が目覚めたのは、アリスとユリウスによって彼女が彼の自室に運び込まれて1時間帯程経過した後だった。
意識がまだハッキリしていないのか、ゆっくりと身を起こした彼女は宙に視線を彷徨わせている。

「・・・気付いたのか」
「・・・・・・・ユリ・・・ウス・・・?・・・」

塔を上る途中で意識を失った為、今の状況が理解出来ないでいるようだ。
彼女はベッドの上から彼を見下ろしたまま、暫しぽかんとした表情を浮かべていた。

「覚えていないのも無理はないだろう。お前はここに戻って来る途中で倒れていたんだ。
アリスが見つけて知らせてくれなければ、今もあそこに倒れていたのかもしれない」
「えっ!?アリスが・・・?」
「ああ、人づてにお前が傷を負ったまま時計塔に戻って行ったことを知ったらしい」

彼がそう続けると、は自身の右腕に巻いてある包帯に視線を移した。

「そうだった・・・。、銃撃戦に巻き込まれて・・・怪我をしたんだわ。
それでそのことに少し驚き過ぎちゃって・・・、
実は時計塔まで辿りついたかどうかも余りよく覚えてないの」
「アリスの話では、お前は時計塔広場から少々離れた場所に居たと言うことだったが、
一体そんなところで何をしていたんだ?部品を買うだけならばそんな所に用事はない筈だろう」

殺人が日常茶飯事であるこの世界だが、時計塔のあるこの場所だけは休戦地区として定められている。
それはこの世界の住人ならば誰しもが承知しており、
実際この周辺で敵対勢力同士の諍いが行われた事は殆どない。
とは言え、この世界の住人、殊に役持ちと呼ばれる者達は皆曲者揃いであり、
極稀にだがルールを犯す者も少なくはなかった。
しかし、時計塔広場が他の勢力の領土よりは安全なのには変わりない。
だからこそユリウスも、よもや彼女が銃撃戦などに巻き込まれている等と予測し得なかったとも言える。

「・・・・・・・・・・風で飛んじゃったのよ」
「何?」
「風で、ユリウスの書いてくれたメモが飛んで行っちゃったの」
「メモ?ああ、部品購入の時に店主に渡せと言ったあのメモの事か」

彼の言葉には小さく頷いた。
今回は少々複雑な時計の修理に取り掛からねばならないこともあり、特殊な部品が必要だった。
その為彼は、にその部品の名前や数を記した手書きのリストを渡していたのである。

「・・・・だが部品は購入した後だっただろう。
その証拠に私が頼んだ品はお前が手にしていた紙袋に全て入っていた。
そんな紙切れなど飛んで行ったところで困りはしなかった筈だ」

部品を購入するより前にメモを紛失しそうになっていたのならいざ知らず、
彼女は既に目的を達成していた。
メモが風に飛ばされたと言うが、休戦地区である時計塔広場から離れてまで取りに行く様なものだとは思えない。

「・・・・・・・・って・・・ユリ・・・・ス・・・書い・・・れた・・・・・だし」

ベッドの上のは珍しく瞳を伏せ、ぼそぼそと口の中で呟くように何事かを言っている。
ユリウスは僅か怪訝な表情を浮かべて立ち上がると、
彼女の居るベッドの傍まで足を運び、更にその梯子を上った。

・・・?」

近づき、梯子をのぼりかけた形のまま、ユリウスは彼女を覗き込む。
は叱られた小さな子供の様にしゅんと落ち込んでいた。

「・・・・・・だって、ユリウスが書いてくれたメモだったし!
ユリウスがに手渡してくれたものだったから、どうしても失くしたくなかったのよ・・・!」
「・・・・・はぁ!?」

余りにも予想外なの答えに、思わずユリウスは間の抜けた声を上げてしまう。
彼女は今、あのメモを特別大切な物の様に口にしなかっただろうか。
まるで彼が彼女に贈った特別な品物の様に口にしたような気がする。
だが、無論、そんな事はありはしない。
あれは単なる買い出し用のリストだ。
買い出しに必要な部品の名前と数を記しただけの、ただそれだけのものなのだ。
そのメモが風に飛ばされ、それを追って行った結果、彼女は銃撃戦に巻き込まれてしまったと言う。
ユリウスには彼女の行動が全く理解できなかった。
彼は更に数段梯子を上ると、完全にベッドの上へと移動する。

「ばっ、馬鹿だろう、お前は!あんな紙切れの為に傷を負ったんだぞ!?」
「あんな物じゃない!ユリウスがくれたものは、例え買い出しのメモだって、
には大切な記念になるのよ!!」
「きっ・・・記念!?あんな紙切れの何が記念だ!?馬鹿馬鹿しい!!」
「馬鹿馬鹿しくない!!ユリウスには乙女心が分からないのね!!!」
「そんなもの誰が分かるか!分かりたくもない!!
お前こそ、アリスがこの部屋に飛び込んで来た時の私の気持ちなど分かりもしないんだろう!?
階段の途中で血を流してぐったりしているお前を見て、私がどんな気持ちだったか、
お前は分かりもしないんだろう!!??」

