「・・・ようやく私の事を受け入れてくれるものだと思っていたのだが、君はまた私を拒絶しようとしている。
・・・まだ・・・私に何か不満があるのか?。」
いつもと同様気だるげで億劫な口調ながら、ブラッドの声には少なからず苛立ちが滲んでいる。
手にあるステッキを掌に軽くトントンと打ちつけているその行動からも彼が不機嫌なのは明らかだ。
壁際に追い詰められた形のは、微かに溜息を吐いた後、視線を上げて彼を見つめた。
「不満がある訳じゃないわ。ただ、あなた程の人なら何もみたいな特殊な状況の女を相手にしなくても、
もっといいお相手が居る筈だってそう言ったのよ。」
「ほう?よくも、今更そんなことを言えたものだ・・・。・・・・・・・・・以前、君が私に言った台詞を覚えているか?。」
彼は形のいい眉を吊り上げ、の視線をしっかりと受け止めたままそう訊ねてきた。
は僅かに視線を彷徨わせ、少しの間彼の問いについての答えを考えた。
そしてふと思い当る。
だが、が返事をするより先に、ブラッドはスゥっと翠色の瞳を細めた。
「私が君を手に入れたいと願うのは物珍しいからだと言ったな?そして、
真実の愛情でなければ私に触れられることをどうあろうと拒絶し続けるとも、君は言っていた。違うかな?。」
「・・・・・・・、ええ、そうね。言ったわ。」
は素直に返事をすると、軽く頷いて見せた。
それは確かに本当のことだ。
ずっと以前、あれはが人間の姿になれると分かってから、彼の前で人間の姿に戻った2度目の時だった。
ブラッドの部屋のソファに丸くなって眠っていたは、目覚めると人間の姿に戻っていることに気が付いた。
更に、そのの隣りにブラッドが腰かけており、彼はジッとを観察するような瞳を向けた後、
極自然な動作でたった今身を起こしたばかりのの腰を引きよせた。
―――随分と無防備な寝顔を晒してくれるじゃないか、・・・。
今の君は猫の姿じゃないんだ、そんな悩ましい寝顔を見せられては・・・、
私が手を出したくなっても仕方ない、そうは思わないか?
いつもと同じく気だるげな口調ながら、熱と艶を含んだ声音、そして表情。
見惚れてしまうほどに整った端正な顔でそう囁かれれば、
大抵の女は例え初対面だろうと容易く陥落するに違いない。
だが、には分かっていた。
猫としてブラッドの傍で彼の生活を見届けて行く中で、
ブラッド=デュプレという人物がどんな人間なのか、そしてどんな男なのか、は大抵の事は理解していた。
特には猫の姿で大半を過ごす為、本来他人には見せない、
腹心や他の部下にすら見せないブラッドの一面も、垣間見ることが出来た。
人と言うのは自分以外の人間が同じ空間に居た場合、例え気心の知れた相手だったとしても、
全てをさらけ出すことが出来る訳じゃない。
ブラッドのような自尊心の高い男は特にそうだ。
だが、は彼にとって一度目に人間の姿を見られるまでは(少々特殊ではあるが)ただの猫でしかなかった。
だから彼が自室に一人きりで居る場合は特にの存在を意識されることはなく、
ブラッドはそれこそ素のままの彼を見せていたのだ。
だから彼がに興味を抱いた理由については、安易に想像が出来たし、
それが単にの想像だけで留まらず、的を射ていることも分かっていた。
つまり彼は余所者である上に猫や人間に姿が変わるという、
退屈凌ぎには打ってつけの世にも珍しいと言う玩具を手に入れようと思った訳だ。
もしもが今みたいな特殊な体の持ち主じゃなかったとしたら、
ブラッドのそんな行為を笑って受け入れていたかもしれない。
彼は女性の扱いには慣れているし、知識も教養も財力も豊富な男だ。
高慢不遜で我儘、自己中心的、欠点だって当然ありはする。
だが、それでもそれをカバーできる地位だってある。
打算的にみれば、これ程の人に自分が声を掛けられるチャンスなんて奇跡でも起きない限りありはしないのだ。
だがは、一瞬の躊躇もなく彼を拒絶した。
が欲しいのは、イミテーションの恋じゃない。
こんな体のだからおもしろい、と珍しがるような輩は御免だった。
こんな体のでも愛せる、と言ってくれる男を探していた。
その結果、も相手も苦しむことは目に見えていたが、はどうしても探さなくてはいけなかった。
何故なら、それがのゲームだから。
つまり明らかに物珍しさに対する好奇心と言う興味しか抱いていないブラッドの手に堕ちる訳にはいかなかったのだ。
