつもりは微塵もないからな。」

ユリウスさんはピシャリと言ってのけた後、再度、深い溜息を吐いた。

「妙な考えはさっさと捨てることだ。・・・・遊園地の人間以外に話相手が欲しいと言うなら、
たまになら・・・私が声をかけてやらなくもない・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・、・・・・・・・・・・・・・はい、有難うございます・・・。」

小さく返事をして、がユリウスさんに頭を下げたその時。
の背後から、ひょっこりとボリスが姿を現した。

「やっと見つけたぜ、。あんたって昼は光の加減でよく見えないことがあるから、結構園内探し回っちゃったよ。」
「ボリス・・・!」
「こんなとこで何してんの?・・・・・・あれ?時計屋さんも一緒だったんだ。」

の正面に立っている長身のユリウスさんに目を移すと、ボリスは少し意外そうにそう言った。
ユリウスさんは面倒くさそうな表情で返事をする。

「いや、私はもう帰るところだ。それじゃあな。」
「はい。あの・・・・・・・・・・ユリウスさん、・・・・・・・・すみませんでした、有難うございます。」

が改めて謝罪を口にし、ユリウスさんに向かって頭を下げたその時。
ボリスが怪訝な顔でと彼を見比べた。

「?・・・・・、何で謝ったりしてんの?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何?もしかして、時計屋さんに苛められた?」

きょろり。
ボリスの金色が瞳の奥が険悪に細められる。
その手にはいつの間にか彼愛用の銃が握られていた。
は彼が早撃ちの名手だということはもうずっと前から知っている。
今のは実体ではないし、時間帯が昼だから実体にも慣れない。
もしも彼がユリウスさんに発砲してしまったら、今の私ではきっと彼を止めることはできないだろう。
はボリスの誤解を解く為に慌てて否定した。

「違う!ボリス、違うの!が、ちょっとユリウスさんのお仕事に関することで質問をして・・・、
ただそれだけだから!だから、ユリウスさんは悪くないのよ・・・!」
「・・・・・・・・・・・・・そう?そう言う事情ならいいんだけどね・・・。」

言いながらも、彼はまだ何処か疑わしそうにユリウスさんをチラリと見た。
ユリウスさんはいかにも迷惑そうに眉間に深くしわを寄せ、それからクリルと達に背を向ける。

「これ以上話す事は何もない。下らん事に巻き込まれる前に、私は帰る。」
「さようなら、ユリウスさん。」
「バイバイ、時計屋さん。」

素っ気ない態度でそう口にして、ボリスは彼とは逆方向に踵を返して歩き始めた。
なんだか、少し、機嫌が悪いみたいに見えるのは、の気のせいだろうか。

「ボリス・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・行くよ、。早く来なよ。それとも、時計屋さんの背中が見えなくなるまで見送る気?」
「え?ううん、ボリスと行くわ。」

答えたは慌ててボリスの後を追う。
彼はさっきユリウスさんに向けたのと同じように金色の瞳を細め、冷たい眼差しを私に送った。

「・・・・ボリス?・・・・・・・・・・もしかして、怒ってるの?」
「別に。たださ、・・・。」
「・・・・・・・・ただ?」


「あんたの姿が、他の奴らにも見えるようになったのが気に入らないだけ。」


「・・・・・・・・・・えっ!?」

鋭く、険のある声でボリスにそう言われ、瞬時、は硬直してしまった。

「ボリスは・・・・の姿が・・・誰にも見えない方がいい・・・の?」

無意識にの唇が震える。
今にも泣きだしそうな自分の声を、それでもどうにかいつも通りに聞こえるようにとは必死に努力した。

「あ、違う!そうじゃなくて!・・・いや、そうなんだけど。あんたが思ってるような意味じゃなくてさ!」
「・・・・?どう言う意味?」

が問い返すと、彼は少しの間何かを迷うような表情を浮かべた後、小さく溜息を吐いて言った。

「つまり・・・単なる俺の我がままってヤツ。‥‥俺だけ(・・・)があんたを見る事が出来てれば、
他の奴とあんたが話をすることも、あんたが誰かと俺以上に仲良くなっちゃう心配もない。
・・・・・・・・・・・・・そう言う意味だよ、俺が言ってんのは。
俺が園内駆け回ってを探してる間、
あんたは時計屋さんと話をしてたんだって思うと無性にムカついちゃってさ・・・。
ごめん、そんな顔・・・・させるつもりなかったんだけど。」

言い終えた彼は、透き通ったの頬に触れるように手を伸ばした。
今はは幽体で、その手がの肌に触れることはできない。
なのにどうしてだろう、気のせいか、頬がほんのり温かく感じた。

「ボリス、あなたはの一番の・・・と、トモダチ、よ。いつになってもそれは変わらない。
確かに他の人もに話しかけてくれて、それは凄く嬉しいことだけど、でも、
ボリス、あなたが一番だってことはこの先絶対に変わらないから。」

知らず、自身の頬が緩むのを感じた。
そうだ、この言葉は嘘じゃない。
長い長い、気の遠くなるような長い時間。
ずっと孤独だった
そのを見つけれてくれた、声を掛けてくれた、それがボリスだ。
満面の笑顔を浮かべたに対し、ボリスがフッと瞳を細めて笑い返してくれる。
だけど何故か、その金色の瞳の奥、寂しげな影が滲んで見えた。