常のユリウスからは考えられぬ程の勢いでそうまくしたてる様に口にした後、
彼はそこでハッと我に返った。
目の前。
の表情も、驚いた様に瞳を見開いて、動きを停止している。

「ユリウス・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

暫し互いは無言で見つめ合い、その後にが彼の名を呼んだ。
ユリウスは反射的に視線を逸らし、瞳を伏せる。
彼は知らず、両手に拳を握っており、それは小刻みに震えていた。

「・・・・・・・・・・もう二度と、あんな思いは御免だ・・・」
「・・・・・・・・・・・・ユリウス・・・!」
「っ!!」

は彼の名を呼ぶと同時に彼の体に両腕を回し、その胸に顔を埋める。

「・・・・・・ごめんなさい、ユリウス・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・

は暫くの間、縋りつく様にユリウスの体を抱きしめていた。
だが、不意に視線を上げ、彼女は至近距離から彼を覗き込む。

「・・・・・・・・・・・・・・でも、少し嬉しかった。ユリウスが、そんなに心配してくれてるなんて。
やっぱりユリウスってば照れ屋さん☆なのね!」
「ばっ!!!お前と言う奴は!!全く反省していないだろう!!」
「してるわ!海より深くしてる!
大切な人に何かあったらどんなに辛いか、・・・・・良く知ってるから、

その一瞬。
の瞳の奥に、悲しみを帯びた陰りが滲む。
咄嗟に言葉を失うユリウスに、彼女はやわらかく微笑んで見せた。

「安心して!ユリウス。大好きな人に心配掛ける様なこと、もう二度としないって約束するから」
「お、お前は・・・またそう言うことを口にするんじゃない・・・っ!」

ユリウスの頬が瞬時に赤く染まる。
は笑みを浮かべたまま、再度、彼の体に回した腕に力を込めた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・どうして、私なんだ?」
「え?」
「私にはお前の気持ちが全く分からない。
・・・・・私の様な何の面白味のない偏屈な男のどこが良くて・・・」
「どこが・・・?・・・でも全部って言っても、ユリウスは信じてくれないでしょう?」
「当たり前だ!私のいい所などひとつも思い浮かばないと言うのに、
そんな言葉、信じられる訳がないだろう・・・!」

答えたユリウスに、はムッとした表情で唇を尖らせた。

「あー、の好きな人を、そんな風に言うのは許せない」
「なっ・・・!こ、これは私自身の事だろう!」
「そうかもしれないけど・・・。じゃあこれも信じてくれないんでしょ」
「な、何をだ?」
「あのね、、ユリウスに一目惚れだったの」
「・・・・・・・・・・、・・・・・・・・・・はぁあああっ!!??」

一目惚れ。
余りにも自身に不似合いな言葉に、ユリウスは常よりも一層声を上げて問い返していた。
彼はこの世界の住人の命である時計を修復する役割を担っており、
その役目から葬儀屋とも呼ばれ、人々からは忌み嫌われている。
更に言えば、極度の人嫌いで無愛想な彼の性格がより他の人間を遠ざける原因となっていた。
ユリウスはその事を十分承知したうえで、その姿勢を崩そうと考えた事は一度もない。
そしてこれも周知の事実であるが、彼は仕事上やむを得ずと言う場合にのみ外出をして居る為、
外で他人の目に彼の姿が触れる機会は滅多にない筈だ。
にも関わらず、彼女はユリウスに一目惚れをしたのだと言う。
無論、彼がこれを鵜呑みに出来る筈もなかった。

「やっぱり信じてないのね」
「当たり前だ!信じられるか、そんな話」
「でも本当よ!が初めてユリウスを見たのは遊園地だった。
の仕事先にちょくちょく顔を見せるボリスが遊びに誘ってくれたの。
そこでユリウスを見つけた。遠めだったけど、すぐに分かったわ!!
ああっ、この人がの運命の人だって!」
「なっっっ・・・・・!!!???」

うっとりと遠くを見つめ、の瞳の奥には星空すら浮かんでいる様に見える。
ユリウスは彼女の突拍子もない話に暫し、絶句した。

「何故そこでそうなるんだ!?お前は単に遠くから私を見ただけだろう!?」
「だから言ったでしょう!?運命の人だもの!」
「ばっ、馬鹿馬鹿しい!!大体、そんなものでどうして今の今まで私に付き合って居られるんだ!?」

元来、一目惚れと言うものはその名の通り、
外見以外は相手の情報など一切知り得ていない状態で好意を寄せる事を指す。
その後相手と親しくなった場合、氏名や性格・職業などを知って行くことになる訳だが、
氏名はともかくとして、性格や職業を知られた上で彼に好意を寄せ続ける輩が居るなど、
ユリウスには到底信じられなかった。

