「ハイ、帽子屋ファミリー諸君。お久しぶり。
これからまた少しの間世話になるわ。宜しく、ボス。」
「はぁ・・・君は毎回毎回唐突に現れるな。」

ブラッドは軽い溜め息と同時に、
今し方彼の室に現れたばかりのを見つめて言った。

「それにしては余り驚いているように見えないわね。」
「アリスから君を見たと事前に話を聞いていたからだ。
でなければもっと驚いていたさ。」

そう答えると、ブラッドは手元のカップを持ち上げ、静かに紅茶を啜った。
は僅かに眉をピクリと反応させ、問い返す。

「・・・・アリス・・・?」
「ああ、そうだ。、君も噂位は知っているだろう。
ハートの城に滞在している余所者のお嬢さんだ。つい先程の夕方も来ていた。」

彼のその言葉が終るのとほぼ同時に、
今まで二人のやり取りを彼らの側で大人しく聞いていた双子の少年が声をあげた。

「ええ!?お姉さんが来ていたの!?」
「・・・知らなかったよ。僕達も会いたかったね、兄弟・・・。ズルいや、ボス。」
「なぁに言ってやがんだ!
お前らが仕事サボって門の前に居なかったから会えなかったんだろうが!
ブラッドがズルいんじゃなくて、お前らが悪いんだよ!」

頬を膨らませて不満の色を露にする二人の少年に、
ブラッドの片腕と言われる三月兎・エリオット=マーチが、
叱りつけるような口調で言う。
左右対称の容姿の赤と青の衣服を身につけた少年たちは、
先刻よりも更に顔を顰めた。

「煩いよ!ヒヨコうさぎ!お前にそんなこと言われる筋合いはないね!
黙ってろよ!僕達は仕事をサボっていた訳じゃない、
屋敷内の見回りをしていたんだ!」
「そうだそうだ!僕達は仕事をしていたからこそお姉さんに会えなかったんだ!」
「嘘吐くんじゃねぇ!チビガキ共が!
俺の方こそ仕事でアリスと会えなかったんだからな、
それを仕事をサボってた奴らがいっちょ前に文句言うんじゃねぇよ!」

それぞれに喚き立てながら、
やがて彼らは自らの武器を取り出し相手に攻撃をしかけ始める。
双子の黒光りした大振りの斧が、同時にエリオットに襲いかかり、
彼はそれに応戦する形で発砲した。
は冷静な表情でその様子を傍観し、
彼女と同様常と変らぬ態度で紅茶を啜っているブラッドに視線を移す。

「相変わらず賑やかな所ね、ボス。」
「・・・そうだな、全く、元気なヤツらだよ。」
「そしてアリスと言う少女が人気者なのがよく分ったわ。
天下の帽子屋ファミリーを手懐けるなんて余程の剛の者ねぇ。」
「そうだな、手懐けられている訳ではないが、私も彼女の事は気に入っているよ。
・・・・・・・・、君もアリスに興味があるのか?」
「――ないわ。」

即座。
は否定の言葉を口にした。
ブラッドが彼女にその問いを投げかけたその刹那、
彼女はナイトメアとの会話を一瞬にして思い浮かべていた。
ナイトメアが彼女の周囲に注意を向けている筈はないことは分かっていたが、
僅かでも余所者と呼ばれるアリスに興味を抱こうものならば、
夢魔を喜ばせる結果となる様に思え、
は殊更素早くブラッドに答えを返したのだ。

「そうか・・・、だが、彼女の方では君に興味を持っていたようだぞ?」


「このっ!身長ばっかデカイだけの馬鹿ウサギのくせに!」
「いつか絶対お前なんか追い越して見下ろしてやる!」
「ばーか、お前らにゃ何時間経とうが無理だよ、クソガキ!!」

彼らの背後には未だに喚き声をあげ、攻防を続けている3人の姿があったが、
にはハッキリと彼の言葉が耳に届いていた。

「え?」

咄嗟にそう問い返した彼女に、
ブラッドは紅茶の最後の一口を飲み干した後、再び言葉を紡ぐ。

「言っただろう、ここに君が来る事を事前に知らせてくれたのはアリスなんだ。
まぁ、彼女としてはそんなつもりはなかったようだがな。
どうやら君が跳躍して着地した瞬間に出くわしたらしい、酷く驚いていたぞ。」
「・・・全く気付かなかった・・・。」
「君の後方に居た様だ、君は知らずにそのまま去って行ったと言っていた。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

は努めて無表情を装いながら、同時に複雑な思いを生じさせていた。
帽子屋の敷地内に入る寸前だったあの時、
着地してすぐに背後に居た少女にもしも自身が気づいていたとしたら―――
不意にそんな考えが頭を過り、は心の内できっぱりと首を左右に振った。
馬鹿らしい。
夢魔の言葉に毒されている。
嘲笑する如くそう考えなおすと、彼女は再びブラッドに視線を向けた。

「私には関係のないことよ、それよりもボス、仕事の話をして頂けない?
今実はお金に困っているのよ。おかげで宿代踏み倒した位に。」
「・・・・・・君は本当に相変わらずの様だな、
いいだろう、今回はエリオットと組んでもらうことにしよう。」

言いざまブラッドはゆるりとした所作で椅子から立ち上がり、
未だ声を上げて騒ぎ続けているディーとダム、
そしてエリオットに向けて静かに言葉を放った。

「お前達、いい加減に下らない喧嘩は止めるんだ。
私の物を一つでも破壊しよう物ならばただでは済まされないぞ?」

「「「っ!」」」

瞬時、3人は同時に動きを止め、喧嘩を中断する。
ブラッドは瞳を僅かに細めた。

「〜♪さすが、ボス。お見事なお手前。鶴の一声ねぇ。」

口笛と共には感心した様子で言い、クスクスと小さな笑い声をたてる。
ブラッドは手元の杖を弄ぶように回転させ、更に口を開いた。

「仕事の話をしよう。門番たちは持ち場に戻りなさい。」
「「はーい・・・・。」」

チラリとエリオットに睨みつけるような視線を向けた後、
双子の少年はブラッドの言葉に従い大人しく室を後にする。

「エリオット、お前はここに残れ。」
「・・・・・お、おう。」

少々怯えた声音で彼はブラッドに答え、
同時にエリオットの頭部から突き出た2本の耳が、
彼の心情を表す如くしてへにゃりと力なく項垂れた。
そしてようやく彼らは仕事の話題へと会話を進め始める。
は心の内で深く安堵の溜め息を漏らしていた。
だが、彼女はディーとダムやエリオット達の喧嘩にうんざりしていた訳ではない。
話題の中心が完全にアリスから逸れた事に対しての安堵だった。



いなくていい、

     みえなくていい



興味なんかないわ。興味なんかない。
誰に何度聞かれようとも、私は同じ答えを返す。
だってそう、私は鴉。鴉なのだから。