「ボリス?」
「ねぇ、あんたが俺を一番だって言ってくれんのはスゴク嬉しいよ。
だけど・・・俺は・・・・・・・・・・、俺はあんたの友達の中の一番じゃ・・・もう物足んなくなっちゃったんだよね。」
「・・・・・・・・・・・・・・・え?」

この短い間に何度、こうして問い返しただろう。
でも今のボリスはいつもと少し違う気がする。
ううん、最近。
違う。
もっと前からかもしれない。
いつからだろう、初めて会った時とは彼の態度が何処か違うと気付き始めたのは。
分からない。
分からない。

「・・・・・・・・・・友達・・・の中の一番は、の中で特別だけど・・・、ボリスには・・・そうじゃないの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

の名前を呼んだボリスの金色の猫の瞳が真っ直ぐにを見つめている。
一歩。
一歩。
そしてまた一歩。
彼の脚がに向かって進んだ。
そして、ボリスはのすぐ傍。
真正面で足を止めた。

「ボリス?」

が問いかけたその時。
不意に、彼はの方に顔を寄せ、体を少しだけ傾けた。
そして。

「っ!!???」

の透き通ったままの唇に、ボリスは自分の唇を重ねるようにして金色の瞳をそっと閉じる。
ついさっきの頬に触れる真似をした時と同じで。
だけど、全然違う行動。
決して、触れ合せる事の出来ない、キス。


ドックン。
ドックン。
ドックン。


の空っぽの胸が、空っぽの筈の胸が、長い間失なってしまった心臓を呼び覚ます。
触れてはいない。
重なってはいないのに。
これはキスではあり得ない。
分かっているのに。
は、その状態から、動く事が出来なかった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・、分かっただろ・・・?俺があんたに向けてんのはこう言う気持ち。
俺は・・・・・・・・あんたが好きなんだ。友達って意味だけじゃなくて、もっとずっと、大事で特別って意味で、さ。」
「あ・・・・・ぼ・・・・・ボリス・・・・。」


あんたが好きだよ、

至近距離。
囁くようにして繰り返すボリス。
その言葉はとても嬉しいのに、泣きたい位に嬉しいのに。
同時に、の胸を嫌と言うほど締め付ける。
友達、ともだち、トモダチ。
にとって最高で、にとって特別な。
たった一人では絶対に得られない関係。
だけど。
本当は、も少しずつ気付いてた。
ボリスと一緒に居ることで、自分がどんどん欲張りになっていってる事に。


でも、にそれ以上を望む権利なんか、ありはしない。
だっては。
は。


「だめ・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・?」
「駄目よ・・・、ボリス・・・。無理だ、・・・・・・。」
「無理って・・・、それは・・・俺を友達以上に見れないって言ってんの?俺の気持ちが迷惑って意味?」
「それは・・・ボリス・・・、分かって。だっては・・・・・・・・。」

彼の言葉を否定することも肯定する事も出来ない。
は彼から少し後ずさると、ぶんぶんとかぶりを振った。

「何でさ!?分かんないよ、ちゃんと聞かせてよ、あんたの正直な気持ち。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ごめん、なさい・・・!」


―――フッ


彼の前から瞬時に姿をかき消して、昼の空気に解ける、の体。


「っ!??おい!逃げるなんて卑怯だ!!」


ボリスが大声でそう言っているのが聞こえたけれど、は彼の元に戻る事が出来なかった。
彼を傷つけた事が分かっても、にはYESもNOも返せない。
だってはゴースト。
お互いに触れ合いたい時にいつでも触れ合うことも叶わない。
一緒に年を重ねることも、遠出をして同じ物をみることも。
大好きな人としたいと願う小さな願い、そのなにひとつ、満足に出来ないのだから。



―――だから時計が欲しいと言うのか?
    その胸に、時計を入れれば本当にこの国の人間になれるとでも思っているのか?


違う。
違うんです、ユリウスさん。
、今分かりました。
は、心臓(ハート)がないから時計が欲しいんじゃない。
は、ボリスと同じになりたいから。
ボリスと一緒に居たいから、時計が欲しいんです。


何て大それた夢を見てしまったんだろう。
どうしてこんなに欲張りになってしまったんだろう。

ふわふわと甘かった筈のあの想いは、いまは苦味を強く残して、 そしては思い知らされるのだ。

“恋心”なんて、抱くべきではなかったんだと。


(END)



後書き
毎度のことながら、えれぇ長くなってしまったorz
今回は最初のユリウスとの会話シーンを書くのが妙に楽しかったです(笑)
因みに、ユリウスが途中で止めてしまった言葉の続きですが、
「その証拠にお前はここの連中に好かれている」的なことを言うつもりでした。
まぁその中には自分も入ってるってオチですね。(勿論恋愛的な好意ではなくて)
って、ボリスメインの話なのにユリウスについての後書きに(笑)
ではでは、今回は明らかに続き物ですが、・・・・・シリーズなんだいっ!(いい加減苦しすぎる)
ここまでお付き合い下さった貴重な姫様に深く感謝致します!誠に有難うございます。


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