らしくないことはするもんじゃない。
友達にあれだけ色々アドバイス貰って気合入れて準備して、
メイクにも服装にも気を使って、にしては結構頑張ったななんて思いながら、
期待と緊張で迎えた久しぶりの凛とのデート当日。
空は快晴。
天気予報によれば夜に近付くにつれ雨になるかもしれないってことだったけど、
今のところまだ全くその気配はなかった。
だから天気の事は特にそれ以上気にせず、は待ち合わせ場所に向かったのだ。
彼とデートらしいデートをするのが片手でまだ十分数えられるくらいで、
自分でも笑えるほど分かり易くは浮かれていた。
―ー―のに。
「チッ、嫌なタイミングだぜ」
「・・・・・・、ほんっっっとーに、・・・ね」
真っ青だった筈の空に分厚い鉛色の雲が広がってることに気付いた時はもう遅かった。
間髪居れずに突然のどしゃぶりの雨。
それはと凛が待ち合わせ場所に揃って顔を合わせた途端の、
まるで狙ったように素敵なタイミングだった。
久しぶりに二人きりで顔を合わせた瞬間だったってのに、その喜びを感じる暇さえなかった。
ざばー、と。
まるで滝のような雨が降り出し、そのすぐ後に凛がの腕を掴んで走り出した。
そして彼がを連れて飛び込んだのが、ここ。
街の片隅にある電話ボックス。
もしかして他の人も同じように入ってくるかもしれないと思ったけど、今のところその気配はない。
電話ボックス内は予想以上に狭くて、達の距離は意図せず近くなってしまっていた。
下手をすれば相手の体温が感じ取れる位まで近付いてしまうかもしれない。
そう考えると、は、凛との近さを意識せずにはいられなかった。
「クソッ、結構濡れちまったな」
凛の髪から雨の雫が数滴落ちている。
は無意識に彼の鎖骨辺りに伝い落ちたそれを目で追っていた。
その様子が妙に色っぽく見えるのは気のせいだろうか。
いや、多分気のせいじゃない。
凛は元々なんかより色気のある人だ。
何だかさっきから自分ばかり変に意識してしまってるようで、はハッとしてそこから視線を逸らした。
普通の雨の量ならまだしも、あのどしゃぶりの雨だ。
幾ら短時間とは言え、髪も洋服も思ったより濡れている。
友達がしてくれたメイクはあくまで薄めのものだったはずだし、
水に強いタイプのものを使ったからそこまで崩れてないと思うけど、
それでも普段メイクなんてしなれてないこともあり、気にしない訳にいかない。
凛に合うために気合入れたってのに、
みっともなく崩れた部分しか見てもらえないなんて最悪だ。
は自分のバッグの中からハンドタオルを2枚取り出した。
「・・・凛、髪だけでもこれで拭くといいよ。2枚あるから1枚使って」
「ああ、悪い」
彼はからハンドタオルを受け取るとすぐに髪から滴る雫にそれを当てた。
そう言えば、顔を合わせてからこっち、何だか凛の口数が少ない気がする。
元々よく喋るほうでもないけど、今日はいつもより無口な感じだ。
それに、視線を合わせてくれようとしないのも、これもやっぱり気のせいだろうか。
「・・・」
「え?何?」
「何かお前・・・、今日いつもと違わないか?」
そう言った凛はほんの一瞬に瞳を向けたけれど、
結局またすぐにから視線を逸らしてしまった。
眉間にしわが寄ってるし、いつもより少しだけ口調がキツい。
でも、だからと言って不機嫌な時とは違うのは分かる。
が返事をしないのをどうとったのか、続けて彼は口を開いた。
「服装とか、雰囲気とか・・・、何かしたのか?」
さっきと同じぶっきらぼうな言い方。
その目元が少しだけ赤くなってる気がする。
「え?あ、ああ、うん。ちょ、ちょっと・・・、友達に手伝って貰って・・・」
「・・・・・・」
「・・・あんまり・・・好きじゃなかった?」
実はは制服の時以外のはスカートよりパンツ派だし、
メイクだって普段したことなんて殆どなかった。
もしかしてこれは気合入れすぎて引かれてしまったんだろうか。
それで今日は凛の口数が少なくなってると言う、そう言うことだろうか。
そうだとしたらかなり落ち込んでしまう。
「いや・・・ただ、なんつーか」
「?」
「いきなりそんな格好されると、落ち着かねぇんだよ」
ジロリ、と。
今度は何故か睨まれた。
でもどうやらさっき思ったとおり、不機嫌な訳じゃない様だ。
「えーっと、つまり引いてない?」
「は?引く?誰が」
片眉を上げてを見た彼は、思いっきり怪訝そうな表情をしていた。
「・・・、その、凛に会うの久しぶりだから、気合入れすぎて、それで引かれてるのかなーと。
さっきからあんま喋んないし、こっち見ないし」
「お前・・・ハァーーっ」
そこで今度は深くふかーく溜息を吐く凛。
何だろう、物凄く呆れられてるんですが。
機嫌悪くないのはもう分かってるからいいけど、呆れられてる理由が分からない。
「何でお前はそう、・・・マジでムカツクぜ」
