「、君は・・・私がやりたい時にやりたいことをする主義だと言うのは当然知っているな?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「私は・・・・・・、本来ならば禁欲生活等と言う退屈極まりない不毛なことはしないし、するつもりのない人間だ。」
仕事にひと段落ついたらしいブラッドは、何をするでもなくソファで丸くなって大人しくしていたに声を掛け、
ゆっくりと椅子から立ち上がると私の居る場所まで近づいてきた。
当然のことだが、猫の姿の私と彼の間でまともな会話が成立することはほぼ無いに等しい。
は彼の言葉を理解することは出来るが、人間の言葉を話すことは出来ないし、
ブラッドの場合は無論、そのどちらも無理だ。
だから彼が猫のに話しかける場合、返事を特に必要としない一方的な呟きに近いものや、
鳴き声や行動でYESかNOの意思表示をすることが出来る内容のものに限る。
それらはどちらかと言えば他人が聞いていても特に支障のないような取り留めのない話題が多く、
どう間違っても今ブラッドが口にしたような、恋人同士としてのそう言った方面の話が持ちだされたことは今まで一度として無かった。
猫のが彼の言葉を理解出来ているということは彼自身も承知しているだろうが、
そうは言っても結局まともな意思疎通は見込めない。
更に言えば、飼い猫に色恋の恨み事を口にするマフィアのボスなど第三者からみれば滑稽極まりない状況だろう。
ブラッドがそんな失敗を犯すとは思えないが、
どちらにせよ猫の姿のに向かって告げるべき内容だとは言えないし、
彼もそう考えているからこそ今までそう言ったことを口にしなかった筈なのだ。
だが、ブラッドは敢えて今、今まで猫のにぶつけて来なかった恋人としての話題を持ち出して来た。
それでもはそれは何故なのかと言う疑問を持つことはなかった。
何故なら、考えるまでもないことだったからだ。
つまり、ブラッドは我慢の限界を超えた、と、そう言うことだろう。
そして、それはまぁ、自身も理解できなくはなかった。
前回、彼の前で人間の姿になったのはもう何十時間帯前のことだろうか。
そう疑問に思うほど長くはブラッドの前で人間に戻っていない。
否。
正しくはブラッドの前だけじゃなく、それ程に長い時間帯、人間の姿に戻れていない。
が猫から人間に戻るサイクルは、
夜を10時間帯・昼を20時間帯・朝を10時間帯過ごした後、と言うことになっている。
それは単純に計算してしまえば40時間帯に一度は人間に戻る事が出来ると言う事だが、
生憎とこの世界はそんなに甘いものじゃない。
ころころと変わる時間帯は実に気まぐれで、まるで規則性が見当たらず、メチャクチャだ。
その上同じ時間帯でも一つの時間帯が嫌気がさす程長く続くことや、
一瞬にして新しい時間帯が巡ってくることなども珍しくない。
そして同じ時間帯が連続してやって来たり、二つの時間帯を馬鹿みたいに繰り返すことだってあるのだ。
つまり、が猫から人間へと戻れる時間に辿りつくまでには、かなりの紆余曲折を経なければならない訳だ。
特に今回はそれが激しかったおかげで、人間に戻る条件である最後の10時間帯目の朝を迎えることもなく、
は未だ猫の姿のまま時を過ごしている。
更に付け加えれば、最後の朝を超えた後は次の時間帯が夜だろうが夕方だろうが昼だろうが関係なく必ず人の姿に戻る事が出来るのだが、
人間の姿で居られる時間はその都度違い、猫に変化する直前は感覚で分かりはするものの、
例え人間に戻れたとしてもブラッドの意向に沿える結果が待っているとは限らない。
既に彼の機嫌は相当下降しているようだが、万が一たった数分で猫に戻るようなことがあれば
