黄昏時の檻の中

ハァッハッハァハッ
ハッハッハァッ


暗い暗い闇の中。
は何かに急き立てられるように走っていた。
ここがどこかも分からない。
どうしてここにいるのかも、いつからこうして走っているのかも分からず、
ただひたすら、闇の中を走り続けていた。
右も左も上も下も、前も後ろも、どこを見ても、
瞼を閉じた時と変わらない程の塗り潰された黒が広がっている。
確かに必死に足を動かしてるのに、それでも前に進んでいるのかどうかさえ分からない。
分からないのに、走り続ける。
自分の呼吸音だけが、やけに耳に響いていた。
一瞬でも立ち止まることは許されない。
それが何故なのかは分からないし、振り返ることも考えてはいなかった。
暗い暗い闇の中。
はただ走り続けていた。



――右を行けばおまえはおまえのまま、だが新しい生を受け、
異なる世界で生まれ変わる。
左を行けばおまえはおまえという存在を終え、長い眠りの後、
新しい生を受け、新たな世界で生まれ変わる。



唐突に聞こえてきたその声は、
まるで頭の中に直接語りかけられているような、不思議なものだった。
くわわんくわわんと耳鳴りのように反響する。
性別も年齢も判別できない、不思議な声。



――右を行けばおまえはおまえのまま、だが新しい生を受け、
異なる世界で生まれ変わる。
左を行けばおまえはおまえという存在を終え、長い眠りの後、
新しい生を受け、新たな世界で生まれ変わる。



一度や二度じゃなく、何度も何度も、その不思議な声はの頭の中で繰り返される。
その言葉の意味をじっくり考えることも出来ず、
その間もは立ち止まることなく走り続けた。
頭に響く声は遠く近く、大きく小さくなりながら、の頭を、思考を、
侵すように執拗に同じ台詞を繰り返す。



――右を行けばおまえはおまえのまま、だが新しい生を受け、
異なる世界で生まれ変わる。
左を行けばおまえはおまえという存在を終え、長い眠りの後、
新しい生を受け、新たな世界で生まれ変わる。


選べ、おまえ自身の手で。


それは一体、何度目にその言葉が頭の中で響いた時だったか。
数えるのも馬鹿馬鹿しい位に、それこそ暗記できるほどその言葉を聞かされた後、
初めてその不思議な声の主はにそう告げた。

いや、本当のところ、そう聞こえたのかどうかもよく分からない。
が、自身が、そう判断しただけで、
そんな声は聞こえなかったのかもしれない。
だけど、それが合図だった。


ただひたすら前だけを向いて走り続けていたは、そこで方向を変えたのだ。



―――――――右へ




(序章 2へ続く)