遙も真琴も多分全く気付いてないけど、彼らは実は女子から結構人気がある。
遙は本来は天然入ったズレた部分を結構持ってるんだけど、
女子達から見れば一見クールで近寄りがたい部分が魅力的に見えるらしい。
真琴は誰にでも分け隔てなく優しいし、高身長の男らしい体つきなのにやわらかく笑う表情で女子達の心を掴んでる。
その上二人ともあの容姿だ。
女の子達が食いつかない筈がない。
だからって少女マンガやドラマみたいに親衛隊があるとか、
常に女の子からきゃーきゃー騒がれてるとか、下駄箱に手紙がどっさりとか、
そう言う目に見える分かり易い形じゃないけど。
それでもガールズトークでよく聞く「うちの学校でいいと思ってる男子」
(自分に彼氏が居るか居ないかは考えず)みたいなのにはちらほら名前が挙がったりするし、
幼馴染のにも二人に彼女や好きな人が居るのか探りを入れてくるコも居たりする。
実は極たまに協力して欲しいみたいなことも頼まれたりしたけれど、
そう言う場合は平等に皆断ってる。
まぁ、その類の申し込みがわんさか来てるってことじゃないけど、
誰か一人に協力して後々面倒ごとに発展しないでもないのが女子の人間関係というやつであろう。
それに特に今は、自分の気持的に快く協力できるような自信は全くないから。
寧ろ今のはもしかしてあのコも二人のどちらかを好きなんだろうか、気になってるんだろうか、
なんてことを気にしてしまう始末。
もしも好きなんだとしたらどっちを好きなんだろう。
あのコじゃなくても、前に名前を出してたコ達の中に、その内告白する女の子が出てくるかもしれない。
そう言うことを考え出すと気分が沈みこむ方向にしか進まなくなる。
岩鳶に入学して、遙や真琴と再会出来て凄く嬉しかった。
彼らがを幼馴染として受け入れてくれたことが、また仲良く一緒に居られることが、本当に嬉しかった。
それなのに今は、幼馴染のこの立場を、恨めしく思ってしまうことがある。
この絆を大事に思ってるのは変わらないのに、痛くてたまらないと感じるときがある。
いつの間にか、は真琴に恋をしてしまってた。
幼馴染としての意味じゃなく、特別だと思ってしまった。
気付いてしまった。
でもそれを今更簡単に伝えることなんて出来るはずもない。
本当はずっと、彼の名前を照れくさそうに口にしてた女の子達が羨ましかった。
その一方で、ズルいは幼馴染であることに優越感も抱いてた。
この立場を苦しく思ってるのに、
彼の傍に自然に居られるこの場所をどこかで利用してたのかもしれない。
そんな自分が嫌だ。
大事なのに、大切なのに、この絆をそんな風に見る自分も、
今の状態を苦しいと思う自分も、嫌で苦しくて堪らなかった。
◆◇◆
昼休みを終える直前の教室内。
は自分の席に座り、手紙片手に頭を悩ませていた。
手紙。
古臭い言い方をすれば、つまりはラブレターってやつだ。
勿論これは当ての者じゃない。
の友達の部活の3年の先輩から、真琴への手紙。
最初に言ったように、本来はこの手の類の『協力者』にはならないことに決めていた。
それはその友達も十分知っていたし、彼女にこの話しを持ち込まれた時に即キッパリと断ったのだ。
それでも彼女は諦めてくれなかった。
拝み倒すと言うよりは泣き落としに近い形で友達は言った。
その部活の先輩は真琴が1年の頃から彼のことが気になってて、
彼と同じクラスの弟を理由に話しかけたことも何度かあるらしい。
だけど学年が違うこともあって殆ど接点もなく、今の今まで何の行動も起こせなかった。
今年は3年で部活も引退の年のしかも受験生。
勉強に身を入れるためにも、卒業する前までにどうにか告白しようと決意したってことだ。
だったらなんかより真琴と同じクラスの弟とやらに頼めばいいじゃないかって言ったんだけど、
その弟君は非協力的で身内やクラスメイトの恋愛事情なんぞに関わりたくないとのこと。
が何度断っても友達は引いてくれなかった。
部活の先輩が余程怖いのかと思ったけど、そう言うことじゃなくて、
寧ろ尊敬できるタイプのとても優しい人柄だとか。
最終的にが折れて、金輪際この手の話は持ち込まないこと、
他の人間にが橋渡しをしたと漏らさないことを絶対的約束として、
は友達からこのラブレターを受け取った訳なんである。
因みにそれが昨日の放課後。
真琴とはクラスが違うとは言え、あれから彼とは遙と一緒に登校してるし、
今の昼休みも屋上に行く二人と会話をしたり、
渡そうと思えばチャンスはあった。
それでもそれが出来なかったのは、この手紙を渡すことに、自身も相当な勇気が必要だからだ。
だけど人の想いの詰まった手紙をいつまでもが持ってる訳には行かない。
友達も、それに何よりこれをに託した彼女の部活の先輩も真琴からの返事を待ってる。
真琴の返事をが伝えるってのだけは最後まで断固として拒んだから、
手紙と一緒に添えられたメアドに彼が返事をすることになってた。
この手紙を手にした昨日の放課後から今に至るまで、はこのことで頭が一杯だった。
もう本当にどうしていいのか分からない。
どうしていいのか、も何も、がすることはただひとつ、真琴にコレを渡すこと。
でももし、真琴がこの手紙の先輩と付き合うことになったら?
