「うわぁ・・・」
図書室内の片隅。
目的の本を見つけたは、本棚の高さとその本のある位置を見上げて思わず小さく声を漏らした。
なんと言うか、まさに、よりによってそこかい、と言う感じの場所だ。
本棚の一番上の段のその真ん中。
どう考えても脚立を使わなきゃ取れない上に、寧ろ脚立を使っても取れるのかという位置だ。
本自体はそう分厚いものじゃないけど、真ん中にあるってことは、手が届いた後もてこずりそうな予感。
とは言え、諦めたくもないのでは取り合えずまずは脚立を持ってくることにした。
幸いすぐ傍に一台脚立が置いてあったので、わざわざ図書委員に声を掛けずに済んだ。
早速それを目当ての本のある下辺りに置いて、梯子を上る。
最初から分かってたことだけど、
この踏み台の高さからしてこの上で更に背伸びをしなくちゃならないようだ。
脚立の上に立ったところでは一応確認の為に手を伸ばしてみた。
案の定、このままだと手が届きそうにない。
仕方なく恐る恐る踵を上げる。
脚立がぐらつかないかどうかはちゃんとチェックしたし、軽く背伸びする位なら大丈夫だろうが、
それでもやっぱり少し怖かった。
お!手が届いた。よしよし。
次の難関は目当ての本がど真中にあるせいでこの場所から引き抜き難いことだ。
背伸びをして手を伸ばした状態だと余り力も入らない。
無理をしてここから落ちたりしたら相当間抜けなことになる。
と言うか普通に危険だ。
ここは慎重に余り力を入れて引っこ抜き過ぎないようにしよう。
そう思って背表紙を掴んで少しずつ引っ張ろうとしたんだけど、
予想通り両端から挟まれた本はちょっとやそっとじゃ抜けないようで、
しょうがないなと最初だけ力を込めるつもりで腕に力を入れた、瞬間―――
「げっ・・・!?」
すぽん。
と。
まるで漫画のワンシーンみたいに勢いよく片手に掴んだ本が気持ちよくすっぽ抜けた。
それと同時にその勢いではバランスを崩し、かなり間抜けな体勢でぐらりと後ろに傾く。
こうなると自分じゃもうどうすることも出来なくて。
後はこのまま転倒して衝撃と痛みを待つだけという最悪のパターン。
だけど脚立がぐらついての体が倒れかけたその時、聞き慣れた声がした。
「危ない!!」
「ひっ・・・!!??」
背中にドンッ何ともいえない鈍い衝撃。
だけどそれは硬い無機物と接触した時の痛みとは程遠いもので、
痛みを全く感じなかった訳じゃないけど、それは本当に些細なものだった。
片手には未だに必死に掴んだままの本。
いつの間にか反射的に強く閉じた瞼を恐る恐る開ければ、
のお腹の辺りには筋肉質な腕が回されていた。
どうやら誰かが咄嗟に後ろからを支えてくれたらしい。
と言っても、脚立の上から転倒する途中だったから、片足はそこから少しズレた場所にのったまま、
もう一方は空中に浮いた状態だったりする。
脚立が倒れずに居たのは、を支えてくれた誰かが咄嗟に押し戻してくれたからのようだ。
「危なかった〜」
「・・・ま、真琴!?」
心底ホッとして力が抜けたような声。
体勢的にから顔は見えなくてもそれで相手が分かる。
背後での体を支えてくれてる彼は、それに答えて返事をした。
「うん、そう、俺だよ。・・・っと、まずは立とうか?
