見回り途中に湖まで足を伸ばし、休憩がてらそのすぐ傍まで近寄ったは、
そこに腰を下ろして湖面に映る月をぼんやりと眺めた。
夜の冷えた空気がゆらめきながら白く輝く水面の月を一層幻想的に見せている。
は小さくひとつ、溜息を零した後、ポケットにあるチョコを取り出し、それに視線を落とした。
優姫の恐ろしい実験と格闘を広げつつ作った3粒のトリュフチョコ。
まさか自分がリアルに夜間部(ナイト・クラス)吸血鬼(ヴァンパイア)に渡すチョコを作るとは思ってもみなかった。
しかもがこれを渡したかった相手はよりによってのことを毛嫌いしてるだろう相手、
あの藍堂英だったりする。
まぁ、結局渡せなかったんだけど。
片手のチョコを軽くかざす様に持ち上げ、ジッと眺める。
後数時間でこのチョコは特別な意味を持つ効力を無くしてしまう。
当然だけど、バレンタインのチョコはバレンタインに渡すからこそ特別な訳で。


・・・・・もういっそ自分で食べるしかない・・・か・・・。


遣る瀬無い結論に達しながらも、捨てる事だけは避けたいと思ってしまう辺り、も諦めが悪い。
だけど本当に必死で作ったチョコだから、どうしても捨てると言う処分の仕方だけはしたくなかった。
そんなことに気を取られていると、不意に、フッ、と、背後に人の立つ気配を感じた。
そしてその瞬間。

「おい、 。お前、こんな所で何をしているんだ?」
「っ!!??」

危うく手にあるチョコを取り落としそうになりながら、は大きく体を震わせ、
座ったままの体勢で、ガバリと後ろを振り返った。
そして見上げた先。
英のエメラルドグリーンの美しい瞳と視線がカチ合った。

「英・・・な、なに、何でっ・・・?」
「それは僕が先に質問したことだ。お前、こんな所で何をしてるんだ?」
「・・・・・・・・、見回り中・・・だけどちょっと休憩中・・・。」
「ふぅん、つまりサボっているんだろう?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「まぁ、いい。僕はこの見事な月夜の散歩を楽しんでいるところなんだ。
あ、夜間外出禁止なんて野暮なことは言わないでくれよ。お前だってサボっていたんだからな。」

サボっていた、と言う部分を妙に強調して英は言った。
本当に嫌な奴だ。
そしてはやっぱり、毛嫌いされている。
そう思ってるくせに、どうしてはコイツが好きなんだろう。
好きになってしまったんだろう。
見回り中に英と出会うと言う今までにないおかしな偶然にの胸中に複雑な思いが広がる。
よりによって今日。
しかもこんな時間になんて、本当におかしい。

「・・・、僕が声を掛ける前に君が見ていたのは、もしかして(サン)・ショコラトルデイのチョコじゃないのか?」
「っ・・・!!あ、あれは、べ、別に・・・。」

余りに唐突に一番触れて欲しくないことを何の遠慮もなく質問され、
の心臓は凄い勢いで跳ね上がった。
反射的に背後に隠し持ったチョコを強く、握りしめる。
適当な言い訳が何一つ思い浮かばなくて、は忙しなく瞳を動かした。

「今更隠しても遅いぞ、僕は頭がいいだけじゃない、視力だって抜群なんだ。見間違える訳がない。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

英はを見下ろしたまま、そう言ってフンと小さく鼻を鳴らす。
その表情はいつもより更に不機嫌そうで、と言うよりもどちらかと言うと拗ねた子供みたいにも見えた。

「・・・・・・・・・。・・・・キミの言う通り、が持ってるのはチョコだけど・・・。」

小さく溜息を吐き、沈黙を破った後、は結局素直に奴の言葉を肯定した。
英の言う通りだ。
彼がが気付く前からを見てたのだとしたら、今更隠しても意味のないこと。

「・・・誰かに渡すつもりだったのか?
・・・・ああああ!!まさかお前!!かっ、かっ、枢様に渡そうと思っていたんじゃないだろうな!?
駄目だからな!無理だぞ!お、お前なんか、身分不相応なんだからな!」

いきなりそう大声を上げた英は、明らかに勘違い過ぎる内容でを強く否定しまくった。
は小さく苦笑する。

「枢先輩に渡そうなんて最初からそんな恐れ多いこと考えてないわよ。」

これはまぁ、嘘じゃない。
あの人がどんな(・・・)存在で、誰を一番大切に思っているのか、
それはそれこそここに来る前(・・・・・・)からよく理解していたつもりだ。
リアルに接して憧れに近い感情を抱いては居るものの、何も知らない昼間部(デイ・クラス)の女生徒達の様に、チョコを渡すことなんて出来る訳もない。

「ふ、フン、そうか!分かっているのならいいんだ。そうだぞ、お前なんかが気軽にチョコを渡していい方ではないんだ、あのお方は!」
「はいはい、そうですね。よーく存じておりますよ。」

