ズダダダダダッ。
何者かが荒々しく階段を駆け上がって来る物音を耳にし、ユリウスは作業を進めていた手をピタリと止めた。
そして眉間に深くしわを寄せ、視線を僅かに部屋のドアへと向ける。
それとほぼ同じくして、勢いよくドアが開かれ、小柄な少女が一人、姿を見せた。

「ユリウス、ただいま!」

満面の笑みを浮かべてそう口にした少女に対し、ユリウスは即座、鋭い声音で短く返す。

「帰れ!」

だが、少女は全く動じた様子も見せず、にこにことした笑顔のまま、部屋の奥まで足を踏み入れてきた。

「今日はマドレーヌを作ってきました!」
「聞こえなかったのか?私は帰れと言ったんだ。
大体、ここはお前の家じゃないんだ、ただいまなどと言う挨拶をするな。」
「もーユリウスってば照れなくていいのに!」
「誰が!!毎回同じセリフを言わせるな!」

あからさまに苛々とした口調でユリウスはそう言い、同じほど剣の含んだ瞳を少女に向ける。
しかしやはり結果は先ほどと同様だった。
彼女は微塵もユリウスの様子など気にも留めず、何やらいそいそとキッチンへと足を運んでいる。

「勝手に奥に入るんじゃない!」
「コーヒーを淹れるから待ってて、ユリウス。
どうせずっと仕事だったんでしょ?そろそろお茶の時間にしても罰は当たらない、当たらない♪」

軽快な口調で歌を口ずさむように言いながら、彼女は言葉通り珈琲を淹れる準備を始めている様だった。
ユリウスは眉間に刻んだしわを一層深くし、大きく溜息を吐いた後、再び作業を開始する。
これ以上彼女に制止の言葉を掛け続けたところで少女がそれに素直に従うことはない。
そのことを、ユリウスはここ数十時間の間に嫌と言うほど思い知らされていた。


少女の名前は
この世界で言うところの余所者だ。
彼女の滞在先はこの時計塔の広場にある宿屋で、そこで仕事をしながらその部屋の一室に寝泊まりしている。
は仕事先で休憩時間や休日が訪れる度、ある程度間を置いては居るものの、
時間帯を問わずこうしてユリウスの元に押しかけて来る事が多々あった。
彼女曰く、ユリウスはの運命の相手だと言うことだが、ユリウスは当然のようにそれを真に受けたりはしていない。
寧ろ性質の悪い戯言だと何度も彼女を冷たく跳ね除けてきている。
元来彼は自他共に認める人嫌いで有り、仕事にしか興味を持たず、他人との関わりを極端に嫌っていた。
仕事上已む負えず客と接しなければならない場合や同じく外出を余儀なくされた場合を除けば、
ユリウスはほぼ大半、いや、それ以上の時間をこの時計塔内で仕事をして過ごしている。
友人と呼べる人間が居ない訳ではないが、それも片手で事足りる。
寧ろ二人しかいないと言った方が早い。
そして当然ながら、はその二人の内一人には含まれていないのだ。
ユリウスがその気になれば彼女を即座にこの時計塔内から放り出すことなど容易いことであるにも関わらず、
彼は苛々とした態度を取り続けながらもをこの場から強引に追い出した事は一度もない。
そのことに対してはユリウス自身も自らをを咎めずには居られなかった。


どうかしている。


手元の時計の細かな作業を続けながら、
彼女が珈琲を淹れる用意をするカチャカチャと言う微かな音を耳にし、
既にその音すら耳に馴染んでしまっている事実にユリウスは内心自身で呆れ返っていた。
耳に馴染むと言う事は、それだけの経緯があったと言うことだ。
ユリウスは手元の時計を完成させ、作業はそこでひと段落した。
まるでそのタイミングを見計らっていたように、
が鼻歌混じりに珈琲カップを手にして彼の仕事机の傍までやってくる。
彼女の手元から漂ってきた香ばしい珈琲の香りがユリウスの鼻孔を優しくくすぐった。
は彼に珈琲を手渡すと、早速自身のカップに口を付けている。

「うん、うん、今日もの淹れた珈琲は絶品よね!」
「ふん、自分でそう口にしていれば世話はないな。」
「もう、そんな褒めてくれなくても・・・。」
「誰も褒めてなどいない!」

何故かポッと頬を赤らめるに対し、ユリウスは即座、それを否定する。
だが、実際のところ、彼女の淹れた珈琲は、驚くほどにユリウスの好みに合っていた。
元来ユリウスは仕事以外の事に殆ど無頓着であり、興味を抱いていない。
だが、珈琲は彼が仕事以外で拘りを持っている数少ない物の一つだった。
豆の種類から保存法、そして器具ひとつひとつにも丁寧な手入れが行き届いていることからもそれが伺える。
その時初めて珈琲を淹れたと言う彼女がそのユリウスを唸らせたのだ。
無論、彼は素直にを絶賛したりはしなかった。
だが、彼女はユリウスの表情で自分の珈琲が彼の口に合った事を即座に理解し、
今にも踊りださんばかりの勢いで喜びを口にすると、
その時間帯から後は彼が許可するしないに関わらず、こうして彼の為に珈琲を淹れるようになったのだった。

