「バレンタインデーのチョコだと?」
「そうよ!今の時間帯はバレンタインデーなの!この時間に間に合わせるために一生懸命作ったんだから!
今回は特に会心の出来だし、本当に自信があるの。さぁ、受け取って!」
「・・・・・・・・、お前からのチョコなど怪し過ぎて受け取れるか。
要らん、それを持ってさっさとここから出ていけ。見ての通り、私は仕事中なんだ。」

眉間に深くしわを刻んだユリウスは平生よりも一層不機嫌な口調でそう言い放ち、
彼女から視線を外すと手元の時計へと視線を落とした。

「もー、またそう言う事言うんだから。ユリウスのそれってもう挨拶みたいよね。
でもには分かってるわ!ユリウスが照れちゃって心にもないことを言ってるって!」
「〜っ〜っ!お前はどこまでおめでたい思考をしているんだ?私は本当のことしか口にして居ない!
いいからさっさとそれを持って帰れ。私はバレンタインなどと言う下らん行事に等全く興味がないんだ。」
「一口食べればきっとそんなこと言えなくなるわ!
の愛情たっぷりのチョコに、バレンタインの素晴らしさを思い知るんだから。」

言いながら、は突き放すように返したユリウスを殆ど無視する形で自身が手にしているチョコレートのラッピングを解き始めた。

「勝手に話を進めるな、私は食べないからな。」

ユリウスは頑なに拒絶の姿勢を崩さない。
しかし、は常と同じくそれに全く動じた様子を見せず、順調にチョコの入った箱のリボンを解き、
淡いピンクの包装紙を綺麗に開き、そして最後にその中に包まれていた箱の蓋を片手で開いた。

「見て、ユリウス。美味しそうでしょ?食べてみて。」
「要らん。何と言われようと私は食べないぞ。」
「カカオどころかの愛情100%なのよ。」
「っ!・・・以前から知ってはいたが、お前の思考回路は相当破たんしている。いいからさっさと帰れ。」

視線を手元に固定したままの彼は、眉間のしわを殊更深めてそう返す。
彼の頬は僅かに赤く染まっていた。
口調は極めて素っ気ないものではあるが、それは明らかに動揺している何よりの証拠だ。
そんな彼の様子には小さく笑い声を立て、箱の中のトリュフチョコを一粒、指先で摘まんだ。


「ねぇユリウス、これって時計の部品じゃない?ここに落ちてたこれなんだけど。」
「?何だと!?どれだ!?いや、お前は触るんじゃな―――――――――

彼女の台詞に咄嗟に顔を上げてそう告げたユリウスだったが、最後まで言葉を紡ぐことは出来なかった。
ユリウスの唇。
ほぼその口の中に押し付けるような形で、一粒のチョコが入れられる。
しまった!
彼がそう思った時には既に遅く、当然のように口内のチョコを吐き出すことも出来ない。
ユリウスは反射的に口を閉じていた。
ニヤリ。
が満足げに笑みを浮かべる。

「ね、美味しいでしょう?ユリウスへの愛情100%の最高級手作りチョコレート!」

半ば歌うような弾んだ口調で彼女は言った。

「・・・・・・・・〜っ、・・・・・・〜ッッ!!」

ユリウスは片手で口元を押さえ、言葉に出来ない抗議の台詞を瞳だけで訴えた。
彼の口内で次第に溶けていくチョコはほろ苦く、同時にスッキリとした甘さを伴っていた。
滑らかな舌触りと鼻孔をくすぐるビターなココアの香り、癪に障る程にユリウスの好みに合っている。
基より彼は甘い物を得意とする方ではないが、それでも十分に美味いと感じた。
だが、だからこそ口にしたくなかった物でもある。
彼としては実に不本意だが、日ごろから彼女の手作り料理は食べ慣れてしまっている。
その為、今回持ち込まれたチョコも、
恐らくユリウスの好みにしっかりあった味に仕上がっているだろうと想像はしていたのだ。
しかし、バレンタインチョコともなると、素直に受け取る気にはどうしてもなれなかった。
何故ならそれを口にしてしまうことで、彼が今まで必死に誤魔化し、
目を逸らし続けた事実を決定的に付きつけられてしまいそうで怖かったからだ。

