ユリウスが仕事の手を止めふと気が付くと、が買い出しの為にこの塔を離れて既に3時間帯目が訪れようとして居た。
彼は仕事時に掛けている眼鏡を外し、小さく息を吐き出してから自室のドアに視線を向ける。
時計の部品の買い出しに行っただけと言うには余りに時間が掛かり過ぎではないだろうか。
目的の店は時計塔からそう離れた場所に位置している訳でもなく、
頼んだ部品の大きさも重さも大したものではない。
以前にも何度か部品の買い出しをしに外出している彼女だが、
その時は大抵ほぼ1時間帯以内、もしくは2時間帯程で戻って来て居た。


・・・途中で道草でも食っているのか?


はこの時計塔で暮らす様になってから殆どの時間帯をここであれこれとユリウスの世話を焼きながら過ごしている。
(仕事第一であり、不健康極まりない生活を送っている彼の健康上に気を遣い、
時に食事を、時に睡眠を、いつもの口調で彼に勧め、毎度押し切られる形でユリウスは彼女に従っている)
とは言え仕事時にやむを得ず外出する以外四六時中この時計塔にこもり切りのユリウスとは違い、
他の勢力の人間とも交流のあるは、常にこの室内に留まっている訳ではない。
そうだ、ユリウスは彼女と共に暮らすようになって知ったのだが、
彼女は他勢力の役持ち達とも少なからず交流があったのだった。
は時計塔に滞在する以前は自身の休憩時間の全ての時間をこの室に通う事に費やしていた。
本来ならば他の勢力の人間と関わり合いになる暇などなかった筈だ。
だがどうやらが働いて居た宿屋のカフェに遊園地のチェシャ猫がよく出没していたらしく、
その縁でゴーランドとも知り合いになり、更にはアリスとも顔を合わせ、
彼女の滞在先である帽子屋一家の連中とも顔見知りになったと言う事だった。
また、アリスの話を通じてハートの城の女王がもう一人の余所者であるに興味を持ち、
ビバルディにも何度かお茶会に招待されている。
彼女はアリス同様、このハートの国の有力者達が揃って自身の領土へと招き入れ、
好意を持つ人物となっていた。
更に言えば、の場合、あの極度の能天気さと風変わりな言動が気に入られた理由のひとつのようだ。
それでも彼女は、招待されればいつでもそれに応じると言うことはしなかった。
曰く。


にだって断る権利がある筈よ!だって、ユリウスと一緒に居る時間を削るんだから。


その為、頻繁にこの塔を空けると言うこともなく、
他勢力に外出する場合も必ずユリウスに一言言い置いて行く事を忘れなかった。



だが、或いは今回は外出途中に役持ちの連中の一人と顔を合わせ、
そのまま相手の誘いに乗ってしまったのかもしれない。
不意にそんな想像を膨らませ、ユリウスは苛々と眉間に深くしわを刻んだ。
への想いを自覚した今、これが下らない嫉妬なのだと分かっている。
だが、未だ彼女が何故自分の様な根暗で偏屈な男に想いを寄せているのか全く理解できないでいる為、
こうして同じ室内で長く時間を過ごす間に彼女がユリウスに嫌気がさす日が来るのではないかと、
彼は怯えにも近い思いを抱き続けていた。
他の勢力の人間とより多く関わることで、彼自身の短所が一層浮き彫りになり、
がこの時計塔を離れて行ってしまうかもしない。
以前は他人など鬱陶しいとしか思えず、一人で居る事に安堵し、一人で居る事こそ望んでいたと言うのに。
今は一人になると言う事を恐れている。
否。
一人になることではなく、がユリウスから離れて行く事を強く恐れているのだ。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「ユリウス!!!」


―――バンッ


「っ!?なっ!?」


物思いに沈んでいたその時。
唐突に室のドアが勢いよく開かれ、彼の名を呼んで一人の少女が飛び込んできた。
アリス=リデル。
ハートの城の宰相である白兎が時の番人であるユリウスに無断で密入国させた余所者で、
現在は帽子屋屋敷に滞在している、ユリウスの数少ない友人の一人だ。
彼女は現実主義者であり、常は冷めた表情を浮かべたどこか大人びた雰囲気を漂わせる少女なのだが、
今は酷く取り乱しているようだった。

