例の交通事故の後、検査の為何度か通院を余儀なくされた17歳の。
事故の規模から見ても重傷負っても不思議でじゃない筈だったにも関わらず、
は奇跡的に殆どかすり傷で済んだ。
これが新聞の記事に載った時は少し驚いたけど、とにかくその位の事故じゃあったらしい。
それでも念の為検査をすることになり、退院後も何度か通院することになったと言う訳だ。
そしてそれから『もう大丈夫です』と、お医者さんに太鼓判を押されたのは約1週間ほど前のこと。
これが夢なのか、現実なのか。
今でもまだ良く分からないけれど、それでもただ確実に、時は過ぎて行く。
ゴロゴロゴロゴロ・・・・
厚く垂れこめた灰色の雲の奥から、遠く、雷の音が聞こえてくる。
今はまだ雨は降り始めてはいないけど、この分ならそれも時間の問題だろう。
は一度、足を止め、空を仰ぐと再度、歩を進めた。
「傘位持ってくるべきだったかな・・・。」
ぼそり。
独り言を口にして、はさっきよりも歩く速度を上げた。
だけど実はにはこれと言って目的地がある訳じゃない。
それでもただ、行かなければいけない、と思った。
どこに、なんて知らない。
どうして、なんて分からない。
そう、とにかくただ、行かなければいけない、そう思った。
「・・・・・・・・・・・・・・・!」
何となく視線を移して目にした先。
どこにでもある若者向けのショップ。
そのショーウインドウ。
驚いたように瞳を見開いて、こっちを凝視している一人の少女。
ほんの数秒馬鹿みたいに彼女を見つめて、そしてそれが自分自身なのだとようやく気付く。
17歳の。
。
そうだ、紛れもなくだ。
この世界に来てもう1ヶ月近くも経つって言うのに、
は未だに気が緩んだ一瞬に起こるこう言った些細な事に慣れない。
毎朝見ている顔なのに、それに、確かに幼くはなったけど、の顔だ。
この体も、心も。
だけどやっぱり違和感があるのは、
当然だけどこの世界の『』の記憶がにはないこと。
有る程度の部分重なるところがあっても、この世界のとはどこか違う。
そもそも家庭環境からして違うんだから、仕方ないのかもしれないけど。
こっちの世界でのの両親は、以前の世界でなら失敗してしまっていた筈の事業に成功していた。
そのおかげでえらく裕福な家庭になっている。
(以前の世界では失敗の後、父の親しい友人の力添えでどうにか路頭に迷うことなく一般的な生活は出来ていた訳だけど)
まぁ、両親が海外出張が多いってのは変わってないけど。
それに日記。
どう見ても自身の筆跡、文章で書かれたものなのは分かるけど、内容に頭が追い付かない。
正直、アレを初めて見つけた時、はこっちの自分は電波ちゃん的なものなのかと心底心配した。
今でもその謎はいまいち解明できていない。
その大きな理由のひとつが、何故か外出時に毎度持ち歩いてしまうこの木刀めいたもの。
最初にコレを見つけた時、本当に驚いたし、
こっちのがこれを持っている理由として何とか色々考えをひねり出そうとしてみた。
例えばこっちの世界のは剣道とかそう言った部活に入っていて、竹刀代わりに木刀を持ってるんじゃないかとか。
明らかに無理があるけど、そうでも考えないと意味が分からなかった。
しかもよくよく調べてみると、材質は木じゃないようにも見える。
それからの興味を引いたのは、柄と刀身と鞘、それぞれの部分にある刻印。
それが何なのかはわからない。
だけど、とても意味のあるもののようにには思えた。
「・・・・・・・・・ん?」
ピタリ。
ぼんやりと考え事をしつつも、何故かいつの間にか辿りついてしまったその場所。
5階建ての廃ビル。
周囲に人気はなく、その上曇り空が拍車を掛けて、いやに重い空気を醸し出している。
嫌な感じの場所だ。
と言うか、廃ビルって事が既にヤバい。
こう言う場所は怪しい人間が出入りしてても不思議じゃない。
こっちの世界もTVで見る限りじゃ殆ど以前が居た世界と同じ位の犯罪が起きているようだし、
そうじゃなくても女子高生が一人で立ち入るような場所じゃ決してない。
さっさと立ち去るべきだ。
絶対にそうするべき。
分かってる、分かってる、のに。
「・・・・・・・・。」
一歩。
また一歩。
廃ビルの中へと踏み出す、の足。
どうしてだろう。
今日外出した目的。
それが、ここに来るためだったと思えるのは。
ゆっくり、だけど確実に、は廃ビルへ向けて歩を進めた。
が廃ビルの中へ足を踏み入れたのと殆ど同時に、雨が降り出した。
タイミングがいいのか悪いのか。
どうにも複雑な気分だ。
カツーン・・・。
カツーン・・・。
ガランとした室内は暗く、靴音がやけに響く。
当然だけど電気も来てないんだし、外が雨なら仕方ない。
だけどそんなことよりも気になるのは、ここの空気。
廃ビルってのは何処もこんな感じなんだろうか。
空気自体が重くなっているような感覚。
まるで空気にすら重力が働いているみたいだ。
本当に、嫌な感じ。
でも、だったらさっさと出ればいい。
こんな危険指数の高そうな所、長居するべきじゃないし、そもそもここに来た意味も分からない。
だけど。
「くくくくっ、いらっしゃーい。お嬢さん・・・。
嬉しいなぁ、わざわざこんな所に一人で来てくれちゃうなんて。」
「っ!!!!」
不意に、前方の柱の陰からそう声がした。
は咄嗟に視線をその場に移し、同時に、無意識に例の刀に手を伸ばしていた。
の前に姿を見せたのは、20代前半位のイマドキな格好をしたいかにも遊んでいそうな男だった。
そう、その辺を普通に歩いていそうな、イマドキの。
性質の悪い人間だろうことはこの場に居るって時点で分かる。
だけど、それだけじゃない。
それだけじゃなく、この人は『危険』だ。
彼から放たれる空気。
このビルに入ってすぐに感じたアレの元凶は、この人だ。
それに、カラーコンタクトでもしているのだろうか。
いやに赤い瞳をしている。
血のように赤いって表現がまさにぴったりの。
しかも、決して綺麗な血じゃない。
鈍く濁った、赤だ。
「あれあれ?もしかして君、ハンターなの?」
彼はが触れている刀に視線を移すと少しだけ声を硬くして言った。
「・・・・・・・・・・・・・ハンター・・・・?」
何のこと?警察とかじゃなくて?
