「・・・つまり、この屋敷から出て行きたいと・・・君はそう言っているのか?」
「ええ、そうよ。・・・・・・・・その位の我儘は、許されてもいいと思うの。
・・・・・・・・とは言え、貴方には色々とお世話になった身だし、・・・許しは頂いておこうと思って・・・」
のその申し出にブラッドは少々長めの沈黙の後、軽い溜息と共に口を開いた。
「・・・・・・・・・いいだろう・・・。いや、素直に認めるならば・・・君がここを離れて行くと言うのはとても残念だ。
だが・・・・・・・・それも仕方のない事だろう・・・。私は、君を引きとめられる様な立場ではないからな・・・」
言ったブラッドとの視線がほんの一瞬絡まる。
けれどそれもあっという間の僅かな時間だった。
最初に瞳を外したのは彼の方だった。
その事実に諦めの悪いの心がまたズキリと痛む。
はどうにか唇に微笑みの形を取ると、ブラッドに向かって軽く頭を下げた。
「ありがとう・・・、ブラッド。・・・早速だけれど、もう準備はできているの。これから出て行くわ」
「・・・・・・随分と準備のいいことだな・・・。だが、幾らなんでも慌ただし過ぎるんじゃないのか?」
「いいえ、遅かった位だと思ってるわよ。・・・・・・貴方達の結婚式にはきちんと出席したのだし、
・・・・・・・・・・・・・・・これ以上は、・・・・・・もう・・・・いいでしょう?」
「・・・・・・・・ああ、そうだな・・・。君は・・・とてもいい友人を演じてくれたよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
彼の台詞に思わず苦笑がこぼれる。
苦笑。
いや、自嘲の笑みと言うべきかもしれない。
そうだ、は見事に演じた。
ブラッド=デュプレとアリス=リデル。
二人の愛すべき友人達の結婚を心から祝福する彼ら共通のよき友人役を。
けれど新婦であるアリスはとうの昔に気付いて居ただろう、の気持ちを。
どの程度の関係にあったかまでは知られていないまでも、
が新郎とただの友人などではなかったことは勘付いていた筈だ。
恐らくその事もブラッドは承知している。
そしてそれでもは、まるで二人が結ばれた事を心底喜んでいるみたいに特上の笑顔を振りまいて言ったのだ。
――――――――――――おめでとう、ブラッド、アリス。
自分でも驚くほどに完璧で、とてもいい友人を演じた。
本当に何て滑稽な道化役。
そうやっては自分のちっぽけなプライドを守り通したのだ。
別れ話すら持ち込まれることなく消え失せたとブラッドの関係。
それも当然かもしれない。
達の関係なんて、所詮その程度の、俗に言う火遊びと言うヤツだったのだから。
ブラッドがアリスに心奪われていると気付いたのはもう随分前の時間帯の事だった。
そしてそれと同時に自分があの我儘で自己中心的な男にどれ程惹かれ、
いつの間にか本気で愛してしまっている事に気付いて愕然とした。
何て皮肉なことだろう。
は彼への気持ちを自覚した瞬間に、早々に諦めなければいけないと悟ったのだ。
その時点でとアリスは同じ余所者の女であっても、
彼の中で同じ天秤に乗るレベルですらなかったのだから。
それでも、は何処かで淡い期待を抱いていた。
アリスが自分の世界に戻ってしまえば、その時はブラッドはまたに心を傾けてくれるかもしれない。
そんな、愚かで浅ましい、期待を。
当然その期待は見事に打ち砕かれた。
ブラッドは自分の世界へと還ってしまおうとした彼女を強引に引き止め、
その数時間帯後には挙式まで済ませた。
笑ってしまう。
彼が。
あの厄介事と面倒事の大嫌いな男・ブラッド=デュプレが、
たった一人の女を自分の元に縛り付ける為に選んだ手段が結婚だ。
帽子屋屋一家のトップともあろう男が、
まるでどこにでも居る嫉妬深い若造みたいなことをして。
けれどそれは単なる執着ではなく紛れもなく彼女に対する愛情からだった。
あのブラッドにそうまでさせたアリスには激しく嫉妬した。
万に一つの可能性も有りはしないと分かっていたのに。
分かり過ぎるほどに思い知らされて来たというのに。
それでもの愚かな恋心は今も死にきれないで居る。
この屋敷から出て行こうとはずっと考えていたけれど、結局ズルズルと今まで滞在先を変えられずにいた。
もうブラッドの姿なんて目にしたくないと思う一方で、
死にきれない恋心が彼を視界に捕らえることで哀しい喜びを得る。
そうしながら、同時に胸に酷い痛みを覚えていたくせに。
けれどもう限界だ。
この屋敷で彼らの姿を目にし続けることは、今のにとって殆ど拷問に近かった。
「、他の者たちにこのことは言ってあるのか?」
「・・・・え?ああ、ディーとダムには数時間帯前に挨拶しておいたわ」
「ほう?だがあの子達が素直に納得するとは思えないが・・・」
「ええ、随分と駄々をこねられたけど、どうにかね」
言って、は小さく肩を竦めた。
二人で泣きながらに抱きついて来た双子の可愛い少年達。
かなり苦労したけれど、粘り強く説得した。
「そうか・・・。エリオットの奴には?」
「彼には・・・もう以前から話しはしていたから」
ブラッドの形のいい眉がピクンとほんの一瞬跳ねる。
「・・・・・・・、アイツは、門番達よりも手強かったんじゃないか?」
「・・・・・・・・・そうね。だけど・・・もう決めていたから」
