日が傾き始め、薄暗くなった夕暮れ時。
崩れかけた廃屋ばかりで殆ど整備されていないこの場所に人気はなく、
当然の様に街灯なんてものはない。
見上げた空は淀んだ赤と青を一層色濃くしていた。
吹きぬけて行く風は冷たく、ざらりとして土煙を含んでいる。
どこまでも陰鬱で悲しい場所だ。
そしてそれは、ここだけの光景じゃない事をはもうよく知ってる。
天才と呼ばれた少年が、たった一人の少女の為だけに犯した罪の証。
それが今のこの状況。
画面越しに見ているだけなら、綺麗で悲しい泣けるお話で終ってた事だ。
だけど実際にこんな状態を目の当たりにし続けると、
そんな言葉で終らせられるようなものじゃない。



戻りたい。



以前のなら、間違いなくそう思ってた。
こんな場所から逃げ出したい。
政府の内部に居るとは言え、彼らの監視下にあるには違いなく、
重たい足枷を付けられたような毎日。
こことは別の次元であっても、友人と呼んだことのある人達と反目し合いながら過ごす日々。
外に出れば一般人たちはきっかりと決められたレールの上をただ只管歩き、
ほんの僅かでもそこから逸れようものならすぐに咎められる。
必要な物は与えられていても、そこに自由は欠片もない。
居住区に集められた一般人たちの目は、揃って生気がなく虚ろで、
自分で思考する事を、自由を求める事を諦めている。

画面越しにしか存在しない二次元を、
リアルに見てみたいと思ってたの好奇心はもう十分に満たされた。
そうだ、以前のなら、間違いなくそう思ってた筈なのに。

今は。


胸元に揺れるクリスタルは既に水色だったとは分からない位に赤く染まってる。
真っ赤とは言えなまでも、きっともうすぐその位綺麗な赤に変わってしまうだろう。
そうなれば、はいつでも元の世界に戻れるってことだ。
本来なら、ようやく帰れるんだと喜ぶ筈の事なのに、今のはそんな風には考えられない。
冷静に考えれば、かなりどうかしてるとも思う。
は撫子とは違う。
彼女もここを自分の世界じゃないと感じてるだろうけど、はそんなレベルじゃなく、
ここでは異質な存在だ。
なんたって存在する筈のない人間なんだから。
分かってる、そんなことはもう嫌って程分かってるのだ。


―――――――――それでも、この世界に留まっていたいと思ってしまう。



彼に必要とされてる限りは。
彼がの名前を呼んで、求めてくれる間は。



さん」
「・・・・・・・あ」



不意に背後から名前を呼ばれ、はそれに反応して振り向いた。
視線の先。
長身、銀髪の青年が心底呆れたと言う表情を浮かべてこちらに向かって歩いて来る。


「あ、じゃありませんよ・・・。何なんですか・・・、・・・あなた。
無断で外出した上にこんな時間にこんな辺鄙な場所にぼんやり突っ立って。
おかげでぼくがあちこち探し回る羽目になったじゃありませんか」
「え?無断・・・だったっけ。誰かに言ったつもりだったんだけど」
「つもりって何ですか、聞いてませんよ、誰も。
まったく、あなたの居場所は他の人間と違ってコード認識できないんですから、
余り手間をかけさせないでもらいたいですね」


言いながら、円は不機嫌全開な様子でずんずんとの傍まで近付いて来た。
どうやら本当にのことを探し回ってくれたらしい。
本来なら一般人だけでなく、政府内部の人間もそれぞれ腕に識別コードを持っている筈なんだけど、
の場合は何度やり直してもそれが機能した試しがない。
あのキングでさえ原因が分からずお手上げだと言う状態。
識別コード自体は形だけなら付ける事は出来るけど、
完全なお飾りになってしまう為、全く意味がないのだ。
だからがプライベートで外出する際は必ず誰かに
(大体がレインか円、捕まらなかったら有る程度決まった相手に)
行き先を告げるんだけど、
そう言えば今回はぼんやりしたまま出てきて誰にも言った記憶がないかもしれない。
クロック・ゼロでもそれなりに顔が知られてるから、
守衛の人間にも止められずにすんなり外に出る事が出来たこともあって、
そんなことすっかり忘れてた。