「何があった?一体どうしたんだ?」
が・・・っ!」
「何・・・!?」


アリスの口からの名を耳にし、彼は咄嗟に体を硬直させる。
彼女の動揺している様子から見ても、只事ではない。


「ああもうっ!やっぱり説明は後にするわ、お願いユリウス!!
早く来て!は階段の途中に居るわ!」
「・・・・・ああ、分かった・・・!」






時計塔の最上階へと続く長い階段の途中。
ユリウスがその場に到着すると、は壁に寄りかかる様にして床に座り込んでいた。
瞳は閉じられており、顔色が悪い。
更に、その腕からは血が流れている。

・・・・・・・!!!くそっ!!一体何があったんだ!?」
「ユリウス、落ち着いて。まずはあなたの部屋に彼女を運んでちょうだい。
部屋に行きながら話をするわ」
「あ・・・ああ」

頷き、ユリウスは意識のないを抱きかかえる。
小柄で華奢な彼女の体は予想以上に軽く、その事で彼の不安は更に膨れた。
それが彼の表情に表れていたのだろう、アリスが彼の肩にそっと触れて言った。

「大丈夫よ、ユリウス。傷はそこまで深くないみたいだから。
貧血を起こしているのに無理してここまで上って来たのがいけなかったのよ、
それで倒れたんだわ、きっと」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

自室へと続く階段を足早に、だが極力腕の中のに衝撃を与えぬように上りながら、
彼は想像の中で下らない嫉妬心を燃やしていた自身を深く恥じていた。
ここはハートの国なのだ。
が余所者だとは言え、出歩く事に危険が全く伴わないことなどあり得ない。
まずは彼女の身を案じるべきだったのだ。




アリスと共にに傷の手当てを施し、彼女をベッドの上へと横たえた。
アリスの言っていたように、傷の程度はそこまで酷い物ではなく、出血も現在は止まっている。
の顔色も心なしか先程よりも良くなっているように見えた。

が怪我を負ったのは、多分時計塔広場から少し離れた場所よ。
そうね、ぎりぎり休戦地区に入るか入らないかの所だと思うわ」
「なっ・・・!?そんな所でアイツは一体何をしていたんだ?」
「さぁ・・・?私も人から聞いた話だから分からないわ。
ただあの辺で銃撃戦があって、がその流れ弾で怪我をしたって言う話を聞いて、
急いで時計塔に向かったの。その途中で彼女を見つけたのよ」
「・・・・・・そうだったのか、すまない、アリス。お前には世話を掛けてしまったな」

深いため息を吐き出した後、ユリウスがそうアリスに告げる。
彼女は一瞬驚いたようにユリウスを凝視した。

「何だ?」
「え?・・・ああ、あんたが他人のことでお礼を言うなんてちょっと意外だっただけよ。
でも、根暗で偏屈なユリウスが一緒に暮らそうと思った位だし、
はあんたにとって他人じゃないってことかしら」
「・・・・・・・・!」
「でも怪我が大した事なくて本当に良かったわ。正直話を聞いた時は寿命が縮んだもの」
「・・・・・・ああ、そうだな・・・」

壁に寄りかかって座り込み、血を流している彼女を発見したあの瞬間、
正確に指針音を響かせている筈のユリウスの胸の時計は停止すらしそうな勢いだった。

は大丈夫みたいだし、私、今日はもう帰るわね。
それからが持っていた時計の部品、そっちの棚の上に置いておいたから」
「ああ、・・・・・・・その・・・・・礼を言うぞ・・・、アリス。感謝している」
「・・・あんたからそんな言葉聞けると思わなかった。
でも気にしないで、当然のことをしただけなんだから」

そう言い残し、アリスは微笑を浮かべて彼の室のドアから出て行った。
ユリウスは再び深く息を吐き出すと、自身の仕事机の椅子に座り、
の眠っているベッドへと視線を移す。
そして再度、彼女がその場所に存在すると言う事実に深い安堵を覚えるのだった。



(END)



後書き
またまたまたしても長ったらしくなりそうだったのでぶった切りました(何度目だ)
今回も前篇はヒロイン登場ほぼ皆無。何気に未だに性格の掴めてないアリスを登場させてみました。
アリスとヒロインはそこまで仲がいい訳ではないです。顔を合わせれば世間話はする位。
でも別にお互い嫌っているなんて裏設定はありません(笑)
そして実はこのシリーズは次回で完結篇だったりします。
ではでは、今回もこのシリーズにお付き合い下さって誠に誠に有難うございます!