「ん?・・・支葵・・・?キミ、こんなとこで何やってんの?」

学園敷地内見回り途中。
その一角の木の下。
そこに、ぼんやりと月を眺めている支葵の姿を見つけた。
彼はの呼びかけに気が付くと、ゆっくりとした動作で振り返り、いつもの淡々とした口調で言った。

「あ、風紀委員の女・その2。」
「・・・・・・・・・・・、その呼び方止めない?しかも長くて呼びにくそうだし。」
「じゃあ、その2。」
「いや、そう言う意味で言ったんじゃないんだけど。
後、はただの補佐役みたいなもんで、正式な風紀委員じゃないから。」
「ふぅん、そうなんだ・・・。だったら補佐役。」
「いやいやいや、だからそうじゃなくてさ・・・。」

顔を合わせた直後からのこのよく分からない会話。
毎度のことながら、支葵の考えていることは本当に分からない。
それでも、彼とこうして顔を合わせる機会が出来たのは、にとって嬉しい不意打ちだった。

「・・・もうこの際呼び方はいい。それで、キミは何をしてた訳?」
「別に・・・。ただその辺をぶらぶらして、月を見てただけ。
そう言う君は、何でこんなところをうろついてるの?」
「いや、うろついてんじゃなくて、見回りしてるんだけど。」

の答えに支葵は特に興味もなさそうに、そう、とだけ答えて、また視線を夜空へと移した。
今日は特別月の光が強く、星の数が少ないにも関わらず、
外灯のない場所でもハッキリ周囲が見渡せるくらいに明るい。
それでも太陽とは違い、やわらかくほの白い月の光はどこか幻想的で、
その光に照らされた支葵は妙に儚げに見える。
まぁ、本人としては、普通にぼんやり月を眺めてるだけなんだろうけど。
は知らず、ポケットの上からその中にあるチョコにそっと手を触れていた。
今は二人きりで、周囲には誰も居ない。
このチョコを渡すチャンスがあるとしたら、今しかない。
もうすぐ、もう少しで、今日と言う日が終わる。
聖(サン)・ショコラトルデイと言う、特別な日が。
ゲートでひしめき合っていた彼女達には抜け駆けみたいで悪いけど、渡すなら今が最大のチャンスだ。
そうだ、今なら。
そう思うのに。
思ってるけど。

「・・・・・・・・支葵、早めに部屋に戻ってね。多分またここに見に来るけど、それまでには。」
「行くの?君、忙しいんだ。」
「え?や、忙しいって訳じゃないんだけど。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

支葵はそこでに瞳を向け、いつもの無表情のまま、無言でジッとを見つめてきた。
たったそれだけだと言うのに、の心臓はどくどくと激しく脈打ち始める。

「・・・・・・支葵、一人になりたくてここに居るんじゃない訳?」

もしかしてこれは、引き止められているのかもしれない。
勿論、自惚れじゃなければって話だけど。
何となく直感でそう思ったはそれとなく彼に訊ねてみる。

「別に・・・。ただ外の空気を吸いたかっただけ。それに傍に居るのが君なら気にならない。」
「・・・・・・・・・・え、・・・・・あ、そ、そう、なんだ。」

彼の答えをどう取っていいものやらよく分からなかったは、妙にぎこちない返事をしてしまった。
言い回し的にはとても意味深だけど、相手はあの支葵だ。
おかしな期待は抱かない方がいい。
まぁとにかく引きとめられているってのは言い過ぎだとしても、
が傍に居る事は嫌じゃないと言うことらしい。

「・・・あのさ、・・・・・・・・・・・・・。」
「何?」
「今日、聖(サン)・ショコラトルデイのチョコ、キミにしては頑張って貰ってたね。」
「ああ・・・、俺は全然興味なかったし、正直ダルかったんだけど・・・、
一条さんが受け取れる限り精一杯両手を使って受け取れって言うから・・・。」
「あー、それであんな零れ落ちそうなほど抱えてたんだ。」

例の行事の最中。
無表情ながらも面倒臭そうに、全く興味を持っている様子もなく、
それでも彼は女子生徒達が必死に手渡すチョコを文字通り受け取れるだけ受け取っていた。
明らかにうきうきとはしゃいでいた英や社交的でお祭り好きの一条ならまだしも、
支葵があそこまでしてチョコを受け取っている姿は何だか意外だと思ってたけど、
やっぱりそう言う理由があった訳だ。
そして、あの状況なら、のチョコが一つくらい紛れ込んでも分からなかったかもしれない、
なんて馬鹿なことを考えてしまったのも事実。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「補佐役。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「ねぇ、俺の声、聞こえてる?補佐役。」
「え!?あ、な、何!?ってか、補佐役って・・・。」
「さっき、この際呼び方はいいって言ってた。」
「・・・・・・まぁね。それで、今何か言った?」
「言った。」

