ズッ・・サァ・・


完全に灰に変化した男の体がそのまま床に崩れ落ちる。
はその様子をただ馬鹿みたいに呆然と見守るしか無く。
それからすぐにへなへなと床に座り込んだ。


カツッ・・・
カツッ
カツッ


同時に響いた靴音に、は大きく体を震わせる。
恐る恐る振り向いた、の視線の先。
の居る場所に向って近づいてくる長身の人影。
薄暗いビル内。
ここからは相手がどんな人なのかはよく分からない。
どうにか分かるのは相手が男だろうと言う事だけ。


を助けてくれたんだから・・・・危害は加えてこない・・・わよね・・・?


自問しつつも、は震える手で再び例の刀の柄を握った。

カツッ。

「っ!」
「おい、小娘・・・。お前・・・、黒主学園の人間か?」

の側で足を止めた相手がそう問いかけてくる。
は彼に視線を合わせ、そして、瞬間的に瞳を見開いて固まった。
もう何度、こうして驚いたか分からない。
そうだ、ここ1ヶ月の間、常識ならあり得ないようなことばかり連続で起こり続けている。
だから夢だと思った。
夢だから起こるんだと思った。
今だってそう。
じゃなきゃおかしいと思ってる。
ここに来る直前の事も、来た後の事も、それからさっきの灰になった男の事も。
全部、全部、夢じゃなきゃおかしいことばかりだ。
そして今。
そう、この瞬間。
またしても、夢だとしか思えない出来事が起こっている。



「おい、俺の声が聞こえてねーなんて言わねぇよな?
それとも・・・ビビり過ぎて声も出ねーってやつか?」


―――カツッ。


言って、一歩。
彼がまた、に近づく。
静かな廃ビル内。
彼の声と、靴音、そして、いつの間にか降り出したのか、雨の音が聞こえてきていた。
は未だに茫然と、ただ茫然と、その人を見上げている。


信じ、られない。
これが夢じゃなきゃ、あり得ない。
そうだ、何度再確認したか分からないけれど。
これは夢だ。
絶対に。
だって―――――


もう既にほとんどのすぐ近くだと言っていい位の距離。
を見下ろす、その人。
カウボーイハットと足首に届きそうなロングジャケットが印象的な服装。
無造作に伸ばした髪、左眼には眼帯、そして鋭く切れ長の右眼。
ハンターと言う言葉がぴったりの独特の空気を纏っているその人。

だけど、が驚いているのはそんなことじゃない。
そうじゃない。
そうじゃなくて。


「や、・・・・夜刈・・・十・・・牙・・・。」


自分でその名前を口にして、あり得ないと否定する。
あり得ない。
あり得ない。
そうだ、夢じゃなきゃあり得ない。
今までもう何度も言い聞かせた事をまたしても自分自身に言い聞かせる。


これは夢だ。
これは夢だ。
これは夢だ。

まるで呪文のように。
繰り返して。



「ほう?俺の名前を知ってんのか。ってこたハンター志望か、お前。」



だってこうして、夢だと、信じるしかない。
を見下ろす彼は、自分を夜刈十牙だと認めた。
そうだ、は確かにこの人の言うとおり、彼を知っている。
だけど、この人が思っているような意味でじゃ決してなく。


それに、知ってる、と言うのとは少し方向が違う。
だっての知ってる彼は、現実の人間じゃないから。
人間じゃなくて、2次元に存在するキャラだ。
そう、漫画の中の登場人物。
言葉にすると、本当に幼稚くさくて馬鹿みたいな話。
自分でも自分を笑い飛ばしてやりたい。
二十歳過ぎた大人の部類に入る女が何を現実と混同してんだと。
だからこそ、だからこそ、これは夢じゃなければあり得ないのだ。
夢の中なら、まだ許される範囲だと思うから。
そうじゃなければ、さすがに自分自身に嫌気がさしてしまう。
そうだ、夢。
これは夢、夢に違いないのだ。
は彼に気付かれないように心の中で小さく何度か深呼吸を繰り返した。
そうして夢だと割り切って、もっと冷静になって、彼と会話を進めることに決めた。

「・・・・・・・・・・・・違います、、ハンター志望なんかじゃありません。」
「ああ?やっと口ききやがったか。フン、ハンター志望でもねード素人のくせに、
吸血鬼(ヴァンパイア)を相手にしようとしてやがったのか、お前。
ま、どっちにしろ、あんたみてーな小娘が手ぇ出していい領分じゃねぇ。
今後一切奴らに向かっていくようなバカな真似はするな、いいな?」

