「・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

クローバーの塔内。
執務室。
今し方吐血したばかりの夢魔・ナイトメア=ゴットシャルクは、
自身の血で真っ赤に染め上げられた書類の束に視線を落としたまま、
硬直していた。
彼の側には腹心・グレイ=リングマークの姿もある。
そして彼もナイトメア同様にその一点を凝視したまま微動だに出来ずに居た。
机の上の書類の束は二つ。
どちらも高く積まれており、
ナイトメアが椅子に座った状態では彼の姿が隠れてしまう程のものだ。
その書類が上から最深部に至るまで全て真っ赤に染まってしまっている。
周囲はナイトメアの口から吐き出されたばかりの血の匂いで満たされていた。
しかし、それ以上に二人を取り巻く空気が急激に温度を下げていく。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ナイトメア様・・・。」

堪りかねたグレイがようやく口を開いて自身の主に声をかけた。
彼はビクリと大きく体を跳ねあがらせ、ごほげほと再び激しく咽る。
そしてナイトメアの隣に立っているグレイに視線を移し、声を上げた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・言うなっ!!言うんじゃない!!言うんじゃないぞグレイ!!
いいか、絶対絶対、ぜっっったいに言うんじゃない!!!!!!」
「・・・・と、言われましても、これは俺が言わなくとも一目瞭然でしょう・・・。
ああ・・・よりによってこの書類を・・・・。
俺は知りませんよ、きちんと前置きをしておきましたからね。」

言いざま、グレイは絶望感をたっぷりと含ませた表情と共に自身の額を覆い、
天を仰いだ。

「なっ・・・!!??何だと!?グレイ!お前は私を見捨てる気か!?
部下のくせに私を見捨てる気なんだな!?殺される!!私はこのままでは殺されてしまうぞ!!」
「分かっているのならどうして・・・、
ああ、いえ、今は口論している場合じゃありません、ナイトメア様。
今から急いで部下達を集めます。早急に対応しなければ。
・・・と言っても、この書類を任せられる人間は限られている。
どこまで出来るかは分かりませんが、とにかく急ぎましょう。
分かっているとは思いますが、くれぐれも途中で逃げ出さないで下さいよ。」
「うう・・・分かっている・・・。今回ばかりは仕方ない・・・、
是が非でも終わらせないとな・・・。
冗談じゃなく確実に殺られる・・・。」

そこで彼らは同時に深く大きな溜め息を吐く。
最悪だ。
そして、共に同様の台詞を呟くのだった。




数時間滞後。


「うう・・・ぎ、ぎぼち悪い・・・吐く・・・。うぐぅっ・・・。」
「駄目です!止めてください、ナイトメア様。
ようやくここまで終わったんですから、
せめてこの書類が全て完成するまでは我慢して下さい。
大丈夫です、あなたはやれば出来る子です。
この程度我慢できる、出来る筈です。
何より命が懸っているんですから。」

ナイトメアを宥めながら、
しかしグレイは手を止める事無く着実に書類を完成へと近付けている。
周囲に居る部下達も鬼気迫る必死の形相で仕事を進めていた。

「くそ・・・の奴・・・・。
大体アイツは上司への思いやりや尊敬の気持ちが足りないんだ・・・。
だから毎回毎回・・・・・。」
「ナイトメア様、口よりも手を動かして下さい。今回ばかりは俺も庇いきれない。
この書類は難易度が高い上に極少数の部下にしか任せられない代物です。
しかも今回は仕事が立て込んでいたせいで全て彼女に押し付けてしまった。
その上ご存じの通り、半端ではない数の書類の束だったんです。
本来なら20時間滞以上は要する内容の仕事だ。
それを彼女は寝る間も惜しんで十数時間で終わらせた。」

それなのに―――――
そこでグレイは再度深い溜め息を吐く。
だが、決して手を止めようとはしない。
ナイトメアは口を尖らせ不満の表情を見せていたが、
結局素直に再び書類に目を通し始めた。

「はぁ・・・、しかし・・・何であんなに怖いんだろうなー・・・。
素直にしていれば彼女も美人で気立てのいいご婦人と言えないこともないだろうに・・・・。」
「へぇ・・・・そうなんですか?ふふ、それって、誰のことなんでしょう?」
「ん?誰って、決まってるだろう、だよ、だ。」
。彼女が、何か?」
「だから!どうして上司の私に対してすらあんな恐ろしい顔が出来るんだって話だ!
グレイも鬼畜並みだが、彼女はそれ以上だな。
あれは悪魔と鬼とを同時に飼っているに違いない!
ああ・・・怖い、怖すぎる・・・!」

会話を進めながらも今回は彼は手を止めようとも視線を上げようともしなかった。
だが、ふと違和感を覚える。
この室内に居るのは彼自身とグレイ、そして数人の部下のみ。
そして部下達はいずれも男だった筈だ。
しかし、今、彼の言葉に答えたその声は、凛とした声音ではあったがメゾソプラノ、
つまり女のものだった。
そう、それは彼も良く知る女の声だ。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」」」」


ナイトメアが機械人形の如くぎこちない動きで首を動かし、視線を上げ、
全てを悟った瞬間。


―――ビュオォ


急激に室内温度が下がり、周辺が極寒の地と化した。
底冷えとすら感じる程の冷え切った風が吹き荒れ、空気さえも凍る。
部下達は皆表情を強張らせたまま、無言で動けずに居た。
グレイですら言葉を発することが出来ないでいるようだ。

