黄昏時の檻の中

「よし、この俺とここまでやりあえれば上出来だぜ。最初に比べりゃ雲泥の差じゃねぇか。
ま、見よう見真似であそこまで出来てたってのも驚きだったが、
最初の頃は力の使い方が全くなっちゃいなかったからな」


食事を終えた夜休み。
校庭の片隅。
いつものように『喧嘩』用の稽古をつけてくれた我が師匠、遠野はそう言って満足げに笑った。
前にも言ったように、元人間のは妖怪たちにとっては酷く食欲をそそる匂いがするらしく、
未だにを狙って襲ってくる輩は後を絶たない。
今でこそその撃退法や回避法を身に付けてはいるけど、ここに来たばかりの頃、
つまり妖としてこの世界で生活し始めたばかりの一年前は、
そう言った妖怪たちに群がられても、走って逃げるくらいしか出来ることがなくて、
何度か本気で殺されかけたこともあった。
妖力自体はそこらの妖怪に負けない程度、と言うよりはかなり上位に入るものを持ってはいるのだが、
それを使いこなすと言うことが全く出来なかったのが一番の原因だ。
その際に何度もお世話になったのがと同様元人間で、
よりも少し早く妖になっていた日比谷だった。
彼にはの命の恩人と言っても差し支えないほど何度も助けられてる。
そしてその彼のすすめで風紀委員としての仕事をするようになり、
校内巡回中に知り合ったのが遠野篤郎だ。
それまで噂は度々耳にしてたし、遠目から見たことはあったけど、
近くで彼の姿を目にしたことはなかった。
あのレベルになると間違いなくは一発で食われるだろうってのは、
噂の内容だけじゃなく、遠巻きでも感じる妖力や威圧力で分かってたから、
極力近づかないようにしてたって事もある。
だけどその時偶然彼の戦いっぷりを目にし、その圧倒的な強さに見惚れてしまい、
気付いた時には彼に弟子入りを申し出ていた。
まぁ勿論、日比谷には猛反対されたし、
その時は遠野本人にもその場で即座に断わられてしまったんだけど。
遠野みたいなタイプに話しかけるなんて、人間だった頃には絶対出来なかっただろうし、
考えもしなかったことなのに、その時はそんなことさえ頭になかった。
その後も暫く遠野の所に言って頼み込むを彼は全く相手にしてくれなかったが、
ある日、いつものように他の生徒に襲われてる最中、
彼を真似て術で補助しつつ拳を相手に叩き付けた場面を目撃され、
それをきっかけにの弟子入りを認めてくれることになったのだ。




―――「あぁ?アレが俺の動きを真似ただと?
ふざけるんじゃねぇよ、てめぇのは無駄な動きが多すぎるんだ。
ち、仕方ねぇ・・・。来い、教えてやる」



言い方は乱暴だったし、相当不機嫌そうだったけど、
結局今に至るまで彼はを見捨てず色々と教えてくれてる。


「おい、どうしたんだ?何を黙り込んでやがる」
「ううん、師匠にはホント感謝しないとなぁと思ってさ」
「けっ、何を今更。あれだけしつこく付きまとってきやがって。
ま、そうだな・・・、だがてめぇに教えるのはそんなに悪くねぇ・・・かもな」
「いい弟子持った?」
「調子こくんじゃねぇよ」


口調は以前と変わらずだが、あの頃に比べれば遠野のに対する視線の鋭さは和らいだと思う。
とは言え、元々我がお師匠は俗に言う一匹狼系の不良なので、
達は普段の学園生活で深く関わることは少ない。
が風紀委員だと言うのもその原因のひとつではあるだろう。

日比谷はが遠野に喧嘩の仕方を教わってることに未だにいい顔はしてないし、
本来は彼を取り締まる側なのだ。
必要以上に仲良くなれないのはまぁ仕方ないとも言える。
それに、は妖怪一年生ではあるけど、一応学年は3年生で、
2年生の遠野とは接点が少ないってこともある。
彼がに色々と教えてくれるのも、気が向いた時だけってのが最初の条件だったので、
特に毎日顔を合わせている訳でもなかった。


