チクタクチクタクチクタク。
ちっちっちっちっ。
チックタック チックタック。
ちっ ちっ ちっ ちっ ちっ。

音がする。
音が聞こえる。
指針が時を刻む音が。
速く、遅く。
一定のリズムを刻む筈の指針が、狂った音を、狂った時を刻んでいる。



ちくたくちくたくちくたく。
ちっくたっくちっくたっく。
チッチッチッチッチッチッ。
チッ チッ チッ チッ 



狂った時間、歪んだ時間。
次元、世界。
そして。


チッ・・・・チッ・・・・・・・・・・・・・・・・・・



―――――――――――――――それらが停滞する瞬間。




がこの先、目にするかもしれない、いや、確実に目にするだろう、その時。








「――――い」
「・・・・・・・」
「・・・おい!起きろ!」
「・・・・・・・・・う、ん?」
「起きろっつってんだろうが!!」


ゆっさゆっさ、がっくがっくと、振動を感じる。
誰かが、激しくを揺さぶりながら、怒鳴ってる。
ゆっさゆさ、がっくがく。
ゆっさゆさ、がっくがく。
薄ら開けた瞼。
その先の視界が激しく揺れる。
の体も揺れる。
目覚めたばかりの視界が揺れて、危うく酔いそうになった。
そんな間抜けすぎる状態になるのは御免だ。


「ちょ、お、・・・起きた!!起きたから!!起きたんだって!!トラ!!」
「あ?んだよ、やっとかよ」


の体を何の遠慮もなしに揺さぶっていた張本人。
赤毛で右目に眼帯をした少年は、呆れた様にそう言い捨てると、
突然にパッとの両肩から手を離す。
は未だに揺れている視界をどうにか正常に戻す為、少しの間一点を見詰め、
それからまたトラに視線を移した。


「あのさ、トラ、もう少しまともな起こし方無かった訳?」
「何回声掛けても起きなかったのはお前だっつーの。
つーか、お前、女のくせによくこんなとこで堂々と昼寝なんか出来るな。もう夕方だけどよ」
「・・・夕方、放課後?・・・げ、ってことは、最後の授業サボったってこと!?」


やってしまった。
ガーンとばかりに茫然としていると、を見下ろしたままのトラがニヤリと笑う。


「いいんじゃねーのー?あんなクソつまんねぇ授業なんざサボっちまっても」
「・・・そう言う訳にもいかんのよ!・・・子供の内にちゃんと勉強しとかないと後々困るっての、
身にしみて分かってるし・・・」
「はぁ?」
「何でもない!とにかくあんたと一緒にしないでイタダキタイ!」
「けっ、こんなとこで昼寝してた女がよく言うぜ」


言いざま、トラはに背を向けて梯子を使って下に降りる。
も慌ててそれに続いた。


「まぁでも、起こしてくれた事には感謝してる。ありがと」
「別に礼言われるほど大したことなんざしてねぇよ」


照れ隠しなのか、視線を逸らしてそう返事をするトラ。
素直じゃないけど、こう言う所は可愛いと思ってしまう。
本人には口が裂けても言えないけど。


「放課後ってことは・・・、今日特別授業の日だ!早いとこ行かないとヤバいか。トラは・・・」
「行く訳ねーだろ。それにオレは今から用事があんだよ」
「だよねー。じゃ、は行くから」