このままがこの帽子屋屋敷に滞在し続ける事は、自身の為だけでなく、
ブラッド達の為にもならない。
例え一時の火遊びだろうと、相手の女が同じ屋敷内に居座り続けることが気にならない訳がない。
「・・・・・・それから、アリスだけど・・・、彼女にはこれを渡しておいて」
言いながら、は彼の机の上に一通の手紙を置いた。
ブラッドが一瞬怪訝そうな表情を浮かべる。
「これは・・・?」
「見ての通り、手紙よ。
彼女とはここ数時間帯顔を合わす機会がなかったから・・・、一言挨拶みたいなものをと思って。
・・・・・・・・・ふっ、心配しなくても、おかしなことなんか書いてないわ。
何なら今ここで封を開けて中を確認してもいいわよ。その後新しい封筒に入れてくれればいいんだから」
「いや、その必要はないさ。私はそんなことを心配したりはしていない」
「そう、じゃあお願い」
は手紙に指先を置き、机の上を滑らせて彼の前へと移動させた。
ブラッドが軽く肯いてそれに応じ、手紙を受け取る。
「・・・・それからブラッド、暫くの間はのことはそっとしておいて欲しいの・・・。
の居場所なんかあなたの手にかかれば容易く知れるんでしょうけど、
もしも分かってもこちらから連絡するまでは誰にも教えないでくれると嬉しいわ」
「つまり、門番やエリオット達にも・・・と言う事かな?」
「そうよ」
「君からの連絡があるまでは、一切こちらから関わり合いを持とうとするな・・・と?」
「ええ、お願い、出来るかしら?」
の問いにほんの僅か、ブラッドが思案するように視線を彷徨わせる。
そして小さく溜息を吐いた。
「いいだろう・・・。それが君の望みならばね」
「ええ、ありがとう」
「」
「何?」
「・・・現時点でいつになるかは分からないとしても、
君から連絡をくれる可能性はあるのだと・・・そう信じていていいんだな?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
は彼の台詞に暫くの間無言で一点を見つめていた。
本当は、二度と彼らに関わり合いになりたくないと言う気持ちも全くないではなかった。
けれど、どんな形であれ、の中で今もこの人と繋がりを求めてしまう気持ちも強く有る。
どちらにせよ、今の状況で答えを出す事は出来ない。
それを正直に口にするつもりはないけれど。
「・・・・・・・・ええ、いつか・・・・・・・・ずっと長く時間帯が経過して、の気持ちが落ち着いたその時は・・・」
「ああ、待っている。その時が来るのをな・・・」
「じゃあそろそろは行くわ」
「待ちなさい」
「・・・・・・?何?」
「・・・・・、ここを去る前に、紅茶を飲んで行ってくれ。
今度はいつここに来るのか分からないんだろう?それ位はさせて欲しい」
ブラッドの申し出を受けようかどうか迷った一瞬。
けれど彼はの返答を聞く前に早々にメイドを呼び、紅茶の用意を整えるようにと命じていた。
最初からの答えなど聞く気はなかったようだ。
は軽く苦笑し、彼の部屋の上質のソファに腰掛けることにした。
彼の室にはテーブルを挟んで長椅子が二つ置いてある。
このソファは来客の際やエリオットとの打ち合わせなどに利用されることが主だけれど、
実は他の目的でも利用する機会が多々あった。
は敢えて自分の立っている場所から離れた所に位置したソファに座ることを選んだ。
もう長い事こうしてブラッドと二人きりになることのなかった彼の私室。
あの赤い高級なソファにも色々と思い入れがある。
この部屋に通った数も数えるのも馬鹿らしいほどだったはずなのに、
今は必要以上に余所余所しい空気が室内を取り巻いている。
彼がアリスに心奪われてしまったその時から、
ここはもうの全く知らない場所になってしまったのだ。
やがてメイドが紅茶を室内に運び、テーブルの上にティーセットを用意してくれた。
「ありがとう・・・、頂くわ」
「ああ」
淹れたての紅茶は品のいいスッキリとした香りを放ち、透き通った美しい色をしていた。
当然の様に湯気が立つ程熱い為、すぐに飲み干すのは無理だ。
つまり、早々にこの屋敷から立ち去ると言う事は出来ないということ。
そのことに複雑な気持ちを抱きながらも、は何処かで安堵していた。
ほんの僅かでも、ほんの一瞬でも長く、ブラッド=デュプレ、
彼と同じ空間で同じ時を過ごせると言うことに。
けれどその時飲んだ紅茶の味は、到底美味しいとは言い難いものだった。
いつもと同様の上質の茶葉、高級なティーセット、最高の状態で提供された紅茶。
本来なら紅茶の味の素人でさえその味を褒め称えずにはいられない代物。
でもがブラッドの私室で最後に過ごした二人きりの時間の中で飲んだその紅茶は、
彼の嫌うコーヒーをブラックで飲んだ時などとは比べ物にならない位、酷い苦みを帯びていた。
そう、余りの苦さに、の舌が痺れてしまうのじゃないかと思ってしまう位に。
(つづく)
アトガキ
ブラッド夢・・・???(笑)って感じですけど、後編はエリオットだし、マフィア夢???
ヒロインの性格としては若干黒猫嬢っぽく、鴉も混ざってるといいなと言うところです
(説明になってない)一応経験値はそう低くない・・・・っぽく見えるといいな(・・・)
ではでは、ここまでお付き合い下さった姫様!!本当に有難うございます!失礼します