大規模な作戦だったにも関わらず、
エリオット達の任務はほぼ完璧と言っていい形で終了した。
そして当初の予定通り、作戦を開始後、次の時間帯へと移行する頃には、
彼らは帽子屋屋敷に続く帰路へ着く事が出来たのだった。
「あー・・・にんじんのフルコースが食いてぇ・・・。」
森の脇道を抜けるその途中。
呻き声を上げる様にそう口にしたエリオットの長い耳が、力なく項垂る。
は視界の片隅にそれを納めながら、小さく欠伸をした。
帽子屋屋敷へ滞在する以前も、そしてこの仕事を行う以前も、
睡眠は取ったつもりでいるが、
いずれも結果的にナイトメアとの会話に付き合わされ、安眠出来たとは言い難い。
元々余り睡眠を必要とする体ではないが、
それでも今次の仕事が大規模なものだっただけに、
常よりも疲労度は明らかに大きなものだった。
彼女は再度、欠伸を繰り返す。
屋敷に戻ってすぐに睡眠を取ろうと心に決めながら、
不意に彼女は前方を見つめて立ち止まった。
五感が他の者よりも数段優れている彼女は、
ある程度の距離ならば異変や気配をいち早く察知できる能力を持っていた。
「片腕殿。」
「あ?」
「・・・・この先は迂回した方がいいわ・・・。」
「はぁ!?んな面倒臭ぇこと出来るかよ。
この道が一番俺らの領土に入るのに近いんだ。何だってわざわざ遠回り――」
ガゥン。
ズキュォー・・・ン・・・
彼がそこまで言葉を紡いだのとほぼ同時に、周囲に鋭い銃声が連発して鳴り響いた。
即座、エリオットが銃を構える。
は軽く溜め息をつくと、再び前方に視線を走らせた。
「ハートの城の連中ですぅ〜!!」
茂みの奥から部下の一人が転がり出ると、エリオットに告げる。
彼は少々拍子抜けをした様な表情を見せた。
「んだよ、雑魚兵どもか。だったらさっさと片付けて、突破しちまえば終わりだぜ。」
エリオットがそう口にしている間に、銃声は一層近くなり、
ハートの城の兵士達が数名、姿を見せる。
エリオットは素早く射程距離内に彼らを捕えると、
真っ先に彼の視界に入った兵士の一人の時計を見事に撃ち抜いた。
ズォオー・・・ン。
「うぐぁっ・・・!」
その後もエリオットは連続して銃声を響かせ、
次々と現れる兵士達を確実に倒していく。
はその援護に回る形で応戦しながら、不意に視界の隅に赤い人影を捕えた。
「っ!片腕殿、気を付けて、雑魚兵ばかりじゃないわ。」
がエリオットに告げた、その刹那――――
「あれっ?もしかして、それって俺の事かなぁ?」
突如としてエリオットの背後に全身赤を纏った騎士の姿が現れる。
「っ何っ!?」
――ガッ・・・
騎士の手には彼愛用の大剣が握られており、
その刃は当然の如くエリオットに向けられていた。
そしてその刃が襲いかかる寸での処で、
エリオットは自らの銃の銃身でそれを凌いだのだった。
「はははっ!やぁ、偶然だよな。いつも道を教えてくれてありがとう。
ほんと、毎回君のおかげで凄く助かっているんだ。」
場に不似合いな人好きのする笑顔を浮かべ、
ハートの城の騎士・エースは、エリオットに向かって口を開いた。
エリオットは小さく舌打ちをする。
「んだよ、この方向音痴の迷子野郎っ!!」
「うん、そうなんだよなぁ、俺っていつもどうしてか道に迷っちゃって・・・。
あ、でも今日は迷子になってた訳じゃないんだ。
見ての通り、部下と一緒に見回りの途中。
あははははっ!珍しいだろ?俺がちゃんと仕事してるなんてさ!」
ギンッ
ガッ・・・
明らかに状況と噛み合わぬ会話を口にしながら、
エースは手にした大剣で容赦なくエリオットに攻撃を仕掛けた。
ハートの国では1.2を争う程の剣の腕を持つエースとの接近戦は、
エリオットには圧倒的に不利だ。
だが、彼はどうにかエースから繰り出される猛攻を凌ぐことに成功していた。
「いつもだったら俺も君には恩があるからこんなことしないんだけど、
今はその兎耳を見るとどうも駄目なんだよなぁ。」
「俺は兎じゃねぇ!!俺のどこが兎だってんだ!!??」
「ええ?どう見ても兎だよ、・・・そう・・・ペーターさんと同じ・・・ね。」
エースは彼の同僚でもあるハートの城の宰相・ペーター=ホワイトの名を口にし、
同時に瞳の奥に底知れぬ殺意を滲ませた。
表情は先程までと寸分違わぬ笑みの形を取っているが、
纏っている空気は恐ろしく冷たい。
―――ザシュゥっ
「・・・チっ!」
「片腕殿っ!!!」
暫しの攻防の後、
やがて一際鋭く振り下ろされたエースの大剣の刃がエリオットの脇腹を掠める。