「どうして!?それは好きだから、もっと好きになったから!
何度会ってもやっぱりこの人が運命の人だって思ったからよ!」
「お、お前の頭はやはりどうかしている!」

先程より一層顔を赤くしたユリウスは、動揺も露わにそう口にした。

「・・・・・・・・ユリウスは・・・、違うの?」
「・・・・・・何?」
はずっとあなたを運命の人だって思ってた。・・・・ううん、今だってそう思ってる。
でも・・・・・・・じゃあ、ユリウスは違うの?」

つい先刻までの勢いが突然成りを潜め、彼女は瞳を伏せてユリウスに問う。
長いまつ毛がの黒目がちの大きな瞳の上で揺れている。
知らず、彼は彼女のその表情に目を奪われていた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・私は、お前とは違う・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・っ、・・・」

ピクリ。
彼女のまつ毛がユリウスの言葉に反応して僅か、動く。
ふっくらとしたベビーピンクの唇が、今にも泣き出しそうに震えていた。

「・・・私はお前を能天気でやかましい・・・鬱陶しい女だと思っていたんだ・・・。
ずっとそう思っていた・・・・・。
だがいつの間にか・・・私はお前のことを考えずには居られなくなっていた」
「・・・・・っ!ゆ、ユリウス・・・」
「お前のことをどうかしていると言ったが、・・・私は元々趣味の悪い男だ、
・・・・・・・・・・・・・・・だからこんなにもお前に惹かれてしまうんだろう・・・。
今の私の生活の中で、・・・・・・・・、お前と言う存在が消えてしまう事に、
私はどうしようもなく不安を覚える・・・・・」

そこで彼は一度口を閉じ、無意識に彼女の体を抱き寄せていた自身の両腕に力を込めた。



「私はお前の事が好きだ・・・。運命等と言う台詞を鵜呑みにしてやれるほど気の利いた男ではないが、
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・お前がそう言うのなら、・・・・・・そうなんだろうとも・・・思う」


「ユリウス!!!」


互いに強く抱きしめ合いながら、不意に彼らはタイミングを計っていたように僅か距離を取った。
そして無言のまま、がそっと瞳を閉じる。
ユリウスはそれに応じる形で、彼女の唇に自身の唇を重ねた。
密着し合った体から、の心臓の鼓動がユリウスに伝わる。
どくどくと脈打つそれは、常のものとは違い、徐々に速度を増しているようだった。

「・・・・・・・・・・心音が速いな・・・」

キスの合間にユリウスは独り言のように呟く。
間近にある彼女の顔は幼い少女の中に艶やかさを滲ませており、その頬は赤く染まっていた。
それはいつまでも見つめていたいとすら思える程にユリウスの目を奪った。
彼はの唇を啄ばみ、味わいながら、胸の奥に甘い疼きが生じることを抑えることが出来ないで居た。
愛おしい。
この少女がこの世界の誰よりも愛おしいと言う想いが、彼の心を占めて行く。
互いの口内にぬるい唾液が甘い蜜のようにとろとろと溢れた。
それを飲み下してはまたキスを交わす。
ようやく唇を放したその時、僅かに潤んだ瞳で彼を見上げるは、
にっこりとあどけなくも妖艶な笑みを浮かべて言った。



「ユリウス・・・、大好き」



彼女のその一言で、ユリウスの胸の奥に甘い幸福感が生まれる。
柄にもなく唇を綻ばせ、満ち足りた気分を覚えた。
甘ったるい台詞等どうあっても口に出来る彼ではないが、それでも彼女が望むならば精一杯応えたいと思った。
ユリウスは止め処なく込み上げる玲への愛しさを彼女に伝える為、再び彼女に口づけを落とした。



これはこのひと癖もふた癖もある少女に偏屈で人嫌いの時計屋が完全に心捕らわれてしまった後の話。
彼らが互いの気持ちを強く確認し合い、強い愛情と絆を確認し合った瞬間の話だ。
そして、偏屈で人嫌いの時計屋がこのひと癖もふた癖もある少女に、
この先も振り回され続けることが約束された話でもある。




(Fin)





後書き
よ、よ、よっしゃああああああああ!!!終った!!!終らせたああああ!!
幽霊少女以来、二度目のシリーズ完結編!パウパウどんどんどん!
私、執筆し始める滑り出しはいいんですけど、ホンット完結出来ないこと多くて・・・。
でもでもやった、やり遂げた!!とにかくユリウスに告白させることが最終目的だったし、
ヒロインが暴走しつつも不安なとこがあったこととか書きたくて、(表現できたかは別として)
何だかんだで長ったらしくなりましたが、書いてる間は凄く楽しかったです。
最後の最後までヒロインの性格が掴みきれない感じでしたが(苦笑)
ではでは、ここまでお付き合い下さった姫様には溢れんばかりの感謝の気持ちを!
誠に誠に有難うございます。失礼致します〜!


[君こそ運命の相手]TITLE BY age