「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
クローバーの塔内。
執務室。
平生、このクローバーの塔のトップであるナイトメアが常に仕事からの逃走劇を繰り広げているため、この室にトップ3が揃う事は極稀である。
だが、現在、そのトップ3が揃っていると言う貴重な光景がそこにはあった。
更に言えば彼らは数十分程前に大量の書類を処理し終えたばかりであり、
これから休憩に入ろうかと言う直前だった。
しかし、今、3人の周囲には和やかな雰囲気など微塵も感じられず、
室内は鼻を突く異臭で満たされている。
そして殊に=の体からは目に見えぬ冷気が発せられているようだった。
既に周囲は極寒の地と変化しつつある。
室内温度は常に快適なように保たれている筈だが、
現在のナイトメアとグレイの体感温度は下がる一方だった。
「ふふふ・・・わたくし、存じませんでしたわ。ナイトメア様が珈琲をお嫌いだなんて。」
最初に沈黙を破ったのはだった。
彼女はコーヒーカップが3人分用意されたトレイを手にしており、
彼女自身の体から放出される冷気とは相反し、どこまでも柔らかく、
どこまでも穏やかな微笑を浮かべている。
室内を満たしている異臭は、が手にしてるトレイから放たれたものだった。
更に詳細を述べるならば、
彼女の持っているトレイは本来シルバーである筈なのだが、
現在は見事に赤く染まっており、
その上に乗っているコーヒーカップからは珈琲であったと思しき赤茶けた液体が溢れ出ている。
「ちっ、ちが、違う!違うんだ!!
私はわざとやった訳じゃないぞ!断じて違う・・・!」
底冷えする様な寒さに耐え抜きながら、ナイトメアは怯えた声音で返事をし、
必死の形相で彼女の言葉を否定する。
彼の隣に控えていたグレイが表情を強張らせて口を開いた。
「いや・・・しかしナイトメア様・・・幾らなんでも3度目では説得力が無さすぎるかと。」
「グレイ!!お前は黙っていろ・・・!
いや、黙っていなくてもいいから私を弁護しろ!弁護!」
私は無実だ!
の冷気に当てられ、怖じ気づきつつも、ナイトメアは声高に自身の潔白を叫ぶ。
だがその刹那に激しく噎せ始めると、背中を丸めて口元を覆った。
グレイはいち早く危険を察知し、
速やかにナイトメアの椅子の向きを変え、書類への被害を回避する。
これ以上の惨劇はナイトメアのみならず、
自らをも危険に晒すと彼は重々承知していた。
元々の事の経緯はこうである。
彼らはようやく大量に山積みされていた書類の一角を処理し、休憩に入ることにした。
珈琲が飲みたくなったと言うナイトメアの言葉に従い、
は自ら珈琲を淹れてくると申し出た。
そして彼女が珈琲を淹れてナイトメアの机へカップを置こうとしたその刹那。
1度目の悲劇は起きたのである。
彼は突然激しく咳きこみ、勢い余っての持っているトレイの上へと吐血した。
この時点でナイトメアは自身の死を覚悟したものだが、(グレイも顔面蒼白になった程だ)
は本来の意味での温かい笑顔を受かべてこれに速やかに対処し、
数分の後、新しい珈琲を淹れ直して戻ってきたのだった。
しかし、またもやナイトメアは狙い澄ました如く彼女の手にしたトレイに吐血し、
珈琲を血みどろの液体と変化させたのである。
はほんの一瞬能面の様な表情を見せたが、
(不幸にもグレイは彼女の表情の変化を目の当たりにした)
すぐにあたたかな陽だまりさえ連想させる優しげな声音でナイトメアにこう告げた。
『ふふふ、ナイトメア様、体の調子が悪いようなら、
コーヒーは少しお休みになってからにしますか?』
ここでナイトメアがそれに従っていれば、
彼は今頃心地よい夢の世界へほんの暫しの間でも浸っていることが出来たかもしれなかった。
だが、ナイトメアはの言葉に対し、こう返事をしたのだ。
『いいや!私は君が淹れてくれたコーヒーが飲みたいんだ!』
致命的な選択ミスである。
そう感じたのは常に上司の犯した数々の過ちのとばっちりを食らっているグレイだった。
『ナイトメア様・・・分かっておいででしょうが、次はありませんよ。』
彼がこう釘を刺したのは無論、が珈琲を入れる為に席を外している間の事だ。
グレイはこの時既に3度目の悲劇を半ば予想していた。