適当に相槌を打ちながら、はゆっくりとその場から立ちあがった。
そして片手で制服のスカートをパンパンと払う。

「・・・そろそろ見回り戻るから。キミも早めに部屋に戻ってね・・・。」
「待て、 。僕との話はまだ終わっていないぞ。」

言いざま、英が彼の横を通り過ぎようとしたの腕を掴んだ。
そしてそれと同時に、彼の瞳にの視線が捕らわれる。

「・・・な、何?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「?英?」
「さっき、・・・・・・・・・・・・・さっきの、お前が見ていたあのチョコのことだけどな。
・・・・・・・・・・結局あれは、誰に渡すつもりだったんだ?」
「・・・・・・・・・・・・え!?」
昼間部(デイ・クラス)の人間の男子生徒か?
それとも夜間部(ナイト・クラス)の誰かに渡すつもりだったのか?」

続けられた英からの質問に、は一瞬体を硬直させ、言葉を無くした。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、・・・・・・・・・・・・・これは、・・・・・・・・・・このチョコは・・・・。」

ようやく声を絞り出し、そこまで口にする。
もしもこのチョコを渡す最後のチャンスがあるとしたら、もう、今しかない。
今しか。
今、この時しか。
相手は大量のチョコを両手に抱えておおはしゃぎしてたあの英だ。
幾ら毛嫌いしている相手とはいえ、チョコを受け取ること自体は嫌がらずにいてくれるかもしれない。
でも、もしも受け取ることさえ拒まれたら。
だったら、曖昧に誤魔化した方がいいのかもしれない。
でも。
だけど。
それでも。


「・・・・・・・・・・・・・藍堂・・・・・・・・英・・・・。」
「・・・・・・・・・・は?」


殆どぼそぼそと呟くように口にした彼の名前。
英は、一瞬きょとんとした表情をして聞き返してきた。
スゥ、と小さく深呼吸をひとつ。
はもう一度、どうにか唇を動かす。

「・・・・藍堂 英・・・、がチョコを渡そうと思ってた相手。」
「・・・・・・・・・・え、ええっ!?お、お前が僕にっ・・・!?」

明らかに激しく動揺しているらしい英は、困惑も露わに声を上げた。
それ程意外だったってことだろう。
まぁ、この反応は妥当かもしれない。
自分が毛嫌いしてる相手からチョコを貰うなんて、予想外もいいところだろう。

「・・・・・・・・・・渡せなかったから、自分で処分しようと思ってたとこ・・・。」
「処分・・・?・・・・・・まさかお前、捨てるつもりだったのか!?」
「・・・・え?ううん、そこまで「お前!!何て勿体ない事しようとしてるんだ!!!」

の台詞を遮る形で英はそう言うと、妙に興奮した様子でが後ろ手に隠していたチョコを、
の手を殆ど握りしめる形で前へと持って来させた。

「・・・・英・・・?」
「馬鹿なヤツ!最初から素直に僕に渡せばよかったんだ。何を考えてるんだよ、本当に。」
「え?あ・・・?」

怒っているのか照れているのか、彼の色白の頬が赤く染まっている。
英はそこでハッと我に返った様にと視線を合わせた。
そして、思い切りわざとらしい咳払いを大きくひとつ。

「・・・・・・あ、ああー・・・・・・・ゴホンッ!!!!!!
ふ、フン!幾らお前の作ったチョコとは言え、食べ物を捨てるなんて罰当たりなことはさせられないからな、
し、仕方ないから、これは僕が受け取ってやる。有りがたく思うんだな!」
「・・・・・・・・・・・・・英、・・・・・・うん、ありがとう。」
「な、何だよ、・・・・・・・・・・素直にお礼なんて言うな。・・・・・・・調子狂うだろ。」

焦った表情を浮かべる英は、そう言いながらもからのチョコを受け取ると、
少しの間俯いて何かを堪えているようだった。
それからようやく顔を上げたかと思うと、の瞳をジッと覗き込んだ。

「・・・・・・・・・嘘だよ。」
「え?」
「・・・・・・・・・・、仕方ないから受け取ってやる、なんて嘘だって言ったんだ。」
「・・・・は・・・英?」

掴まれたままの腕をそこで不意にグイと引き寄せられる。
はほぼ為されるがままの状態でよろけるように彼の胸に顔を押し付けていた。

「・・・・・・あ。」
、お前からの・・・・・・いや君からのチョコを欲しいと思ってたのは、僕の方なんだ・・・。」

英の予想外の言葉に、の心臓が大きく震える。
は敢えて彼の腕に捕らえられたまま、口を開いた。

「・・・・・・・・・英、それって、・・・・・・・・・でもキミは・・・・あ、あんなに沢山嬉しそうに貰ってたし・・・。」
「そりゃ嬉しいさ。嬉しいに決まっているだろ!
僕は格好いいし頭もいいからな、沢山チョコを貰えて当然なんだ。だけど・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・、・・・・・・・・・・・・・本当は、君からチョコを貰えればいいのにって、期待していた。」