考えただけで泣きそうになる。
実は今日、友達が遠目から手紙の持ち主を教えてくれた。
特別に綺麗だと言う訳じゃないけれど、
線が細くて笑顔のやわらかい、何となく真琴と雰囲気の似た清楚な感じの人だった。
初対面どころか距離のある場所から眺めた程度の状態なのに、
はその人を目にした途端、
一瞬にしてその先輩と真琴が並んで歩いてる姿を想像して心の中に真っ黒な染みが広がった気分になった。
見なけりゃ良かった。
心底そう思ったもんだ。
結局その日の放課後までは真琴に手紙を渡せなかった。
でも、今日中には渡すからと友達には言ってあるし、
帰り道の途中だと遙も一緒だからさすがに気まずい。
一回帰宅ってからが真琴を呼び出すことも考えたけど、それも却下だ。
そんなに長い間この手紙を持っておくなんて自身耐えられないし、
これを受け取った以上、早いところ役目を果たさなきゃ先輩にも失礼だと思う。
と言う訳で、は覚悟を決めて真琴に放課後教室に残って貰うように言った。
因みに、遙にはざっと事情を説明して、校門前で待っててくれるように頼んである。
その時の遙の言葉がさっきから頭の中で繰り返されていた。
―――「バカだな・・・」
たった一言だけど、遙の言いたいことは分かってる。
そんなことを引き受ければ、優しい真琴を困らせるだけだし、
だってそんなこと望んじゃいないってことを彼は知ってるのだ。
この場合、恋愛感情としてが真琴を好きだってことは、遙が気付いてるかどうかは別として。
「、突然どうしたんだ?教室に残っててくれなんて」
「あ、真琴、ごめん。えーっと」
約束通り、真琴は教室でを待っていてくれた。
もう後はさっさと彼に今のポケットにあるこの手紙を渡すしかない状況だ。
それなのに、この後の及んではまだ躊躇ってる。
約束を、守らない訳には行かないのに。
今すぐにでも、もっと別の理由で真琴を誤魔化して、
いつも通り遙と三人で家に帰ってしまいたい。
「?」
「あ、あの、真琴・・・あのさ」
ど くん。
ど くん。
ど くん。
嫌な緊張感。
喉に何か大きな塊でも詰まったような妙な感覚。
胸が押し潰されそうな圧迫感まである。
「この手紙!真琴に渡してくれって頼まれて・・・!」
すぅ、と。
大きく息を吸い込み、吐き出すと同時にはポケットの中から封筒を取り出して、
それを真琴の前に差し出した。
「え?手紙?」
真琴はいまいち状況が分かっていないらしく、
きょとんとした表情でとその手紙を見ている。
「そ、そう・・・。えっと、友達が・・・部活の先輩から頼まれたらしくて、お、女の」
「え?どうしての友達の先輩が俺に?」
「あー、つまり」
そんなことまで、言わせないで欲しい。
真琴はちっとも悪くないのに、の中でそんな理不尽な気持ちが湧き上がる。
喉の奥の塊は、未だにそこにあって、息が苦しい。
「ラブレター、ってやつ・・・ってこと」
「ええ!?」
「うん、だから、その・・・う、受け取って?」
嫌だ。
ダメ。
受け取らないで。
ここで真琴が受け取らなければ、からまた友達へこの封筒を返すことになるけど、
それならそれでそれがそのまま彼の答えになる。
そんなことを考えてる自分がまた心底嫌だった。
手紙を差し出しているの手が、指が、腕が、小刻みに震えてる。
案の定、真琴は暫くの間、困った表情をしてその場から動かない。
彼を困らせてることを申し訳なく思うのに、そのまま手を伸ばさないで居てくれたらなんて、
も相当嫌な女だ。
「・・・・・・」
「まこ、」
「分かった、受け取るよ」
ド・・・・・クンッ
の手から、真琴の手へと、手紙が渡る。
指先にあった紙の感触が、ゆっくり抜き取られた。
「あ・・・」
「・・・、帰ろうか」
から手紙を受け取った彼が、そういってに背中を向ける。
衝動的に、その手からまた封筒を奪い返してしまいたくなかった。
役目は果たせた。