苦笑しながらトラに別れを告げ、は階段に向かう。
特別授業の行われる教室に足を進めている途中、は廊下の窓ガラスに映る自分の姿に目を止めた。
と同じようにこっちをじっと見つめてる少女。
それは間違いなく、小学6年生・12歳のだ。
がこの世界に来てまだ一ヶ月に満たない。
だから未だに鏡に映る自分の姿にも声にも違和感を覚えてる。
本来は20代の社会人で、この世界の人間ですらない。
異世界トリップなんて、まさかそんなSFと言うか漫画と言うかゲームと言うか、
そんな体験をすることになるなんて思いもしなかった。
やたらと軽くて胡散臭い『神様??』な存在にこの世界に放り出されたことはまだ記憶に新しい。
それでも、夢なら覚めてと言うオチも期待出来ないと結論付ける位には、
ここが現実なんだと思い知らされてる毎日。
夢オチだと思える要素はたんまりあるのに、有り過ぎるのに、それが許されない程度には色々と実感した訳だ。
とは言え、今のの状況がぶっ飛んだ設定で有るには違いない。
大体この世界で言う超有名お嬢様お坊ちゃま学校にが通ってると言う事実自体があり得ない。
は元々全体的に平均レベルの人間で、元居た世界だったらこんな学校は全く無縁だった。
にも拘らずがここに居るのは、両親は離婚後父親に引き取られ、その父親も蒸発、
更に実はが超大物俳優の孫だと発覚、この学校に通えているのはその祖父のおかげと言うことだ。
本当にこうして改めて考えると何てとんでもぶっとび設定。
多分あの恐ろしく胡散臭い男が考えたんだろうけど、もっと普通な環境に送り出して欲しかった。
いや、それ以前にこの世界そのものがにとっては問題なんだけど。
この世界はにとって自分の元居た世界じゃないと言うだけの場所じゃない。
それも勿論大問題だが、にとってここは、知ってはいるけど実在しない世界。
画面越しにだけ存在する、二次元。
もっと分かり易く、そして幼稚で率直な言い方をしてしまえば、ゲームの世界だ。
もうそれだけでここが現実だと言う事を否定するには十分な要素だと思う。
それでもは、ここが現実だということをもう既によく承知していた。


「ああーちゃん、みーつけた!!」
「っ!?」


不意に、そこでここ最近よく聞き慣れた明るい声に名前を呼ばれ、はハッと我に返った。
声のした方に視線を向けると、案の定、英兄弟の姿がある。


「央、円」
「こんな所に居たんだー!時間になってもキミが中々来ないから皆で探してたんだよ!」
「央の貴重な時間を割いて探させるなんて許されない事です」
「まぁでも、こうしてキミも見つかったし、キミを探すのも楽しかったからいいんだけどね」
「央が楽しかったと言うのならよしとします。あなたは央に一番に見つけて貰った事を誇りに思うべきです」


相変わらずな二人の様子に苦笑しつつ、は二人の元に駆け寄る。


「ごめん、ごめん。皆も探してくれてるんだっけ?早く戻った方がいいよね」
「うん、そうだね。特別授業も有るしね!今日はどんな課題なのかなー。僕、スゴク楽しみだよ!」
「央が楽しみにしていると言うなら、課題はその期待に沿って央が楽しめる内容であるべきです。
そうでなければ特別授業の意味が有りません」
「いやいやいやいや!円、特別授業の主旨はそう言うんじゃないですから!」


円の発言はいつもながら央中心主義だ(色んな意味でかなり独特だけど)。
今更だと思いつつもは思わずツッコミを入れてしまった。




今日の特別授業はまだ2度目だ。
神賀先生によって集められた個性豊か過ぎる生徒達。
協調性を養う為と言う名目の下、達は与えられた課題をクリアする。
どうしてこの時期に、何でこのメンバーなんだと言う疑問とそれに対する答えに不自然さを感じながら、
それでも皆はその本当の理由を知らない。
本来なら、その理由を知る人はこの学校で唯一人。
この課題を達に与えている神賀先生のみ。
だけどは知ってる。
はここに存在しない筈の生徒で、この世界に居る筈のない人間だから。
そして、それこそ本当に傍観者としてこの世界を見ていた事がある人間だからだ。
画面越しの、プレイヤーとして。
この先あることを全部知っていて、それでもはそれを止める事が出来ない。
傍観者。



当事者でありながら、見守る者・・・か・・・



本当は、それが実際どう言う意味を持つのかなんて全く分からない。
あの胡散臭い男の言った事は余りにも滅茶苦茶過ぎて、
現実にこうなってる今でも全く理解できていない。


だけど、見てみたいとも思ってる。
この先を知ってるからこそ。
当事者として、傍観者として、が画面越しにしか見る事の出来なかったこの世界の未来を。
過去を。




幾つもの次元、幾つもの可能性、数えきれない無限の未来。
ここでしか見る事の出来ない物語ってやつを、は、見てみたいのだ。
例の胡散臭い男から渡されたネックレスのクリスタルは、
今はまだ当然の様にあの時のまま、綺麗な水色をしていた。



特別授業はまだ始まったばかり。
一ヶ月なんてあっという間だと言う事も分かってる。
だけど今は、だから今は、彼らとの平穏で非日常な毎日を大切に過ごしていきたい。



―――――――――――――――『今』だけは。




(プロローグ・END)