――カチッ。
シュッ・・・ボゥッ
グレイが煙草を口に咥えると、は極自然に彼の煙草に火を点ける。
それは寸分の頃合いもズレることなく、
彼が平生自身で煙草に火を点けるリズムと全く変わりない、
日常風景の一部とすら言える至極自然な流れるような動きだった。
「グレイ。」
「何だ?」
名を呼ばれ、彼がへと視線を移す。
彼女は自らも煙草を口に咥えると、その先を火の点いているグレイの煙草の先端に近付けた。
程なく、彼の火がの物へと移り、白濁色の煙がゆらめき始める。
彼女はそれをゆっくりと肺の中へ送り込んだ後、
自身の手にある銀色のジッポをグレイに向けて投げて寄こした。
彼は反射的にそれを受け取り、再びに瞳を向ける。
「・・・?これは?」
「差し上げます、欲しがっていたでしょう。」
「欲しがっていた・・・?俺が、か?」
「そうですよ。」
グレイの問いに小さく頷き、は唇に微笑を浮かべた。
そして彼女はドサリと身を投げ出すようにして側にある椅子に腰かける。
「覚えていませんか?いらないのならもう必要ないと言うことですし、
捨ててしまっても構いませんが。」
フゥー・・・。
煙を殊更ゆっくりと吐き出すと、彼女は視線を上げてグレイを見つめた。
彼と同様の黄金色の瞳が意味深にグレイを捉えている。
グレイは暫しの間無言で彼女のその視線を受け止め、
やがてつい先ほど投げて渡された銀色のジッポに注意を移した。
そしてその形を確かめる如くして、彼は掌で握ったジッポの輪郭を指先で辿った。
冷たく硬い、金属の感触。
だがそれは驚くほどよく手に馴染む。
右下の片隅には小さく彫られた蛇。
クルリ。
彼はそれを手の中で半転させる。
蛇の彫り物と丁度真逆の位置に小さな蜥蜴が彫られていた。
彼は確かにずっと以前にこれを目にした事がある。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・、これはもしかしてあの時のものか?
君は随分と物持ちがいいな、あの時ももう長いこと使っていると言っていただろう。
ほぼ新品のままに見えるぞ。」
「ええ、気に入っていたから大事にしていたんです。
ジッポは中身さえ絶やさなければずっと使えますから。
・・・思い出しましたか?これ、欲しがっていたでしょう?」
「ああ・・・・そうだったな、・・・・・・そうだな、今も・・・。」
「欲しい?」
「ああ・・・、出来るならば・・・いや、どうしても俺の物にしたい。」
そう口にしながら、彼は咥えていた煙草を指の間に挟み、
彼女の座っている長椅子に向けて歩を進めた。
「そこまで望んで頂けるならば光栄です、グレイ。差し上げます。」
「・・・、それは、このジッポの事だけを言っているのか?
それとも、あの時と同じ意味で言っているのか?」
「さぁ、どうでしょう。グレイ、貴方はどちらの意味で言っていると思います?」
互いの距離が縮まり、彼女が視線を上げればすぐにグレイのものと絡み合った。
彼は極自然な動作で側にあるテーブルの上の灰皿で煙草を揉み消す。
はそれを目で追い、同時に唇で弧を描いた。
艶やかな微笑。
再びグレイが彼女を見つめる。
「当然、後者の方だと願いたい。俺は君を・・・。」
言いざま、彼の指先がのふっくらとした艶のある唇の淵に触れた。
冷たい指先。
彼女もよく馴染みのある煙草の香りがする。
はチロリと赤い舌で彼の指先を舐めた。
「ならばそう取って下さい。わたくしも・・・そう望んでいますから。」
「・・・・・・。」
彼女の名を呼び、グレイがへと屈みこむ。
そして重なる、唇と唇。
彼らが今し方吸っていた煙草の苦みが互いの口内に広がる。
それと同時にの煙草のメンソールの香りがグレイの鼻腔をくすぐった。
触れ合わせただけの口付は、だがやがて濃厚なものへと変化する。
は彼に背を長椅子に強く押しつけられながら、自らも角度を変えて幾度も幾度も口付を重ねた。
深い口付の合間。
互いの胸中に、ある深夜の出来事が去来する。
それは現在よりずっと以前の事。
グレイ自身が『悪い男』だったと認めていた頃の話だ。
ナイトメアの腹心となるより以前。
ナイトメアの地位を狙い続けていたあの頃。
――このジッポが欲しい?ふふふ・・・申し訳ありませんけれど、
生憎わたくし、あなたみたいな人って本当に大嫌いなんです。
だからこれは差し上げる事は出来ません。このジッポは特別なんです。
そうですね、敢えて言うならわたくしの恋人になる人にしか渡せない物。
ええ、間違っても今の貴方みたいな人に渡せるものじゃありませんから。
相手が愛の科白を囁かれているのではないかと錯覚するほど美しく甘やかな微笑と共に、
彼女はグレイに向けてそう言葉を放った。
この時彼がジッポを話題に出した事に特に大きな意味はない。
軽い話の流れであり、些細な世間話のつもりだったのだ。
だが、基よりは仕事以外での彼との接触を極力避けていた。
つまりそれは彼との接触を故意に拒絶していたに他ならない。
グレイはこの時初めて彼女に心から嫌悪されていることを知り、
そして皮肉な事にこの瞬間から彼女に心奪われることとなったのだった。
「・・・実を言えばずっと不安だった・・・。
昔よりは俺に対して態度が柔らかくなったとは言え、あれだけ嫌われていたんだ。
今もいい感情は持たれていないだろうと思っていた。」
「ですが仕事以外でも貴方に話しかけていたでしょう?
今も嫌っていたならそんなことはしていません。御覧の通りわたくしは、分り易い性格ですから。」
「・・・・・分かり易い、か。
君は分り易くしてくれている時とそうではない時とを上手く使い分けているからな。」
油断ならない。
次いでそう言葉を紡ぎ、グレイは微かに苦笑した。
が僅かに瞳を細め、唇で笑みの形をとる。
そこで再び互いの視線が絡み合った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
至近距離から相手の瞳をジッと捕え、そして同時に瞼を閉じる。
必然的に唇は重なり合っていた。
未だ彼女の手にある煙草が、ジリジリと灰の部分を広げていき、
やがてそれは長椅子に小さな焦げ跡を残す。
その間も彼らは互いの唇を貪るように口付を交わし続けるのだった。
(END)
**アトガキ**
蛇さん昔は蜥蜴さんが嫌いだったというお話。
・・・・・・・・・じゃ、ありません!おかしいな、これ、
こう言う展開の筈では(←いつものこと、いつものこと)
ナイトメアの個人夢書きたいなと思いつつ、
突発的に思いついたのは蜥蜴さんでした。
取りあえず派手な告白シーンとかじゃなく、
地味な告白(?)シーンが書きたかったので。
ではでは、ここまでのお付き合い、誠に有難うございます。失礼致します。