(実際極稀に5分程で戻る事がある)次回に人間に戻った際にどんな無理難題を口にされるのか分からなかった。
「・・・。」
「ニャーン。」
ブラッドに名前を呼ばれ、はソファに座り込んだまま、視線を彼に向ける。
「私は少しベッドで休みたい。君も私と一緒に来なさい。いつ時間帯が変わるか分からない、
君が人間に戻った時に傍に居なければ意味がないからな。当分の間私の傍から離れる事は許さないぞ?」
「・・・・・・・・な゛ぁーぅ・・・。」
不満げな鳴き声を上げたなどお構いなく、彼はソファの上のを抱き上げた。
そしてそのまま真っ直ぐにベッドへと歩を進め、奇抜な装飾の帽子を脱いでゆっくりとその上に体を横たえた。
「・・・おやすみ、お嬢さん。後一度、朝を迎えるその時を心待ちにしている。・・・・そう・・・心待ちにな・・・!」
「ニャー・・・。」
繰り返しそう口にした後、片手での背をそっと撫ぜると、ブラッドは翠色の瞳を閉じ、やがて寝息を立て始めた。
は暫くの間ブラッドの寝顔を間近で見つめた後、窓の外へと視線を移した。
現在の時間帯は昼だ。
ブラッドの最も嫌う眩しい太陽の輝く明るい時間。
恐らく彼の様子からみて少なくとも今回は1時間帯半程は睡眠を取るに違いない。
その間だけでもここを出て暇を潰そうかと考えたが、結局はその場に丸くなった。
その後暫くして短い夜が来た。
何故短いと断言できるかと言えば、つい先刻時間帯が夜へ変化したばかりだと言うのに、
既に夜明けを迎えようとしているからだ。
時間にすれば夜だったのはほんの30分程。
の居た世界ならこんなことはあり得ない。
はブラッドのベッドから離れると、窓辺へ向かって歩を進め、その上へトンっと飛び乗った。
そしてそこからぼんやりと空を見上げる。
徐々に白んでいく空と僅かに顔を出し始めた朝日。
朝が来る。
そう、ようやく最後の朝が来るのだ。
が人間に戻る事が出来るのはこの朝を迎えた後になる。
視線をベッドに戻すとブラッドは未だ穏やかな寝息を立てて眠っていた。
余程のことがない限りは今すぐに目覚めたりはしないだろう。
はそのままただぼんやりと明け方の空を眺め続けていた。
目覚めたきっかけは鼻孔をくすぐる薔薇の香りと体に感じた僅かな重みだった。
はいつの間にか窓辺であのまま眠ってしまっていたらしい。
だが、薄らと瞳を開くとそこは窓辺ではなく、柔らかな上質の布が背中を受け止めたソファの上だった。
そして、文字通り目の前には吐息が絡む程の距離にブラッドの姿がある。
「お目覚めかな?お嬢さん。ようやく君の顔を見られて私はとても嬉しいよ。」
「・・・・・・、・・・あなた・・・いつの間に・・・それに、この状況は・・・?」
「見ての通りだ。君が人間に戻るのは久しぶりだからな、その時間を一刻も無駄には出来ないと思ったんだよ。
・・・・・・・・・だが、私としては久しぶりと言う言葉では片付けられないほど長い時間だったぞ・・・?」
「あなたらしくもない。余裕もムードもあったものじゃないのね。焦ってがっついた10代の少年みたい。」
は揶揄するようにそう言って小さく笑う。
ブラッドは一層重心をへと傾け、体を更に密着させてきた。
そして唇の触れあう擦れ擦れの位置で再度、口を開く。
「そうさ、私は間違いなく飢えている。10代の少年など比較にならぬほどに・・・ね。
、君が足らなくて私は今にも飢え死にしてしまいそうだ。」
低く、囁くようにそう言って、彼はの脚に自分の長い脚を絡ませてきた。
薔薇の香りが濃厚にを満たし、包み込む。
何度も唇を食むように啄ばまれ、やがてそれは深い口付けに変化した。
久しぶりに感じるブラッドから与えられる熱に、体の芯が早くもうずき始める。
彼に応える形では絡めた舌と舌を強く吸い上げた。