そこまで言って、英は一旦言葉を切った。
彼も緊張しているのだろうか、が深呼吸をした時と同じように、彼の胸が動く感触が、
英の腕の中ににはリアルに伝わってきていた。

「君が他の誰かにチョコを渡すつもりだったかもしれないって思うと、凄く苛ついた。
だ、だから・・・・・・・さっき君が僕の名前を出してくれた時、凄く嬉しかったんだ。
その・・・沢山の女の子達にチョコを貰った時よりも・・・・・。・・・・・・・・しゃ、癪だけどな。」

照れ隠しなのか、どこかぶっきらぼうな口調で英はそう付けたした。
まるで普通の十代の男の子みたいに。
それがはおかしくて、可愛くて、そしてまた、凄くうれしかった。

「英、ありがとう。も今、本当に嬉しい。君に嫌われてる自信があったし、諦めてた。」
「なっ!何だ、それは!変な自信を持つなよ・・・!」
「だって毎回妙にツンケンしてるし。」
「そ、それは・・・、僕は風紀委員に対してはいつもそうだ!元々枢様と仲のいい人間が許せないんだからな!」
「いや、は別に仲良くないけど。ごく普通だと思う。」
「極普通って何だよ!あのお方と普通に接することが出来るなんてそれこそおかしすぎじゃないか!
それにお前は気付いていないけれど、枢様は黒主優姫の次くらいにはお前のことを気に入っているご様子なんだ。
あああああああ、言っておくけど、駄目だからな!許さないぞ!!」

何だか話題が変に逸れてしまった。
しかも英の腕の中にいる状態で声を張り上げられたものだから、鼓膜がツーンと痛む感覚がする。

「ちょ、ちょっと、英!こんな距離で大声出すの止めてよ。」
「こんな距離ってどんな距離だ!?どん・・・・な、」

そこで英はようやく我に返り、と視線を合わせた。
そう、この至近距離で。
の鼓動がまたしても速度を上げる。

「この僕が嫌いな女にこんな風に触れたいと思う訳がないだろ・・・。
嫌いどころか、僕は君の事が好・・・・・・・・・・・・・・・・・、
・・・わああああ!っと危ない、危ない!駄目だ!きょ、今日は(サン)・ショコラトルデイなんだ!
こう言うことは今日だけは君から口にすべきだろ!今日は元々そう言う日なんだぞ!」

真っ赤になって慌てて取り繕う英の動揺した態度が可愛くて、おかしくて、は堪え切れずに吹きだした。

「・・・・・・・ブッ、クックック・・・英、キミ、面白過ぎる。」
「なっ!!わ、笑うなよな!失礼なヤツだな!そんなことより僕の言葉を聞いていたんだろうな!?
僕にチョコを渡したんだから、それ相応のことを――――「は英が好きです。」

耳元。
不意打ちを狙って、は彼に告白の言葉をぶつけてみた。
瞬間。
英の動作が停止し、体が硬直したのが分かる。
それから彼はさっきよりも益々顔を赤く染め、少しだけから視線を逸らした。

・・・・。」
「何・・・?」
「僕もだ・・・・・・。僕も、・・・・・・・・・・君の事が好きだよ。」
「・・・・・・・・・・・・英。」

彼の名前を口にした、最後の一文字。
飲み込むように、英はの唇に自分の唇を重ねた。
触れ合わせただけの軽いキス。
なのに驚くほど甘い味がするなんて、本当に馬鹿みたいだ、の脳内。
しかも英がチョコを食べた直後だというならまだしも、ただ単に唇同士を合わせているだけなのに。
その後、彼はの唇を食むように動かし、ぬるりと唇を割って舌を侵入させた。
キスが濃厚になるにつれ、甘さをより強く感じる。
思考回路だけでなく、感覚までバレンタイン用の恋愛系に麻痺してしまったのかもしれない。
の口内で踊る英の舌先に軽く眩暈を覚えそうになりながら、は一層強く彼を求めていた。


目を閉じているはずなのに、揺れる湖面に映った月が、
ほの白い光を強めてそんなを見て微笑んだ気が、した。


(END)



後書き
どっ、どうにかこうにか英ルート執筆。・・・ち、力尽きました。
でも今回は千里や暁に比べて甘さ控えめっぽい。
久々に執筆すると、英は他のキャラよりは書きやすい方だと思いました。
あくまで他のキャラよりはね!!・・・ですがバレンタイン夢だけでも書けて良かったです。
これを最後までお付き合い下さった姫様!深く深く、感謝です。
何か、何気にヴァン騎士夢ってマイナー??みたいなので、凄く有りがたいです。
ではでは、失礼致します。