「筋がいいってのは認めてやる。その内てめぇと本気でやりあうってのもいいかもな。
涼江と同じで、おまえ位の妖力のヤツなら、女でも妙に手加減せずにやれそうだ」
「それはとしては喜ぶべきなのかどうか微妙なとこだけど」


そんなやり取りをしている間に予鈴が鳴り、
達はそれぞれの教室に向かう事にした。



放課後。
足首を軽く捻挫してしまったは、保健室に足を運んでいた。
この学園の学校医は何と一旦木綿と言うあの有名な妖怪で、
名前もまんま一旦木綿先生って呼ばれてるんだけど、
はここに来てこの一年間で彼を保健室で見たことはまだ一度しかない。
それ以外だと木に引っかかってる布があると思ったら実は先生だったとか、
家庭科の授業で他の布と間違われてたとか、
一体何の冗談だと言う状況では何度かお目にかかったことはある。
まぁつまりは、一旦木綿先生は一応は学校医という立場にはあるみたいだけど、
殆ど保健室で仕事をしてることがないってことだ。
とは言え、妖怪達が毎日平穏な学園生活を送ってるなんてことは全くないので、
怪我人や病人はそれなりにここにやってくる。
(因みに、我が風紀委員長様が風紀を乱した制裁として術を発動し、
その結果多数の負傷者を出すことは珍しくない)
そんな彼らを誰が診ているかというと、2年生の保健委員、ただ一人だったりする。
山犬の妖怪で、由良城閨悟と言う名前の彼は、
生徒とは言え保健室内の薬や道具の場所にも詳しいだけじゃなく、
怪我の手当てなんかも相当手馴れてて頼もしい存在だ。
そんな彼が毎度真面目に保健室で保健委員としての仕事をこなしてる大きな理由が、
実は片思いの相手がそこに顔を出す事が少なくないってことに関係してるんだってことは、
彼の周囲の友達だけじゃなく、その片思いの相手にまで知られてしまってる事実である。
由良城自身は誤魔化しきれてると思ってるけど、面白いくらいに分かりやすくて、
しかも相手の子が勘の鋭いタイプなので隠しきれる訳がない。
第三者として見てる分には楽しいからいいんだけど。


――ガラリ。


乾いた音と一緒に保健室のドアを開ける。
が、室内には珍しく他の生徒も、そして由良城の姿もなかった。
もしかしたら少し席を外してるだけかもしれない。
軽い捻挫程度だから特に手当てしなくても良さそうだし、
このまま帰るのも有りか。
なんて考えてると、ベッドの置いてある当たりのカーテンがシャッと引かれる音がした。
反射的にそっちを見ると、
全体的に色素の薄い印象の、蒼い瞳をした綺麗な顔の一年生が顔を出す。


「・・・ああ、やっぱり先輩でしたか」
「あ、和泉、居たんだ?・・・もしかしてまた体育の授業でヘバったとか?」
「っ!止めて下さいよ、そんな言い方。
こ、今回はたまたま、授業で妖力を使うことが重なっただけです。
それで・・・、って、あなたには関係ないことでしょう。
それより、あなたこそまた他の妖怪に襲われて怪我でもしたんですか?
もうそろそろ妖怪になって一年経とうって言うのに、相変わらず情けないですね」


