「、おい」
「・・・・・・ん」
の肩を誰かが遠慮がちに揺さぶっている。
薄っすらと意識が浮上して数秒。
は瞼を上げ、ぼんやりとした視界がはっきりしてくるのを待った。
「そのままじゃ風邪引いちまうだろ。寝るんだったらもっとちゃんと布団掛けろ」
「あ・・・凛」
半分寝ぼけていた思考がようやくまともに動き、同時に視界も戻る。
が目を覚ましたのに気付いた凛が、両肩から手を離した。
「俺も隣で寝ていいのか?」
「う、うん」
は緊張でぎこちなく頷くと、ごそごそとベッドの左へ寄って横になった。
起きたばかりだってのに、心臓がまた全力疾走した時みたいに鼓動を刻んでいる。
凛はの空けたスペースにゆっくり体を滑り込ませた。
ギシリ。
小さくベッドのスプリングが軋み、それだけでの心臓がまたはねた。
彼がベッドに横になったのを確認して、は片手のリモコンで室内の電気を消す。
一人で寝るにはそれなりにゆったり出来る広さのあるベッドだが、
男の凛と一緒だとやっぱり狭く感じた。
彼の体がほんの少し接触しただけでも瞬間的にまたの心拍数がずどんと上がる。
反射的に大きく震えたの体に、凛の腕が巻きついてきた。
必然的に密着指数が上がり、薄いパジャマ越しに凛の硬い胸板の感触がダイレクトに伝わってくる。
より高めの体温。
彼の体からはと同じボディシャンプーの香りがした。
寝る前だから当然だけど、ドライヤーで乾かしたばかりの髪型はいつもと違う。
そのひとつひとつ、全部にはどきどきしっぱなしだ。
「あ・・・」
「おやすみ、」
「・・・・・・へ?あ、・・・おや、すみ?」
思わず疑問形になったのは、
当然のようにあるだろう『この先の展開』をが勝手にあれこれ想像してたから。
と凛は付き合ってて、初めてのお泊りで、しかもこの家には達二人きり。
その為にバカみたいに、本当うに笑えるくらいバカみたいに張り切って色々としてしまった。
そう。
期待、してた。
凛がに触れてくれることを、抱きしめてくれることを。
だけど―――
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
凛は完全に本気で寝る体勢に入ったらしい。
勿論目を閉じたからってすぐには眠れるわけじゃないだろうけど、
でもこれはどう見ても睡眠を取ることだけに集中してるっぽい。
すぅ、と、何だかの頭の芯から熱が冷めていくような感じがした。
緊張が解れると言うのとは違う。
拍子抜けしたと言えばそうかもしれない。
でもそれよりも、は、落ち込んでしまった。
これはつまり、だけが一方的に浮かれて期待して意識してたってことだ。
そりゃ確かに凛と二人で食事が出来ていつもより長く一緒に居られて、
しかも隣で寝られるなんてそれだけで十分贅沢だと思う。
楽しかったし、それも嘘じゃない。
だけど、それ以上を望むのは、望んだのは、だけだったことだろうか。
何となく視線を上げると、すぐ傍に凛の喉元が見えた。
顎から首筋、鎖骨に掛けてのライン。
無意識に、は手を伸ばしていた。
「っ!おい、!?」
「凛、ちょっと動かないで」
「は?何を――――」
が抑えた程度で凛の力に敵う訳がない。
それでも彼はに抵抗しようと言う動きは見せなかった。
多分、狭いベッドで下手に動いてに腕や手をぶつけてしまったらってことを咄嗟に考えてくれたんだと思う。
その隙に、はいつもの自分なら絶対に考えられないような行動に出ていた。
「っ!?」
「・・・ン」
彼の喉に、唇を押し当て、軽く甘噛みするように柔らかく歯を立てたのだ。
舌に凛の肌の温度と筋張った感触がする。
やわらかくて瑞々しいのに、硬い筋肉の感触も確かにあった。
が凛の体から離れると、彼は一瞬呆然とした表情をしていた。
