「どわああっ!!??」
「っ!!」
の意識が覚醒し、視覚と聴覚を取り戻したと思った瞬間、
間近に迫った金髪の少年の姿が視界一杯に広がり、
気付いた時にはの突然の登場に驚いた彼がを避ける間もなくの体を通過した。
そう、通過したのだ。
これは例え話でも何でもなく、物理的な本来そのまま意味で、彼はの体の中を通り過ぎた。
「〜っ〜っ!!てめぇ!だから!いきなり人の目の前に飛び出してくんなって、
あれ程言っただろうが!!あ〜くそっ!!」
金髪の少年、仲謀はの体から完全に離れて少しだけ距離を取ると、クルリとこちらを振り返り、
そう怒鳴り声を上げた。
相変わらず短気で生意気な奴だ。
外見だけみると金髪に整った容姿が大いに手伝って、
まるで童話に出てくる王子様風にさえ見えるのに、全く勿体無い。
まぁ、でも、驚かせたのはの方だし、自分が全然悪くないこともないのも分かってる。
「ごめんって、仲謀。でも前に言ったけどさ、狙ってキミの前に現れてる訳じゃないよ?」
「狙ってないだと!?これで何度目だと思ってるんだ!?
ったく、お前の中通った後のこの微妙な気分、どうしてくれるんだよ!」
「うん、それはもなんだけどね」
だって自分の体が半透明な不安定な状態だと分かってても、
他人にその中を通り過ぎられるのはやっぱり嫌だ。
だから普段は相手がの存在に気付いてないと分かってても、
肩がぶつかるような距離には近付かずに避けることにしてる。
まぁ、この体だからぶつかるというのはそもそも無理な話なんだけど。
ふよふよと床についていない足に、透き通った体、そしてこの世界の誰の目にも映らないの姿。
ここでのはそう言う存在だ。
言っておくが幽霊だとか生霊だとか、そう言うおどろおどろしい類のもんじゃない。
じゃあ何なんだと言われてもも困るんだけど、
にとってここが夢だからと言えば全て丸く収まる気がする。
そう、ここはにとっては夢の世界だ。
現に、は今仕事から帰って自分のアパートに帰宅し、ベッドに入って眠ってる。
そしてその先にあるのがこの場所だ。
因みにもう結構な数この世界の夢を見てる。
最初の数回はやけに似たような場所の夢を見るなと思っていた。
目覚めた場所は映画や漫画で見たことのあるような中華風な城内で、
だけどそれが現代のものとは違うんだってことはすぐに分かった。
今の中国なら実際に行った事はなくても、テレビでの知識で建物の創り位は知ってる。
現代にも残されてる歴史的建造物だと言われればそれもありかもしれないが、
それにしてはその創りに反して古臭さを感じない。
そして何より、以前からプレイしてる馴染みの三国志系のゲームに出てくるものとよく雰囲気が似ていた。
初めてここを訪れた時からの体は宙に浮いてて、
天井から室内を見下ろしてるような状態だった。
やけにハッキリした自分の意識に驚きつつも、半透明状態の自分の姿にこれは夢だと早々に気持ちに折り合いをつけ、
それからはふよふよと特に当て所もなく辺りを探索することにした。
その後数人とすれ違ったけれど、の存在を気に留める人は誰も居なかった。
自分が完全に第三者としてその場に居るんだなと思ったのはその時だ。
そして、その彼らはやっぱりどう見ても中華な古典に登場しそうな装いの人達ばかりだった。
夢にしては出来すぎた城内や彼らの様子に驚いたもんだけど、
その割りに彼らの話す言葉は普通に日本語で、そこでああやっぱこれは夢なんだと納得もした。
それから二度、三度と似たようなことが続き、目覚める場所はいつも違っていたけど、
それが同じ城内の一角なんだと気付くのにそう時間は掛からなかった。
連日ではないにしろ、眠るたびにほぼ同じ城内の夢を見る。
毎度は半透明な不安定な存在のまま、誰に知られることもなく気の向くまま城内を探索していた。
そう。
孫仲謀。
この城の生意気な主様に見つかるまでは―――
「ああー!やっぱりちゃんだー!」
「ほんとだー!」
仲謀が更に向けて怒鳴り声をあげようと口を開きかけたところで、
とてててっと小柄な少女が二人、達の間に割って入るようにして駆け出してきた。
一瞬双子と見紛うような容姿をした可愛いらしい姉妹、大喬と小喬。
彼女達は揃ってぴょこんっとを見上げ、黒目がちな大きな瞳を細めて満面の笑みを見せた。
「仲謀が一人でまたぎゃーぎゃー言ってるから、絶対そうだと思ってたんだー!」
「そうそう、仲謀が一人で騒いでるからちゃんが居るって思ったんだよね〜」
二人は交互にそう口を開き、それからけたけたとさもおかしそうに笑う。
勿論、この言葉の半分以上は彼女たちの背後で全身の毛を逆立てた猫のようになっている仲謀に向けてのものだ。
案の定、仲謀はそれに反応して怒鳴り声を上げた。
「大小っ!お前ら一人一人ってなぁ!」
仲謀も自分がからかわれてるのは分かってるだろうに、我慢ならないらしい。
その様子がまた楽しいのか大喬も小喬も悪びれることなく笑い続けている。
そこで、今度は大喬と小喬が向かってきた廊下とは反対側の方向から、
数人の足音と同時に仲謀を呼ぶ声がした。
「兄上」
最初にの視界に入ったのは、仲謀の妹で、
彼と同じく金髪に整った容姿をしたすらりとした体系の尚香の姿だった。