来ました、顔合わせた途端これですよ。


和泉の性格を知ってて嫌味に聞こえるような事を言ったも悪かったけど、
この1を言えば10倍返ってくる生意気さはどうにかならんものか。
いや、ならんことは既に分かってる。
妖狐の血を濃く引いていると言う彼、和泉零次とは、
一年と三年で学年が離れてることもあって、本来接点は殆どない。
だけど、妖怪になりたてのは特に最初の頃は例の『美味しそうな匂い』とやらのせいで、
何度も他の妖怪たちに襲われ、生傷が絶えなかった。
そのおかげでこの保健室と由良城には数え切れないくらいにお世話になってて、
由良城と幼馴染である和泉とは、
彼が今回のようにベッドで休んでる時に何度か顔を合わせる内に話をするようになった。
和泉は全国の妖怪ランクでもトップ3に入るほどの優秀な妖だが、
妖力とスタミナ面が弱い為によくこうして保健室を利用してる。
本人(本妖?)の性格が性格だから、それを素直に認めるなんてことはないけど。
顔立ちは相当美形な部類に入るのは間違いないが、
それを上回るドクソ生意気さで可愛い後輩(まぁある意味のが後輩だけど)
とは断じて言い難いヤツだ。
それでも生意気だと思っても不思議と嫌いじゃない。
会話を拒絶しない程度には一緒に居ても嫌じゃない相手だ。
まぁ、短いながらもこう言う憎まれ口にも慣れた部分もあるんだろうが。


「あー、んで?由良城はどっか行ってんの?」
「アイツなら教室に忘れ物をしたとかで保健室を出て行きました。
そろそろ帰ってくるんじゃないですか」
「そっか、それじゃ待っとこ」
「・・・今回は足ですか。あなたも本当に学ばないですよね」


は自分でも無意識に捻挫した足を庇うような動きをしたのかもしれない。
椅子の傍まで近寄ってどさりと座ったところで、
和泉は呆れ交じりの溜息と一緒にそう言っての足元を見た。


「ハッハッハ!さっきから言いたい放題いってくれるじゃないか。
今度のこれは別に他の妖怪に襲われたとかそう言うんじゃないし」
「へぇ?じゃあ何だって言うんですか。ああ、分かりました。
また何もないところでこけそうになったんでしょう」
「違います!喧嘩してる奴らの片方が吹っ飛ばされてこっちに来たから、
それを避けようとして!」
「それで捻ったって言うんですか?ハァ・・・、先輩、あなたって本当に鈍くさいですよね」


ああやっぱコイツドクソ生意気過ぎる。


ああいえばこういうというか。
いつものことと言えどもムッとしてが更に口を開こうとした、その時だった。


「ストーップ!!二人とも、そこまでにしておきなよ」


いつの間にか保健室に戻ってきていた由良城が姿を見せ、達の間に割って入る。
和泉との言い合いに気を取られて彼が室内に入ってきたことに気付かなかった。


「由良城!」
先輩、遅くなっちゃってすみませんでした。どこか怪我をしたんですか?」
「怪我って言うか、足、捻挫しちゃって」


椅子に座ってるに近寄ってきた由良城に返事をするに、
和泉がまたしても嫌味ったらしく口を出す。


「間抜けな理由で、が抜けてますよ、先輩」
「こら、零次。お前はまた、そんな風に言うものじゃないぞ」
「別に、僕は本当のことしか言っていないけどね」


っとに、く、口の減らない・・・!!!


は思わず拳をふるふる震わせる。
殴りかかったりはしないけど、たまに、いや、しょっちゅう本気で手が出そうになってしまう。
妖力ではの方が上だとはいえ、相手は全国トップ3に入る実力者だ。
せめてもう少し腕を磨かなきゃそうそう勝てる相手じゃない。
やるなら負けるなんてごめんだし、今までの分徹底的にやってやりたい。
―――なんて、そう言う問題でもないけど。
妖怪になってから、以前より自分の考え方が凶暴になってる気がする。
特に最初の頃より少しだけ、ほんの少しだけど、
周囲の対処法を心得てきた最近は余裕が出来てきた分だけそう言うことを考えることが多くなった。
とは言え、静や遠野みたいに自分から喧嘩を吹っかけたりするつもりはさらさらない。
基本的にはは平和主義者なのだ。






(序章 4へ続く)