あのラブレターがの手から離れたのと同じように、後は真琴とあの先輩の問題。
「っ」
「?」
「・・・その手紙書いた人ね、も見たんだ」
「え?」
何を。
言おうとしてるのか。
自分でも分からなかった。
気付いたらは無理やりに笑顔を作り出して、壁際にある机の一つにかるく腰掛けて真琴を見ていた。
「優しそうだし、年上だし、真琴にはピッタリかもね」
ああ、遙。
はバカだってあなたは言ったけど、それじゃ足りなかった。
はただのバカじゃない。
大バカだ。
「ほら、真琴ってや遙の面倒見てくれたりとか、甘やかしてくれる方だけどさ、
誰かに甘やかされることって少なそうだし、いいんじゃない?」
自分でも信じられない位べらべらべらべら、唇が勝手に言葉を紡ぐ。
喉の奥の塊はさっきよりずっと大きくなってるし、
胸にかかる圧迫感だって最初よりもっと強くなってる。
それなのに、の口は馬鹿みたいに言葉を発していた。
「そう言う人が、か、彼女になっても」
「?」
真琴が驚いたように瞳を見開いてを見てる。
誰か今すぐただちに即刻の顎を砕いてくれないだろうか。
自分で自分の口にしてることが信じられない。
真琴は少しの間をじっと見つめた後、静かに、だけど足早にに近付いてきた。
「本当に・・・そう思ってるのか?」
「・・・・・・それは」
思ってる訳がない。
そんなことあり得ない。
それなのに、は再び作り笑顔を貼り付けてこう答えた。
「思ってる。遙もも・・・最初は寂しいだろうけど、
真琴が、し、幸せならさ、それでいいっ―――」
ガァンッ
その先は、突然響いた大きな音で口にすることは出来なかった。
同時に、凄い勢いで腕を掴まれたかと思うと、
の背中は軽い衝撃と一緒に固い壁に押し付けられていた。
何が起きたのか一瞬本気で分からなかった。
視界の隅にさっきまでが腰掛けてた机が斜めになって少しだけ位置を移動してるのが見える。
真正面に真琴が立っていて、彼はの肩を片手で掴んだまま、
もう一方をと近い距離で横の壁についていた。
一瞬の出来事だったことも勿論だけど、あのいつも穏やかで優しい真琴が、
突然こんな荒っぽい手段に出たことが信じられなかった。
「ま、真琴?」
「ごめん、でも・・・さすがにちょっと、今のは我慢出来なかった」
「え?」
ほんの僅かの間から視線を逸らした彼が、再びと視線を合わせた。
その目が、どきりとする程鋭い。
いつもの、やわらかな眼差しとは全然違う。
怖いとさえ感じる瞳。
不意に、真琴とは縁遠いはずの表現が浮かぶ。
獰猛な捕食者。
肉食動物並みの何かが、今の彼からは感じられる。
「え、っと、何で・・・」
「が俺を男だって思ってないことは知ってるよ。俺はにとって幼馴染としては大事だけど、
男としての対象にはなってないんだってこともよく分かってる」
「え?」
「俺も、それでいいと思ってた。
それならそれで、の望む幼馴染で居ようって思ってたから」
怖かった。
いつもの優しい真琴とは違う今の彼が。
でも同時に、が欲しかったもの、見たかったものがここにあるような気がした。
ずっと、真琴が隠してたもの。
に、というより、幼馴染には見せてくれない、顔―――
「でも、今みたいに俺なんか眼中にないって、
の口から直接言われるみたいな言葉に耐えられるほど俺は強くないんだ」
「・・・眼中に、ない」
真琴の言葉の一部を、はオウム返しに口にした。
眼中にない。
誰だ。
それは一体、誰の誰に対しての見方だ。
「・・・、ごめん、」
「え?」
「傷付けないって決めてたけど、優しい幼馴染で居るって決めてたけど、今だけ・・・俺はそれを破るよ」
そう、言い終えたその直後。
「?・・・っ!?」
驚くほど強引に、真琴はの唇を奪った。
同時にの腰に彼の両腕が絡み、
密着した体が抵抗を全く許さないようにがっちりを抑え込む。
背中には固い壁の感触が強く押し付けられている。