はスルリと彼の腕から身を離し、ソファから立ち上がると、彼にこう告げたのだった。
―――ごめんなさいね?ブラッド=デュプレ。だけど、あなたは、
が物珍しいから手に入れたいと思っているだけでしょう?確かに自分でもその自覚はあるわ。
ええ、そうよ、は確かに珍しい。だけど、珍品としてあなたの物になるつもりはないの。
もしも万が一、あなたがに真実の愛情ってやつを注いでくれるのなら話は別だけど、
そうじゃなければはどうあってもあなたに触れられることを拒み続けるわ。
のこの言葉を聞いた彼は、一層興味深そうな視線をに向けてきていた。
だからこそ、は思ったのだ。
万に一つも、このブラッド=デュプレがに真実の愛情を持つ時が来る可能性はないと。
それから何度か人間の姿に戻った際に彼が居合わせたことはあった。
だが、ブラッドは口では艶めいた台詞を口にしても、強引にに触れようとしたことは一度もなかった。
だから当然唇を許したことも、肌を重ねるような状況に陥ることもなかったのだ。
そして時間帯は過ぎて行き、この屋敷の飼い猫として滞在を続けながら、
はいつの間にか自分があのブラッド=デュプレに惹かれ始めていることを自覚し、愕然とした。
だが、それだけなら良かった。
だけの想いなら、上手く今まで通りのを演じることなんて容易かったからだ。
―――正直に言うと、私はあれからずっと、君の頑なな心に入り込んで手に入れるのも面白いと思っていた。
まさか、こんな形でミイラ取りがミイラになるなぞ思いもしなかったぞ・・・。
どうやら私は・・・君の言うところの君に触れることの出来る資格を得たようだ・・・・・・。
ブラッドの口からそう告げられたのがつい先刻。
最初、はその言葉の意味が本当に分からなくて、理解するのに数十秒ほど時間を要してしまった。
そしてその答えに辿りついた瞬間、ただ茫然と彼を見上げていた。
その後すぐに、一歩。
また一歩。
ブラッドはに向かって歩を進める。
はハッと我に返るとそれに合わせて一歩ずつ後退を始めた。
そして、結果的に壁際に追い詰められ、彼はの腰に腕を絡め、ゆっくりとの唇に彼の唇を寄せてきたのだ。
は反射的に彼の唇を掌で覆い、互いの唇が触れ合うことを拒んだ。
そして、現在の状況に至ったというわけだ。
真実の愛情を注いでくれなければ触れられることを断固拒否すると宣言し、
いざブラッドがを愛していると言うに等しい言葉を口にしてくれると、はそれを受け入れなかった。
しかも、それが心からのものだと分かっていたにも関わらず、だ。
その上あれだけの経緯がありながら、自分のような特殊な人間よりも他の女性に目を向けた方が、
などと言う台詞を口にされてはブラッドが苛立ちを露わにするのは当然と言える。
だが、は結局怖いのだ。
今本気で、こんな体のでも愛せる、と考えているだろう彼を、先々必ず苦しめてしまう日が来ることが。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、君は・・・私の愛情を疑っているのか?」
「違うわ。」
「ならば、もっと根本的な問題か・・・。君が私を好きではないという、そう言うことなのかな?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、・・・・・・・・・・・・・・・・いいえ、そうじゃないわ。」
咄嗟にはその問いを否定してしまった。
肯定すれば、きっともっと簡単だっただろう。
が彼を好いていないから触れて欲しくない。
この上なく分かり易い、単純明快な答えだ。
そう、嘘を吐ければもっとずっと簡単だったのに。
「・・・。」
ブラッドはの名前を呼ぶと、の体に腕を絡めたまま、の背を壁へと押し付け、
の退路を完全に断った。
彼の両腕に閉じ込められている為、左右に動くことも叶わないは、必然的に彼に身を任せる形になってしまう。
だが、例えそうじゃなくとも、はきっと抵抗らしい抵抗は示していなかっただろう。
「そうじゃない、とは、どういう意味だ?・・・君のその答えの意味を、ハッキリとその唇で告げて欲しい・・・。」
殆ど吐息が重なり合うほどの至近距離。
ブラッドは低く囁くようににそう言った。
翠緑色の瞳はしっかりとの視線を捕らえ、逸らすことを許してくれない。
「ブラッド、・・・駄目よ、離して。もう時間が来てしまう・・・。・・・体が戻ってしまうわ・・・。」
