制御不能の衝動

「どうして1年の僕が2年の貴女に数学を教えなければならないんですか」


怜は眉間に軽くしわを寄せ、ぶつくさと文句を垂れながら、それでも目の前に置かれたプリントに視線を落とし、
ノートにさらさらと数式を書いていく。
如何にも神経質そうな指先はシャーペンで滑るように数字を並べた。


「それは怜が2年の数学も簡単に解ける位に頭がいいから」
「・・・、ふっ、そうですね。まぁ、この程度なら公式を理解していればすぐに正解を導き出せます」
「さすが怜だね!じゃあこの程度も分からないに分かりやすく教えてくれる?」
「いいでしょう!」


よしよし、これは完璧に機嫌直ったな。


はたった今トレイに乗せて持ってきた麦茶の入ったグラスをテーブルの上に置き、
怜の隣に腰を下ろした。
確かに彼の言う通り、2年のが1年の怜に教わるのはどうかって話だけど、
実際彼は頭がいいし、特に理数系が得意なのはよく知ってる。
それに普通に部活の先輩後輩だったらさすがにこんなことまでは頼んでない。
と彼が付き合ってるから頼りやすかったってのもある。
多分、本人はその辺全然気付いてないだろうけど。


さん、これ、途中から計算が間違っていますよ」
「え?どれ?あ、分かった、ここか。っと、消しゴム」


怜に計算式の間違いを指摘され、はそれを修正しようと消しゴムを探す。
彼に教えてもらう前に一応自分でもやれるところまで解いてみたんだけど、
やっぱり間違っていたようだ。


「あった」
「っ!わああああ!!!」


が座ってる場所から離れた所に消しゴムを見つけて、
は中腰になると左手を怜の斜め前辺りに伸ばした。
途端。
何故かいきなり大声を上げてずざっと怜がお尻ごと後ろに移動する。
彼はまるで腰を抜かした人みたいな格好になっていた。


「何してんの?」
「そ、それはコッチの台詞です!と、突然何を!」
「??普通に消しゴムを取ろうと」
「けしごむ・・・」
「うん、計算式やり直そうと思って。てか何で怜はいきなり驚いたの?」


は右隣に座っている怜の前を遮る形で消しゴムに手を伸ばしはしたけど、
そんな大げさなリアクションをされるようなことはしてないはずだ。
怜はの質問に顔を赤くしてさっき後ずさった拍子にずれた眼鏡を元の位置に戻した。
当たり前だが、には彼が顔を赤らめてる理由も全く分からない。


「ゴホンッ、いえ、な、何でもありません」


わざとらしい咳払いと一緒に平静を装おうとしてる怜。
既に直したはずの眼鏡のフレームに再度、手を掛け、赤くなった目元を隠してる。
としては何が何だかサッパリだけど、相変わらず彼は面白い。
それだけは間違いない。


「まぁいいや。えっと、それじゃあもう一回この問題解くから」
「・・・、ええ、そうして下さい。公式の使い方は間違っていませんから、
後は計算をしっかりと見直しながら進めば問題ないと思います」


その後は順調に勉強が進んだ。
と、言いたいところだったけど、あの後も何回か怜が謎の奇声を上げたり、
挙動不審になることが数回あった。
その度にいい加減何なのか教えて欲しいと訊ねたんだけど、
彼は結局その理由を教えてくれなかった。
最初から大した量じゃなかったこともあって課題はどうにか終わった。
始めに怜も言ってたけど、
2年のが1年の彼に教えてもらうってのは色々な意味で情けないことも分かってるので、
今後はもう少し一人で頑張ってみようと思う。


さん、お手洗いを借りてもいいですか?」
「うん、一階に下りて、階段の右手奥に進んだらある」
「はい、じゃあお借りします」


そう言って怜が立ち上がったのと殆ど同時には欠伸を噛み殺した。
実は昨日の夜はいつもより寝つきが悪くて寝不足だったりする。
課題を進めてる間は必死に我慢してたけど、そろそろ限界かもしれない。
とは言え、怜をこんなことに付き合わせた上に寝てしまうなんて余りにも頂けない行動だ。
瞼がとろとろ落ちてくるのを無理やり指先で上げてみる。
そこで今度は体がぐらんと横に傾こうとするのを必死に立て直した。


10分、は、怜を待たせるから、5分だけ・・・。


は少し離れた背後にあるベッドの傍まで近づいていき、
それを右側の壁にして寄りかかる形で座り込んだ。
その間も奇襲攻撃を仕掛けてきた睡魔が容赦なくの脳を揺さぶる。
心の中で怜に謝りつつ、少しだけ少しだけと言い訳をして、
はそっと瞼を下ろした。


◆◇◆


「――さん、さん」



薄っすらと、の意識が少しずつ覚醒していく。
あくまでもゆっくり。
その途中から、誰かがの名前を呼んでるのが分かった。
聞き慣れた声。
耳に心地いい、大好きな声だ。


えっと、誰だっけ。


寝ぼけた頭がぼんやりして、思考回路はすぐには働かない。
その間も彼はの名前を呼び続けていた。


さん、そろそろ起きて下さい・・・」
「・・・・・・」
さん」
「・・・・・・」
「お願いします、でないと僕は・・・っ」


恐る恐る、まるで壊れ物にでもふれるみたいにぎこちない仕草で彼がの肩を掴んだのが分かる。
その口調に少し切羽詰ったような切なさを帯びた何かが混じってることに気付いた時、
の体のすぐ傍に、彼が距離を詰めてきたのが分かった。
そこでようやく、はここがどこで、自分が何をしてたのか思い出した。
5分5分と言い訳して瞼を閉じたけど、結局普通に爆睡かましてたってことじゃないだろうか。


