「後数時間で今日も終わりか・・・。」

ハァ。
は小さく溜息を吐くと、夜空を仰いだ。
の視線の先。
ほの白い月がやわらかくも眩しい光を放って浮かんでいる。
無意識の内にもう一度溜息を漏らし、はポケットにあるチョコを取り出した。
暫くの間手の中のチョコにジッと視線を落とした後、
はそのラッピングを解いて中身を自分で処分することに決めた。
処分、と言っても、自分で食べるって意味なんだけど。
たった三粒とは言え、本当は本命チョコとして必死に作った物。
自分の口に入るってのは十分『処分』に値するものだと思う。
優姫の奇行を必死で阻止しつつ作ったチョコを、さすがに安易に捨てようと言う気にはなれない。
勿論、最初から自分用に買ってたり作ってたりしたマイチョコならまだしも、
正真正銘本命チョコとして作った物を自分で食べる痛々しさは十分承知の上だ。
何だかんだで気合を入れて凝ったラッピングをしたりもしたけど、
結局自分の手で解くことになるなんて。
そんなことを考えながらも、順調にラッピングを解き終え、
は箱の中のチョコを一粒、指先で摘まんだ。
そしてそれをそのまま口の中へと運ぶ。
甘さを抑えたビターなトリュフチョコは、の理想より少々硬めだった。
だけど味は悪くない。
十分美味しい範囲に入るとは思う。
とは言え、状況が状況だけに、心なしか苦みが強く感じた。


「おい、、そんなところで何してる?」
「っ!!!???」


の背後。
唐突に掛けられた聞き慣れた声。
は一瞬ビクリと大きく体を震わせ、大慌てで手にあるチョコを隠しつつ、振り返った。

「っ、・・・、あ、暁!?」
「お前、見回りしてる時間じゃないのか?」

予想通りの人物。
だけど有る意味予想外の登場。
はどうにかいつも通りを装いながら、彼に返事をする。

「あー・・・っと、ちょっと休憩中。キミこそ、何してんの?」
「ん?俺か?俺は少し外の空気が吸いたくなってな。」
「そ、そうなんだ。」

本来なら夜間外出禁止!と言う言葉を口すべきところなんだけど、この時、
は動揺し過ぎてそんなことを考える余裕が全くなかった。
だってまさか今この場面で暁が姿を見せるなんて、全然予想していなかった。
隠し持ったチョコを気にしながら、は平静を装うためにどうにか話題を探した。

「えー・・・っと、その、そう言えばさ、今日の聖(サン)・ショコラトルデイ、暁あんまり乗り気じゃなかったみたいね。」

そう口にした直後。
は激しく後悔した。
よりにもよってこの話題の選択。
あり得ない。
今最も考えたくない話なのに、有る意味でだからこそこんなことを口走ってしまったのかもしれない。
当然のように暁はそんなの動揺なんて知る筈もなく。

「ああ、始まる前はそれなりに楽しみにしてたんだがな・・・。
いつもより昼間部(デイ・クラス)の女子が興奮してたろ?それでちょっと疲れちまった。」
「・・・・確かにあれは疲れても仕方ないか。でもほら、一年に一度だし、興奮しても仕方ないと思う。
それに!暁がなかなかゲートに行ってあげないから危うく優姫が怪我しそうになったしね。」
「そうだな、あれはすまなかったと思ってる。
・・・・もしも黒主が怪我でもしていたら俺は玖蘭寮長に殺されてたかもしれないな・・・。」
「うん、・・・リアルに否定できない。」

思わず苦笑を洩らしつつ、は彼の言葉に同意した。

「・・・なぁ、・・・、本当はお前も今日は誰かにチョコを渡すつもりだったんじゃないのか?」
「・・・・・っっえ!?」


ギ ク リ。


反射的にの体が硬直する。
この話題を振ったのはだし、話題が話題だけにこう言った方向に話が流れるのも特に不自然なことじゃない。
だけど、いざ暁自身の口からそう質問されてしまうと、
は適当な答えを思いついて返事をするということが出来なかった。


ん?でも今、暁・・・ニュアンスとしては微妙な言い方を、した、ような・・・。


誰かにチョコを渡したのか、と言う質問なら分かる。
だけど、彼は今、誰かにチョコを渡すつもりだったんじゃないかと聞いた。
そう、が渡せなかったことを知っている風に。
何もチョコを渡す相手は夜間部(ナイト・クラス)に限定されてる訳じゃないんだから、
今日の例の行事でが夜間部(ナイト・クラス)の誰かにチョコを渡して居なかったとしても、
昼間部(デイ・クラス)の誰かにチョコを渡している可能性だって考える筈だ。
でも、今の暁はそう言う風には質問しなかった。
明らかに、が誰にもチョコを渡してないことを前提にしていた。
でも、どうしてそれを暁が知っているんだろう。

「暁、何で・・・がチョコを渡せなかったって知ってるの?」
「・・・・・・ああ、それはな。・・・お前、気付いていないみたいだが・・・。」

言いながら、そこで何故か暁はの口元に手を伸ばした。

「っ!?な、何!?」
「口の端、・・・チョコがついてるぞ。」
「・・・・・・・・、・・・・・・・・・・・・・・・、・・・・・・・・え?え?えええええっ!!??」

声を上げると同時、は反射的に自分の唇を片手で押さえた。


カァアアッ


余りの恥ずかしさに顔に一気に熱が集中する。
今更隠しても遅いことは分かってる。
分かってるけど、余りにもベタなオチ過ぎて。
暁はそんなの様子に微かに苦笑して見せた。