徐々に量を増す唾液が溶けあい、混ざり合って、温くとろみのある甘い媚薬になっていく。
そうしながらブラッドはいつもより明らかに性急な手つきでの衣服を乱して行った。
「・・・ブラッド・・・。」
「ふっ、君の口から名を呼ばれるのも酷く久しぶりだな・・・。」
そう言うとブラッドはほぼうっとりと表現してもいい恍惚とした表情を浮かべる。
は彼の名前を口にしただけだ。
たったそれだけのこと。
だが、たったそれだけのことにも彼は飢えていたのだと、そう実感する。
そう思うと嬉しさの余り快感にも似た感覚が背筋を駆け抜けた。
は知らず、ブラッドの背中に回した腕に力を込めた。
膝から太ももを撫ぜる彼の汗ばんだ掌がスカートを少しずつ捲り上げるようにして上へ上へと移動する。
お互い貪るように唇を重ねながら、自身も彼の衣服を確実に乱していた。
「・・・。私の名前を呼んでくれ、その唇で、私の名を・・・。」
不意に耳元に唇を寄せたブラッドが、耳朶を食むと、甘く蕩けるような声音でにそう囁く。
はそれに従い彼の名を口にした。
「ブラッド・・・。」
「もっとだ・・・。」
「ブラッド、・・・・・・・・・ブラッド。」
濃密で甘く溶けてしまいそうな空気。
ブラッドの億劫で気だるげな口調はいつもよりも更に艶を含んでを翻弄する。
このまま全てこの空気に身を任せ、溺れて沈んでしまいたい。
そう願った、その一瞬。
フッ、と、の体を嫌な感覚が襲った。
嫌な感覚。
今ではもう慣れてしまったことだが、それでもまさかようやく手に入れた今この至福の時間を奪われることになるとは。
は咄嗟に小さくビクンと体を震わせた。
脳内まで蕩けて流れそうだった甘い熱が一気に冷めていく。
ブラッドの様子からしてが人間に戻った後も眠っていた時間はほんの数分程度だった筈だ。
そしてが目覚めてから今に至るまでもそう時間は経過していない。
だが、には分かる。
この感覚。
戻る時間だ。
の体が人間から猫に戻る時間がもう目の前まで来ている。
ようやく人間に戻れたかと思えばあっという間に猫に戻らなければならないなんて全く納得できない。
だが、が納得しようがしまいが猫に戻る時を先延ばしに出来るような能力はにはない。
は内心で深く深く溜息を吐いた。
「・・・・・・・・・ブラッド・・・、戻るわ・・・。」
「・・・・・・・・、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何だって?」
「戻るの、体が猫に。」
申し訳なさと居たたまれない気持ち、そして自分自身の遣る瀬無い思いがない交ぜになり、
は彼から視線を逸らしてそう繰り返した。
「冗談にしては性質が悪いじゃないか・・・、。私を・・・からかっているのか?」
「・・・ブラッド、本当に」
先を続けようとした言葉をキスで遮られる。
は彼の胸を押し返そうと両腕をつっぱねたが、それも無意味に終わった。
だが、この状態では猫に戻った際に彼の体の下敷きになりかねない。
そう考えた瞬間。
時が、来てしまった。
の体が猫に戻る時間が来たのだ。
瞬時、見る間に縮んでいく自身の体。
は咄嗟に渾身の力を込めて体を捻り、辛くもブラッドに押し潰されることだけは避けられた。
それとほぼ同時に、ボスリ、と、柔らかなソファに顔を埋めるブラッドの姿が視界の隅に入る。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
ソファから飛び降りたは、未だソファに顔を沈めたまま動作を停止したブラッド=デュプレその人を見上げていた。
やがて彼は酷く緩慢な動きで身を起こし、猫の姿に戻ったに何とも表現しがたい恨めしげな視線を向ける。