それからすぐにが噛み付いた喉周辺を片手で抑えて声を上げる。
「お、お前っ!!」
暗くても凛が赤くなってるのがなんとなく分かった。
凛は自分が攻めるときは結構強気なのことが多いに、逆の立場になると分かりやすく動揺する。
それを可愛いなんて思ってる自分に驚きだ。
それより驚きなのはなんてことやっちまったんだはって思ってるのに、
そう思う反面、余り後悔してないこと。
ここが自分の部屋ってことも大きいのかもしれない。
「急に何考えてんだ・・・っ!?」
「・・・だって、凛が普通に寝ようとするから」
「は?」
未だに喉元を押さえたままの凛が、を見下ろして聞き返す。
「・・・普通に寝ようとするから」
はさっき口にしたばかりの言葉をもう一度繰り返した。
の言いたことはこれで通じるはずだ。
はこの時自分でも僅かに声が震えてしまったことに気付いていた。
「・・・、普通に寝られるかよ」
「え?」
「普通に寝られる訳ねぇだろ」
凛が何だか拗ねたような口調でそう返事をする。
だけど実際、彼はついさっき完全に普通に睡眠を取る体勢だった。
「・・・?それって枕がいつもと違うからとかベッドが狭いからとかそう言う意味?」
「違ぇよ・・・、いや、まぁそれは最初から分かってたことだしな。
そうじゃなくて・・・、
好きな女と同じベッドでこんなにくっついてて、普通に寝られる訳ねぇだろっつーことだよ」
「っ、で、でも・・・!」
じゃあ、どうして?が続けると、凛はから視線を逸らして小さく溜息を吐いた。
それから暫くの間何かを躊躇うように空中に瞳を向けていた。
そして、その後彼は再びに視線を移す。
「初めて・・・」
「え?」
「初めてお前を抱いた時、・・・お前が痛がってたの分かってて、俺は止められなかった」
「っっ!!!」
まさか前回のことを持ち出されると思わなくて、
不意を突かれたは咄嗟に一瞬で真っ赤になっていた。
だけど凛の今の言い回しからして、もしかして彼はあの時のことを後悔してるんだろうか。
そうだとしたらショックだ。
は、凛だからいいと思った。
いや、凛じゃなきゃ嫌だと思ったから、
そしても彼ともっと触れ合いたかったから、キスの先に進んだのだ。
「そ、それは・・・がいいって言ったからだし、それには、・・・う、嬉しかった」
「・・・あぁ、の気持ちは分かってる。俺も同じ気持ちだし、別に後悔してる訳じゃねぇんだ。
ただ・・・出来るだけ優しくしようと思ってたのに、
結局俺は歯止めがきかなくてお前の体に随分負担かけちまった。
・・・・・・、今回も、正直・・・夢中になったら自分でも止められる自信がねぇんだよ」
「え、と、それって・・・」
つまり、彼はを思って、の為に『普通に寝るフリ』をしようとしてくれてたんだろうか。
でも凛は分かってない。
全然、分かってない。
凛はあの時を気遣ってくれる余裕がなかったみたいに思ってるようだけど、
実際はすごく優しくしてくれてるのが分かった。
性急なところがあっても決して乱暴じゃなかったし、何よりを想ってくれてるんだと実感できた。
それに痛かったし、その後もダルかったのは確かだけど、その全部を含めては嬉しかった。
凛は夢中になるのも歯止めが利かなくなるのも自分だけだと思ってるのかもしれないけど、
だって同じだ。
男の方が力強いこともあって触れたい衝動が大きいと思われがちなのは知ってる。
でも、だって凛に触れたいし、もっと触れて欲しい。
の為に我慢してくれてることは本当に凄く嬉しい。
だけど―――
「凛」
「っ!」
彼の名前を呼んだと同時。
は殆ど凛の上に跨る様な体勢を取り、その唇に自分の唇を重ねた。
ぎくり、と。
彼の体が瞬間的に硬直する。