うわあやらかしたよ自分。


なんて思いつつ、目を開けようとした、その瞬間。


「!」
「・・・っ」


唇に、柔らかくかさついた何かが押し当てられたのが分かった。
瞬間的にそれが何なのかが分かってしまい、は一瞬硬直する。
にキスをしてるのは、間違いなく怜だ。
彼は軽く、ぎこちない動きでと唇を重ねた後、
多分の顔のすぐ間近での様子を確認するように唇を離した。


さん・・・」


再度、の名前を呼んだ怜の声は、どこか戸惑いを覚えているようだった。
同時に、さっき以上に切羽詰った感じが増しているような気がする。
肩に触れたままの彼の掌の温度が熱い。
がゆっくり瞼を上げたのと、怜が二度目のキスをしてきたのはほぼ同じタイミングだった。
その彼が眼鏡を外してることに気付いたのもこの時だ。


「・・・れ、」


が彼の名前を呼ぼうとしたことで、彼はが目を覚ましたことに気付いたようだ。
ほんの一瞬驚いたようにびくりと大きく体を震わせた。
だけど、キスを止めようとはしなかった。


「ん・・・」
さ・・・ん」


を呼んでるんだとどうにか分かる程度の発音でそう呟き、
怜は小刻みに震える自分の唇をのものと重ねる。
彼とは何度かキスをしたことがあるんだけど、未だに慣れないようだった。
不器用でぎこちない動きで、怜の舌が遠慮がちにの口内に差し入れられる。
はそれを受け入れて彼の舌に自分の舌を絡めた。
ベッドの横を背中に押し付けられるような体勢のに、怜が体を傾けて圧し掛かってくる。
怜は絡んだ舌を夢中で強弱を付けて吸い上げた。
の口腔で量を増した二人分の唾液が混ざり合う。
彼のキスに必死で応えていると、肩に有った掌が少しずつ移動を始め、
気が付けば胸元を弄るような動きを見せていた。
Tシャツとブラ越しにも、怜の手に包まれたその部分が、彼の熱をじわりと感じ取ってるのが分かる。
肌に直接触れら手なくても、膨らみが形を変えている感覚がした。
は、と。
小さく熱のこもった吐息を漏らした怜は、そこで自分の手の位置に気付いたのか、
凄い勢いで両手を上に挙げる。
その顔は最初に挙動不審さを見せた時とは比べ物にならない位真っ赤だった。


「す、すすすすす、すみませんっっ!!僕はっあのっ!!」
「え?・・・あ、う、うん。あの、だ・・・ダイジョウブ」


何が大丈夫なのか。
お互い付き合ってるとは言え、こういう雰囲気に慣れてないせいでまともな応対が出来ない。


「ほ、本当に・・・その、すみませんでした。
眠っている女性に手を出すなんて、僕は最低だ」
「いや、こそごめん。勉強付き合わせておいて、寝ちゃってて」
「・・・いえ、僕は・・・さんに数学を教えている間も、我慢するのに必死でしたから」
「・・・え?」


そこで思わず問い返したに、怜は申し訳なさそうに視線を逸らした。
今は掛けていない眼鏡のフレームに手を掛けるような仕草でこめかみを押さえ、顔を赤くしたまま続ける。


さんが動く度に、その、・・・意識してしまって」
「・・・・・・、あ、あーそれで変な動きしてたんだ」
「なっ!へ、変・・・!・・・まぁ、そうですね。そういうことです」


怜がずっと挙動不審だったのはそういうことだったのか。
何だかそう思うと色々とこっちまで恥ずかしくなってきてしまった。
だって全然意識してなかった訳じゃ決してないけど、
そこまで女として見られてたと思うと嬉しくもあり照れくさくもあり。
怜は自分が大変なことをしでかしたとでも思っているのか、さっきから目に見えて落ち込んでいる。


「・・・怜」
「本当に、すみません」
「謝らなくていい・・・。・・・別にヤじゃなかったし」
「・・・そうですか。・・・え?ええっ!?」


の返事に怜は本気で意外そうに驚いている。
こんなに驚かれるとこっちがこっ恥ずかしい。
だけどと怜は付き合ってるんだし、無理やりとかそう言う状況だった訳じゃない。
確かに最初は寝ぼけてて訳が分かってなかったけど、
彼のしてることに気付いても受け入れたのはだ。
それは当然、怜のことが好きだからで。
でもそれを説明するような真似はそれこそ恥ずかしくて出来ない。


「あの、さん」
「ん?」
「もう一度だけ、キス・・・してもいいですか?」
「へ?」


きょとんと聞き返したに、怜がまたまたまたしても真っ赤になっている。
その姿を可愛いなぁなんて思いつつ、は小さく頷いた。


「こ、今度はキスだけで我慢します!」
「・・・はどっちでもいいけども」

「っっ!!!!」



(END)


よおおおし!岩鳶水泳部はどうにか一通り執筆できた。
ツッコミ所盛りだくさんは最早標準装備なのでスルーでお願いします。
大胆なのかヘタレなのか分からない怜でした。あのこ残念過ぎて大好きだYO^^^
どっちかっつーと怜がヒロインみたいな話になりましたね。
本来この夢主は振り回されることが多いはずなのにな 笑。
ではでは、ここまでお付き合い下さった姫様、本当に感謝感激ですv
ありがとうございます、失礼致します〜