「・・・・・・・・・・・・・・・、・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・君は、・・・・・・・・・・君と言う女は・・・・・・・・・・。」
ほぼ震えて掠れた様な口調の中にブラッドの言い知れぬやり場のない怒りを感じる。
はまたしても窓辺へと非難すると、前足を力を込めて突き出し、窓を開け放した。
外は再び夜の時間帯を迎えている。
「ニャーぅう゛!」
「こら!、待ちなさい・・・!まだ話は終わっていないぞ!」
窓から飛び降りたの背に、ブラッドが珍しく声を張り上げてそう言った。
どうやら今回はを外に出す気はなかったらしいのだが、余りの出来ごとに気が緩み、
安易にが逃亡することを許してしまったようだ。
おかげでは助かったのだが、次回に見つかった際には(例え猫の姿であっても)ねちっこい嫌みは免れないだろう。
それに恨み事を口にしたいのは何も彼だけではないのだ。
だって彼と同様ようやく人間の姿に戻れ、その手に触れられることを喜んでいたと言うのに。
「・・・・・・・・・・にゃーん。」
屋根伝いに歩を進めていきながら、は夜空に向かって小さくひと鳴きした。
これがのゲーム。
長い時間を経て人間に戻れても、それは儚い時間。
愛しい人と触れ合う時間さえ奪われる、理不尽すぎるゲームだ。
ささくれだった気持ちをぶつけるように、はもう一度闇夜に向かって鳴いた。
「ニャー・・・。」
そこで不意に、先ほど見たソファに顔を埋めるブラッドの姿が目に浮かんだ。
女なら誰しもが振り向く容姿端麗なあのマフィアのボスである帽子屋・ブラッド=デュプレのあんな姿には本来ならば滅多にお目にかかれない筈だ。
の意志ではないにしろ、あそこまで彼を焦らし、焦らせる事の出来る機会はきっとない。
そう思えば、今回のことも少しは意味ある事かもしれない。
僅かではあるがそう考えると気分も上昇してくる。
それに、不謹慎かもしれないが、ああ言った間抜けな状況に陥った時の彼は、
いつもと違ってどこか可愛らしくさえ思えてくるのだ。
そこで唐突に空の色が一変した。
真っ青な空が広がり、白く美しい月が一瞬にして燃える太陽に取って代わられた。
恐らく今、ブラッドの機嫌は先程よりも輪をかけて悪くなっているだろう。
そう思うとそれすらもおかしくて、は心の中で笑ってしまっていた。
この体で恋人がいる事は不便な上にもどかしいことこの上ない。
けれど、その分ブラッドがを強く求めてくれていることが目に見えて分かる。
先刻までの刺々しい気持ちは消え失せ、
はいつの間にかうららかな昼の時間帯を軽やかな足取りで駆け抜けていた。
理不尽な悪戯
(END)
アトガキ
や、や、やっっっっとこ今年初の夢執筆終了〜!!!
とか言いつつ、この話、実は去年序盤執筆して放置してたヤツの続きを書いたと言う代物(苦笑)
それでもいいんだい!取りあえず、今回のミッションは、前回寸でのとこで避けられた間抜けさを、
ボスに思いっきり体感させてあげましょうと言うものでした(笑)
本当はベッドで枕に顔を埋める方向だったんですが、ブラッドと言えばソファかな、と(どんな)
後、私としては序盤のブラッドが猫の姿のヒロインにぶつくさ言ってるとこも馬鹿っぽくて気に入ってます。
・・・・・・・・あれ?これってもしかして、ボス弄りシリーズ?(大笑)ヒロBとはまた違った方向で弄ばれてる。
黒猫嬢は色んな意味で書いてて楽しいです。
ではでは、ここまでお付き合い下さった姫様!誠に誠に有難うございます!
溢れんばかりの感謝の気持ちを込めて、失礼致します!
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