、脚立から片足退けて。ん、大丈夫、俺が支えるから、ゆっくり床に足を付けて」
「あ、う、うん」
は小さく頷いて、両手で本を持ち直した後、言われた通りに脚立から足を外す。
と、その拍子に元々軽く捲れかけていたスカートが更に太股を晒した。
それに動揺しては思わず声を上げる。
「わ!」
「うわぁっ!ご、ごめん!」
そして背後の真琴も驚いて声を裏返らせている。
密着してる背中から、彼が動揺してびくっとしたのが分かってしまった。
「い、いや、真琴全然悪くないし」
足を下ろしたからスカートの捲れは元通りになった。
だけど今の状況だと床にきちんと足がつかない。
が転倒寸前のところを真琴が抱きとめてくれたから、
の体は少し高い位置に固定されてるみたいな形だった。
それほどしっかりと、彼はを支えてくれていたのだ。
高校に入って再会した時にも思ったけど、
小学校の時とは比べ物にならない位に真琴の体に筋肉がついてるのを身を持って再確認してしまった。
「真琴、ごめん、ちょっと腕の力緩めてくれる?」
「え?ああ、うん」
の言葉で真琴が腕の力を緩め、同時にの足はすとんと床に着いた。
それとほぼ同時に、またしても真琴が背後で硬直したのが分かる。
そして彼はほんの数秒その状態で行動を停止した後、慌てた様子でから離れた。
しかも。
「うわあああ!」
と言う悲鳴つきでだ。
は思わずきょとんとして体ごと彼の居る方へ向き直った。
「え?何?どしたの?」
「いや、あの、ご、ごめん!」
「え?え?何で謝るの?寧ろ謝るのの方なんだけど!」
「いや、だって俺今・・・」
何故か耳まで真っ赤になった真琴は口元を抑えてあわあわした様にから視線を逸らす。
その目の周辺もかなり赤くなってるようだ。
彼が何でここまで動揺してるのかには全然分からなかった。
その前にスカートが捲れた時も焦ってはいたみたいだけど、あれも別に真琴のせいじゃないし、
一瞬の出来事だったので、今のコレとは関係ないだろう。
「?真琴?」
「・・・む、」
「む?」
「胸・・・さ、触っちゃって・・・」
やけに言い難そうだったのはそう言うことか。
つまり今を下ろす時に彼は偶然の胸に触ってしまったと。
まさかそんな恋愛系の少年漫画なんかにありがちなお約束シーンが繰り広げられてたなんて。
まぁ、相手がじゃサービスカットにもならんだろうが。
は全く気付かなかったけど、真琴は未だに動揺してる。
本当ならここで彼と同じ位真っ赤になって焦るべきなのかもしれないけど、
元々彼はを助けてくれた訳だし、これは不慮の事故としか言いようがない。
いや、だからって全然何とも思わない訳じゃなくて、正直今ムチャクチャ恥ずかしいんだけど。
でもここで下手に動揺しても真琴を更に慌てさせるだけだ。
「こ、こんなささやかな胸なんか気にしなくていいって!真琴のおかげで脚立から落ちなくて済んだんだし!」
馬鹿だ。
もっと言いようがあるだろう自分!!
心の中で自分の発言の情けなさにツッコミを入れつつ、は真琴に笑顔を向けた。
せめてなんと言うかもう少し可愛らしい反応というもの出来ないもんだろうか。
これでもと真琴は付き合ってるんだけど、
周りの友達からはいつも達はカップルにはどう見ても見えないなんて言われてしまう。
同級生であるにも関わらず、兄と妹みたいだと言われることもよくある。
中学は別々だったとは言え、小学校の時から知ってたこともあるかもしれないけど、
一番はの態度に問題があるんだと思う。
なんと言うか、ここぞというところでいつも今みたいな感じの反応なのだ。
なんて、今はそんなことを考えてる場合じゃない。
今回はもうそのことは置いといて、まずはもっとちゃんと謝って、お礼を言わなきゃいけない。
「・・・・・・、本当にありがとう、真琴。それからごめん」
「いや、に怪我がないのなら良かったよ。
でも次からは自分の手の届かない場所にある本は、ちゃんと別の人に頼むこと」
「はい、すみませんでした」
「よしよし」
そう言って真琴はの頭を軽くぽんぽんと叩いた。
こう言う所を誰かに見られたら、また兄弟みたいだとか言われてしまうんだろうか。
だけど実はは、真琴のあの大きな手でこうして触れられるのが嫌いじゃなかったりする。
こうやって甘やかされてしまうと口元が無意識にニヤついてしまう。
そしていつも実感するのだ。
「?」
「・・・好きだなぁ」
「・・・え?」
「え?」
きょとん。
きょとん。
そこでお互い視線を合わせる。
少しの間二人とも無言で「・・・」な感じでぽかんとしていた。
数秒後。
「っっ!!!な、なんでもない!いや、何でもなくはないけど!!」
何でこういう馬鹿みたいなお約束をやらかすんだろう、は。
心の中で思ったことそのままを口に出すなんて馬鹿か。
しかもよりによって本人の目の前で、恥ずかしいにも程がある。
テンパりまくったは瞬時にして挙動不審者と化した。
「今、・・・」
「ごめん!ありがと!本、借りてくるね!」
じゃ!