彼女は小走りにこちらに近付いてきながら兄と大喬、小喬に視線を向け、
最後にの姿を確認してから、安堵したような笑顔を浮かべた。
「あぁ、やはりさんがいらっしゃっていたのですか。
ふふっ、兄上が驚く声が聞こえた後で大喬殿と小喬殿の声が聞こえたので、
そうではないかとは思ったのですが」
「まぁ、そうでなければ護衛のものが駆けつけていたでしょうね。
恐らく周囲の者から見れば仲謀様がまた大喬殿と小喬殿に悪戯されたのだと解釈出来たでしょうし」
尚香に続いて、穏やかな笑みを浮かべた長身で銀髪の青年が達の傍へ近付いてくる。
仲謀の片腕である公瑾だ。
もっとも、彼の場合は殆どいつもこの表情で、
は今の所彼が怒鳴ったり激しく動揺したりしてるところを見たことがない。
いや、一度だけ、が彼の目に見えるようになった時にかなり驚いてたのを見たけど、
あれはどんなに冷静で肝の据わった人間でも動揺して当然だろう。
それにあの時も誰より早く平静さを取り戻したのもやっぱり彼だった。
周公瑾と言えば現実世界の歴史では呉の先代君主・孫伯符の親友で美周郎と言われるほどの容姿を持った、
切れ者軍師として知られてる人物だ。
この不思議な夢の世界でもそれはほぼ同じのようで、その穏やかさは表面上のものだと思わせる何かがあった。
個人的なイメージとしても、こういうタイプは腹黒そうだと思えてならない。
軍師だから仕方ないのかもしれないけど、
些細な事じゃ自分の腹の内は絶対見せない性質の人間だ。
まぁ、そんなに断言できるほど彼のことを知ってる訳じゃないけれど。
「仲謀は私とお姉ちゃんが来たから一人で騒いでても変に思われなかったんだよ?」
「そうそう、だから仲謀は私たちに感謝しなくちゃいけないの!」
「はぁ!?ふざけんな!何で俺がお前らに感謝なんかしなくちゃいけないんだよ!?」
「だって私達が居なかったらきっと仲謀また周りの皆に仲謀がおかしくなっちゃったって、
言われてたはずだもん。ねー?」
「うんうん、小喬の言うとおりだよ」
二人は揃って大きく頷きあいながらそう口にした。
その傍で尚香と公瑾が苦笑を漏らしている。
相変わらずここは賑やかだななんて思いつつ、
は仲謀の怒鳴り声がこっちに向けられる前にふよふよと尚香の隣へと移動した。
「!逃げてんじゃねぇよ!元はと言えばお前のせいだろうが!」
「あははは…バレてた?」
「兄上、落ち着いて下さい」
案の定、怒りの矛先が再度、に向いたところで、傍に居た尚香がを庇うようにそう言ってくれる。
大喬と小喬の姉妹も唇を尖らせて仲謀に抗議を始めた。
「そうだよ、仲謀、おとなげないよ?」
「ほんとうに仲謀はおこりんぼうなんだから」
「くそっ!!お前らは揃いも揃って人のこと馬鹿にしやがって!」
「ですが仲謀様、やはりお一人の際は殿と会話することは控えるべきかと」
「チッ、ああ!分かってるよ!俺だってソイツがいきなり姿見せたりしなけりゃ・・・」
言った仲謀がじろりとを見上げる。
は思わず肩をすくめた。
さっき彼に言った通り、だって別に狙って突然仲謀の前に姿を現してる訳じゃない。
この世界に来る時にが気付く場所はいつだってバラバラだし、時間帯も同じようにその時々でバラつきがある。
つまり自分で時間や場所を選ぶことは出来ないのだ。
だからどんなに抗議されても気を付けようがないんだけど、まぁ、仲謀の気持ちも分からないでもない。
何てったって、が彼と初めて顔を合わせた当初、の姿を見ることが出来たのは彼だけで、
周囲の人間からはかなり妙な目で見られてしまったのは確かだからだ。
「、お前次はマジで許さねぇからな!」
「そうは言ってもの意志じゃないのだよ、少年」
「俺様を少年って呼ぶな!!」
「は―――」
怒鳴る仲謀に返事をしようとした、その時だった。
何の前触れもなく、そこでは唐突にぽーんと意識が弾け飛ぶ感覚に襲われた。
思考する余地なんて一瞬さえない、本当に突然のことだった。
見えない大きな手で強引に体ごと突然全面真っ白な世界に放り出されるようなこの感覚は、
もう何度も経験してる。
が元の世界、現実世界に戻る時間が来たってことだ。
つまり、目覚める時間。
―――ピピピッピピピピッ
聞き慣れた目覚まし用のデジタル時計が枕元での起床時間を知らせてる。
じわりと意識が浮上するのと同時に、は薄っすらと瞼を上げた。
カーテンの外から白い光が部屋の中を明るく照らしてる。
少しだけ肌寒い、だけどいつもと同じ朝の風景。
あの世界がどんなに楽しくても、そして夢にしては妙にハッキリ色々と記憶に残ってるにしても、
結局あれは夢なのには違いない。
事実、毎度こうしては同じようにベッドの上で目覚めてる。
そして、ここから先はの日常が待ってるのだ。
はのろのろとベッドから這い出した後、両足をゆっくり床につけ、大きく一度、伸びをした。
さっさと顔を洗ってご飯を食べて、仕事に行く準備を整える。
今がしなくちゃならないこと。
これが現実。
最近はそう言い聞かせなきゃならないほどあの夢の世界を気に入ってしまったけど、
夢は夢だと理解してる。
は軽く目を擦った後、顔を洗う為に部屋を出て、足早に洗面所に向かうことにした。
(続く)