「ねぇユリウス、今回のマドレーヌはかなり自信作なんだけど、どう?」

珈琲と共に出されたマドレーヌをユリウスが一口食したその時。
は大いに期待を含んだわくわくとした眼差しを彼に送ってそう訊ねた。
ユリウスは極力彼女のその視線を避け、常と変らぬ素っ気ない態度で返す。

「・・・・・・さぁな、・・・・・・・食えなくはないんじゃないか・・・。」

内心彼女の作る菓子類には今までいい意味で何度も驚かされてきたのだが、
当然それを素直に口にする彼ではない。
しかし、はどこまでもポジティブだった。

「それって最高ってことよね!?」
「・・・・・・・・・・、お前、私と会話をする気があるのか?」

あんな返事をされて最高と解釈できるその思考が彼には理解できなかった。
確かにそう言って申し分ない程の味ではあるが、あの口調と言葉ではそうは受け取れないだろう。
そして、彼はわざとそうは受け取れないように返事をしたのだ。
これはもう自分の言葉を聞いていなかったとしか思えない。

、ユリウスとだけ会話出来れば他に何も要らないけど。」

けろりとした表情でそう言いながら、は自身が持参したマドレーヌを頬張った。
的外れな回答だが、彼を動揺させるには十分な威力を持つ台詞だ。

「・・・・・・・・・ぶっ!!・・・・ゴホッゴホッ・・・!!」

彼女が言い終えるとほぼ同時に、ユリウスは口に含んだばかりの珈琲を噴き出し、盛大に噎せた。

「なっ、ば、馬鹿じゃないのか!?お前は!」
「やだ、ユリウスってば、照れてるんでしょ?可愛い!」
「〜っ〜っ!!!それを食べたら片付けてさっさと帰れ!!」

きゃっ、きゃっ、と如何にも嬉しそうな笑い声あげてが笑う。
ユリウスは重度の頭痛が襲ってくるのを感じずには居られなかった。
最も厄介なのは、既にこれが彼の日常として組み込まれたひとコマになりつつあることだ。
否。
彼は未だ否定し続けては居るが、もうしっかりと組み込まれてしまっている。
少なくとも、の中では休憩時や休日に時計塔を訪れる事は決定事項となっているのだから。

「それってマドレーヌを食べ終わって珈琲を飲み終わるまではここに居てもいいって意味よね?
じゃあゆっくり味わって時間を掛けた方がいいわね。あ!ユリウスもしかしてそれ狙ってた?」
「お、お前と言う女は・・・・・・・・・、どこまで・・・・・・・・・・。」
「素直にそう言ってくれればいいのに。」

そこでまたユリウスの頭痛の激しさが増した。
はにこにこと機嫌良さげに再びマドレーヌを口へと運んだ。
香ばしい珈琲の香りと、マドレーヌの甘い香りとが溶け合い、狭い室内を満たしている。
ユリウスは眉間に深くしわを刻んだまま、また一口、珈琲を啜った。
厭味な程に彼の嗜好に合った程良い苦みとスッキリとした味わいの褐色の液体。

チラリとを一瞥すると、如何にも幸せそうな表情を浮かべて菓子を食べ続けている。


どこまでも能天気な女だ。


小さく溜息を吐き、そして再びカップに口を付ける。
確か次の時計は少々厄介な造りのものだった筈だ。
以前同じ様な造りの物を修理して、予想以上の時間を要したことを彼は思い出していた。
だが、今回は前回よりも速やかに仕事が捗るかもしれない。
意味もなく、彼はそんなことを考えた。
ユリウスらしからぬ前向きな、そして楽観的な考えだ。
彼は手元の珈琲との手作りである菓子に視線を移した。


何か妙な薬でも入っているんじゃないか?


結局、ユリウスは彼女の珈琲を一滴残さず飲み干し、マドレーヌを二つ、完食した。
その後時間帯が夕方から昼へと変化し、
はてきぱきと片づけを終えると常と同様笑顔で時計塔を後にした。
その背中を一瞥する度、嵐の様に騒がしい彼女が去って行くことに安堵していたユリウスだったが、
彼はまだその感情の中に微かに名残り惜しい気持ちが含まれ始めている事に気付いては居なかった。
否。
例え気付いていたとしても、恐らく、彼はそれを頑なに否定し続けただろう。


このひと癖もふた癖もある少女に偏屈で人嫌いの時計屋が完全に心奪われるのは、
まだ少々先の話だ。


(END)



後書き
ユリウスでシリーズ・・・シリーズ!(主張しないと色々と自分的に追い詰められるらしい)始めました。
実は同じお題で同じ声優さんのやってるキャラでジャンル違いなんですけど、
似たような話を書いたことがあります。(別館のBASARA・佐助です 笑)
だから書くかどうかは迷ったんですけど、やっちゃった☆
癖があり過ぎて受け入れられるか激しく謎なヒロインで申し訳ないです。
でも、書いてる方は楽しかったりします(笑)
と言うことで、ここまでお付き合い下さった姫様、毎度同じ文句ですみませんが・・・、
感謝です!本当に、有難うございます。失礼致します
****[待ってるだけじゃ始まらない]TITLE BY age *****


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