エリオットがの居る客室のドアノブに手を掛けたのとほぼ同時に、
彼女はドアを開いて姿を見せた。

「ああ、片腕殿。起こしに来てくれたの?
私は丁度そっちに向かおうとしてたところよ。」
「ああ、そうかい。んじゃ、行くぜ。部下たちを外に待たせてある。」

彼はチラリとを一瞥し、
速やかに踵を返すと、早々にその場を離れる為に歩を進め始めた。
その素気なく愛想のないもの言いと同じく、
彼は到底友好的とは言い難い表情を浮かべている。
実際、エリオットは彼女に対して余り良い感情を抱いてはいないのだった。
『鴉』の時計に支障を来す程憎悪していると言う訳では決してないが、
虫の好かないと言う程度には不快感を抱いている。
その最大の理由となっているのが、鴉のルールと言えど、
50時間滞を越した刹那に、つい先頃まで厄介になっていた筈のブラッド
(帽子屋ファミリー)に対し、恩を仇で返す行為を繰り返していると言う事実だった。
更には、つい先頃の茶会でアリスに不安な思いを生じさせた事が、
原因のひとつに上乗せされている。
彼にとっての崇拝対象であるブラッド、そしてある種特別な好意を感じているアリス。
彼らをほんの僅かでも踏みにじる行いは、
エリオットの中では最も嫌悪すべき行為だと言っても過言ではない。
それでもに対する感情が些細な不快感程度で収まっているのは、
そのブラッドが鴉を許容しているからであり、
アリスが彼女に対し少なからず興味を抱き始めている事を理解しているからである。
そうでなければエリオットは確実にレイを敵視していただろうと断言出来た。
そして彼女がブラッドの部下として組織に滞在している現在ですら、
彼はレイを帽子屋一家の一員と認識する事は微塵も出来ずにいる。
エリオットにとって、鴉は色々な意味において扱いにくい相手と言えた。



「今回の仕事は少なくとも次の時間滞内までには終わらせるぜ。
雑魚は全部あんたに任せる。俺は邸の奥のデカブツと幹部連中にぶっ放すのが役割だからな。
部下は全員配置に着いてる。必要があればあんたが動かせ。」
「了解。だけどこの程度なら一人でも十分よ。寧ろ大人数じゃない方が動き易い。」
「ケッ、そりゃ大した自信だぜ・・・。」

深夜。
暗闇に身を潜め、エリオットが小声でへと言葉を発する。
彼らから少々離れた前方には、砦かと思われる程の大きな屋敷が存在していた。
今次の彼らの仕事内容は、この屋敷の主とその組織内の部下達を抹殺することだ。
大規模な会議の為、組織の首席や幹部らがこの屋敷に一様に顔を揃えていると言う事実は、 既に確認済みだった。
姿こそハッキリと確認は出来ないが、 屋敷の周囲を夥しい数の見張りが取り巻いている事は間違いない。
警戒は文字通り厳重と言えた。

「最初の指示通り、先に見張りの奴らを全部始末する、
少し待っていて。合図を送るから。」
「しくじるんじゃねぇぞ、ブラッドがあんたを俺と組ませてこの仕事を回したのは、
あんたの腕を認めてるからだ。・・・・・・・腕だけは一流だからな、あんた。」
「了解、ご期待に沿いましょう。」

返したが、僅かに瞳を細めて微笑する。
エリオットは眉間に深くしわを刻んだ。

「笑いたくもねぇくせに、わざと表情『作る』んじゃねぇよ・・・。」
「片腕殿、何か言った?」
「―――さっさと行きやがれつっただけだ・・・。」

苛立たしげに返事をし、エリオットは小さく舌打ちをした。
彼女が時折見せる酷く自然で、そしてとてもつもなく不自然に感じるあの微笑が、
彼は殊更嫌いだった。
相手と適度な距離を保つためだけに付け加えられた表情。
その象徴とも言えるのがあの微笑だ。
エリオットはそのことについて深く理解はしていなかったが、
直感でそれを悟って居た。

「『まとも』に笑えば・・・ちったぁ俺の考えも変わるかもしれねぇけどな・・・・。」

彼は無意識の内にそう呟きを漏らす。
だが、エリオットは即座にその考えを否定した。
相手は旅鴉なのだ。
『まともに笑う』どころか、『まともな表情』を見せることすらないだろう。
それが鴉であり、それ故に鴉なのである。
彼は前方の闇に視線を向けた。
既に彼女は最初の仕事に取りかかっている。
ここからでは様子を窺い知ることは出来ないが、
恐らくこの短時間で見張りの殆どは時計を破壊されているだろう。
鴉の仕事はいつも完璧だ。
だからこそどの勢力も彼女を重宝し、彼女のルールを侵さずに居る。
そこに情等と言う生温いものは存在しない。
利害関係のみが彼女の命を繋ぐ。
それが鴉と言う存在。
それが鴉が存在する糧なのだ。

「合図がありました〜。屋敷内に突入しましょう〜!」

闇の奥。
部下の一人が彼にそう告げる。
エリオットは自身の愛用する銃を握り、軽く頷いた。

「ああ。」

彼は短く返事をし、速やかに移動を開始する。
鴉は仕事上の極限られた間のみの味方だ。
それ以上でも以下でもない。
今更興味を抱く必要もない。
今までもそうだったように、これからもそれは変わる事はない。
それに対し否定にしろ肯定にしろ思考を働かせる事も馬鹿げている。
エリオットは自身の胸中で繰り広げた考えを一瞬の内に一蹴し、
仕事に集中しようと努めた。

だが彼はこの時まだ気付いては居ない。


僅かではあるが、彼の心が動き始めていることを。



ペルソナの概念


あんたが本当はどんな人間かなんて、俺には関係ねぇ、興味もねぇ。
―――――――だってあんた・・・、所詮は鴉だろ。