「ごめん」


謝罪の言葉を口にしながら円の顔を見上げると、
いつもは余裕げで涼しげな顔をしている彼が額に薄らと汗をかいている。
そう言えば、さっき、最初にに話しかけた時、彼は息を切らしていた。
極力に気付かせない様にしてたみたいだけど。
そのことに少し驚いて、は思わずジッと彼を凝視してしまった。


「何ですか?何を見ているんです?」


の視線に円が怪訝そうに眉間にしわを寄せる。


「いや、その・・・そんな走り回って探してくれるほど心配してくれると思わなかったからさ。
・・・ホントごめん、でも・・・何か嬉しくて」


返事をしながら思わず口元がにやついてしまうのが自分でも分かる。
こんな態度は円を益々不機嫌にさせるのは分かってるんだけど、
それでもどうにも抑えられない。
余程親しい人間相手じゃなきゃこう言うことをしてくれるタイプじゃないことを知ってるから尚更だ。
特にリアルに、画面越しのキャラとしてじゃない円を知ってからは、
それを身にしみて実感してるから。


「何にやにやしてるんですか、その顔、ムカつくんですけど。
って言うか人がどれだけ心配したと思ってるんですか」
「うん、分かってる、てか、それが嬉しくて笑ってるんだけどね」
「・・・・・・・・・・」



あ、やば、本気で怒らせるかもしれない。
しかしその姿も可愛いと思ってしまう、かなり末期じゃなかろうか。
本人には勿論そんなこと言える訳もなく。
円が不機嫌顔のまま黙り込んだ所では慌てて口元を抑えた。
それと殆ど同時。
不意に彼の両腕がの肩を掴む。


「っ!」


驚く間もなく円に両肩を引き寄せられ、はそのまま彼の胸にどんっと顔を軽くぶつける。
同時に純白の毛皮がをふわりと包んだ。


「ぶっ」
「相変わらず、色気もムードもない人ですね」
「えーっと・・・そりゃどーも」
「褒めていませんから。さん、あなたぼくがどうしてここまで心配してたかなんて全然分かってないでしょう」
「・・・う、ん?まぁ、・・・あ、有心会の人間に襲われたら、とか」
「それも当然心配ですが、雑魚の2,3人程度、あなたならどうってことないでしょう。
まともに相手をせずに隙を見て逃げる余裕だってあなたになら有る筈です」


言われて、はすぐに頷く。
その通りだ。
元の世界のなら絶対に出来ないような芸当も、この世界のになら可能な事。
あの超の付く胡散臭い『神様??』の力で、ある程度自分の身は守れる程の体術は身に付いてる。
小学生だった時は全く必要のない能力だったけど、この次元に来てからはそのことに少なからず感謝してる程だ。
まぁ、元はと言えばあの男がこの世界に送り込んだからこそ必要になった能力ではあるけど。
と、この際この話は置いておくとして。


「じゃあ、何で・・・」


円に抱きすくめられた形のまま、彼を見上げる。
その瞬間にカチ合った視線。
ついさっきまでの拗ねた様な不機嫌な表情とは違う。
ハッキリと不安の浮かんだ瞳。
円がこの手の感情をこんなに分かり易く見せるのは初めてだ。



「・・・・・・・・・・・・、あなたが・・・いつも、今にも消えてしまいそうにしているからに決まってるでしょ・・・」




―――――――――どっ  くんっ



の心臓が大きく一つ、胸を打つ。
その意味が、彼が言わんとして居る意味が、には分かってしまったから。
だけど勿論、円が本当の意味(・・・・・)のことを知って居る訳はない。
それは、以外の誰にも知り得ない事だから。
が、この世界の次元や時空に関わる場所と全く異なる所から来てるってことは、この世界の誰も知り得ない事。


