今日は夜に近付くにつれ雨が降ると言う天気予報に、
それで少しは涼しくなるかなと期待してたんだけど、
既に夜になった今でも雨は降ってきてない。
空は曇ってはいるものの、夕方からずっとこの状態だ。
まぁ、だからこそ買い物をしに外出した訳だけど、
このまま寝苦しい熱帯夜突入なのかと思うと少しうんざりする。
夏は嫌いじゃないけど、さすがにここ連日の猛暑は許容範囲外。
その分学校で水泳部の皆が泳いでる姿はスゴク涼しげに見えるものの、
あれもあれで日焼けが気になるし。
「あれ??」
「え?」
ぼんやり前を見ながら歩いていると、斜め前の横断歩道を渡って誰かが駆け寄ってくる。
暗くてすぐには顔がハッキリ見えなかったけど、
声と身長の高さでそれが真琴だと分かった。
「やっぱり、こんな時間に買い物に行ってたのか?」
「うん、雨も降らなかったし、店が閉まる前にいっとこうかと」
「女の子が一人歩きなんて危ないだろ。言ってくれれば付き合ったのに」
「真琴達は部活で疲れてるでしょうが」
「はそんなこと気にしなくていいんだよ。だって部活同じなんだから一緒だろ。
どうせ俺達の家は近所なんだし、今度からは遠慮せずに言ってくていいからな」
そう言って笑顔を見せた真琴は、の頭をぽんぽんと軽く叩く。
その優しさはすごく嬉しいんだけど、は同時に複雑でもあった。
相変わらずに対しても『お兄ちゃん』な真琴。
同級生のはずなのに、何だか昔からは彼の双子の妹や弟と同じ扱いな気がする。
今の気遣いは『女の子なんだから』って意味で言ってくれてるのは分かるけれど、
過保護な兄っぽく取れなくもない。
昔は真琴の兄弟が羨ましかったのに、
今は妹扱いされてるんじゃないかと思う度に胸の奥がちくちくする。
まぁ、偶然とは言え部活終わってすぐにこうして真琴に出会えたんだから、ラッキーだと思うことにしよう。
「荷物持つよ」
「え?いい、いい。これ結構重いから」
「ははっ、だったら尚更貸してくれなきゃ」
「いや、でも・・・」
躊躇うの手にあるスーパーの袋に、彼の大きな手がそっと添えられる。
馬鹿みたいだけど、そんなことでもどきっとしてしまった。
「ほら」
「えーっと、うん、じゃあ、ありがと」
ああもう、何でこの人こんなに男前なんだろう。
あくまでも無理なくさらりとやわらかく、彼はを甘やかす。
真琴は全く自覚ないみたいだけど、彼は実は同級生の中でも女子に人気がある。
目立ってきゃーきゃー言われてる訳じゃない。
でも、あの自然な優しさとふわりと笑う笑顔に惹かれる女子は多いのだ。
彼の親友であり大抵行動を共にしてる遙も遙で外見に反して天然な部分とか、魅力的であるらしい。
2人とも分かり易く人気があるのとは違うけど、密かに、でも確実に女の子達から視線を集めてる。
「最近水泳部も本当に水泳部らしくなってきたね。江ちゃんのおかげで」
「うん、江ちゃんはよく頑張ってくれてるよね。
でもだってスゴク頑張ってくれて助かってるよ」
「・・・それは、どうも」
二人並んでそんな会話を交わしていると、不意にぽつり、と、鼻の頭に水滴が落ちてきた。
思わずは足を止めて空を見上げる。
真琴もそれに気付いたのか、つられたように視線を上げた。
「「あ」」
ぽつ、ぽつぽつぽつ。
今度は水滴が続けざまに落ちてきて、達は同時に声を上げた。
「「雨だ!」」
よりによってこのタイミングでかい!
