「あ、さん、零の奴みませんでしたか?」
「ああ、優姫。零?ううん、は見てないけど・・・って・・・、
もしかして補習あるのに、またどっかで寝てるのか、錐生君は・・・。」
「もー!そうなんですよ!早く見つけないと私が先生に怒られちゃうよー!
それにそれに、急がないと夜間部(ナイト・クラス)の出待ちにも間に合わないかもしれないし!零のバカー!」

ぷんぷん。
と言う文字が優姫の頭上に見えるような何処か可愛らしい怒り方で彼女は言った。
その様子に思わず吹き出しそうになるのを堪えつつ、も口を開く。

「探すの手伝うわ、実はもこないだとばっちりでお小言喰らったもので。」
「ええ!?そ、そうなんですか!?すみません・・・さん。」
「ま、あんだけ徹夜が続けば授業中に睡眠とりたいのも分かるけどね。
あ、じゃあこっちの零がよく寝てる場所探してみる。
んで、補習開始までに見つけられなかったら優姫は補習優先して。」
「あ、はい、分かりました!さん、すみません!有難うございます!」

に向かってペコリと頭を下げる優姫に片手を上げて応じ、はそのまま最初の目的地に向かった。
最初の目的地。
今は余り使用されていないほぼ倉庫と化した空き教室。
休み時間なんかは特にあの場所で零と顔を合わせることが多い。
何故なら、あそこは人気もなく、適度に日が差して室内温度も丁度いい、
誰に邪魔されることなく昼寝を満喫できる場所だからだ。
は週に3回の風紀委員のお仕事の翌日なんかによく利用していたりする。


――ガラッ。


空き教室に到着してすぐに、ドアを開けて中を覗いた。
薄暗い室内。
それでも教室の片隅に居る零の姿は容易に見つけることが出来た。


よし、一発で見つけられた。これなら急げば補習開始に間に合うな。


「零!優姫がキミを探してたわよ、早く教室に向かって――――――」

言い掛けて、はそこで零の様子がおかしいことに気付いた。
壁に寄りかかって眉間に深くしわを寄せ、片手で苦しげに喉元を抑えている。
その体が小刻みに震えていた。

「零?」
「来るな!!・・・・今の俺に・・・近づくな、・・・。」

零の息が荒い。
喉元を抑えていない方の片手にきつく拳を握り、必死に何かに耐えている様だ。


どくん。


の鼓動が、ひとつ、大きく鳴った。


知ってる(・・・・)
は、こんな彼を。


いや、知っていると言うより、見たことがある(・・・・・・・)と言うべきなのかもしれない。
そう、前居た世界で取り入れた知識。


・・・・・・一人にしてくれ・・・。」
「零、キミ・・・発作が、血が・・・欲しいんだね?」
「っ!!??」

一瞬、苦しみながらも、の台詞に零が驚いた様に瞳を見開いたのが分かった。
その瞳ももう、赤く、血の色を滲ませている。
鮮やかな赤。
鮮血の色。
かなり発作が激しい証拠だ。
多分これ以上長くは持たない。
そう、血を吸わない限りは(・・・・・・・・・)


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


は無言で教室のドアに向かい、念のために周囲に人が居ないかを確かめた後にドアを閉めた。
そして、そのままつかつかと零の傍まで進み出る。

「どうしてが知ってるかは後で話す。周りに人はいないから大丈夫よ・・・、の血をキミにあげる。」
「・・・・・・・・・・・・・・」

の名前を呼んだ零の声。
低く、掠れていた。
いつもの彼ならば、ここで必死で抗って拒絶していた筈だ。
でも、これ程発作が酷い状況だと、理性を残して居ることすら奇跡だと思う。
彼はそれから無言での腕を掴むと、の体を強引に壁に押し付けた。
その間も、苦しげな吐息がの耳に響く。
は膨れ上がる恐怖心を抑え込むように、ただきつくきつく、瞳を閉じていた。
零は余裕のない動作での首筋に顔を埋め、壁に着いた片手を強く握りしめた。
そして、熱く湿った荒い吐息がの首筋に吹きかかり、同時にその音がひと際大きくの耳元で聞こえた。
瞬間。