「・・・渡せなかったのが悔しくて、やけ食いでもしてたのか?」
「・・・・・・・・・・・・そ、それは・・・その・・・。」
「さっき、俺が声を掛けた時に後ろに隠してたのはチョコだろ?」
「・・・・・・・は、はい!?え?って言うか、み、見えてたの!?気付いてたの!?」
「俺は目はいい方なんだ。・・・悪いな、お前があんまり焦っていたから言いだせなかった。」


う。
うわ。
あああ、ああああああああ。
最悪。
本当に、ほんっとうに、最悪だわ、自分。


自分自身の迂闊さに情けなくなってくる。
まさかよりによってこんな姿を暁に目撃されるなんて。
一番、本当に一番見られたくない相手に。

「・・・手作りチョコか、・・・ひとつ貰うぞ。」
「・・・・・・、んん?え?あっ、」

が自分自身の行動に落ち込んでいる間に、暁はの手にある小さな箱からチョコを一粒摘まみ取った。
そしてが答えるより早く、それを口に運ぶ。

「・・・思ったより甘くないな、・・・だが、俺には丁度いい。」
「暁・・・・・・・・。」

は一瞬茫然とした表情でそれを眺めた後、おずおずと彼に向って最後の一粒を差し出した。

「良かったら、残りのひとつも食べて・・・。」
「今更こんなことを言うのもなんだが・・・、その、いいのか?俺が貰ってしまって。」
「・・・・・・・うん。」
「そうか、だったら遠慮なく貰おう。」

言って、彼はから最後のチョコを受け取り、そのまま口の中へと頬張った。
ココアパウダーのビターな香りが達の周囲を包んでいる。
何だかとても不思議な状況だ。
もう、このチョコは暁に渡せないと思ってたのに。

「・・・・・・・ねぇ、暁・・・・・・・。」
「ん?」

に視線を向けた暁は、自分の親指についたチョコを赤い舌で舐めた。
月の光に照らされた彼のその姿は、何だか妙に色っぽく見えて、
ドクドクと、の心臓が早鐘を打つのが分かる。
心の中で深呼吸を三回した後、はまた口を開いた。



「・・・・・・・・・このチョコ、本当はキミにあげるつもりだった、って言ったら・・・・・どうする?」



少しだけ震えて掠れてしまった声。
だけど、そのなけなしの勇気で発した言葉は、はっきりと暁に届いたようだった。
ほんの一瞬、彼が瞳を見開いてをみつめる。


どくどくどくどくどく。
ドクドクドクドクドク。


全力疾走直後のように、の心臓は爆音を上げていた。

「・・・・・・もしそうだって言うなら、・・・・・・・・それ(・・)も俺のものだった・・・、ってことになるな・・・。」
「・・・・・・・・え?・・・・・・・・・・それ・・・・・・・・?」

彼の言っている意味がいまいちよく理解出来ず、は不意を突かれた表情で暁に視線を向けた。
―――――――――――瞬間。


「これ(・・)のことだ・・・。」


言いざま、暁の唇がの唇の端に押し当てられる。
そして、そのまま赤い舌がぺろりとそこを通過する感触がした。

「お前が食べたこのチョコ(・・・・・)も俺のものだった・・・。そうだろ?」
「・・・・・・あ・・・、・・・か、つき?」

体が、唇が、小刻みに、震える。
心臓は、もう早鐘を打つことすら出来ず、停止してしまっていた。
そして、の思考も。

「正直、聖(サン)・ショコラトルデイにもチョコにも特に興味はないが、・・・、お前からのチョコなら俺は喜んで受け取ってたぜ。
・・・・但しこれは、本命だってのが前提だけどな?」
「・・・・・・・・・、ほ、本命に決まってるでしょ・・・。」

殆ど絞り出すようにやっとそれだけ答えたに、暁がフッと瞳を細めて笑う。
それからその後、腰に伸ばされた腕を拒む理由なんか、に有る筈もなく。
必然的に、は暁の腕の中へと引き寄せられた。


「・・・なぁ、・・・。お前が食べちまった手作りチョコ・・・、少しでも取り返さねぇとな・・・。」


それがどういう意味かなんて、聞き返す必要はなかった。
何故なら、暁はそう囁くように口にしてすぐ、の唇を自分の唇で塞いでしまったから。
少しだけ強引にぬらりとの口内に入り込んだ暁の舌は熱く、
その吐息もの喉を焦がしてしまいそうなものだった。
彼の軟体動物の様な舌はの歯列をなぞり、それこそ隈なく味わうみたいに口内をぬらぬらと動き回る。
息苦しさと同時に感じる熱は強烈で、は思わず口の中に火が点いてしまったようだなんて馬鹿なことを考えた。
彼が来る前に自分で口にしたはずの手作りのトリュフチョコ。
甘さを抑えたビターな味。
そう、確かにそうだったはずなのに、今、
の口内に広がるチョコの味は何もかも蕩けそうになる位甘く感じた。


ビターチョコすら甘く、甘く、ひたすら甘く。
甘ったるい空気なんて苦手なくせに、らしくもなく溺れてしまう。


やっぱり、バレンタインデーは、特別な日だ。


(END)





アトガキ
暁ルート執筆終了〜!・・・・・・・・さ、最後が、ちょっと、不完全燃焼と言うか、
ちょっと思ってたのと違ったな(苦笑)ワイルド君は支葵より書きやすいですが、
やっぱり難しいことに変わりは有りません。そして、実は瑠佳とのCPが嫌いじゃない私にとっては、
そう言った意味でも書きにくくなってきてます。でもでも、バレンタイン夢だけは書きたかったんだ!
と言うことで、後半は特に糖尿病&歯痛になりそうな糖分配合値ですが、
お付き合い下さった貴重な姫さま方に深く深く感謝しつつ、失礼致します。