不機嫌な訳じゃないだろうと踏んだ途端ムカツク宣言されてしまった。
何が何だか分からない。
きょとんとしてそのまま彼からの次の言葉を待っていると、
不意にその瞳にさっきまでとは違う色が滲んだ。
「凛?・・・っ!」
唐突に。
そこで凛が片腕をの腰に伸ばし、そのままぐっと自分の方へと引き寄せた。
その拍子には彼の胸に軽く体をぶつけ、
気付けばその腕の中にすっぽり納まってしまっていた。
「・・・普段そう鈍い訳でもねぇくせに、何でこういう状況でそんなに鈍感で居られるんだよ」
言ったすぐ後に彼はの肩口に顔を寄せ、同時に耳元に唇を押し当てた。
獣の息遣いのような低い吐息がの鼓膜を震わせる。
湿った洋服越しにお互いの体温を感じて、肌寒ささえ感じ始めていた体が急激に熱を持つのが分かった。
凛の厚い胸板の感触や彼の匂いが一気にの思考回路を満たしていく。
「・・・鈍感、っていうか、意識してるのだけかと・・・」
「バカか、久しぶりで飢えてんのはコッチも同じなんだよ」
「は飢えてなんかなっ・・・!・・・って、え?」
カプリ。
と。
耳元。
今度はいきなり、凛がの耳朶に噛み付いた。
あの、凶暴なぎざぎざの歯で。
「ひぅっ!!??」
当然食い千切るつもりじゃないだろうから歯を立てられたりはしてない。
してない、が、問題はそこじゃない。
反射的にが大きく体を震わせたのとほぼ同時に、耳朶にぬるりと濡れた感触が這い回り始めた。
彼の真っ赤な舌がその周辺をくまなく探索している。
そこからくすぐったいような痺れるような、何とも言えない感覚がざわざわとの体中に広がっていった。
「り、ここっ・・・!外!」
「・・・屋内だ」
短く答えた彼の口調は吐息混じりのやけに色っぽいもので、
それなのにぞっとするほど獰猛な熱を秘めてるのが感じ取れた。
幸いと言うべきなのか何なのか、未だに外は結構な勢いで雨が降り続けているせいで、
多分外からこの中の様子を伺うことは出来ないだろう。
それでも最初のどしゃぶりの雨に比べればマシな降り方にはなっている。
「あ・・・」
凛の長い脚がの太股を割って強引に絡められる。
彼の手はいつの間にかの胸元の下辺りをゆっくりなで上げる様な仕草をしていた。
長く節くれだった指が膨らみに触れるか触れないかの際どい位置で動く。
まるでそれはを焦らして楽しんでいるように見えた。
そんな風に思うのは多分、実際が今焦れているからだ。
もっと凛に触れて欲しいと思ってるから。
「飢えてる・・・」
「?だから言っただろ・・・」
「違う、・・・凛じゃなくて・・・」
その先を口にするのは何だか妙に照れくさくて、少し躊躇ってしまった。
凛は間近からを覗き込み、無言で先を促す。
彼の唇の隙間から見える真っ赤な舌と、尖った歯。
それを、もっと欲しいと思ってしまう。
「が、飢えてる」
熱に浮かされた時のうわ言みたいにとろんとした口調ではそう口にしていた。
目の前の凛が驚いたように一瞬瞳を大きく見開く。
そして再びの体に両腕を力強く絡めた。
「そう言うこと言うの、やめろ」
「え?」
「・・・マジで、止まらなくなっちまうつってんだよ・・・」
その瞬間に、と凛の吐息が重なる。
が瞼を下ろしたのと、彼がの唇に自分の唇を触れ合わせたのはほぼ同時だった。
貪るような、噛み付くような、そんなキス。
それなのに、とても甘ったるくも感じる。
喉を焦がす熱く湿った吐息と、とろみのある唾液の味。
眩暈がしそうだった。
凛は何度も離れては噛み付いて、噛み付いては離れていく。
呼吸が乱れ、意識が溶けた。
「・・・今はこれで勘弁してやる」
彼がそう言ってから腕を解いた時、多分、
は無意識に名残惜しげな顔をしてしまったんだと思う。
その証拠に、凛がの顔を見てすぐに苦笑を浮かべたからだ。
「、お前まだ懲りてねぇだろ」
「え?」
「・・・そう言う顔されると、今すぐどうにかしてやりたくなるからやめろ」
「!!!」
そこで分かり易く動揺するの頭をコツンと軽く小突くと、
凛は片手で電話ボックスのドアを開けた。
いつの間にか霧雨になってる。
達の服はまだ湿り気を帯びていたけど、最初に比べればかなり乾いたほうだろう。
外に一歩、踏み出すと、少し肌寒く感じた。
雨は完全に止んだとは言えないし、寧ろまた降り出す可能性も十分にある。
それでも空を仰げば雲の切れ間から微かに空が覗いていた。
「・・・行くぞ」
「うん」
凛から自然に差し出された手にも自分の手を重ねる。
それから彼に気付かれないように、ちらりと背後の電話ボックスに視線を向けた。
そのガラスの内側が曇ってることに気が付いて、妙な恥ずかしさを覚える。
あれは、間違いなく達があの中に居たからああなってる訳だ。
「?おい、どうした?」
「なんでもアリマセーン」
達のデートは、まだ始まったばかりだ。
(END)