だが、それを回避して欲しいと切実に願ってもいたのだ。
最早懇願にも近いものがあったに違いないのだが、
彼の願いは虚しくも悲惨な結果を迎えることとなった訳である。
つまり、つい今し方起こってしまったばかりのナイトメアによる珈琲血みどろ劇、第三幕がその結果だ。
淹れたばかりの湯気の立ち上る熱い珈琲に、
ナイトメアの口からほとばしった生ぬるい鮮血が混ざり合い、
コーヒー独特の香りと血生臭さがえもいわれぬ異臭を放っている。
「・・・そうですか、
ではナイトメア様は別にコーヒーがお嫌いと言う訳じゃないんですね。
そうですよね、だってわたくしも今まで何度となくコーヒーを飲んでいるナイトメア様を見ていますから。」
「そ、そ、そうだぞ!私はコーヒーは大好きだ!
ただ今回はその・・・タイミングが・・・、だな。」
「ええ、分かりました。わたくし、よく分かりました。」
「そうか、分かってくれたのか・・・!」
心の底から安堵したと思われる口調でナイトメアが色のない唇を綻ばせる。
グレイはその様子に瞬時、不安を覚えた。
「嫌な予感がする・・・。」
ぼそり。
傍で会話をしている彼らに聞こえぬ程度の声音でグレイが呟く。
誠に残念なことに、彼のこの手の予感は先ほどの事も含めてかなりの確率で的中してしまうのだった。
「ふふふふ・・・ナイトメア様、つまりはわたくしの淹れるコーヒーが嫌いなんですね?」
――ゴオオオオ・・・・
ツンドラ気候と言う物は書物でしか知り得た情報ではないが、
間違いなく今現在のこの執務室内の状況を指すのではないだろうか。
寒さもここまで来ると痛みに変化する。
視界が雪で閉ざされて見えないと言う錯覚にまで陥りそうだ。
今ならば間違いなく昼の時間帯の暖かな空気のこの時間に、
凍傷を起こすことも可能だろうとグレイとナイトメアは考えていた。
「違う!!違うぞ!!!!私は寧ろ君の淹れてくれたコーヒーは大好きだ!
信じてくれ!ほ、本当だ、本当なんだぞ!
グレイ、黙っていないでお前もなんとか言え!」
「・・・・ハァ・・・、、許してやってくれ。この方は一応、俺たちの上司なんだ。」
「!!一応とは何だ!一応とは!ちゃんとした上司だぞ、私は!偉いんだからな!」
「ああーはいはい、ちょっと黙っていてくれませんか、ナイトメア様。
・・・これ以上凍死の可能性を増やさないで下さい…。」
後半。
彼はナイトメアにのみ聞こえる程度の声でそう続けた。
常のナイトメアならばこの台詞に完全に拗ねてしまっているところだが、現在はそんな余裕すらない。
彼はムッと頬を膨らませるのみに留めた。
「・・・、確かに今回は明らかにナイトメア様に非があっただろう、
だがこの惨状は書類への被害を逃れようとした結果だ、
せめてその部分だけでも汲んでやってくれないか。」
そして出来れば気候を普通の雪山程度に戻して欲しい。
今現在最も深刻な問題について言及する事を、
グレイはどうにか寸でのところで堪えた。
「グレイ・・・わたくしもそれは分かっているんですよ・・・?ですが・・・。」
そこで彼女は言葉を切り、
未だ異臭を放ち続けている自身の手にあるトレイの上の珈琲であった液体に視線を落とした。
「ふふふ・・・実はこれ、最近やっと入手した貴重なコーヒー豆を使用しているんです。
ええ、それはもう、とてもとても苦労しました。」
「・・・と、言うと・・・もしかしてこの間話してくれた、
ナイトメア様や俺に是非飲んで貰いたいと言っていたのは・・・。」
「ふふふふふ、これです。」
「――――――――――――――――――。」
グレイは瞬時に絶句した。
数十時間帯ほど前には入手困難な貴重なコーヒー豆をようやく手に入れる事が出来そうだと言っていた。
その量は極限られており、例え手元に来たとしても僅かしか入手出来ない物だが、
それでもその際には是非二人にも飲んで欲しいと彼女は(真実の)微笑を浮かべて彼に話してくれた。
「ナイトメア様・・・・。」
「な、何だ・・・!?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。諦めてください、俺には彼女を説得できません。」
「なっ!?何ぃ!?お、おま、おま、お前!私を売る気か!?