―――ブツッ。


「・・・っはっ・・・!」


の皮膚を突き破る、吸血鬼(ヴァンパイア)の鋭い牙。
一瞬の衝撃と共に、鈍い痛みがじんわりと確実にを襲う。


――ゴク・・・リ


零の喉が音を立て、の血を吸い始めた。
その後はゆっくりと瞼を開けて視線を空中に彷徨わせる。
それからはさっきまでの恐怖心が嘘のように、は彼の背中に腕を回して零を受け入れていた。


――ゴクッ。


の首筋。
赤い血で濡れて行く感触。
同時に、その血一滴一滴すら沸騰しているような熱を覚えた。
本当なら優姫だけが知っている、零の吸血鬼(ヴァンパイア)としての飢え。
そして零自身も、彼女にのみしか見せない筈だった姿。


――ゴクリ・・・


彼が喉を鳴らす度、の血液が彼の力になっていく。
そう考えると、甘い喜びにも似た感情が湧いた。
だけどは、もう知っている。
零が、誰を大切に想い、誰を特別に感じ、誰を求めているのか。
彼が見ているのは、唯一人だけ。
たった一人。


ああ、そっか・・・・・・・・・・だから・・・・・・・。


ようやく零がの首筋から牙を離したその時。
は、気付いてしまった。
卑怯で悲しい、自分自身の気持ちに。







「結局補習サボることになったわね。キミ、多分説教攻撃免れないと思う。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

空き教室に一番近いトイレの洗面台で血を洗い流し、
は取りあえず一旦またその場所に戻って少しの間休んでいる事にした。

「ごめん・・・。・・・俺は・・・まさかお前にまで・・・・・・。」
「・・・キミは謝ることない。分かってて近づいたのも、いいって言ったのもなんだから。」
「・・・・・・・・・・お前は・・・どうして、俺が・・・。」
吸血鬼(ヴァンパイア)なのか知ってたか、って・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

床に座っているを無言で見下ろす零。
その瞳が、の台詞を肯定しているのが分かる。
は彼を見上げ、少しの間考えた。
漫画で読んだから知ってる、なんて本当の理由を言える訳もない。
大体そんな事を口にしても馬鹿にしているとしか取られないだろうし、が逆の立場でもふざけてるのかとしか思わないだろう。

「ずっと前に零の部屋に血液錠剤(タブレット)が落ちてるのを見つけた事があったから・・・。
それにキミ、が来たばかりの頃、気分悪そうにしてたわよね、発作のせいで。
・・・一応、お祖父ちゃんが吸血鬼(ヴァンパイア)ハンターだったからそう言う知識があって、もしかしたら・・・と・・・。」

何て言うのは本当は大ウソだけど。
でも説得力はそれなりにあると思う。
実際には血液錠剤(タブレット)を拾ったのは優姫で、
しかもそれも零の部屋じゃなかった訳だけど。
こっち(・・・)の世界ののお祖父ちゃんが吸血鬼(ヴァンパイア)ハンターだったってのは事実だから、零もきっと納得してくれるだろう。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・そう言うことか・・・。」


小さく溜息を吐き、零が呟くように言った。
どうやら納得してくれたらしい。
嘘を吐いているのは心苦しいけど、やっぱり本当の事は言える筈もなかった。

「・・・・・・最低だ・・・俺は・・・・アイツ(・・・)だけでなく・・・・・・お前まで・・・。」

額に手を当てた彼は、殆ど独り言に近い声でそう口にした。
後悔しているのだろう、嫌悪しているのだろう、血に飢え、抗えなかった自分自身の行為を。
掠れた声音に苦しみが滲んでいる。
表情が見えなくても、彼が苦しんでいるのが分かった。


「・・・・・零・・・。」


アイツ。
それが誰を指しているのかなんて聞かなくても分かっている。
優姫のことだ。
零が今まで唯一血を吸っていた相手。
吸血鬼(ヴァンパイア)の吸血行為を最も浅ましく、醜い行為だと感じている零。
彼の苦しみも悲しみも全部理解し、禁忌だと承知の上で零を受け入れた優姫。
彼らの絆が並大抵のものじゃないのなんて、もう知っている。
違う。
知ってしまったのだ、ここに来て。
彼らに直に(・・)接して、解ってしまった(・・・・・・・・)
本当に、嫌と言うほど。


