うららかな日差しが優しい昼の時刻。
見上げる空はどこまでも高く、体を撫でる風はどこまでも穏やかだ。
左右の頬で白いひげが揺れる。
どこからかひらひらと白い蝶が飛んで来ると、の鼻の頭にちょこんと留まった。
僅かに感じたくすぐったさを我慢してそのままの状態で居ると、
蝶はまたひらひらと白い羽を羽ばたかせて何処かへ飛んで行ってしまった。
ふとすぐ傍のショーウィンドウに映った自分の姿に目を向ける。
全身黒一色の毛並みにつんとどこか取り澄ましたような表情の猫。
その金と銀のオッドアイが今のと同じようにこちらをジッと見つめている。
今更確認するまでもないが、これが今のの姿だ。
にとっては異世界であるこのハートの国に落ちて以来、
数時間を除いて、は殆どの時間をこの猫の姿で過ごしている。
どうしてなのか、何が起こったのか、これが現実なのか夢なのか、
だれが何の為にこんなことをしたのか、
そんなことに考えを巡らせて混乱し、頭を抱えることなどとっくに諦めた。
現在が分かっている事はたったひとつ。
それがルールだから。
常識的に考えれば、そんな事で済まされる問題ではない。
それ以前の話だが、何をどう突きつめようとも、現状は変わらない。
否。
何をどう突きつめる事も出来ない。
ならばこの状況を受け入れることしかに出来ることはないのだ。


――――ガゥンッ


ぼんやりとショーウィンドウを眺めていたの思考を、
鋭く乾いた一発の銃声が遮断した。
視線を背後に向ける。
数人の男達が、彼らよりもかなり小さな二つの影に向かって剣を突き出し、
銃口を向けている姿がの視界に入った。
格好からしてハートの城の兵士達だろうことは間違いない。
彼らの相手をしているのは二人の少年たち。
赤と青の揃いの衣服に帽子、そして大きくて如何にも凶悪さを思わせる斧が印象的だ。
左右対称の容姿をした少年達。
双子だ。
たった二人で複数のハートの城の兵士達に囲まれて居るにも関わらず、
彼らの表情には薄らと笑みが浮かんでいた。
楽しい遊戯に興じる子供の無邪気な純粋さと同時に、
残酷で残忍なこの世界の住人独特の狂った暗い色がその瞳に滲んで見える。
クスクスと小さく声を立てて笑っては、兵士の攻撃を意図も容易く身をかわして避けた。
それを眼にしただけで、はこれから起こる彼らの『遊び』がどんな物になるかを容易に想像できた。
彼ら二人はこの世界で言うところの役持ちで、そして兵士は役なしなのだ。
この時点で既に決着はついている。
はクルリと踵を返し、側にある煉瓦の塀に飛び乗ると、
更に屋根にまで移動し、素早くその場を後にした。
遠く背後から幾つもの銃声と兵士達の悲鳴とも呻き声とも取れる声がの耳に届く。
はそれを振り切る様に一層遠くへ、遠くへと屋根伝いに駆けた。


この世界で殺しは日常。
決して犯罪にはならない。


この体にもこの状況にも慣れたと諦めているのに、
日常の様に目前で起こる殺人にだけは慣れることがない。


その後暫く走り続けていると、時間帯が昼から夜へと変化した。
屋根から見上げた夜空には手の届きそうな程の位置に美しい金色の満月が浮かび、
沢山の星達が輝いて見える。
うっとりと見惚れそうな程に絵になる光景。
ころころと気まぐれに変わる時間帯。
これもまたこの世界の日常。


冷えた夜風がのひげを撫でるように揺らした。




ようこそここはハートの国。
不思議で危険な赤の世界。


役なしカードは使い捨て。
役なしカードに価値はない。


ひとつ壊して、ひとつ生まれる。
代用品は幾らでも。


顔なし彼らは捨て駒だ。
役なしカードは捨て駒だ。


ひとつ壊して、ひとつ生まれる。
代用品は底なしに。


ようこそここはハートの国。
不思議で危険な赤の世界。



(プロローグ END)




アトガキ
懲りもせず新シリーズ開始。一体幾つシリーズ持ってんだ(苦笑)
猫になるとか犬になるとか一度やってみたかったんですけど、
どうなることやら…です。
ではでは、ここまでお付き合い下さった姫様に深く感謝しつつ、
失礼致します


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