鮮血が飛び散り、エースの白銀の刃が紅く濡れた。
「俺、君の事は嫌いじゃないんだぜ?だけどごめんな、
今の俺って自分で思ってる以上に機嫌が悪いんだ。」
「くそっ・・・!ふざけんじゃねぇっ・・・!」
笑顔を張り付けたまま残忍な色を宿した瞳でエースはエリオットにそう告げ、
その間も攻撃の手を緩める様子は全く見られない。
勝敗の結果は既に歴然だった。
はエースに気付かれぬよう気配を殺し、茂みに身を潜める。
そして、二人から少々間合いを取ると、全速力で彼らに向かって疾走した。
「ハァっ!!!」
「鴉!?」
「おっと!」
は虚を突かれている二人に構わず、エリオットの体に腕を回し、
横から彼を引っ手繰る様な形でそのまま地を蹴り上げ、跳躍する。
――バサッ・・・・
その姿は文字通り、巨大な鴉が空に飛び立つ姿としてエースの瞳に映っていた。
「なっ!!??お、おいっ!あんた、これはっ!」
「着地するわ、舌を噛みたくなければ口を閉じて。」
余りに唐突な出来事に動揺を隠せぬエリオットに対し、
は常通りの口調で冷静に答えた。
やがて半ば地面に激突するに近い状況で彼らは着地する。
「っい゛っでぇえええ!!」
「ッッはっ!・・・さすがに自分より大きな相手抱えての跳躍は厳しいわね。
・・・・・・・・・・予想以上に短距離しか跳べなかった。」
微かに息を乱しながら、はエリオットに回した腕をゆっくりと解いた。
彼は未だ地面に這いつくばる様な形で痛みを訴えている。
「つかマジいてぇっ!!これ下手したら二人とも骨折じゃすまねぇぞ!!」
「ああー、ええ、そうね。それは否定できないわ。
私も人を抱えて跳んだのは初めてだし、
しかもアナタみたいな身長差のある人間抱えてだなんてちょっとした自殺行為ね。」
はエリオットの言葉に軽い口調で同意を示し、彼の傍らに屈みこんだ。
「脇腹を見せて、片腕殿。」
「あ?何で脇腹なんだよ?」
「さっきの傷よ、エースの剣が掠めて血が出ていた所。
これだけ厚着してるあんたの脇腹を掠めただけで出血したんだから、
傷は予想以上に深い筈よ。さぁ、見せて。」
言いざま、は何の躊躇もなく彼のロングコートに手を掛けた。
「ああっ!?おい、待てよ!あの位どうってことねぇって!」
「いいから、見せて。あれだけ出血して平気な訳がない。」
会話のやり取りの間も、彼女は手を止めることなく着々とエリオットの衣服を乱し、
脇腹の傷を確かめる事を優先させる。
「マーチ様ぁ〜!!」
不意に、エリオットがピクリと長い両耳を反応させて彼らの後方へ視線を移した。
部下達が数人、此方に向かって駆けてくる。
「お前ら!」
「良かったぁ、やっと追いつきましたぁ〜。」
「何人かあの騎士に殺られちゃいましたけどねぇ〜。」
空気の抜ける最中の風船の様な口調で部下達はそうエリオットに告げ、
肩で浅い息を繰り返す。
は後方に警戒の眼差しを向けたが、追手の気配は感じられなかった。
彼女は手早くエリオットの傷に応急処置を施し、立ち上がる。
「追って来る様子はないけど、長居は無用。片腕殿。」
「・・・ああ、そうだな。ったく、あの野郎、
今度帽子屋ファミリーの領土に足踏み入れてみやがれ、ぶっ殺してやる!
俺を兎だとほざいた上にあの腹黒兎と同じだと!?ざけんじゃねぇ!!」
エリオットは身を起こしながらさも腹立たしげに悪態を吐いた。
「・・・けど、何でかアイツ・・・前にどっかで・・・・。」
「片腕殿?」
「いや、何でもねぇ。戻るぜ。」
そう口にし、彼は脇腹の傷の存在など忘れてしまったかの如く、
スタスタと足早に歩を進め始めた。
と部下達は素早くそれに従う。
「・・・・・・・・・・・・、あんた・・・。」
「・・・?何?」
「―――・・・さっきは悪かったな、無茶させちまって。
一応礼だけは言っとくぜ。
・・・けど勘違いすんじゃねぇぞ、今回の借りは必ず返す。それで貸し借り無しだ。」
「・・・・・・ええ、分ってるわ。」
フッ、と、が瞳を細めて微笑し、エリオットに応える。
その笑みはやはり常通りの印象の薄い『作り』笑顔の様に見えたが、
微かながらその瞳の奥に喜びの色を読み取れたようにも彼には思えた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
エリオットはの表情を一瞥した後、
無言のまま再び足早に歩を進めたのだった。
わずかな絆
少しだけなら今だけなら、あんたを認めてやってもいい。
俺達の、『仲間』だと。