私はお前の上司だぞ!?」
「ええ、確かにあなたは俺の上司です、ですが・・・・。」
チラリ。
グレイの視線がの手にあるトレイに移る。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
そして次にの(恐ろしく)やわらなか微笑に。
にっこり。
「・・・・・・・無理です・・・。腹を括って下さい、ナイトメア様。
・・・だ、だが、その、だな・・・せめて手加減してやってくれ、。」
「ふふふふ、大丈夫ですよ、グレイ。
わたくしはただ、ナイトメア様を労わって差し上げるだけですから。」
「労わる!!??どこがだ!!??
と言うかどう見ても既に色々な面で酷使されているぞ!?
これ以上私をどうする気だ!?」
は手にあるトレイをおもむろに書類の置かれていない机の隅に置き、
ナイトメアの椅子の背後に回り込んだ。
そして微笑を浮かべたまま、どこからかシュルリと縄を取り出す。
「!!!!!!」
「!?」
驚愕する二人を他所に、恐ろしく素早い手際でナイトメアを椅子に縛り付けると、
彼女はナイトメアごと半ば連行する如くそれを移動し始めた。
「ぎゃああああああああ!!ごほっ、げっほ、・・・は、吐くっ!また吐血するぞ!
放せ!私に何をするつもり・・・っガハッ…だ!」
「!」
「安心して下さい、お薬を飲ませるだけですから。」
ようやく冷気を緩和させたがグレイに答える。
彼は一瞬安堵したようにホッと胸を撫で下ろした。
「そうか、ならば頼む。」
「何ぃぃ!?っがッほ・・・ううっ・・・私を殺す気か!?ゲホゲッホ!」
「ふふふふふ・・・ナイトメア様、吐血しないようにお薬を飲んで頂くんですよ?
それとも・・・やっぱりまたわたくしの淹れた珈琲を素敵な液体に変えて下さるんですか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「では、行きましょう。」
陽だまりの笑顔を浮かべ、彼女がナイトメアに告げる。
はその細く華奢な外見に似合わず難なく彼の座っている椅子を引っ張っていく。
ナイトメアは硬直した一瞬の後、
クローバーの塔内全体に響き渡るかと思われるほどの絶叫を上げていたが、
聖母の如き微笑を浮かべるを目にした塔内の部下たちは、ただ恐れ慄き道をあけるのみだった。
(END)
**アトガキ**
蛇シリーズは3人一緒の所を書くのが楽しいです。
限りなくナイトメアが悲しい役回りですが(笑)
個人夢では甘い展開にしたいなあ・・・。
グレイとヒロインだとどうにか甘くなるんですけど、
ナイトメアだとギャグ要素強くなりそうだ。
役持ち系はトリップヒロにおされぎみですが、
実は結構お気に入りのヒロインだったりします。
ではでは、ここまでお付き合い下さった姫様に深く感謝しつつ、失礼致します。