極短くそう答え、支葵はそこでくんくんとの体に鼻を寄せた。
不意に体の距離を詰められた上に、何故か匂いを嗅がれている
訳が分からなくて咄嗟に焦る。

「なっ!?何!?防虫剤の臭いがするとか言わないでよ?」
「何それ。補佐役、防虫剤使ってるの?」
「いや、使ってないけど・・・、って近っ!!支葵近い、近過ぎる!」
「やっぱりする。」

至近距離。
焦るを余所に、支葵が一言、そう言った。

「支葵・・・?」
「甘い匂いがする・・・。さっき俺が食べたチョコよりずっといい匂い・・・。君の体からしてる。」
「え!?チョコ、あ、・・・・・・・・・ああ・・・。・・・・・・・・・・、・・・・って、ちょ、ちょっと、支葵・・・!」
「・・・ん、この辺、一番いい匂いがする。」

益々に近づいてきた支葵は、ようやくそこで動きを止めた。
とは言え、既に超至近距離なんだけど。
この世界に来る前から彼が表情を余り見せないタイプだとは知ってたけど、
それにしたって支葵は分かりにく過ぎるし、先の行動がよく読めない。
はポケットに手を突っ込むと、手作りチョコを取り出した。

「ヴァンパイアって血の匂い以外にも鼻が利くんだ。匂いの正体はコレよ、ポケットに入れてたの。
だから・・・・・・、あー、ねぇ、あのさ、そろそろ、放れない?」
「・・・甘い匂い、・・・やっぱりチョコだったんだ。」
「・・・支葵、キミ、聞いてる?」

の話を聞いているのかいないのか、支葵は殆ど密着状態に近い状態で私の手にあるチョコをジッと見つめた。

「・・・補佐役、変な顔してる。」
「っ!?いやいやいや、き、キミのせいなんだけど。」
「・・・?・・・・・・・・・、それより、このチョコ・・・・・・。
手作りだよね。・・・もしかして、本命チョコってヤツ?」
「えっ・・・!?」


―――ド ク リ。


一瞬。
支葵のその一言に、大きく一つ、心臓が鳴る。
彼はの手元のチョコにパープルを帯びたブルーの瞳をジッと固定したまま、先を続けた。

「でもまだここにあるってことは、渡せなかったんだ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・、そ、れは・・・。」
「違うの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

は咄嗟に彼の質問の答えを口に出せなかった。
渡せなかったと諦めるには、まだ早いかもしれない。
何より今、目の前、こんなに近く、がチョコを渡したかった相手がいる。
渡せなかったと肯定する前に、今。

「支葵・・・、このチョコ・・・実は・・・・・・。」


「――――――勿体ない。」
「・・・・・・え?」
「君が作ったチョコ。こんなに美味しそうな匂いがしてるのに、誰にも渡さないなんて勿体ない。
それとも君、自分で食べるつもりだったの?」
「あ、いや、・・・・・・ううん、特に考えてなかった。」
「そう、じゃあそのチョコ、俺に頂戴。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、・・・・・・・・・っ!?
・・・・・・・・・・・・え?・・・・・・・えええええええええ!!??」

予想外の支葵からの台詞に、は思わず声を上げる。
彼はちらりとに視線を寄こした。

「耳痛い。」
「だ、だって、キミ・・・・・。・・・・・た、食べてくれる、訳?このチョコ。」
「うん、欲しい。」
「・・・・・・・・!?」

欲しい。
なんて、そんな。
はっきりと肯定されて、は益々驚いてしまう。

「・・・・・・・・・・・・・・・甘い物、好きだっけ?そう言う気分、とか?」
「甘い物は嫌いじゃない。・・・・そう言う気分て、何?」
「甘い物が口にしたい気分。」
「別に。それより、くれるの、くれないの、どっち?」
「・・・・は・・・・・、・・・キミに、貰って欲しいわ。」

言って、はおずおずと彼に向ってチョコを差し出した。
その手が微かに震えてしまったのは、多分気のせいじゃないと思う。

「・・・ん、ありがとう。」

からチョコを受け取った支葵は、手にしてすぐにラッピングを解き始めた。

「・・・・あ、やっぱり今から食べるんだ。」
「いい匂いだから、我慢できない。」
「・・・・・・・・????」

やっぱり彼はよく分からない。
甘い物は嫌いじゃないとはいえ、つまりそれは特に好きって訳じゃないってことだ。
だったら我慢できないというのは少し大袈裟じゃないだろうか。
勿論、としてはこの予想外の展開が凄く嬉しかったりするんだけど。
それから彼はラッピングを解き終わり、中にあったトリュフチョコを一粒、自分の口へと運んだ。
その一瞬はやっぱり妙に緊張してしまう。
毒物が混じっていない自信は有るけど、保証できるって程腕に自信がある訳じゃない。

