「皆さん、今日もお疲れ様でしたー!」
部活終了時間のプールサイド。
江ちゃんの元気な挨拶に続き、部員達が声を合わせて挨拶を返す。
シャワールームに足を向けながら、
渚は拳を握った両手を挙げて、ぐんと伸びをしながら笑顔を浮かべた。
その表情は部活開始の時と殆ど変わらないようにさえ見える。
あれだけ練習メニューをこなした後だ、疲れてない筈はない。
それでも元気な笑顔を絶やさない渚を見ていると、こっちまで癒される気分になる。
「はぁ〜!今日も楽しかった!
ねぇねぇ、怜ちゃん、今日は僕とアイス半分コしようよ」
言って、渚はすぐ前を歩いていた怜の肩にあごを乗せた。
彼は狙っているのかいないのか、
こういう仕草が自然と似合っててしかも可愛らしく思える貴重な存在だ。
マスコットって表現、渚にはピッタリじゃないだろうか。
「いいですけど、あのおかしな色のアイスは止めて下さいよ」
怜は眉間にしわを寄せて返事をしてるものの、渚のスキンシップにはそれなりに慣れてるようだった。
一年コンビが微笑ましいやり取りをしてる隣。
遙が未練たっぷりにプールに視線を向けて呟いている。
「泳ぎ足りない」
「ははっ!ハル、気持ちは分かるけど、今日はもう終わりだよ」
真琴の言葉につまらなげな表情の遙。
明日も沢山泳げるからさと真琴が笑った。
こっちもこっちで相変わらずな会話だ。
いつも通りの、だけどそうなったことが今でも信じられない日常風景。
これが『日常』だって思えることが何だかとても幸せだった。
不意にそこでは小学生の頃通っていたスイミングクラブのことを思い出す。
大嫌いだった水泳。
大嫌いだった水。
大嫌いだったスイミングスクール。
その楽しみを教えてくれた皆。
同時にここには居ない凛のことを思い出して、少し複雑な気分になってしまう。
江ちゃんがたまに独り言のように呟く言葉がの頭を過ぎった。
―――「どうしてここにお兄ちゃんが居ないんだろう」
その気持ちが、にはよく分かった。
今の水泳部が楽しければ楽しいほど、昔のことを思い出して考えてしまう。
凛と遙。
確かに彼らはライバルだったけど、今みたいにギスギスした空気はなかった。
凜があの小学生だった頃みたいに皆とここで笑いあえたら、そう願わずには居られない。
今こうして水泳部を設立して、皆で泳げてるってことだけでも凄いと思えるけど、
凛が居ればもっと―――
「・・・・・・」
「さん、どうしたの?」
「え?あ、すみません、ちょっとぼうっとしてました」
天ちゃん先生に声を掛けられてはハッと我に返る。
シャワーを浴びに戻りかけていた皆が足を止めての方を振り返っていた。
どうやらの様子を気にしてくれたらしい。
江ちゃんも慌てたようにの傍に駆け寄ってくる。
「先輩、大丈夫ですか?熱中症とかじゃないですよね?」
「ああー、違う、大丈夫、ホント、そう言うんじゃないから、平気。ありがと」
片手を振って笑顔で返事をするに、
の顔を覗き込んでいた彼女も笑みを浮かべて返しくれる。
その表情に思わず同性ながら可愛いなぁなんてデレデレしてしまう。
なんてことを考えるのはを心配してくれてる皆を前に流石に不謹慎か。
そこへとてててっと今度は渚が近付いてきた。
「ちゃん、本当に大丈夫?無理しないでね。
ちゃんの元気が出るように怜ちゃんがアイス奢ってくれるって!」
「どうしてそこで僕が奢ることになるんですか!?・・・いや、まぁいいですけど」
「わーい!やったー!ありがとう、怜ちゃん!」
「渚君にまで奢るとは言っていません!」
再度、賑やかなコントめいたやり取りをする渚と怜には咄嗟に吹き出した。
これでも彼らなりに気遣ってくれてるんだろう。
江ちゃんと言いこの二人といい、いい後輩を持っては幸せだ。
「・・・おい、」
「ん?遙?あ、本当に大丈夫だからね?」
「鯖を食え。夏バテ防止にもなる」
「いや、それ鰻のことじゃないの」
ズレたアドバイスをくれる遙にツッコミを入れる。
遙の鯖好きはある意味感心するレベルだ。
そこで小さく声を立てて笑っていたの肩に、ぽんっと大きな掌が触れた。
「真琴」
「もし心配事があるのなら遠慮なく言っていいから。俺でいいならいつでも話を聞くよ」
下がり気味の優しい目元を細めて真琴が柔らかく笑う。
面倒見のいいお兄ちゃんの笑顔。
ふっと、も口元を緩めた。
元気のないの様子を気遣って、皆がそれぞれのやり方でこうして声を掛けてくれる。
そんな仲間が居ることが、本当に嬉しい。
凛の事は、そりゃ思い出さない訳には行かないけど、一人でうじうじ考えたって仕方のないことなのだ。
それに皆が一緒なんだし、この先いい方に転ぶ可能性だって十分にある。
凛の妹である江ちゃんだってこっちに居るんだし、高校が違うとは言え、凜は水泳部に居るのだ。
希望がない訳じゃない。
そうだ、落ち込む必要なんかない。
「よし!決めた!怜、アイスは今度奢って!今日はが皆に奢る!」
「え?」
「おお!ちゃん太っ腹!」
の台詞に、怜と渚が同時に反応する。
は2人に向かってピースサインを突き出した。
「お姉さんに任せなさい!江ちゃんもね!」
「え?先輩、いいんですか?」
「モチロン!あ、遙と真琴もだから、遠慮とかなしね!」
ニッと笑っては我が幼馴染殿二人に笑顔を向ける。
「あぁ、分かった」
「・・・ふふっ、うん、ありがとう」
二人が返事をしてくれたところで、渚が再び元気な声を上げた。
「決まりだね!じゃあ早くシャワー浴びようよ!」
「あ!渚君!走ると危ないですよ!」
シャワールームに向かう4人の背中を見送った後、は江ちゃんとロッカーに向かう。
もうさっきまでの沈んだ気分からは完全に脱していた。
感傷的になることを無駄だとは思わないけど、今はその時じゃない。
やれることはまだ沢山あるし、水泳部はまだまだ設立して間もないのだ。
これでもマネージャーを任されてんだから、もっとしっかりするべきだ。
皆が一緒に泳げてる日常が戻ってきたと言っても、ここはまだ言わばスタートラインってやつで。
そこに立てたことを喜んで、そして今はここから前に進むことを考えよう。
それが水に怯えて、泳ぐことが嫌いだったに水泳の楽しさを教えてくれた遙達への、
からの恩返しになるはずだから。
(END)