突然呼吸経路を塞がれた苦しさで喘ぐように口を開くと、狙ったように真琴の舌が入り込んできた。
やり方は腹が立つほど強引なくせに、キスはそれとは全く逆で、泣きたくなるほど優しい。
まるで普段の真琴そのものだ。
ここまでくれば幾らでも分かる。
彼は、と同じことを、同じ勘違いをしてたのだ。
真琴はを好きで居てくれた、だけど、幼馴染以上には慣れないと諦めていた。
馬鹿みたいだ。
達は全く同じ事で悩んでたなんて。
やわらかにの口内を犯していく真琴の舌と唇。
うっかり溺れそうになってしまうけど、それよりもまずは、は真琴に伝えなくちゃいけない。
「まこ、・・・ち、違・・・」
「・・・ん、・・・」
キスの合間に必死に言葉を紡ごうとしても、彼はそれを許してくれない。
再び唇を塞がれて、唾液が絡み、舌が縺れ合う。
ようやく真琴がを解放したのは、それからキスの数を数えることも出来なくなってからだった。
「・・・」
「・・・」
「ごめん、怒ってるよな」
「・・・怒ってないと思う?」
怒ってるに決まってる。
馬鹿だ。
本当に、お互い驚くほど、大バカもの。
さっきまでの強引さはどこへ行ったのか、真琴はかなり沈み込んでいるのが分かった。
激情に任せてにキスしたことを後悔してるんだろう。
その気持ちが分かるから、分かるからこそムカつく。
もっとちゃんと、今のを見ればいい。
そうすれば分かるのに、真琴の事を眼中にないなんて、一体それは誰だむしろ教えて欲しい。
「ごめん」
「が怒ってるのは、き、キスされたからじゃないから」
「え?」
そこで真琴は驚いた様子で伏せていた視線をに向けた。
真琴を一方的に責めるのは間違ってる。
だってついさっきまで彼と同じことを考えてて、
もしも逆の立場なら相当傷付くだろうって台詞も吐いたのだ。
だから、今は素直に真っ直ぐに気持ちを伝えるしかに術はない。
「好き」
「・・・・・・・・・・、え?」
ぽかん、と。
真琴が全く意味が分からないと言った様子でを見下ろしてる。
「は真琴が好き」
「え?いや、でもさっきは・・・、え?えええっ!?、・・・本気で?」
彼は分かり易く動揺していた。
まぁそうだろう。
が真琴の気持ちに気付けたのは、彼が行動に出てくれたおかげだ。
しかもあの手紙を渡した時のの態度を見れば、
まさか自分を好きだとは思わないかもしれない。
「うん。真琴と同じでは真琴はのことなんか眼中にないって思ってた。
勿論幼馴染としては大事にされてるし、そう言う意味じゃ好かれてるだろうけど、
多分この先それ以上にも以下にもなれないんだろうってさ。
さっき手紙渡した時にべらべら喋ったのは、全部・・・その、全く逆で・・・。
手紙渡す直前もその後も、真琴があの先輩と付き合ったらどうしようとか、
そんなことばっかり・・・考えてた」
「・・・」
の名前を呼んだと同時。
真琴は再度、の体を抱きしめた。
だけどさっきの荒っぽい感じとは全く違う、あくまでも優しくやわらかい抱擁だ。
「ごめん、本当にごめん。全然気付かなくて、乱暴に扱ったりして、怖がらせたよな」
「少しね。・・・でも謝るより、真琴から聞きたい言葉があるんだけど」
「・・・うん」
小さく頷いた彼は、を抱きしめる腕を緩め、間近からを見下ろした。
そして、照れくさそうな、ちょっと困ったような、の大好きな笑顔を浮かべてくれる。
「好きだよ、。誰より、が好きだ」
「・・・、も」
が踵を上げたのと、真琴がの方に体を傾けたのは殆ど同じだった。
それからすぐにお互いの唇が、そっと重なり合う。
その後彼は手紙をくれた相手には、きちんと断ると言ってくれた。
も、ちゃんと友達に話をしようと思う。
そこで何故かはこの手紙を真琴に渡さなきゃいけないと事情を説明した時の遙の反応を思い出した。
―――「バカだな・・・」
あれはもしかしたら、だけじゃなく、真琴に向けてでもあったんだろうか。
なんてことを、ふと思った。
(END)