洗物を終えて部屋に戻ると、凛はベッドに背を預けたまま転寝してしまっていた。
つけっぱなしのテレビはバラエティ番組からこの時間のニュースに移っている。
は凛の傍まで近づいていくと、その隣に腰を下ろしてテレビ画面に目を向けた。
彼は今日は寮に外泊届けを提出していて、今夜はうちに一泊することになってる。
因みに、うちの祖母は例によって例の如く、今回も絶賛旅行中である。
うちの両親も元々そう干渉するほうじゃなかったけど、祖母はその更に上を行く。
ここまで放任されるといっそ清々しい気分だ。
多分、近所に頼りになる幼馴染が居るってことも大きいんだろうけど。
はぼんやりニュースを眺めていた視線を隣で寝ている凛に移した。
体制的にも余り寝心地よさげには見えないせいか、彼の眉間には軽くしわがよっている。
さすがに熟睡とまではいかないらしい。
彼がこうして眠ってる姿を見られるチャンスなんか滅多にないから、
は思わずまじまじと観察してしまっていた。
長めの前髪が端正な顔の前で揺れている。
寝顔はいつもより少し幼く見えて、間近で見ると何だかやっぱり江ちゃんと似てる。
普段もふとした時に似てるなと思える時があるけど、寝てる時に比較したのは初めてだ。
まぁ、兄妹なんだから似てるのは当然と言えば当然かもしれない。
予想以上に長い睫に切れ長の瞳。
首から肩にかけての線や鎖骨の形。
は凛が寝てるのをいいことに、そのひとつひとつをこれでもかってほど観察し続けた。
Tシャツの上からでも無駄な肉が一切ついてないしっかりとした筋肉の逞しさと、
均整の取れた体の線が良く分かる。
水泳部で皆の水着姿で前に比べればそれなりに見慣れてるし、凛の水着姿も何度か目にしたことがある。
今は普通に洋服を着てるのに、それでも二人っきりで改めてこうして見ると、どきどきしてしまうものだ。
さっきからの目は特に凛の喉元ばかり見ていた。
何だろう。
これもある意味ムラムラというやつに入るんだろうか。
彼の喉元を見てると、無性に噛み付きたくなってしまう。
吸血鬼じゃあるまいし、これはどんな衝動だろう。
「・・・・・・」
ほんの少し、はさっきより凜との距離を詰めてみる。
幾ら相手が寝ているとは言え、喉に噛み付いたりしたら間違いなく起きるはずだ。
それ以前にそんなことをホンキで実行しようとは思ってない。
思ってないけど―――
いやいやいやいや、何考えてんの自分。
これはさっさと凛に起きてもらったほうがいいかもしれない。
自身と彼の為にも。
「おい」
ぱちり、と。
そこで凛が突然、本当に突然目を覚ました。
「ぎゃあああっ!!」
なんてことだ、起きたほうがいい思いはしたけど、まさか本当にこのタイミングで目を覚ますなんて。
反射的に大げさに飛び上がったは、同時に大声を上げていた。
「・・・っ、いきなり大声出してんじゃねぇよ!」
「だ、だだ、だって凛が急に起きるから!」
結構な距離まで近付いていたから、思わず飛び退く勢いで後ろに下がっていた。
今の一瞬で心臓が爆音を上げてるのが分かる。
いや、悪いのはだって分かってるんだけど。
「お前が、あんまり人のことジロジロ見てるから起き辛かったんだろうが」
「!!!!って、凛、お、おき、起きてた!?」
「ああ、ちょっと前にな」
ぶっきらぼうに返事をした凛がから視線を逸らす。
なんてことだ。
それこそ視線だけで穴を開けようという試みを本気で実行してるって位に観察しまくってたのが本人にバレてるなんて。
と言うか目を閉じてるにも拘らずそこまで気付かれるなんて、
の眼力どんだけなんだよと思ってしまう。
いや、だけどそんなツッコミを入れてる場合じゃなく、メチャクチャ恥ずかしい。
「ったく、男の寝顔なんか見て何が楽しかったんだかな」
「・・・いや、た、楽しかったって訳じゃ」
いや、嘘だ。
ある意味とても有意義で楽しい時間だった。
勿論そんなこと言わないけど。
「じゃ何だよ?寝込みでも襲うつもりだったのか?」
「ばっ!!!違う!!」
「冗談だよ、ムキになんな」
凛は呆れたようにそういったけど、がムキになるのはやましいことがあるからだ。
当たり前だけどまさか凛の喉に噛み付こうかどうか悩んでましたなんて口が裂けても言えるはずがない。
凛は軽く欠伸をしてからテレビの横にある棚の上のデジタル時計に目を向けた。
「思ったより時間経つの早ぇな」
「あ、凛お風呂入ってきていいよ。は凛が来る前にもうシャワーで済ませてるから」
「え?」
「でも、何なら一緒に入ってもいいけど」
そんなことを何の考えもなく口に出来た自分に自身が驚いてしまった。
勿論半分軽口のつもりだったけど、多分、半分はの本音だ。
本当にそんなことになったら恥ずかしくて実行できることじゃない。
でも、それが嫌なわけじゃないという、自分でも何を言ってるのか分からないけど、そんな感じ。
「バカか!・・・つーかそれ俺が本気に取っちまったら、お前本当に一緒に入ってくれんのか?」
「そ、それは」
「風呂場は一階に降りて、階段の奥の左手だったな。トイレの向かい側の」
が本気であんなことを口にしてない事位分かってるというように、
彼はすぐに話しを元に戻した。
これ以上つっこんでもを動揺させるだけだと思ったのかもしれない。
が凛の言葉に頷くと、彼は自分の荷物から着替えを取り出した。
「悪いな、それじゃ、風呂借りる」
「うん、いってらっしゃい」
彼が部屋から出て行くのを見送って、はそのままふらふら自分のベッドへ近付く。
そしてどさりと正面からシーツに倒れこんだ。
胸の奥で心臓がドクンドクンと激しく胸を叩き、体が少し緊張し始めていた。
多分、凛がお風呂から上がった後のことにの思考が向いてしまってるからだ。
彼がの家に遊びに来たことは今まで2回程ある。
凛がの部屋に来た2回目の時、と凛は初めてキス以上の先へ進んだ。
その後も部活があってお互い忙しいながらデートをしたりはしてるけど、
実はまともに抱き合ったのは今の所その日だけだったりする。
だから彼が今日うちに泊まると決まった後のの気合の入れようは我ながら笑えるほどだった。
自分の部屋だけじゃなくて、家の隅から隅まで掃除して、新しい下着なんか買ってみたりして、
最近は適当に手を抜いてた夜の食事も手の込んだものを用意した。
今日は部活終わりだし、凛が家に来るまでの時間はそう長くはなかったが、
今朝早く起きてある程度下ごしらえをしておいたのだ。
掃除は彼が家に着く直前に終わらせた。
この諸々の裏話は絶対に凛に知られる訳にはいかない。
自身、どんだけ張り切ってんだよと言う自覚はある。
幾らなんでも脳内ピンクモード一色過ぎて、自分でも引いてる位だ。
(続く)