「ふふふ・・・、これはわたくしの気のせいでしょうか?ナイトメア様。」
「・・・・・・・え゛!!??ななななな、何がだ!?!?
と言うかだな、ききき、君は一体いつ戻って来たんだ!?」
「たった今、です。予想以上に早く仕事が片付いたので、
そのご報告に伺いました。」

にっこり。

周囲が凍死しかねないと言った状況の中、
ナイトメアの背後から姿を見せた女・は、
満面の笑みを浮かべて彼の問いに答えた。
それはともすれば見惚れてしまいそうなほどに美しい微笑だ。
彼女は次いで言葉を紡いだ。

「それで、わたくし今不思議に思っていたのですが・・・。」
「っ!」

の繊細な白い指が机の書類に触れる。
それと同時に室内温度が更に下った。

「この書類・・・わたくしが外出する前に完成させ、
ナイトメア様にお渡しした物と内容が酷似している様なのですけど・・・。」
「っ・・・!!!!!」
「ああでもあれは、念の為グレイにミスがないのかを確認して貰った上、
完璧と言っていい状態でナイトメア様にお渡しした物ですもの、
後はナイトメア様の認証を頂くだけだった筈の書類ですし、
こんな中途半端な状態でお手元にあるなんて訳がありませんよね?」

わたくしの眼が悪くなってしまったのでしょう。
ふふふふ。

彼女は瞳の奥に妖しげな黒い炎を宿して再び唇で弧を描いて見せた。
刹那。
ナイトメアは怯えた表情を浮かべ、堪え切れぬ様子で吐血する。

「ううっげほっごっほ・・・吐く、血を・・・ぎ、ぎぼぢ悪い・・・・。
怖いぞ、・・・がはっ・・・っ・・・君は・・・グハッ・・・怖すぎる・・・!」
「ナイトメア様・・・!」

ボタボタボタ。

口元を覆っている彼の指の間から零れ出た赤い鮮血が、机の上へと滴り落ちた。
しかし、間一髪、彼に駆け寄ったグレイが書類への被害を避ける。

「危ない所だった・・・これでは前回の二の舞ですよ、ナイトメア様。
とにかく落ち着いて下さい。」
「・・・・・大丈夫ですか?ナイトメア様。」

はそっとナイトメアに屈みこみ、その背を優しく撫でた。

「うう・・・・・・。す、すまない、・・・君はこう言う時は優しいな。」
「ふふふ、鬼と悪魔を同時に飼っている女に言う言葉じゃないですね。」
「・・・・・・・げぼっ、ゴッホ・・・っ!!いや、誰もそんなことは言っていないぞ!
っごほっ・・・本当だ!ケホッ・・・言っていない!ああ、言う訳がない!!」

常から青白い彼の顔色は、今や土気色にも近く、
死人同様と表現しても差し支えない。
は彼の背を優しげな手つきで撫でてやりながら、僅かにその黄金色の瞳を細めた。

「そうですか、では気のせいだったのでしょうか?
わたくし先程から少々耳鳴りがしていて・・・、
グレイの『前回の二の舞』と言う台詞も・・・やっぱり気のせいなのでしょうね?」
「っ!!!!!!!」
「!!」

最早言葉を発する事すら出来ず、
ナイトメアとグレイ共々周囲の人間全てが硬直していた。
否。
寧ろ既に部下達は凍死していると言っても過言ではない。

「きっと気のせいだったんですね。わたくし、少し疲れているのかもしれません。」
「あ、ああ、そうだな。うん、そうだろう、そうだろう!君は疲れているんだ、
さぁ、私の事は心配いらないから君はもう休むといい!
そうした方がいい!そうすべきだ!なぁ、グレイ?」
「・・・・・・え・・・?あ、ああ、そうですね。
・・・、報告は後でも構わないぞ。この仕事はここに居る部下達だけで十分だ。」

ナイトメアの言葉にグレイが応じ、彼女を部屋へ戻るようにと促す。
はナイトメアとグレイとに視線を交互に移し、最後に机の書類に瞳を向けた。
室内にこの時一番の緊張が走る。
だが、彼女はやがて小さく頷いて答えた。

「じゃあ、お言葉に甘えてわたくしは休ませて頂きます。
ふふ・・・、わたくしが仕事に戻る頃にはこの書類も片付いているかもしれませんね。」

勿論片付いていますよね。
本当は片付いている筈の仕事ですから。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


常日頃、彼女は心を遮断しナイトメアに胸中を読まれぬようにしている。
しかしこの時、彼には読むことの出来ない筈のの心の声が聞こえた様な気がしていた。



その後、は笑顔で執務室を後にし、彼らは再び仕事を開始する。

「なぁグレイ・・・。」
「何です?」
「これで・・・もしも、もしもだぞ?
彼女が目覚めた時、私達が仕事を終えていなかったらどうなると思う?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・知りたいんですか?」


「いいや!!考えるだけでも恐ろしい・・・・!!!!」



「・・・・そうでしょう、俺も想像したくもありませんよ。」

ナイトメアの問いに対し、元来病弱な彼のみならず、室内全ての人間が青褪める。
各々の体は皆同様に震えていた。


この数時間滞後、が眠りから覚め再び執務室を訪れるより早く、
彼らは見事書類の山を処理する事に成功するのだった。


(END)


**アトガキ**
初・クロアリ夢は夢魔&蜥蜴さんでした(笑)思いっきりギャグ路線だ。
一応個人夢も考えてます。あ、実はこのヒロインは蛇です(ひいい(苦笑)
これは共通話と言う感じですかね。
本当はここまで怖い人にするつもりなかったんですけど、
話の流れ上いつの間にかこんな風に!(笑)
ではでは、ここまでのお付き合い誠に有難うございました、失礼致します。