吸血鬼(ヴァンパイア)と言う言葉に思わず身を硬くする
ついさっき夢だと割り切るとそう言い聞かせたばかりだけど、
それでもあの男と向かい合った時のゾクリとした何とも言えない寒気を思い出すだけで気持ちが悪くなる。

「あの人、吸血鬼(ヴァンパイア)だったの・・・。
てっきり薬か何かでラリった危ない人だと思ってた。」
「はぁ!?お前それ本気で言ってんのか?だったら何でこんな所に一人で近づいたりしたんだ。」

何で、なんてだって知りたい。
こんな見るからに怪しい廃ビル、普通なら絶対自分から入ったりしないのに。
それもこれも夢だから、の一言で済ませられるなら楽だけど、それは自身が納得出来ない。

「・・・自分でも分かりません、って言うか・・・何であんなこと出来たのかも分からないし。」
あんなこと(・・・・)?」
「あの人が吸血鬼(ヴァンパイア)なんて知らなかったけど、
それでも襲いかかってきた時どうにか凌げたし、その上攻撃まで・・・、正直、自分でも信じられなくて・・・。」

そう答えるを怪訝そうな表情で見つめる十牙は、不意にが柄を握っている刀に視線を移した。

「こんなモンまで持っておいて何も知らなかっただと?小娘、お前、それを何処で手に入れた?」
「・・・知りません。だけど、多分結構長い間ずっとが持ってた物じゃないかとは思います。」
「チィッ・・・おい、お前、さっきから分からない、知らないってなぁ、
そんな話を俺が信じると思ってんのか?」
「そんな事言われても、本当の話ですから。、交通事故に遭ったせいでここ数年の記憶がないんです。」
(と言う設定になっているのは本当だ。それで両親にも最近の記憶がなくてもおかしいとは思われなかったから)
「・・・・・・・・・・・ああ!?」
「嘘じゃありませんよ。何なら、今すぐ病院に電話して、お医者さんに聞きますか?」

ジロリと殆ど睨みつけるみたいな形で彼を見上げる
漫画の中の登場人物と話をしているなんて本当に変な感じだ。
それにこの人、想像通りと言うか、何と言うか、全体的に何処か威圧的で『オレ様』な匂いがする。
優姫のことを小娘呼ばわりしていたけど、まさか自身がそう呼ばれるとは思ってもみなかった。
実年齢だったら十牙とはそこまで年齢は離れていないんじゃないだろうか。
まぁ、この人の年齢を知らないからなんとも言えないけど。

「・・・・・地べたに座り込んでる奴に睨みつけられたって間抜けにしか見えねぇが・・・。
まぁいい、信じてやるか。少しその刀見せてみろ。」

言いながら、彼はの腕を取ってゆっくりと立たせてくれた。
は素直に十牙に刀を渡す。
彼はからそれを受け取ると、鞘からすらりと刀を引き抜いた。
そしてほんの一瞬ピクリと眉間にしわを寄せ、隻眼でまじまじとそれを見つめ続ける。
その表情が、何かを思案しているように見えた。

「・・・・・・・・・・・・・・おい、小娘。」
。」
「ああ?」
 です。小娘じゃなくて。」
「・・・・・・・・・・。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

てっきりお前なんか小娘で十分だ、とか何とか言われるかと思っていたけど、
彼はの名前を聞いた途端、またしても難しい顔をして考え込んだ。
そして今度は母方の姓は何だと問われ、は訝しがりながらもそれに答えた。
すると、十牙は納得したように軽く頷き、鞘に戻した刀をの手に押し付けた。

、お前あのクソジジイの孫か。」
「え?」

予想外の台詞に思わずきょとんと彼を見る。
十牙はほんの一瞬懐かしげに遠くを見つめる瞳をした。

「家族とは長ぇこと会ってねーとは言っていたが・・・、そうか・・・お前が。
・・・まさかこんな偶然が起こりうるとはな。」
「?の祖父を知ってるんですか?随分前に亡くなったって聞いてるんですけど。」

返事をしながら、は心の中でもしかしてこの世界じゃ生きていたりするのかと考えてみた。
でもだとしたら交通事故に遭ったあの時、祖母と一緒に病院に姿を見せている筈だ。
それにここに来てからは祖父の話を聞いた事がない。

「・・・何も知らされてねぇのも仕方ねぇか・・・。
家族が一般人なら繋がりを持つには危険過ぎる職業だからな。
、お前のジィさんは吸血鬼(ヴァンパイア)ハンターだったんだ。」
「・・・・・・・・っ!!??」