と、はあわあわしつつもまるで逃げるようにしてそう言って本を片手にその場を離れようとした。
でもそこで不意に真琴に腕を掴まれ、足を止める。
が言葉を発するより早く、彼はそのままを自分の腕の中に引き寄せた。
いつも思うけど、真琴にこうされると、自分が驚くほど小さい生き物になった気がする。
本当に、面白い位にスッポリ彼の両腕に納まってしまうから。
さっき脚立からバランスを崩して後ろから支えて貰った時は余裕がなくて意識しなかったけど、
こうして密着すると夏服の薄い生地から彼の筋肉の硬さや体温がハッキリ分かってしまって、
自分の心音が一気に爆音を上げた。
「ごめん」
の方に屈みこんで肩口に顔を押し付けていた彼が突然小さくそう口にした。
何だかさっきからお互い謝ってばかりだ。
「な、何で謝るの?」
「抑えられそうにないから。って言うか、多分もう俺抑える気ないんだと思う」
「?ま――」
彼の名前を口にする筈だった言葉は、形になる前に途切れた。
何故なら、真琴の唇がの唇を完全に塞いでしまったからだ。
やわからく温かい彼の唇の感触と同時に、湿った吐息がの口内を満たす。
どこか躊躇いがちに差し入れられた舌は、の口腔に侵入した途端に大胆な動きを見せた。
ここは図書室で。
今日は人が少ないとは言え誰も居ないわけじゃなくて。
と言うことはつまりここにはいつ誰が来てもおかしくない訳で。
頭の片隅ではそう言う常識的な考えがありはするものの、だからって抵抗しようと言う気は全く起きない。
完全完璧に恋愛馬鹿モードに入ってしまってる。
「は、・・・ん」
どちらのものとも言えない吐息が唇から零れる。
唾液が交ざり、呼吸が乱れ始めてく。
の唇の端を伝って落ちる雫を、真琴はちゅと小さく音を立てて吸い取った。
それから、少し困ったような表情で笑う。
「本当は我慢するつもりだったんだけどな」
「え?」
「最後に止め刺されちゃったから、理性崩壊した」
「止め・・・」
止めと言うのは、もしやのあのこっ恥ずかしい発言のことだろうか。
それだけでも十分恥ずかしいけど、
止めって事はその前にも何かしら彼の心を揺るがすことがあったって事で。
そこまで考えて、思い浮かんだのはふたつ。
思わずは俯いた。
「」
「は、はい!」
名前を呼ばれて慌てて視線を真琴に戻す。
彼は小さくクスリと笑った。
ほんわり癒されるような優しい、だけどどこか色っぽくて男っぽい笑顔だ。
ああ、、脳みそから心臓から全部真琴に持ってかれてるなぁなんて思いながら、
その表情に見蕩れてしまう。
彼はの手を取って、その笑顔のまま続けた。
「俺も、好きだよ」
(END)