は押し当てた唇からぎこちない動きで凛の唇の中へ舌を挿し入れた。
そして噛み付かれたら舌ごと噛み切られてしまいそうに尖った鋭い歯や、
つるりとした感触の歯茎を舌でなぞる。
最初はなされるがままになっていた凛が、そこで微かに息を吸い込んだのが分かった。
そのすぐ後に彼の大きな舌がの舌を容赦なく捕らえ、絡み付いてくる。
ぬちゅり。
独特の弾力を帯びたそれが、生き物みたいに縺れ、唾液が妙にいやらしい水音を響かせた。
「は、・・・」
「・・・っ、ふ、」
吐息のような声がお互いの口から零れ出る。
喉が、口内が、焦げ付くような錯覚を起こすほど、吐息さえも熱を帯びていた。
「・・・」
掠れた低い声で名前を呼ばれ、は反射的に瞼を上げる。
唇はまだ触れ合わせたままだった。
唾液に濡れた肌を凛の赤い舌がぬるりと這う。
それから彼は再び間近でと視線を合わせた。
は凛が口を開くより先に言葉を発する。
「い、いいのか?とか・・・聞かないでよ」
「言わねぇよ・・・」
言いざま、凛は身を起こしてパジャマ代わりに着ていたタンクトップをの前で脱ぎ捨てた。
ド ク リ。
至近距離で見るその姿に、は思わず見蕩れる。
その仕草も、そして彼の体も、息を呑むほど綺麗だと思った。
「脱がせるぞ」
「・・・・う、ん」
が頷いたのを確認して、凛の手がのパジャマのボタンに伸びる。
プチプチと予想以上に早い速度でボタンが外されていった。
見下ろされたままの体勢だと、
室内が暗い中でもの顔も彼からよく見えているんだろうと思うと恥ずかしかった。
でも勿論、止めて欲しいなんて思わない。
凛がの上に覆いかぶさるような体勢で、頭の左右に両手を突いた。
距離が狭まった分だけ、彼の熱がに近付く。
は両腕を伸ばして自分から凛の後頭部を抱き寄せた。
「・・・」
吐息交じりの低い声。
凛はの首筋に喰らいつくように唇を押し付け、
片手をの背中に滑り込ませる。
熱く湿った吐息が喉元を撫でたかと思うと、さっきが彼にしたのと同じように、
凛はその部分に柔らかく歯を立てた。
「つっ」
跡がつくほどの強さじゃない。
ツキンと小さな刃が突き刺さるみたいな痛みはあたけど、
それは痛みと言うより、どちらかというと痺れるような妙な感覚だった。
同時に、彼の舌がねっとりとの肌を味わう。
凛はのブラのホックを外し、喉元に押し当てたままだった唇をゆっくり下降させた。
直に密着し合った肌で二人とも汗ばんでるのが分かった。
いつの間にかのパジャマのズボンも足首辺りまで降りてしまっている。
下着越しに彼の長い指がの下腹部を強弱をつけて動き、
それに反応して内側からじわりと潤いが満ちた。
体の中心から、さざ波みたいな快感が生まれ、意識が溶けた。
薄暗い室内に、妙に乱れたの息と、
下から聞えるぬちゃりぬちゅりという湿った音がいやに響く。
それと一緒にの思考も掻き混ぜられているような錯覚に陥った。
「あっ、っは、・・・りん・・・」
自分でも耳を疑うほど甘ったるい声が無意識に口から零れ出る。
彼はぞくりとするほど熱と欲の浮かんだ瞳でを間近から見下ろした。
薄っすら開いた唇から覗く鋭い歯と真っ赤な舌。
舌なめずりする獣に射竦められたような気分になると同時に、
今の彼は見蕩れてしまう程の色気を纏ってる。
「お前が眠った後も、俺だけは朝まで眠れねぇだろうし、眠らねぇつもりでいたけど、
・・・お前も夜明けまで道連れになっちまうな・・・」
そう言った彼の熱く湿った吐息がの唇に吹きかかり、
再び彼がに喰らいつく。
荒々しいように見えて、その実驚くくらいに優しいキス。
きっとこれから夜明けまで、は凛から与えられる熱に溺れさせられるだろう。
勿論、無意味だと分かってても、なりに噛み付いてやるつもりだけれど。
(END)