ブホオッ。
本気で吹き出しそうになるのをどうにか堪える。
この世界での祖父が、まさかハンターだったなんて。
本当に心底ぶっ飛んだ設定の世界だ。
つまり、この刀は祖父の形見のような物だと言うことだろうか。
でもだとしたも、ただどこかにそっと隠し持っているだけならまだしも、
どうしてこっちの世界のはこんな物騒なものを持ち歩いていたのかが分からない。
いや、それだけでなく、やけに自然に使いこなしていた。
そうじゃなければ吸血鬼(ヴァンパイア)相手にあんなに自然に体が動く筈がない。

「・・・・・・・・・・・・・・・、もしかしてハンター目指してた、とか?」
「俺が知るかよ。」
「・・・確かに。」

この世界の設定の突拍子の無さについていけない。
これが夢だとして(いや、夢なんだけど)交通事故死した上、
6歳も若返ってパラレルワールドに送り出された上、そこが『ヴァンパイア騎士』の世界だった。
その上祖父は夜刈十牙と顔見知りの吸血鬼(ヴァンパイア)ハンター。
どこからどうツッコめばいいのだろう。

「・・・・・・・・・おい。」
「え?」
「お前、黒主学園の事は知ってるのか?」
「それって夜間部(ナイトクラス) のことを言いたいんですか。」
「知ってるようだな・・・。どこまで知ってるんだ?」
「・・・・・・・・・・。」

どこまで、言っていいんだろう。
正直あの学園の事は十牙よりずっとの方が詳しいと思う。
なんてのも、何か凄く不思議で変な感じだけど。


漫画で読んだから知ってます。
・・・・・なんて幾ら夢の世界だからって明らかに電波ちゃんな発言はしたくないし。


妥当と言うか怪しまれない程度にしておいた方が良さそうだ。

「平和主義を理想として掲げ、吸血鬼と人間の共存を目指している学園。
理事長は黒主灰閻。夜間部(ナイトクラス)は全員吸血鬼。
その秘密を守る為に表向きは風紀委員として動いている守護係(ガーディアン)が二人。」

それ以上にも諸々知っている訳だけれど、これ以上はなしだろう。

「よくできました、とでも言ってやるか。どうやって調べたのかしらねーが・・・、
失った記憶とやらにクソジジイから聞かされた話が入って無意識に覚えてんのかもな。」

そうじゃないとは言えず、は取りあえず彼に怪しまれないようにただ軽く頷いて見せた。
十牙はどこからか煙草を取り出すと、それに火を点けて口に咥えた。

「俺にいわせりゃ吸血鬼(ヴァンパイア)との真の共存なんざあり得ねぇがな。
ヤツらは所詮、本能に逆らえない血に飢えた化け物だ。」

言って、十牙はほんの少しだけ唇の端を曲げて哂う。
は現在は黒主学園で風紀委員として学園内で夜間部(ナイトクラス)の秘密を守っている彼の愛弟子、
錐生零と十牙の再会シーンを思い出し、少しだけ複雑な気分になった。
この分だとまだ彼は知らないのだ。
零が吸血鬼(ヴァンパイア)になってしまったことを。

「・・・でだ、俺が結局何を言いたいのかと言うと・・・。お前、黒主学園に編入するつもりはないか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい?」

彼の言葉に数十秒。
溜めに溜めて、ようやく答えたの声は、笑えるほど間抜けだった。


編入?が?あの(・・)黒主学園に?
え?え?え?え?えええええ!?ええええええええ!!!??


「なっ、ど、どうして・・・!?」
「・・・・・さぁな・・・。俺自身にも正直よく分からねーんだが・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「今すぐに答えを出せとは言わないさ・・・。だが俺もそう暇じゃねぇ。
今日一日ゆっくり考えることだな。明日のこの時間この場所で・・・お前の返事を聞く。」

彼はそう言い残すと、フゥーと唇から白濁色の靄を吐き出し、
に背を向けて出口に向って歩を進めた。


ざぁー


今になって雨が降っている事を思い出させるように雨音が強くなる。
はぼんやりと空中に視線を彷徨わせた。
雨と煙草の匂いが周囲を包んでいる。
は不意に十牙に撃たれて灰になった吸血鬼(ヴァンパイア)に瞳を向けた。

明日には彼に返事をしなければいけない。
一日。
たった一日だ。
時間は余りあるとは言えなかった。
夢だと自分に言い聞かせてはいても、軽率なことは出来ない何かがこの世界にはある。

は暫くの間、その場から動けずに居た。


雨がまた、激しくなった気がする。


(プロローグ END)


アトガキ
ながっ!!・・・もう予想外に長々となってしまいました。
ここまでお付き合い下さった姫様には本当に本当に感謝です。
ううう(涙)有難うございました。