とツッコミを入れたくなってしまう。
ここから家まではまだ少し距離がある。
何より達の家のある場所は階段が多いから走ってすぐに飛び込むって訳にもいかない。
でもそれより何より、この雨のせいで真琴と偶然出会えたラッキーを無駄にすることの方が嫌だった。
なんてことを考えている間にあっという間に雨脚は強さを増していく。
「取り合えず雨宿りしようか」
「うん」
「こっち、俺について来て」
「っ!」
真琴がの片手を取って走り出す。
ビックリしたけど、当然振りほどくなんて真似はしない。
達は手を繋いだまま雨の中を走った。
それからすぐには真琴がどこに向かってるのかを理解する。
達の視線の先には電話ボックス。
幸い中には誰も居ないようだ。
真琴がそのドアを開けてまずに先に入るように促してくれる。
「あ、ありがと、真琴。これでどうにか雨宿り出来そう」
「うん。でも思ったより濡れちゃったね」
彼は自分も電話ボックスの中に体を滑り込ませると、苦笑してそう言った。
雨が降って外に居たのは短時間だったからずぶ濡れなんてことはないけど、
それでも髪と肩は結構濡れてしまってる。
小雨から本降りと言う流れじゃなく、いきなり雨脚が強まったせいだろう。
は自分の荷物からハンドタオルを取り出した。
「これ、使って」
は背伸びをして腕を伸ばすと、ハンドタオルを彼の髪の辺りに当てる。
何も考えずに取った行動だったけど、
お互いの身長差と電話ボックス内が狭いこともあって、予想以上に真琴に接近してしまうことになった。
「っ!」
「ん、ありがとう、。でも俺よりが使って。風邪引くと大変だから」
「はもう一枚持ってるから、へ、平気」
の心音は分かり易くどくどく言ってる。
真琴がからハンカチを受け取ると、はぎこちない動きで彼から離れた。
と言っても、さっきも言ったように、ボックス内が狭いせいで距離は近いままだ。
彼は昔から身長は誰より高かったけど、今はそれだけじゃなくて本当に男の人の骨格をしてる。
水泳部の時に何度も水着姿まで目にしてるってのに、今はそれをいつもより一層意識してしまう。
おかげでは一人で目を泳がせてしまった。
真琴はいつも通りなのに、本当に馬鹿じゃないだろうか。
「あ」
「え?」
ぽたり。
雨の雫がの前髪から一滴、落ちた。
それが頬を伝い落ちてく感触に、は慌ててもう一枚のハンドタオルを取り出そうとした。
その時。
真琴の手がの頬に伸びてきたかと思うと、指先がの上唇辺りを撫でるように動いた。
「ひっ!?」
「え?ご、ごめん!俺、咄嗟に・・・!」
「う、ううん、だ、だいじょぶ。も何か大げさに!」
どくん、ばくん。
心臓がさっき以上に信じられない勢いで鼓動を刻んでいる。
もしかしたらこれは全力疾走した時以上の脈拍数じゃないだろうか。
お互い何だかぎこちない動きで視線を逸らし、無言になってしまう。
いかん、このままだとこの微妙な空気に飲まれてしまう。
何か話題を、なんでもいい話題を。
「そ、そう言えば、何で真琴はあの辺歩いてたの?」
「え?ああ、コンビニに電池を買いに行ってたんだ。蘭の玩具の電池が切れたって言うから。
丁度予備の電池がなくて」
「あはは、そうだったんだ!相変わらずいいお兄ちゃんだねぇ」
これはいい感じに和む話題じゃないか、なんて思ったのも束の間。
やっぱり距離が近すぎて、ついさっき真琴に唇を触れられた指先の感触がどうしても頭から離れない。
彼の体格がしっかりしてることもあって、お互いの体温が感じられそうな程の近さだ。
雨が降って気温は下がってるはずなのに、ちっとも涼しさを感じられない。
でもそれが全然不快じゃないのがまた困ったところで。
だけどこれだけ相手を意識してるのがだけなのかと思うと一気に気分が急降下する。
面倒くさい。
自分が、凄く面倒くさい。
「あ、雨が止んだ」
「へ?あ・・・ホントだ」
真琴の言葉通り、雨は次第に弱まったかと思うと、最終的に止んでしまった。
と彼は、少しの間無言のままガラス越しに空を見る。
周囲は当然のように暗い。
「・・・帰ろうか」
「うん・・・」
今、明らかにガッカリしてる自分が居る。
もっと、もう少しの間、このまま2人で居てもよかったのに。
メチャクチャ緊張したし、どうしていいか分からない空気だったけど、それでも一緒に居たかった。
「」
名前を呼ばれて顔を上げると、真琴が荷物を持ってるのとは反対の手をに差し出してきた。
きょとんとして彼を見る。
少し照れくさそうな、困ったような顔で真琴が笑った。
「暗いから、その、・・・良かったら手を繋いで帰らない?」
「・・・う、うん」
緩むそうになる口元を必死に抑えて、は小さく頷くと、彼の手に自分の手を重ねる。
大きな掌に骨ばった長い指。
お互いの手の温度がじわりと溶け合う。
夏場だってのに、それが心地よくて、同時に安心するのに落ち着かない。
ここから達の家まではそう遠くはないことが凄く残念だ。
でも間違いなく、今日はとてもいい日だ。
真琴と繋いだ手に視線を落とし、それからすぐに雲で覆われたままの空を見上げる。
雨があのタイミングで降ったことを恨めしく思ったけど、前言撤回。
突然の雨も悪くない。
(END)