「・・・・支葵、・・・・どう?」
「少し硬い・・・・・・、でも美味しい。」

言いながら、フッ、と、瞳を少しだけ細めて彼が笑う。
その表情と美味しいと言う言葉が素直に嬉しくて、もつられて口元をほころばせた。

「・・・・・・・・・・・・・そっか。良かった。」
「・・・・・・これを貰えなかった奴、可哀そうだね。」

2粒目のチョコを口にし、もぐもぐと口を動かしながら彼がいつもより小さな声でボソリと呟いた。
は咄嗟に支葵の顔に視線を向けた。
それとほぼ同時に、彼が瞳をにむけ、視線がカチ合う。
どくんっ。
また、心臓が大きく跳ねた。
チョコを支葵に渡せたのは、にとって本当に予想外の展開で、
彼にもそんなに深い意味はないのかもしれない。
と言うか、もしかして流れ状そうなったってだけなのかも知れなくて。
でも。
それでも。

「支葵・・・。」
「何・・・?」

ドクドク。
ドクドク。
心音がうるさい。
自分の鼓動で、の声なんかかき消されてしまいそうだ。

「そのチョコ・・・・・実は、最初から君に渡そうと思ってた物なの・・・よね。」
「・・・・・・・・・・・・・・俺に・・・・・・・・・・・・・?」
「そう、支葵に・・・・。」

肯定してすぐに、は彼から視線を逸らした。
最初から答えなんか期待してない。
チョコを渡せた上に、目の前で食べて貰って、しかも気持ちを伝えられた。
それだけで、結果は上々じゃないかと思う。
心臓は未だにばくばくと恐ろしい勢いで胸を叩き、喉はカラカラだ。
それから彼は無言のまま、3粒目のチョコを口に運び、ゆっくりと時間をかけて食べ終えた。

「・・・・・・・・・・正直、意外。」
「え?」
「君が俺の為にチョコを作ってくれた事。」
「・・・・・・あ、・・・うん・・・。」

何がうんなんだろう。
なんて、自分自身の答えにツッコミながら、だけどそれ以外の言葉が出なくて、はまた口を閉じた。

「・・・嬉しかった。チョコを受け取る奴が、最初から俺だったら良かったと思ってたから。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うん、え?ええっ!?」

今日は一体何度彼に驚かされただろう。
は殆ど瞳を見開くようにして支葵を見つめていた。
普段は余り感情の読めない表情の彼が、何故か今は柔らかな笑顔を浮かべているように見える。

。」
「――――・・・っ!?」

突然名前を呼ばれて、は更に激しく動揺した。
今まで彼にまともに名前を呼ばれたことなんか一度だってないから。
それこそ風紀委員の女・その2とかそんな呼び方ばかりされていた。

「俺・・・君と居ると、余り眠くならない・・・。それに、沢山喋っても疲れない。」
「・・・・・・・・・・支葵。」
「・・・・・・・いつか、君の血を吸いたいな。・・・・・・凄く、美味しそう。」

言って、彼はの肩にそっと手を伸ばした。
ほんの一瞬、ビクンと、の体が小さく震える。

「大丈夫、今じゃないから・・・・。・・・怖い?」
「ううん・・・・・・・・・・。も、キミなら・・・・・・・血をあげてもいいわ。」
「ありがとう。・・・・・・・でも今は、違うものを貰うつもり・・・。」
「え?」

問い返したの唇に、支葵冷たい唇がそっと重ねられる。
彼は啄ばむように何度か柔らかく唇を動かした後、ゆっくりとの口内に舌を挿し入れて来た。
は咄嗟にそれを受け入れ、少し遠慮気味に自分から舌を絡めた。
甘い、チョコレートの味がほんのりとの舌先に広がっていく。
支葵はの体を抱き寄せ、両腕に僅かに力を込めた。

「・・・不思議、チョコより・・・君の唇の方が・・・甘い。」

キスの合間。
支葵は独り言みたいにそう囁いて、それからまた何度もの唇に自分の唇を合わせた。


ほんの一瞬、薄らと開いたの瞳の視線の先。
支葵越しに、ほの白くやわらかい光を放つ月が、達を見下ろしているのが見える。


彼の優しいキスに思考をゆっくりと溶かされていきながら、は再度、瞼を閉じたのだった。


(END)




アトガキ
超久々のヴァン騎士、そして初・支葵夢でした〜!実はDS版、彼の恋愛ED見れてないorz
EDと台詞被ってたら受けますな。あ、でもバレンタインの途中の展開はDS版参考にしてます。
私、基本、原作でCPになってるキャラやそれっぽくいい雰囲気になってるキャラって、
悲恋意外書けなかったりするんですよね。だから支葵はキャラ掴めてないことも含めて書かなかったんですが、
今回はネタが上がったのでどうにか手を出してみました。
つーか、それでいくと(CPのこと)暁もそろそろヤバいかなぁ・・・と言う(苦笑)
だって無視出来ないんですもの!お相手キャラが好きな女性キャラだったら尚更無視できません。
状況的にアイドルと一条に絞られて来そうだな。
話が逸れまくりましたが!ここまでお付き合い下さった姫様、本当に本当に有難うございます。
失礼致します。****名前変換(一人称以外)がたった一回しかなくて申し訳ないです。