だけど、今の17歳のが警察に見える訳もない・・・し・・・
あくまでも警戒を強めたまま、怪訝気に問い返す。
その様子に、彼はを小馬鹿にしたみたいな表情を見せた。
「違うんだ?じゃあ君はわざわざこんなところに僕のデザートになる為に来たの?
いいよぉ、優しくしてあげる。」
ふくくっと彼はいやらしい笑みを零した。
気持ちが悪い。
生理的嫌悪感と同時に、ゾクリと違う何か別の寒気がを襲う。
じりじりと、男がとの距離を狭めてきた。
「近寄らないで!」
―――スラリ
咄嗟にずっと触れていた例の刀を鞘から引き抜く。
瞬間。
知らず、構えた刀の柄が、妙に手に馴染む感覚。
それに戸惑いを感じながらも、は相手を見据え、とにかく逃げる隙を窺おうと思った。
「なになにぃ、お嬢さん、物騒なもの持ってるんだねぇ?ハンターじゃないって言わなかった?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
はそれに答えず、相手と手元に神経を集中させた。
もしかしたらコイツ、薬かなんかでラリってるのかもしれない。
こんな廃ビルに居るのだ、そう言う事も考えられないでもない。
それだけじゃ、説明できない何かがあるけど、それはこの際無視する。
こんなヤバ過ぎる相手と向かい合っていながら、どこか冷静な自分。
本当なら、怯えまくってさっさと相手にいいようにされてるかもしれないのに。
今なら、今のなら上手く逃げられるかもしれない。
「まーいっかぁ、じゃあ、いただくよぉー!」
ザッ
「!!!」
間延びした喋りとは裏腹に、驚くほど素早い動きで彼はに向って突進してきた。
瞬間。
は自分でも信じられない位に慣れた動作でそれをかわし、
更に手にある刀で男の肩口を斬り付けた。
ザシュっ
「ぎゃあぁっ・・・!」
「・・・っ!」
確かな手応えと同時に鮮血が飛ぶ。
視線の先の男は獣じみた荒い息を吐き、
に斬られた肩口を抑えてギラギラとした赤い瞳をこちらに向けた。
今自分の置かれている状況がまるで信じられない。
例えるならSF映画のワンシーンのような状況。
敵と対峙する主人公。
そしてその映画の主役は紛れもなくなのだ。
あのタレ目の時空屋め・・・、何が寿命は保障するよ・・・!
既に生命のピンチじゃないか・・・!
「大人しく僕のデザートになりなよぉっ!!」
「誰がっ・・・!!」
再度、奴はに向って突進してくる。
はまたしても自分で驚くほど素早い動きで身を低くし、
同時に相手の脇腹に刀を叩き入れた。
ザシュゥっ
それは見事にの一撃はきまり、男がその場にうずくまり、呻き声をあげる。
は一気に後ろに飛びずさり、奴との距離を取った。
殺人犯にはなりたくないし、これ以上は過剰防衛・・・!?
そんなことをやけに冷静に考える自分自身すらも信じられない。
それよりもまずはこの場から逃げるべきだ。
そうして、相手を警戒しながらその場を後にしようと考えていた、その瞬間。
―――――ドォン・・・ッ!!
地響きにも似た、低く鈍い音が、廃ビル内に、大きく響いた。
「ギャアアああああアアああああアアああアアアア!!!!!」
それと殆ど同時に聞こえたそれは、例えるならそれは咆哮。
苦しみ悶える獣の悲鳴。
には、何が起きたのか理解できなかった。
「っな、何・・・・・・・!?」
半ば呆然とは正面の少し離れた場所に居る男に目を向ける。
奴はいかにも苦しそうに暴れてのたうち回っていた。
「・・・・・え?う、そ・・・・・・・・・・・・・・・・・」
さっきから起こるコレは何だろう。
今が目にしているコレは何だろう。
あり得ない、こんなこと。
だけど、実際にの目に映っているソレ。
ああ、やっぱりこれは夢なんだ。
でなければ、こんなことが起こりうるわけがない。
こんなこと。
男の体は、さらさらと音を立てて灰に変化したのだった。
(プロローグ4へ続く)
アトガキ
だあああ!つ、次でようやくキャラ登場。
プロローグ長いのって嫌いな筈なのに、自分で書くとどうにも毎度まとまりません。
自分で書いておいて息切れが。ここまでお付き合い下さった姫様にはとにかく感謝です!
でもまだ続きます、宜しければお付き合い下さいませ!