「それっ・・・て・・・」
「言っておきますが、あなたが儚げに見えるとか、そう言う意味で言ったんじゃありませんから」


何とか誤魔化そうとあれこれ言葉を探していると、
円は先回りしてが冗談で口にしそうなことを持ち出し、ハッキリ否定した。
ある意味のことをよく分かっててくれて嬉しい限りだ。
が、今はそんなことを言ってる場合じゃない。


「・・・、別に外出したからって戻って来ないつもりなんて無かったけど」


「ええ、分かっていますよ。・・・でも、そう言う意味でもない。・・・いや、本当は、ぼくもよく分かっていません。
ただあなたは、・・・ある日突然何の前触れもなく居なくなってしまいそうで、もやもやするんですよ・・・。
――――つまり、不安なんです。いつも能天気で何も考えていなさそうなあなたが、
何も告げずにぼくの前から居なくなるんじゃないかと思うと・・・」



能天気で何も考えていなさそうなんて、全く随分な言われ様だ。
だけど今はそんな事を気にするよりも、
いつも意地を張って本音を滅多に言わない円がここまで素直に自分の気持ちを口にしてくれた事に驚いた。
そして同時に、その的を射た内容にも、驚いていた。
を抱きしめている腕がさっきよりも力を増す。
は円を安心させるように、自分からも両腕を彼の背中に回した。



はいきなり居なくなったりしない。
・・・円がを必要としてくれる限り、円がの名前を呼んでくれてる限り・・・。
が・・・傍に居たいと思ってるから」
「・・・ふっ、・・・あなたって人は・・・、いつもは色気もムードの欠片もないくせに・・・、
いつもそうして突然可愛い事を言うから参りますよ・・・・・・」



ふっと苦笑した円がそう言っての唇に自分の唇を寄せる。
重なり合った唇は少し冷たくて、そして柔らかい。
お互いの唇の温度がゆっくりと上がってくのを確かめ合いながら、
達は相手に回した両腕にまた力を込める。



円の肩越しに深い闇の様な真っ暗な空が見えた。
すっかり日が落ちた周囲はさっきよりも一層暗い。
特に雲の多い今日は星の姿もなかった。


決して、美しいとは言えない世界。
決して、住みやすいとは言えない世界。


それでも、ここには円が居る。


神様なんて信じちゃいないし、ましてやあの超の付く胡散臭い男を『神様』と呼ぶには余りに抵抗があって。
だけど――――――――――――――



せめて彼がを必要としてくれる限り、
の名前を呼んで、求めてくれる限りは、
この世界に居させて欲しい。



最終的な選択をどうするか決めるまでにはまだほんの少し余裕がある。
クリスタルが真っ赤に染まってしまったら、はその時、どうするかは正直分からない。
きっとぎりぎりまで悩みに悩むだろう。
元居た世界を簡単に切り捨てることなんて出来ないのも確かで。




――――――――――だけど、この手を離したくない。




卑怯だと、情けないと分かってても、今はまだ、タイムリミットから目を背けたくなる。
もう少し、後少しだけ。
そう、願わずに居られないのだ。




君はそんな存在
(あなたがここに居ると言うそれだけで、は、)






アトガキ
子供だろうが大人だろうが円大好きです!(全く聞いてない)
これ系のシチュはほぼどのジャンルでも書いてるんですが、
CZでは円でやっちまいました。帰る帰らないジレンマは異世界トリップなら定番ですよね。
本当はもっと糖度高くするつもりだったのに、結局シリアスめいた感じになってしまいました。
ではでは、ここまでお付き合い頂いた貴重な姫様に感謝です〜v 
CZ夢って何気にマイナー?っぽいので。失礼致します
TITLE BY 1204