「いいや、離さない・・・。君のその唇から、・・・・君の気持ちを聞けるまではね。」
「・・・・・・・・・・、口に出せば、もっと離してくれる気がなくなるでしょう。」
「クック、そうだな・・・・、だが・・・今よりはもう少し優しい行動を取れるかもしれないぞ?」
彼が言葉を発する度、熱く湿った吐息がの唇をぬるく撫ぜ、たったそれだけで眩暈を覚える。
は僅かに瞳を伏せた。
「・・・好きよ、ブラッド=デュプレ。はあなたが、・・・・好きなの。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、私はその言葉が聞きたかったんだ・・・・・・・・・。」
ブラッドは殆ど熱に浮かされたようにうっとりとした口調でそう答え、更にこう続けた。
「私も君を愛している、・・・・・・・・・・。」
言葉と同時。
彼がに口づけを与えようとした、その瞬間。
の体は見る間に縮んでいき、そのたった数秒の間に彼の腕から解放される形となった。
つまり、時間が来てしまったのだ。
が猫の姿に戻る時間が。
半ば茫然と今や巨人となり果ててしまったブラッドを見上げる。
そしてブラッドは。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
ほぼ擦れ擦れの位置で、壁にキスをすると言う滑稽な状況だけは回避することに成功していた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「に、にゃーん・・・・・・・・・・。」(ブ、ブラッド?)
どんなに長く時間帯を共に過ごそうと彼が猫の言葉を分かる筈はない。
そうは分かっていても、は彼に問いかけずには居られなかった。
ブラッドは動作を完全に停止させ、目の前にまで迫っていた壁を殆ど茫然と見つめた後、
遣る瀬無い表情を浮かべて深く深く溜息を吐いた。
そして足もとで彼を見上げているに視線を落とす。
「・・・・・・・・・・・・・・、君は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「ニャ・・・」(・・・・・・何?)
「蛇の生殺し、と言う言葉を知っているか・・・?」
「にゃー!!」
体全体から冷気を発しているようにすら見える冷ややかな表情でを見下ろす彼。
は素早く窓の傍まで駆け寄ると、そこへトンッと飛び乗り、前足で窓ガラスを力いっぱい押し開けた。
幸い、ブラッドがをこの部屋に閉じ込めるつもりがなかったおかげか、
窓は容易く外との繋がりを安易にしてくれる。
は躊躇なくそこから窓の外へと飛び降りた。
幾ら猫と言えども飛び降りる事の出来る高さには限度がある。
だが、猫の姿のは何故かそう言った身体的な部分でも他の猫より少々優れているらしく、
かなり高い場所からも地面へ着地することが出来た。
地面へ向かって体が落下していくと同時に、冷えた夜風の中に突っ込むような状態になり、
先刻までのブラッドとのやり取りで火照り始めていたの体はそれを心地よく感じていた。
次に人間の姿に戻るまではまだ時間の余裕があったが、その時にブラッドの前に立つことになった場合、
自身が無事でいられる可能性は限りなく低い。
この先の苦しみを思って抵抗することよりも、彼が与えてくれる甘い媚薬に酔ってしまいそうだ。
否。
きっとは自分から求めてしまう。
トンッと、軽い衝撃と共には前足から地面へと着地した。
そして、金と銀のオッドアイで空を見上げる。
夜空には白い光を放つ美しい月が浮かんでいた。
媚薬に眩暈
(END)
アトガキ
ブラッド夢久々に書きました〜!しかも、この夢で一番書きたかったのは実は、
壁にキス寸前なブラッドでした(大笑)この瞬間、マジすっごい微妙な顔してそうだ!
って言うか、それまでの流れがシリアス風味で、
本人的にかなり格好いい色気のある男っぷりを発揮してたつもりだと思うんですが、
(あくまで私の書くブラッドなんで、つもりですが 笑)
そこでギャグ方面へと叩き落とす場面が書きたかったので私的に満足です(満足する場所間違ってる)
ではでは、ここまでお付き合い下さった貴重な姫様!本当に有難うございます。
毎度お馴染みな台詞ばかりで申し訳ないですが、深く感謝です。失礼致します
ブラウザバック推奨