「さっきも言ったけど、あの状況で何が起こるのか分かってて近づいたのはなんだから・・・謝らないで。」

言いながら、は零を見上げて微笑んだ。
謝らないで。
なんて、よく言えたものだ。
心の中。
自嘲気味には自分自身にそう言った。
発作の激しいあの状況で、零に選択権なんて有る筈がない。
抗えるほど生易しいものなら、彼が優姫の血を吸うような真似をする訳がないのだから。
限界を超えてしまったからこそ、二人は禁忌を犯したのだ。
そしてその事を承知で近づいたのは、勿論、彼の苦しみを一時的にでも遠ざけることができるのはあの場に居ただけだから、
と咄嗟に考えたのも嘘じゃない。
それは、それだけは言える。
怖くても、零にならと思ったのも嘘じゃない。
だけど。
あの一瞬。
は、どこかで願っていたのだ。
は、どこかで望んでいたのだ。
この瞬間だけでも、零にとって優姫の代わりになれるかもしれないと。
本当に、本当に馬鹿だと思う。
零があんなに苦しんでいる時に、無意識にせよ、はそんなことを考えていたんだから。


・・・・・・最低なのは、だ・・・・。



「――そろそろ行かないと出待ちに間に合わないわよ、零。」
「・・・・・・・・・・・・お前だけ置いて、行ける訳ねーだろ。」
は大丈夫・・・。もう少し休んだら寮に戻るからさ。だからほら、行った行った!」
・・・・・・・・・。・・・・・・・・・分かったよ、仕事終わったらまた様子見に来る・・・。」

言いざま、零がゆっくりとに背を向ける。
は彼が教室を出て行くのを見届けず、膝を抱えてそこに額を埋めた。
それからすぐに、教室のドアが開く音と、そして閉まる音がした。


・・・・・・ごめんね・・・・零・・・。


本当は、謝っても許されないような事をしたのは
キミの衝動を利用した、卑怯で汚いなのだ。
この先彼がの血を吸う事はきっともうない。
つまり、さっきのあれが最初で最後になる。
そしては自分のしたことを後悔していても、あの瞬間感じた苦痛の中の甘い疼きを忘れる事はないだろう。
そう思うと、益々自己嫌悪に陥りそうだった。


「おい、。」
「・・・・・・・・・・っ!?」


声を掛けられ、弾かれたように顔を上げる
見上げた視線の先。
夜間部(ナイト・クラス)の出待ちに行ってしまったと思っていた零の姿。

「な、なん・・・どうして?」
「・・・・・陽の寮のお前の部屋まで送る。それから走って行けばどうにか間に合うだろ。俺が遅れるのなんか、いつものことだ。」
「けど・・・。」
「それぐらいさせてくれ、・・・・頼む。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。うん、有難う、それじゃあ・・・そうして。」

微笑んで答えたつもりだったけど、多分余りうまくは行かなかった。
だけど、本当は零がを心配して戻ってきてくれたことが、嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。
それがにした事の負い目の一部でも、その優しさが純粋に嬉しかった。



ねぇ零、キミはこれまでもこの先も、きっとずっと優姫が大事で、は友達以上にはなれなくて。
キミがどんなに彼女を大事に思っているかなんて、皮肉にもはこの世界の誰より知っているから。
だからこそ。
もうあんな卑怯な真似はしない。
もうあんな最低な真似はしない。
キミや優姫を支える事の出来る親友。
少しでもそれに近づけるように努力する。
時間はきっと沢山かかるに違いないけれど。
少なくとも、キミの吸血鬼(ヴァンパイア)としての衝動を利用したりなんかしないから。


そう、は何より、キミが苦しむ姿を見たくはないのだから。


約束します。
これだけは、きっと。


(END)



アトガキ
どおおおおおお!!(壊)初・零夢の筈が・・・!零殆ど喋ってぬえええ!
それでも何だかんだで時間がかかり、不完全燃焼気味にっ・・・!スランプ持続力凄過ぎるorz
ですがネタとしてはヴァン騎士読んだ時から書きたかったものなんですよね。
とにもかくにもここまでお付き合い下さった貴重すぎる姫様に感謝です!有難うございました。