「あんたさ、人の後を付け回して楽しいかい?」
「・・・・・・・・・・・、何の話?」
「とぼけなくていいよ、
どうせ俺の事を見張るつもりでそうやってこそこそ後を付けて来ているんだろう?」
放課後。
人気の少ない廊下の片隅。
陽の寮の自室に戻ろうとするその途中、は壱纏を見つけた。
彼が緋桜閑の遺志を継ぐためにこの黒主学園に編入してきた事を、
は以前の世界で取りいれた知識から知っていた。
そして、緋桜閑の死因に関係している双子の兄、零に対して憎しみだけではない複雑な感情を抱いている事も。
壱纏が優姫や零に今すぐ何か仕掛けようとしてるとは思ってない。
だけど、はどうしても彼から目が離せなかった。
「今日だけじゃない、ちゃん、あんたって・・・いつも俺を監視しているみたいな瞳をしてるよね。」
「キミが・・・優姫や零を敵視してるからよ。」
「・・・当然だろ、アイツらが・・・閑様を殺したんだ・・・。俺は絶対に・・・零たちを許さない・・・。」
零と左右対称の容姿をした、彼の半身。
双子の弟。
壱纏の方が髪が少しだけ長いけど、それ以外は殆ど見分けがつかない。
零と壱纏。
二人とも、種類は違うけれど、哀しい闇を背負った、悲しい瞳の色をその奥に滲ませてる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・俺はあんたのその目が嫌いだよ。その目を見てると苛々する・・・。
まるで・・・何もかも知っているみたいな目だ・・・。」
言いざま、壱纏は突然の両肩を強引に掴んだ。
「っ?何っ!?」
「・・・ねぇ、それともさ・・・あんた・・・もしかして実は俺の事が好きなんじゃないのか?」
ギリっ。
肩を掴んだ彼の指がの肌に食い込む。
は痛みに反応して眉間にしわを寄せると、それを振り切ろうと抵抗した。
「放してっ・・・、放しなさい・・・っ!」
がっちりと捕えられた体は、当然の様に動かない。
迂闊だった。
今更気付いても、後の祭りだ。
「あんたと言い優姫ちゃんと言い・・・、ホントに馬鹿だよね。
周りに人気のない場所で俺と二人っきりになって・・・無事で済むと思ってるの?」
ドンッ
背中に硬い壁の衝撃が走り、壱纏が至近距離まで顔を寄せてを睨みつけるようにして見下ろす。
サラと、彼の少し長めの髪がの頬を掠めた。
「・・・何するつもり・・・!?放して・・・!」
「俺の心に踏み込んでくるなよ、俺の心に触れていいのは、あの女・・・・・・・閑様だけなんだ・・・!
なのにあんたは・・・俺の心をかき乱す・・・、どうして・・・・・・。」
「・・・・壱纏・・・?」
一瞬。
強い視線でを睨みつけている筈の彼の顔が、何処か一人ぼっちで泣きそうな小さな子供みたいに見えた。
心細さと、寂しさで、今にも泣いてしまいそうな小さな男の子。
そんな風に見えた。
「・・・・・・だから止めろって言ってるだろ・・・?その目・・・俺を、そんな目で見るなよ・・・!」
「壱・・・・ンぅっ・・・・・・・・・!」
もう一度彼の名前を口にしようとしたその瞬間。
壱纏は、乱暴にの唇を奪った。
壁に押し付けられたままの体勢で彼の体がを押しつぶすみたいに密着してくる。
混乱と驚き。
だけど不思議と嫌悪感はなかった。
殆どねじ込むような形で壱纏がの口内に舌を侵入させる。
咄嗟にビクリと大きく体を波打たせる。
それを抵抗と取ったのか、彼は益々を抑える力を強くした。
ぬめぬめと生温くやわらかな舌がの口内を隈なく動き回り、犯していく。
熱い吐息が喉の奥、その奥まで満たしていくみたいだった。
それから二人分の唾液は溶け合うようにしてお互いの口内で溢れ、
の唇の端から雫が顎へと伝っていく感触があった。
「・・・・・・・・・・・っハァ・・・」
「・・・・っ・・・・。」
ようやく壱纏がから唇を離し、お互いの口から小さく吐息が漏れる。
彼は無言でを見つめていた。
今なら、突き飛ばして逃げることも可能だ。
そう。
今ならそれが出来る。
そしてはそうすべきで。
「・・・・・・・・・・・壱纏・・・。」
でもには、それが出来なかった。
拒絶出来なかった。
無理やりキスをされたのはで、抵抗できない位の力で掴まれていたのは確かにその通りだけど。
だったら彼の舌を噛んででも逃げきれば良かった。
完全な拒絶を示せば良かった。
だけどはそれをしなかった。
どうしてか、酷いことをされてんのはの方の筈なのに、
まるで壱纏の方が傷ついているみたいに見えたからかもしれない。
「俺は閑様とひとつになった・・・。あの女はいつでも俺の側にいるんだ・・・。
閑様だけが・・・俺を理解してくれた・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
は彼の台詞に何と言っていいのか分からなかった。
ただ、気づけば自分から壱纏に腕を伸ばしてその体を抱きしめていた。
例えるなら、泣いてしまった小さな子を慰めるみたいにして。
すぐに振り払われるかもしれないと思ったけど、結局彼は何もしなかった。
何も。
にされるがまま、少しだけ体を預けてくれる以外は。
今の状況がとても不自然だってことは分かってる。
何がどうして、こんな状況を生み出したんだろう。
分からない。
だけど、彼を拒絶しなくて良かったと思ってる。
それだけは分かった。
乱暴なキスも、嫌じゃなかった。
は、それすら受け入れていたのだ。
それからどの位そうしていただろう。
廊下を曲がった先から話し声が聞こえて来た。
そこで壱纏は我に返ったようにから離れ、それから複雑そうな表情でから視線を逸らした。
「もう・・・俺に構わないでくれよ・・・。俺を・・・見ないでくれ・・・・。」
言い終えてすぐ、彼は踵を返すと話声のした方向とは逆の方に向かって歩き出した。
は壁に寄りかかったまま、ぼんやりとその背中を見送る。
「見ないで、なんて・・・無理よ・・・・・・・・。」
あれは、監視してるんじゃない。
追っているのだ。
目が。
の目が。
――・・・ねぇ、それともさ・・・あんた・・・もしかして実は俺の事が好きなんじゃないのか?
今同じ事を聞かれたら。
そうよ。
なんて、肯定してしまいそうな自分が居る。
どうしてよりによって彼を選んでしまったんだろう。
この先を知ってしまってるにとって、色々な意味で辛くなるに違いないのに。
廊下の奥を進んで行った壱纏の背中。
今はもう小さくなってもうすぐ見えなくなる。
それでも、は目を離す事が出来なかった。
(END)
アトガキ
えーーっと、・・・壱纏って難しいいいいい(何度目)いや、でもあの、努力だけは認めて頂けると嬉しいです。
取りあえず手元のヴァン騎士の壱纏登場シーンは何度も読み返したりして見ました。
私の限界はこんな感じでしたね、あははははは・・・・・・・。基本的に錐生兄弟は難しい・・・。
一応アンケのお言葉にお応えしてのつもりだったのですが、温かい目で見て頂けると幸いです。
ではではここまでお付き合い下さった貴重な姫様達に深く感謝しつつ、失礼致します