「お前は・・・!一体何を考えているんだ!?」
「やだー、そんなのユリウスのことに決まってるじゃない。」
「ばっ!馬鹿だろうお前は!
あんな階段を上ってこんな辺鄙な場所にまで足を伸ばし、その上無理やりにチョコまで食べさせ、
そんなに私の邪魔をしたいのか!?」

常よりも少々荒げた声音で彼が訊ねると、意想外にはピタリと笑うのを止めた。
だが、決して彼に怯えている訳ではない。
彼に向けられた彼女の瞳は酷く真摯な眼差しを帯びていた。


「あんな階段を上ってこんな辺鄙な場所にまで足を伸ばして、その上無理やりにチョコを食べさせたのは、
がユリウスを好きだからよ。好きだから、ここに来るの。」


ユリウスが口にした言葉をなぞる様に告げたは、そう言ってジッと彼の反応を伺った。
未だ目にしたことのない彼女の表情に、彼は思わず言葉を無くす。
そして、ユリウスは無意識の内にその瞳と視線を合わせていた。

「恋する乙女に、それ以外の理由が必要?」

フッ、と、彼女の表情が和らぎ、口元が綻ぶ。
台詞は平生のものと変わらぬおどけたものではあったが、
の笑顔は不覚にもユリウスが見惚れてしまうほど、幼さと艶やかさを併せ持った危うい魅力があった。

「・・・・・・・・・フン、お前は・・・・どこまでもおかしな女だ。
趣味が悪いとしか言いようがないな、・・・・・・・・・・、やはり思考が破綻している。」

ユリウスは意識して視線を彼女から引き剥がし、内心の激しい動揺を押し隠すことに躍起になった。
胸の時計は規則正しく秒針を刻んでいると言うのに、
ハートの城の女王のように、狂った時計を持っていると思いこまずには居られない、妙な錯覚に襲われる。

「あ、時間帯が変わったわ。、もう仕事に戻らないと。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「じゃあね、ユリウス!また会える時まで寂しくっても泣かないで!」

言いざま、彼女は室のドアに向かって歩きだした。
既にいつものに戻ったようだ。
ユリウスは心の内でそれに安堵しつつも、同時に落胆をも感じると言う、複雑な心境に陥っていた。

「ばっ!!!誰が泣くか!」
「ハッピーバレンタイン!の愛情、残さず全部食べてね。」

そう言い残し、は軽い足取りで階段を下りて行った。
その足音を耳にしながら、ユリウスは小さく溜息を洩らす。
今し方彼女が置いて行ったチョコが彼の視界に入る。


「・・・・・・・・・、・・・・・・・・・・・・・・・、どうかしているのは・・・私の方なのかもしれないな・・・・・・。」


ポツリ。
呟くと、ユリウスは彼女のチョコを一粒、指先で摘まんだ。
そして、それをゆっくりと自身の口へと運ぶ。
が淹れた珈琲と同様、驚くほどにユリウスの好みに合ったその味は、絶妙と言わざる得ない。
彼が必死に誤魔化し、目を逸らし続けた事実。
それが今、このチョコレートと先刻見せた彼女の表情によって付きつけられている。
それはのユリウスへの愛情は真実だと言うこと。
そしてまた、ユリウスはそのことを受け入れようとしている。
受け入れたいと思っていること。
否。
その表現は的確ではない。
彼はもう随分以前から惹かれていたのだ。
という、異世界から来た余所者。
風変わりで嵐の様な少女に。

しかしそれでも、彼女の言葉に素直に応えるには、それ相応の覚悟を要すると思われる。
それはやはり互いの性格が強く影響していると言えるだろう。



このひと癖もふた癖もある少女に偏屈で人嫌いの時計屋が完全に心奪われるのは、
もう目前の話だ。


(END)



後書き
ヒロインがどんどん分からない性格になっていく(苦笑)
ユリウスも振り回されてるけど、私だって振り回されてるよ!!
でもでも何故かバレンタインネタで真っ先に思いついたのは彼女なんだな(笑)
実は最初に更新したブラッド夢より先に考え付いてました。
しかしこのヒロイン、本当にあくが強いかもしれない。
ここまでお付き合い下さった姫様には本当に本当に感謝です!失礼致します。
[愛情100%!]TITLE BY capriccio